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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
21/50

副官サマと夏至祭3

「おやさ! ルカ様じゃないか。おひさしぶりだね!」

 

 雑貨店に入ると、珍しく店主が店番をしていた。

 最近は腰を痛めたと言って娘婿に任せっきりだったのに、どうした風の吹き回しだろう。

 

「腰が悪いのでは?」

「そうだよぉ。本当は上で寝てたいんだけどね。今年は娘たちが張り切っちゃって、夏至祭期間は広場で露店を出すことになってさ、しかたなーく鞭打って降りてきたんだ」

 

 困っちゃうよねぇと言いながらも、どこか嬉しそうな顔をして店主は頬をかいた。

 僕はそんなに広くない店内をぐるりと見渡して、他に客が居ないかを確認する。

 店内には店主の腰痛のためか、至る所に椅子が置かれていたが、どうやら他の客は居ないようだ。もし他の客が居たら、店主に説明する言葉を慎重に選ばなければいけなかったので、一つ面倒ごとが減って肩の力が抜けた。

 店内を見渡し終えた僕に、店主が用件を尋ねてきた。

 

「で、ルカ様。今日はどういったご用件で?」

「うん、実は——— 」

 

 僕が検討している装備品と予算について簡単に説明すると、店主はうんうんと相槌を打ちながらチラチラとレティシアを観察し、カウンターに置いてあった大ぶりの手帳を手繰り寄せた。

 

「そうさねぇ……最近は短剣の仕入れが悪いから、良いのがあるかどうかわからないけど……どれ、とりあえず見繕って出して見るかね。ちーっと待っててな」

 

 店主が腰をさすりながら奥の棚に行くのを見てから、僕はひっそりと背後に立っているレティシアに向き直って尋ねた。

 

「そういえば、実家に使えそうな装備品があるかもしれないと言っていましたよね?」

 

 尋ねられたレティシアは、言われて思い出したのか、肩掛け鞄を開いて中から細剣(さいけん)と小ぶりの直剣、小型のナイフを取り出し、順にカウンターに置いていった。

 僕はその剣よりも何よりも、レティシアの鞄が気になって、その中身を覗き込むように首を伸ばす。

 ずいぶんと珍しい物を持っているじゃないか。

 レティシアはわずかばかり距離を詰めた僕に驚いて、さっと鞄ごと身を引いた。

 僕は避けられたことが気まずくて、誤魔化すように咳払いをし、軽く鞄を指さして尋ねた。

 

「空間魔法ですか?」

 

 あんな長物が鞄に収まっていたんだから、それ以外ないだろうに、なんだって僕はそんな質問をしたのか。

 レティシアは肯定してから警戒心剥き出しで鞄を閉じた。

 

「それも母上が?」

「そうでございます。マントと一緒にお祝いにと」

 

 空間魔法を使える魔導師は少ない。さらに言えば、こういった鞄に付与魔法としてそれをかける事のできる魔導師はその中でも希少だ。

 そんな魔導師が宮廷に居たのに、僕が知らないはずがない。レティシアから聞いた母親の在籍期間から見ても、一度は絶対に顔を合わせているはずだ。でも、それが誰かはまったく見当がつかない。それが不思議だ。

 僕がレティシアの鞄をじっと凝視して考えこんでいると、奥から店主が眉を寄せながら戻ってきて、レティシアが置いた武器具の隣に何本か短剣や他の装備品を置きながら口を開いた。

 

「おいおい、何だ? 買取りもするのかい?」

「いいえ。使えるものがあったらと思って、持ってきてもらっただけです。これらも合わせて、彼女に合う物を見立てもらおうと思っていました。あなたはそういうの得意でしょう?」

 

 ここの店主の見立ては、この帝国の中でも五本の指に入るくらい優秀だ。用途と予算を伝えて彼にそろえて貰えばほぼ間違いはない。僕が初めて冒険用に装備を揃えた時も、彼に見てもらったくらいだ。

 

「ハハ! ずいぶんと信頼を寄せてくれるじゃないか、ルカ様!」

 

 店主は嬉しそうに顔を緩め、「どれどれ?」とレティシアが持ってきた剣らを一つずつ手に取ってじっくりと観察し始めた。

 

「あぁ、こりゃちょっと娘さんが扱うには長いかもね」

 

 細剣と直剣を順に見た店主が言うと、レティシアが眉を寄せて「長い、ですか?」と店主に聞き返した。

 

「まぁ長いと言っても規格内だけどね。室内で振り回すには長いかなって思うよ。見たところ、娘さんの腕は長い方だしね。あとは、ちょっと重いから……今のその筋力だと扱い辛いかもね」

「短くするとか、軽くするとかは?」

 

 店主の言葉を受けて僕が尋ねると、店主は「うーん」と唸ってレティシアが持ってきた剣を丁寧に置いて答えた。

 

「できないことはないけど……どうせなら新しい物を買った方が良いね。この剣は丈夫そうだけど古い物だし、これを使っていくよりは新しい物を馴染ませた方がこの先きっとしっくりくるだろう」

 

