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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
26/50

副官サマとルチアーノ公の夜会 中編

 午後の日が傾き、黄味がかった光が窓辺に満ちた。そこだけ見ればとても穏やかな午後の風景だが、ここは議会室。気難しい雰囲気を纏った政務官が集まる室内は、穏やかとは程遠い空気に満ちている。

 重い緊張感と懐疑心。今は特に、この二つが目立っている。

 

「夏至祭前に宮廷魔導師によって破壊された水門ですが、宮廷魔導師総長が二名とも、責任を持って直すと合意したので、お任せすることになりました。費用もあちらが八割を負担するそうです」

 

 箱のような帽子を被った若い政務官ディレインが、立ったままで報告書を読み上げると、その二つ右隣に前のめりで座る立派な口髭を携えた政務官マンローが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「ふん! 宮廷魔導師の不始末だ。当たり前だろう! 近隣の住人からは苦情は出ていまいな?」

「は、はい。当日被害にあった住民たちも、宮廷魔導師が責任を負うのであれば、特にこれ以上は言及しないとのことです。治療費や修繕費も、当事者の魔導師数名が給与・財産の中から補填したそうで、双方は和解していると報告を受けております」

「はっ! 用意周到な魔導師らしい先周りの仕方だな」

 

 マンローの強い口調に、ディレインはびくびくと肩を震わしている。

 ディレインは、若いと言っても新人ではない。三年前に皇帝陛下から国政の三分の一の決議を賜った頃から居るから、仕事はだいぶ慣れているはずだ。しかし、慣れてもずっとこんな調子なのでそういった性分なのだろうとみんな思っている。

 

「あちらに任せたと言ったが、なぜ我々が二割も負担せねばならぬのだ? 宮廷魔導師はその維持にこちらから予算を取っているのだぞ? 向こうが八割持つと言っても、どのみち金を出すのはこちらではないのか?」


 マンローの横に座る恰幅の良い政務官モーレイが、腕を組みながらディレインに顔を向けた。

 費用をこちらが二割負担しなければならないと言うのが(しゃく)に触る……そんな顔つきだ。

 マンローとモーレイ、この二人は以前から魔導師を快く思っていない。きっと面白くないのだろう。

 

「こちらで負担することは、おかしなことではありません。宮廷魔導師は騎士団や警備兵と同じで、我が帝国の兵士です。それに、三年前から宮廷魔導師を維持するための予算は半分以下に削減していますし、特に問題ないように思えますが?」

 

 たじたじしているディレインの代わりに僕が口を開くと、部屋の入り口付近を陣取っている保守派の政務官ヘイマンが頷いた。

 

「そうだ。ルカ様が仰る通り、魔導師らは己で予算を捻出すべく、自身らの研究を売ったり、魔法薬や栽培した薬草などを民間に提供し利益を出している。また制作・栽培方法を伝えることで、税の還元の代わりもしている。今以上に求めるのは酷だし、悪く言うのもよろしくない」

 

 この発言を受け、反論しようとマンローが口を開いたが、アレス皇子がテーブルに置いてある木槌を持ち上げたので口をつぐんで視線を皇子へと向けた。

 

「水門の修繕については宮廷魔導師が請け負う。これに魔導師らが合意し任せると決まったのだから、それで良いじゃないか。ただし、修繕計画とその費用について、また担当する人員については先に報告を貰う。それと随時報告をかかさぬこと。これで収めないか? マンロー?」

 

 あまり抑揚をつけずに問いかけたアレス皇子に、マンローを含め、反論していた政務官たちはぎこちなく頷いた。

 アレス皇子がこういった喋り方をする時は、だいたい機嫌が悪い日だ。それは誰にとっても良い傾向ではない。それをわかっているからこそ、彼らは大人しくなったのだ。

 アレス皇子が軽やかに木槌を受け皿に叩きつけ、「次にいけ」と号令を出した。

 

「では、北の僻地調査の件を——— 」

 

 アレス皇子の号令のあと、そう言ってすぐに席を立ったのは、中年の政務官キャトリーだった。

 

