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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
23/50

副官サマと夏至祭5

 西日が沈み始めた頃、私はルカ様との待ち合わせのために西橋の飲食店へと赴いた。

 夏至祭最終日の今日は夏至当日。そのせいか、初日よりも多くの人が街に繰り出していて道は大混雑だ。

 私はすれ違う人たちを横目に、早く出てきて良かったなと内心胸を撫で下ろした。待ち合わせ場所はもう目と鼻の先。走っていかなくても遅れる心配はない。

 私は目的の飲食店を真っ直ぐ捉え、少しばかり歩調を早める。すると、他国の観光客だろうか、飲食店の前を通るときに何やら物珍しそうに頭上を見上げていることに気がついた。

 何があるのだろうと私も見上げてみる。そうして見えたのは、飲食店の屋根に掲げられた大きな帝国旗だった。

 夕方の涼しい風にはためく帝国旗は、民族衣装と同じ鮮やかな赤と黒、そして金の刺繍でできていて、とても目立つ。観光客にとって他国の旗は興味がそそられるのだろう。

 私は旗から飲食店の周囲に視線を向け、ルカ様の姿を探した。

 近くにそれといった人影は見当たらない。どうやらまだいらしていないようだ。

 私は店に入るお客さんの邪魔にならないようにと壁際に沿って立ち、右手に持っている小さな花飾りをくるりと指で回す。

 この小さな花飾りは今朝近所のおばさんと作った物で、特に珍しくもないありふれた薬草花(やくそうか)でできている。これをルカ様に、腕輪のお礼に差し上げる予定でいるのだが、実を言えば渡して良いものかと悩んでいる。

 夏至の日の早朝、朝露のついた草花を摘んで花飾りにし、意中の相手に渡す。それは恋愛成就や末長く結ばれるというジンクスの一環だ。そんな意味深な物を、花のあしらわれた腕輪――― 告白の意味を持つ腕輪のお礼に渡すなんて、意図があるとしか思えないじゃないか。半ば押し切られる形で作ったお礼の品だが、せめて他の、なんの意味もない物を提案すれば良かったと今更ながらに思う。いいやそもそも、恒例の草花摘みに腕輪をつけていかなければ、誰も腕輪について指摘してこなかったはずだ。そうしておばさんに、『ぜひお礼をしないとね!』などと押し切られることもなかった。

 家を出る時まで渡すか渡さないかとソワソワする私に呆れた父が、『夏至のジンクスなんて信じなければただのお礼だろ? 信じなけりゃいいじゃないか』と言ってきたが、やはり心配でならない。

 差し上げる時に、〝そういう意味じゃない〟とちゃんと付け加えないといけないと思う。

 

「あれ、レティシアの方が早かったんですね」

「ルカ様」

 

 ほんのすぐ側からルカ様の声がして顔を上げると、飲食店の花壇の側にルカ様が顔をのぞかせたところだった。

 今日のルカ様の服装は、今まで見た中で一番地味な、下街に溶け込んだ服装だった。

 襟の色の違う麻のジャケットに、同じ麻でできている明るい色のベスト。ズボンは少し濃い色で、こちらは麻ではないようだがよく似た材質の生地に見えた。

 服の生地のせいもありとても涼やかだ。

 

「てっきり僕の方が早いかと思っていました」


 ルカ様は私の側まで来ると小さく笑って、じっと私を見つめてきた。

 私の服装を観察しているのだろうか? 今日は暑いからとマントを着てこなかったせいで、普段よりも視線が気になってしまう。

 私はだんだんルカ様の視線に恥ずかしさを覚え、目線を逸らしてルカ様の言葉に遅い答えを返した。


「その、今日はお待たせしてはいけないと思って……」


 そう言ってから視線をルカ様へと戻すと、ルカ様は「気にしなくて良いのに」と囁くように言って、続け様に私の手にある花飾りを指差して尋ねてきた。

 

「ところでソレ、何ですか?」

 

 まさかこんな早くに花飾りについて触れられるとは思っていなかった私は驚いて、たどたどしく言葉を紡ぐ。

 

「こ、これは……その……朝に摘んだ薬草でございます」

「ふぅん。魔導師じゃなくても夏至の早朝に摘むんですね」

 

 ルカ様は花飾りを見ながら可笑しそうに笑い、私は「そ、そうですね」と緊張した口元で相槌を返した。


―― 早く腕輪のお礼だと言って渡して、〝そういう意味じゃない〟と言わなくちゃ!――


と、頭の中の私が急かしてくる。

 えっと、まず何から言えば良いんだった?