 剣のことは良くわからないが、この男がそう言うのならば間違いはないだろう。

 レティシアを見ると、なぜだかちょっとだけしょげて見えた。もしかしたら二本の剣に思い出があったのかもしれない。


「けど、こっちの物は良いと思うよ。このナイフ、これはけっこう良い鋼を使っているから強度は抜群だよ。使うには柄の部分をちょっと手直ししたほうが良いだろうけど……これは、もともとは剣だったのかね?」


 店主がレティシアに尋ねると、レティシアは「え?」と言って一瞬考えるように視線を天井へ向け、歯切れ悪く答えた。


「あ、いえ……私は詳しくは、存じません。もらった時にはそれだったので」

「もらったのは父上? それとも兄上ですか?」

 

 僕が尋ねると、なんだか答えにくそうにレティシアは答えをよこした。

 

「兄に……」

「じゃ、きっと折れたんだろう。それであつらえ直したんだな!」

 

 店主がハハ! と笑ってナイフをカウンターに戻し、自分が持ってきた物に視線を落とした。

 

「短剣はこれでも良さそうだが、いちよもう一本どうだ? 保険で持ってても良いだろうからな。ちなみにおすすめはこれだ」

 

 店主が見せたのはレティシアが持ってきた物よりも小型のナイフで、僕の手のひらとだいたい同じくらいの長さだった。

 

「手に取ってみるとわかりやすいよ」

 

 ナイフを見下ろすレティシアに、店主がナイフを持ち上げ柄の方をレティシアに差し出した。

 レティシアは少し躊躇ったが興味があるのか、ナイフを受け取り色々な角度から眺めたり握ったりし始めた。

 

「そういえば、さっき短剣の仕入れが悪いと言っていましたが、何かあったんですか?」

 

 レティシアがナイフを見ている間、僕は先ほど店主が言った気になる話題について疑問を投げた。

 

「ん? よく聞いてんなぁルカ様は。そうさねぇ、何があったかはわからんけど、先々週くらいからかねぇ、買い付け先の在庫が急に少なくなってなぁ。今週なんてどこの店も品薄だよ」

 

 最後はため息混じりになった店主は、「鍛冶屋の方も出来上がったそばから売れてくっていうし……」とまた気になる発言を続けた。


「冒険者ギルドが新人用に買い上げている、とかではなくて?」

「いいや、そんな話は聞いてないな。もしそうなら買い上げる前にどっかから情報が入るし……まぁ、誰かが後ろで買い占めさせているっていう話も——— 」

 

 そこまで言って店主はハッとして僕に視線を向けた。

 口元に苦笑いを浮かべる店主の表情は「しまった」とでも言いたげだ。

 僕は店主に向けてにっこり笑う。

 

「良い話を聞かせてもらったみたいです。ありがとう」

「い、いいや。どういたしましてルカ様……で、どうだい娘さん? いい感じのはあったかい?」

 

 店主はこれ以上は勘弁してくれと、僕から視線をわざとらしくそらしてレティシアに向け声をかけた。

 レティシアはナイフに集中していたのか、どうやら僕たちの話は聞こえていなかったようで、突然声をかけらたことにびっくりして瞬きを数回して見せた。

 

「あ……おすすめされたこのナイフが一番手に馴染みました」

 

 手に持っていたナイフをカウンターに戻しながら、レティシアが視線で一番最初に店主が手に取ることをすすめたナイフを指した。すると店主は「そうだろう!」と大きく頷いて、そのナイフ以外を背面の机に移動させ、「どうせなら一式着けてみるかい?」とレティシアに提案した。

 

「え? あの、この格好で着けるんですか?」

 

 店主の提案にレティシアがぎこちなく質問をすると、店主は「そうだよ」と頷いて続けた。

 

「そのほうが重さとか、かさばり具合なんかが分かりやすいだろう? ルカ様の説明じゃ、あんた普段はメイドさんなんだろ? 今もちょうどスカートだし、実際身につけた時の感覚を知った方が良かないかい? 動きやすくないといけねぇしな。ほら、装備用のベルトはこれな」

 

 店主は言いながら、半ば強引に剣士用の腰ベルトなどを取り出してレティシアに手渡した。

 受け取ってしまったレティシアは断れなくなった様子で、渋々マントを脱いでカウンターに置き、渡されたベルトを腰に装着し始めた。

 カチャリカチャリとベルトと武器の金属部分がぶつかる音が店内に響く。

 スカートに帯剣というのはなんだか不恰好だが、装備した姿を見ると、なかなか様になる。

 僕はまだ支度途中のレティシアの姿をじっと見つめた。

 腰に細剣とナイフを下げた姿は、冒険者ギルドに良く居る女剣士の様にも見える。

 女剣士ってけっこう怖いイメージだったけど、レティシアがするのは良いかもな——— などと、僕はちょっとだけ頭の中で剣士姿のレティシアを想像した。

 

「そんで、いちよこんな装具もあるんだけどね。どうかな?」

「こ、ここで……ですか? 服の下に……」

 