「北の僻地調査、これはもう無駄だという意見が最近多いのですが——— 」

「いや、必要だろう。あそこはほとんどが未開拓。資源の有無を調査すべきだ」

 

 報告の途中で口を挟んできたのは、革新派の小太りの政務官ビューリーだ。

 

「わかっている範囲でも貴重な動植物が多いのだ。さらに奥へと踏み込めば、新しい物を見つけることができるかもしれん。動植物然り、遺跡然りだ」

「ですが、なぜこの時期に? 多くがそう疑問を持っておりますよ?」

 

 ビューリーにそんな異論を唱えたのは、ここ最近よく発言をするようになった政務官ハラージュだ。

 ビューリーは若い政務官に反論されたことで気分を害したのか、これでもかと言うくらいに眉根をぎゅっと中央に寄せてハラージュを睨みつけた。

 

「僻地調査に時期があるのかハラージュ?」

「ありますよ。もちろん!」

 

 ビューリーの質問に、ハラージュが強気に反論して席を立った。彼の両隣の若い政務官が「そうだそうだ!」と掛け声を飛ばし、それに気分を良くしたのかハラージュは勢いを増して続ける。

 

「僻地調査はもっと落ち着いた時期に、平和になってからやれば良いのです! 今は他に人員を回すべきだ!」

 

 ハラージュの言葉を受けて今度はルーイが眉を寄せて尋ね返した。

 

「おかしなことを言う。平和になってからとは、どう言うことだ?」

「今以上に――― という意味でございます。研究者はともかく、騎士団を、特に精鋭ぞろいの黒騎士団を北の僻地調査に赴かせるのは、得策とは思えません!」

「なぜだ? 僻地には未知の魔獣も多数生息する。腕の立つ者を研究者の側におかねば調査はできない。黒騎士団は物理的な戦術にも魔法的な戦術にも長けているから抜擢したのだ。それはグラント皇帝陛下も承知のこと。何が得策とは言えぬと言うのだ?」

 

 ルーイが食ってかかると、ハラージュは急に勢いを失って肩を落とした。それを見かねてか、ハラージュと同じ穏健派の薄い口髭の政務官ブルが、代わりにルーイへ尋ねた。

 

「資源の調査は北の僻地でなくとも良いのではないのか? 近場で言えば、例えば魔の森や遠吠えの丘。離れたところで言えばフレデリカ領の北西やその先でも良いはず。そんなに北の僻地が重要か?」

「北との国境付近です。重要ですよ。先にも出ましたが、北の僻地には古代の遺跡も多くあるでしょう。伝説には北の遺跡と繋がっていると言うものもあるし、調査しておく方が後々良いはずです」

 

 いつも冷静な保守派の政務官マースデンが静かに返すと、ブルの隣で苛々した態度でいた政務官ペルジーニが半腰になってマースデンを指さし怒鳴った。

 

「マースデン! 貴様、よもや北が攻め込むと言っているのではあるまいな!」

「それは言い過ぎだ、ペルジーニ」

 

 ペルジーニの言葉にアレス皇子がジロリと睨む。北は、北の皇国のことだ。そうして彼の国はイリア様のご実家。ペルジーニはうっかりしていたと顔を曇らせ浮かした腰を席へと戻した。

 ふと、最初に報告を始めた中年の政務官キャトリーが未だに立ったままでいることに気づき、僕は彼に質問を投げた。

 

「北の僻地と言っても、迷いの森が主な探索区域です。新たな資源の調査に加え、魔獣の調査、他の分野の研究についても発展性があると報告を受けていますが?」

 

 キャトリーはやっと報告ができると安堵の顔で口を開くが、すぐにまた言葉を奪われてやるせない顔になった。

 言葉を挟んだのは、勢いを取り戻したハラージュだった。

 

「ですが、やはり今の時期に向かわせるのは良くありません! 呼び戻すべきです!」

 

 ハラージュが半身を乗り出してあまりにも必死に訴えるので、僕は疑問に思って質問を投げる。

 

「先ほどからあなたはずいぶんと時期にこだわりますね?」

「当たり前でございますフレデリカ様! すぐ目前に戴冠式があるのですよ? 黒騎士団はアストラル城に戻しておくべきだと、なぜそうお思いにならないのですか?」

 