 自分に急かされて心臓が緊張でバクバクしてきた。

 考えていた言葉を頭の中に並べようとするが、緊張したせいで言葉がうまく並んでくれない。

 ルカ様との間に妙な沈黙が生まれ始め、早く何か行動しないとと焦りが増していく。

 あぁ、これ以上の沈黙は良くない!

 そう思うとつい グイッ と、ルカ様へと花飾りを差し出してしまった。

 あぁ、もう。こうしてしまったからには思いついたまま言うしかない。

 私は意を決して声を絞り出す。

 

「その! 実は、腕輪のお返しにと思いまして! ふ、普通の薬草ですが、良かったら……」

「僕に?」

 

 ルカ様は私の言葉に驚いたように眉を上げたが、すぐに嬉しそうな笑顔になって、私の指先から花飾りを優しく取り上げて西日にかざした。

 なんてことない良くある薬草花が、ルカ様の手の中に収まった瞬間からとても綺麗に見え始めた。

 光に透ける花弁は繊細な飾り細工のようで、花に添えられた長細い葉はそれを引き立てる可憐な装飾だ。

 先ほどまでただの薬草にしか見えなかったのに、どうしてだろう?

 

「お返しなんて良かったのに。わざわざ花飾りにしてくれたんですか?」


 ルカ様にそう言われて、私はどうしても言わなければと思っていたことを思い出し、少しだけルカ様の方へと上半身を倒して話しかけた。

 

「あ……あの! 近所のおばさんに、せっかくなら花飾りにしたらどうかと言われまして! その! 深い意味は、ございませんので!」

「深い意味?」

 

 西日にかざしている花飾りから視線を私に向けて、ルカ様が首を傾げた。

 どうやらルカ様はジンクスにはうといらしい。

 私は花飾りの意味について説明しようと口を開くが、傍から人の近づく気配を感じて途中で唇を閉じ、ルカ様の肩越しに気配へと顔を向けた。

 

「お! やっぱりこの間の魔導師様だ!」

 

 顔を向けた先に居たのは、飲食店の若い給仕だった。確か以前の視察で会った人だ。ルカ様も覚えておいでだったようで、給仕に向かって愛想笑いを作り声をかけた。

 

「こんにちは。今年は良い夏至祭になって良かったですね。お店も繁盛したでしょう?」

「あぁ! かな〜り繁盛したよ! で、ところでさ……」

 

 ルカ様に覚えられていたことが嬉しかったのか、給仕は声をかけた時よりも顔を緩めて答えたが、その答えの終わりには険しい顔つきになって、今いる位置よりももっと私たちに近づいてきて、内緒話をするみたいな姿勢をとった。

 

「宮廷魔導師様にこんなこと頼むのも何なんだけどさ。もし良かったら、今から店の魔道具を見てくれないか?」

「魔道具? なぜですか?」


 突然の提案にルカ様が怪訝そうに眉根を寄せた。

 給仕はため息混じりにルカ様へと答えを返す。

 

「いやさ、なんか昨晩から急に魔道具の調子が悪くなってね。まぁ魔道具っていっても、魔石を使った照明とか冷蔵庫とかなんだけどさ。本当は修理を頼もうと思ってたんだよ? けど業者がね、夏至祭が終わらないと手が開かないって言うんだよ。それでまぁ、今日一日、せめて夜までもってくれればと思ってたんだけどね……さっき確認したら動かなくなってて……そんなところへ魔導師様の姿が見えたもんだから! で、どうかな? 忙しい? ダメかな?」

「そうですねぇ……」

 

 ルカ様は私に伺うような視線を向けたが、私は視察の一環になるのならば断ることはないだろうと頷いて見せた。そうすると、ルカ様は給仕にもう一度視線を向け、「仕方ない」と呟いた。

 

「じゃあ、見るだけ見てみましょうか」

「おぉ! いやぁ助かるよ! 蝋燭にすれば良いんだけどさ、冷蔵庫はそういうわけにはいかないだろ? 店長は夜開店まで戻らないし、ほんと困ってたんだよ。いやぁ、良かった〜!」


 給仕は饒舌に喋りながらルカ様と私を厨房へと案内し、冷蔵庫と照明を順に指さした。

 

「ちなみに、照明は店のぜーんぶ点かないんだよ」

「店の照明全部ですか?」

 

 給仕の言葉に眉を寄せるルカ様に、私も首を傾げた。

 そんな一斉に店の照明が壊れるなんてこと、あるのだろうか?