 店主がカウンター越しに出した細みのベルト付きのホルスターを見たレティシアが、首と手を横に振った。

 どうやらスカートの下の足につける備品みたいだ。おそらく先ほどのナイフなんかを携帯するための物だろう。

 

「店内には僕たちだけですし、僕は後ろを向いていますから、付けてみては?」

「あぁ? そうか、恥ずかしいのか。んじゃあ俺は裏で娘さんが持ってきたナイフの柄を直してくるよ。ベルトはこんなのもあるから、しっくり来るやつを選びな。終わったら声をかけてよ」

  

 店主はそう言ってまた奥へと姿を消し、柄の調整を始めた。

 僕は店主が言った装具を見てから、レティシアを「せっかくですから」と促した。

 レティシアは仕方ないかと観念した様子でベルトを手に取り、僕に視線を向けた。

 僕は言われようとしていることを悟ってさっと後ろを向く。

 欲を言えば、今レティシアが手に持っている装備を着けたところを見てみたいが、図書室の一件もあるし、そんなことをしたら()()()支障が出そうだ。

 僕はじっと後ろを向いて店内の一角をぼんやりと眺めた。

 試着にはそんなに時間がかからず、五分か十分かするとベルトを外す音が聞こえてきて、僕はレティシアに「終わりましたか?」と声をかけた。

 

「あ、はい。もう大丈夫です。ありがとうございますルカ様」

 

 カチャリとカウンターにベルトや武器を戻す音と一緒にレティシアからの返事が聞こえたので、僕は振り向いて尋ねた。

 

「どれか良かった物はありますか?」

「これと、これでございます」

 

 カウンターに並べたベルト式の装備品を指さすレティシアに、僕は手を伸ばして購入予定のない物を端に退けた。

 

「あの、お金は……?」

 

 聞きづらそうに小声で尋ねてきたレティシアに、僕は笑う。

 

「必要経費ですから、気にせずに」

 

 今回の出費はそんなに痛手ではないし、そもそもこちらの要望でレティシアに護衛の真似事をさせるのだから、支払う義務があるだろう。顔を曇らせたままのレティシアにそう伝え、


「仕事用の備品だと思って下さい」


と苦笑しながら付け加えると、ようやくレティシアは眉間のしわを緩めてくれた。

 柄の調整をしている店主は、腰の痛みのせいか普段よりも仕事が遅く、なかなか戻ってこない。

 手持ち無沙汰になった僕たちは、カウンター周辺の棚などを見始めた。

 僕が見た棚には、冒険者が好みそうな籠手やら膝当てやらが積まれていて、〝夏至祭特価価格!〟と赤い文字で大きく書かれていた。装備を観察したところ、新商品ではなさそうだから、おそらく売れ残りか中古だろう。

 そういえば、レティシアは何を見ているのだろう?

 ふと気になって姿を探した。

 カウンターから少し離れた店内の中程のテーブルの側。そこにレティシアの姿はあった。

 テーブル上の一点を、じっと見つめている。

 向けられている視線の先を追うと、どうやら付与魔法付きの腕輪を眺めているようだ。

 

「これですか?」

 

 見当をつけて一つ持ち上げて尋ねると、レティシアは驚いて僕を振り返った。

 レティシアが見ていた腕輪は、指二本くらいの太さの特殊な樹脂で作られた透明の腕輪で、中に綺麗な草花が閉じ込めてあった。かけらている付与魔法は低級の気配消しだが、メイド兼護衛のレティシアが身につけるには良い品だと思う。

 まぁ正直言えば、せっかく可愛い仕上がりの腕輪なのだから、もっと気の利いた魔法——— 例えば恋愛成就のお(まじな)いとか幸運のお呪いとか、その辺りが良いんじゃないかと思ったが、テーブルにあるこの種類の腕輪にそれらがかけられている物はなかった。冒険者が良く利用する店だから、実用性が高い方が売れるのだろう。

 僕は腕輪を持ってカウンターまで行き、購入予定の品の横にそっと置いた。

 

「夏至祭のお休みに付き合わせてしまいましたから、お礼ということで」

「え? いいえ! そのようなお気遣いは!」

「支払いなら気にしなくて良いですよ? 武器類同様に必要経費だと思っていただければ。気配消しの付与魔法もかかってますしね」

 

 普通に贈り物をするつもりで手に取ったのに、なんだか言いくるめるような言い方になってしまった。

 恋愛成就とか幸運のお呪いが必要なのは、僕の方じゃないかと頭の奥の方で自分が囁いた気がした。

 レティシアは僕の言い分にまだ困惑している様子だが、反論する様子はない。僕はレティシアが黙っているうちに支払いを済ませてしまおうと、奥にいる店主に声をかけて内ポケットの財布に手を伸ばした。

 そうして、ある物がないことに気づいた。

 

「あ」

 

 思わず口をついて出た〝しまった〟という意味合いの〝あ〟に、レティシアが怪訝な顔をして僕の顔を覗き込んだ。

 しかし、これを言ったらなんだか怒られそうな気がするな。

 僕は内心狼狽しながらレティシアを見て言った。

 

「実は——— 」

 

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