 ハラージュの問い返しに、今度はアレス皇子が尋ねた。

 

「それは何を危惧してそう思ったのだ?」

 

 冷ややかな空気がアレス皇子から発せられ、室内が一瞬でしんと静まり返った。

 アレス皇子は言葉を続ける。

 

「貴様は、僕の戴冠式で何かが起こると考えているのか?」

 

 そう問われ、ハラージュは慌ててアレス皇子へ懇願するような顔を向けた。

 

「いいえ殿下! 私はただ、念のためにと! 不足の事態というものは、誰もが想定できぬからそう言うのです! どのみち戴冠式には黒騎士団の団長以下、主要な役付は呼び戻すのでしょうから——— 」

「王権を放棄した兄を発起させようと計画している者が、最近いると言うが……さて、貴様の意見は本当に得策か?」

 

 黒騎士団の今の団長はアレス皇子の兄である第一皇子だ。王権は数年前に放棄しており、こちらが相談を持ちかけない限り国政には絡んでこない。しかし、この城のほとんどの人間は、彼が文武ともに恐ろしく優れていることを知っている。王権を放棄した時に非常に多くの政務官に惜しまれるほどにだ。だからこそ、アレス皇子が言ったような計画の噂が絶えない。

 もし今、彼を僻地から呼び戻したら、今度はそちらの計画についてを政務官につつかれることになるだろう。

 穏便に戴冠式を終えるためには、どちらの選択肢をとるべきか。それは明白だと思う。

 

「私、私は……そういうことを言っているのでは……」

 

 アレス皇子の鋭い視線と質問を受け、ハラージュが今にも倒れそうなほど蒼白な顔色になった。

 

「お前が危惧しているのはアルスウォルトのことだな? ハラージュ」

「い、殿下、それは……」

 

 この場にいる政務官の半数が、ハラージュの話の先に何があるのかを読んでいただろう。

 アレス皇子がそれをピシャリと言葉に出すと、先読みしていた政務官たちが「うぅん」と言って喉を鳴らしたり、俯いたりした。

 ハラージュが返答を失くしモゴモゴと口籠ると、アレス皇子が机を思い切り手のひらで叩きつけた。

 

「そうならばそうと、はっきり言えば良い! はっきりと意見できない者がいる議会など意味はない! 今日は解散だ!」

 

 その言葉を言える機会を待っていたんじゃないかと思うほど、アレス皇子は流れるような動作で席を立って扉を開き、さっさと出て行ってしまった。

 そんなアレス皇子に、僕とルーイはやれやれとため息をつきながら顔を見合わせる。

 

「あのような態度ではとても……」

 

 僕の近くに座る老齢の政務官ハワースが、憂いのこもった独り言を呟き首を横に振った。

 

「殿下を悪く思われるなハワース。殿下のおっしゃることも一理ある。顔色を伺って口にできない意見が、今後帝国のためになると思うか?」

 

 ルーイの問いかけに、ハワースは両手を広げて見せた。ひとまずそれについては言及しないと言うことらしい。

 僕は座ったまま膝の上で指を組んで、室内の政務官たちを眺めて言った。

 

「北の僻地調査については、今後有用だと思うからこそ進めているんです。黒騎士団は先ほど殿下が仰ったように、この時期だからこそ側に置かぬ方が良い——— と、双方でそう判断しました。()()()、です。この決定に今さら異議を唱えたところで、覆る可能性は低いでしょう」

 

 僻地調査に疑問を投じていた穏健派の政務官たちの顔が曇った。

 双方で——— とは要するに、黒騎士団団長であるアレス皇子の兄上と我々との合意だ。それが反アレス派、特に第一皇子への復権を目論む一派に対する両者からの牽制だと、誰もがわかるだろう。

 

「僻地ではなく、国境に配備しては?」

 

 まだ食い下がりたくない穏健派の若い政務官パーキスが言うと、ルーイがじろりと見て返した。

 