 

「まぁとりあえず、見てみましょうか」

 

 ルカ様は言って、躊躇いもせずに業務用の大きな冷蔵庫を開け、魔石を設置する器具部を観察し始めた。

 冷蔵庫の中は痛むような食材はほとんど入っていなかった。きっと早い段階で別の保管場所に移動させたのだろう。

 

「あぁ、これ、回路が焼き切れてますよ。使った魔石が強すぎたんじゃないですか?」


 ルカ様が冷蔵庫に頭を突っ込んだまま言うと、給仕は驚いた声をあげてルカ様の背後から同じように冷蔵庫に頭を突っ込んだ。

 

「え? そんなはずないよ! 普段通りに国から買ったやつだもん」

「そうですか? じゃあちょっと照明の方も……」

 

 ルカ様は背後の給仕にぶつからないように体をかわして立ち上がり、近くの木の椅子を手繰り寄せて靴のまま登った。

 ギシッと登った勢いに椅子が少し揺れてわずかに傾いて見え、私は慌てて椅子の背を押さえる。しかし、ルカ様は足元が不安定なことが気にならないのか、さっさと照明の覆いを外して魔石を取り出し中を覗き込んだ。

 

「あ、ほら。こっちも焼き切れてる。やっぱり魔石に問題があったんじゃないですかね? この魔石の中も空っぽですし……。これと同じ時期に買った魔石はまだ残っていますか?」

「え〜、どうかな。倉庫を見て来るけど……その魔石、本当に中身カラなの?」

「えぇ。冷蔵庫の物もこれも、魔力は欠片も入っていません」

 

 ルカ様の返答に、給仕は「おっかし〜なぁ」と後頭部をポリポリとかいた。

 

「それさ、昨日の夕方に替えたばっかりなんだよね」

「へぇ、それは面白いことが起きましたね」


 興味深そうにクスリと笑ったルカ様を、給仕がジト目で見て大きなため息をついた。それから、「ちょっと倉庫を見てくるよ」と言って厨房奥にある木戸を開けて入って行く。

 私は倉庫に消えた給仕から照明へと視線を向けて、首を傾げた。

 

「魔石が急に空になってしまうなんて、あるのでしょうか?」


 替えたばかりの魔石が翌日には空になるなんて、今まで聞いたことがない。

 ルカ様は椅子の上に乗ったまま頷いて言った。

 

「可能性はありますよ。魔石側に問題があるとか、器具の出力設定が間違っているとか——— 特に、魔道具に不慣れな人は、魔石の容量とか強さを確認しないことが多いですしね」

「魔導師様、これ一個残ってたよ!」

 

 ひょっこりと倉庫から顔を出した給仕が、突然ルカ様に向かって魔石をポンと放り投げた。

 ルカ様は宙に放られた魔石を見て、慌てて両手を差し出し飛んでくる魔石を手のひらで受け止める。

 

「どうだ? やっぱり問題ある感じ?」

 

 給仕が倉庫から歩いてきて尋ねると、ルカ様は〝何で魔石を投げたのか〟と抗議めいた目で給仕を見てから、手の中の魔石を軽く目線の高さまで上げて観察し、「うーん」と唸った。

 

「見たところ、通常規格の魔石のようですね」

「じゃあ問題ないってことか?」

「えぇ。普段供給している物です」

「じゃあなんで焼き切れるなんてことが起きたんだ?」

 

 給仕が尋ねると、ルカ様はまた「うーん」と唸って照明を見上げた。

 

「装着された後に過剰な魔力を供給されてあふれた、もしくは無理矢理大きな出力で放出させた——— と、この二つのどちらかが原因じゃないかと思います。冷蔵庫も照明も、器具の出力設定は正常でしたから、 直接魔石に何らかの刺激があったんじゃないかと思いますよ」

「刺激って、そんな芸当できる奴はこの店に居ないぜ? それとも夜中に悪い奴が忍び込んで、嫌がらせでもしたってか?」

「さぁ、その辺りはどうか分かりませんが、今のままでは照明も冷蔵庫も使えませんので、業者に頼んで焼き切れた線を変えてもらうしかないですね。僕はさすがにそこまではできませんので」

「ん? あぁ、そうだよなぁ……やっぱり業者かぁ……うん。わかった。ありがとう!」

「じゃあ、僕らはこれで」

 

 ルカ様が仕事は終わったと椅子から降りて、さっさと厨房から出ようと入口へ向かった。私は出しっぱなしの椅子を元の位置に戻して後に続く。すると、給仕が背後から呼び止めて言った。

 

「あ、待って待って! お礼にリンゴの果実水をやるよ。冷蔵庫がこんなだから温くなっちまってるけど」

 

 給仕は手早く冷蔵庫から二つの瓶を出して、ルカ様と私にそれぞれ手渡してくれた。

 私とルカ様は瓶を眺めてから給仕にお礼を言って、「良い物をもらいましたね」と話しながらニコニコして飲食店を後にした。

  

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