「そんなことをしたら、アルスウォルトは黙っていないぞ? こちらの主力とも言える黒騎士団を国境に配備など、攻め込む姿勢を見せている以外に取られない。あちらは喜んで剣を掲げてくるだろう」

「ルーイの言う通りです。北の僻地については現状維持が一番良い。そうでしょう?」

 

 異議を持っている穏健派の政務官達が、僕やルーイから視線を逸らして俯いた。

 

「では、今日はこれで解散にしよう。続きについては殿下と日にちを決めて知らせる。今日用意してきてくれた報告書は、退出の際にヒースが回収する。緊急性がある場合は知らせをやるので、退勤するまで気を緩めないよう」

 

 ルーイが告げると扉付近の書記の隣に座っていたヒースが立ち上がり、一歩前に出て首は頭を下げた。

 席を立つ準備を始める政務官を横目に、僕はルーイの言葉に付け足す。

 

「それから、僻地の件は次回に持ち込まぬようお願いします。ぜひ次回は新しい意見書を用意していただきたい。よろしいですね?」

 

 念を押すように全員に視線を向けると、概ね同意するといった空気が滲んだ。それを見て、ルーイが席を立ち解散を告げた。

 

「では、解散!」

 

 解散を告げられた政務官たちは、みな一斉に席を立ち、出口へと足を進める。そのうちの数人が、報告書をヒースに渡し、僕とルーイに頭を下げて行く。

 あらかた退出したのち、僕とルーイはお互い「はぁ」と息をついてゆっくりと席を離れた。

 廊下に出ると、ルーイはヒースに何かを耳打ちし、足先を執務室とは逆へと向けた。


「どこへ行くんです? 執務室に戻るんじゃないんですか?」

「宮廷魔導師の宿舎だ。ちょっと忘れ物をした」

 

 ルーイは実家住まいなのに、なぜ宿舎に忘れ物をするのだろう?

 そんな疑問に駆られて尋ねようとすると、「フレデリカ様!」と廊下の端から声をかけられた。

 目を向けると、穏健派の役付きの男デクスが、片手を上げて小走りに駆けてきた。

 ルーイが「俺はこれで……」と踵を返そうとしたが、デクスに「ルーイ様も」と言われて道を遮られた。

 

「何の用だデクス?」

 

 早く宿舎へ向かいたいのか、ルーイが苛立って尋ねた。

 

「足をお止めして申し訳ないルーイ様。お呼び止めたのは、うちの若い連中が殿下のご気分を害してしまい、申し訳ないと思いましてからにございます」

 

 丁寧な口調と態度で言って、デクスは静かに笑顔を浮かべた。そんな丁寧な態度に、ルーイからわずかに苛立ちが消える。

 デクスはそんなルーイの様子を観察してから話を続けた。

 

「どうにもルチアーノ公の夜会前で、若い政務官が普段よりもやる気になっておりまして。おそらく他の派閥の若人もそうでしょう。殿下もお分かりかと思っておりますが、そうお伝え願えますか?」

 

 ルチアーノ公の夜会は、夜会というのは名目上で、派閥の上層部や役付きを除いた若い政務官を集めて交流を持つための集まりだ。そこではもちろん議論なども行える。様々な派閥と意見を交換する。それを安心して行える場所は少ない。志高い若者たちが胸熱くなるのは当然だろう。

 僕は頷いてデクスに返した。

 

「そうですね。殿下も承知でしょうが、あなたからそうお話があったと伝えておきましょう。こちらも、殿下が考えなしにあのような態度を取ったのではないということを、できればわかっていただきたいです」

「では、戻ったら説いてみましょう。では、足をお止めして申し訳ありませんでした。失礼いたします」

 

 そう言ってデクスが右手を差し出したので、僕とルーイは軽く握手を交わしてお互いその場をあとにした。

 ルーイと二人並んで廊下を歩く。向かう先は執務室だ。

 僕はルーイを少し見上げて、忘れ物を取りに行くんじゃなかったのかと尋ねようとする——— と、床を這うような低い声が背後からかかった。

 

「ルーイ。こんなところで何をしている? 今日は議会ではなかったのか?」

 

 その声に、誰が声をかけてきたのかすぐにわかり慌てて振り向いた。

 アルフレッド・アルバハーム将軍。ルーイの義父だ。

 見事な髭を口とあごに蓄えた、眼光鋭い顔つきに年齢を感じさせない鍛えられた体躯。鎧をつけていなくてもつい怯んでしまう。まさに将軍といった出立ちだ。

 振り向いて目視してしまえば、こんなにも圧倒的な威圧感を感じるのに、声をかけられるまでその存在に全く気が付かなかった。確かにこの付近には階段や曲がり角はあるが、いつの間に距離をつめたのだろう。恐ろしく身震いが出る。

 

「父上が宮廷に来るのは珍しいですね。どうかされましたか?」

 

 ルーイが取り付けたような笑みを浮かべて尋ね返した。するとアルバハーム将軍は片眉を下げてルーイを見下ろした。

 

「私の質問が先だ。議会は?」

「今しがた終わったところです」

 

 ルーイが苦笑いを浮かべて返答すると、アルバハーム将軍はゆっくりとルーイから僕へと視線を向けた。ついつい半歩下がってしまうのは、僕がこの男が苦手だからだ。

 

「先ほど殿下と廊下ですれ違ったが、殿下は先に御退出されたのか?」

 

 質問しているのに、何があったのかわかっているぞと言う目つきで見下ろさせると困惑してしまう。

 アルバハーム家は三代前から反皇帝派。現在の筆頭はこのアルバハーム将軍だ。迂闊(うかつ)な発言はできない。

 

「お気遣い感謝いたしますアルバハーム将軍。殿下は議会が終わったので退出したまでです。ご心配なさらぬよう」

「それならば良いが……では、議会が終わったのなら、ルーイはこれからヘクセンの姫君のところへ向かうのだな?」

「は?」


 突然思ってもいなかった話題をふられ、ルーイが眉を寄せて首を傾げた。

 

「夏至祭にお忍びで訪れた姫をご案内して差し上げたのだろう? たいそうおまえのことを気に入って、先ほど呼ばれたと耳にしたぞ?」

「……それはまだ、聞いておりませんでした」

 

 夏至祭中にそんなことがあったのか。それにしても、女好きのルーイがあまり気乗りをしていない様子だな。お姫様になると軽々しくできないからだろうか?


「では、ヘクセンの姫の元へは用を済ませてすぐに参ります。父上は、これからご予定がおありなのでは?」

「いいや、今日はもう済んだ。帰って休むつもりでいる」

「そうですか」


 微妙な間に、この二人の関係があまり良くないことがわかる。それもそうだろう。反皇帝派の一族なのに、養子とはいえ息子のルーイは次代皇帝の執政官補だ。ぎくしゃくしても仕方がない。

 アルバハーム将軍が立ち去ろうと身じろぎし、その最中で思い出したように僕へ視線をよこした。

 それはとても厳しい目つきだった。

 

「フレデリカの長男、あまり外聞を落とすようなことするな」

 

 何について言っているのか、僕はすぐに理解ができなかった。ただ、僕が()()()()()()のだということだけは、はっきりとわかった。

 アルバハーム将軍はそれ以上言及しなかったが、厳しい目つきは変わらない。それを跳ね除けるためには、こう返すしかない。

 

「肝に銘じます」

  

 アルバハーム将軍は僕の返事に満足した様子で階段のある廊下の奥へと去っていく。それに続いて、ルーイも「じゃあ、俺も行く」と、宮廷魔導士宿舎の方向へと歩いて行った。

 忘れ物のことを思い出したのだろう。しかし、アルバハーム将軍の言った通り、そのあとヘクセンの姫君のところへも赴くのなら、今日ルーイはもう執務室には戻らないだろう。

 殿下もきっと執務室には居まい。なら、この報告書は僕一人で読むしかないか。

 僕はため息をついて、誰も居なくなった廊下を歩き始めた。


 それにしても、最近あまり政務区には顔を出さないアルバハーム将軍が来たとは、何かあったのだろうか?


 執務室に戻ったら部下に聞いてみるか。

 

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