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副官サマの日記帳  作者: 茅嶋ときわ
15/50

副官サマとメイドの噂 前編

 初夏の月も終わり、双子の神の月になった。

 雨が多いこの時期は、朝夕の寒暖差が非常に大きい。双子の神は悪戯好きで飽きっぽいからだと、昔の人たちはよくそう言ったそうだ。

 今日は気温こそ暖かいが、朝からしとしとと小雨が降り続いている。

 私は洗濯籠を抱えながら、廊下に面する窓の外を見てため息をついた。

 剣の腕を確かめられてからもう五日ほどが過ぎた。その日か、私の日常に新しく加わった剣の訓練。それはなかなかに私を苦しめてくれている。

 午後に一時間だけという約束で始まった訓練は、想像していたよりもかなり激しいもので、実践向き——— とでも言えばいいだろうか、毎回お仕着せのまま、もし敵がこんな風に襲ってきたら、あんな風に襲ってきたらと、あらゆる可能性の立ち回り方を考慮して、中庭で対人戦を繰り広げる。最初こそ、想像を巡らせながらというのは面白いと楽しんだが、日が経つにつれそんな思いは消え失せてしまった。

 ルカ様も同じく訓練するとのことだったが、私は中庭では一度も顔を合わせていない。いてくれたなら気分も上がりそうだが、仕方がない。さすがに執務がお忙しいのだろう。

 

「あぁ、痛い……」

 

 日々の生活でしか動かしていなかった体に、剣の稽古は重く響く。

 特に腕と足だ。

 踏み出して下ろす足の感覚が以前と変わっている気さえする——— などと考えたとたん、私は階段の段差を踏み外した。

 転ばないように慌てて背を逸らせて体制を立て直し、階段の上に軽く尻餅をつく。なんとか滑り落ちずには済んだが、身を庇ったせいで洗濯籠を取り落としてしまった。踊り場に落ちた籠から中身が散らばる。

 誰か人が来る前にと、まだ緊張の残る足で立ち上がり洗濯籠を起こし、散らばったリネンを拾う。その私の手は、微かに震えていた。

 筋肉の疲労のせいだろうか。

 私はため息をついて、どうしてこんなことになってしまったのだろうと残ったリネンを手早く拾い上げた。

 成り行きで。

 そんな言葉が適当だろうが、そんな風にサラッと流せるような事ではない。

 セオドール様は私の日常の予定が変わろうとも、特に気にする様子はなく、以前と変わらずにいる。私のことも疑っていないご様子だ。

 疑い、この単語は早く拭い去りたい。

 ルカ様に調査で何か分かったかと尋ねてみようと思っているが、ここのところお忙しく長い会話ができないので、進展があるのか無いのかわからない。

 

——問題はありませんか?

——今夜は食事は要らないとセオドールに伝えてください。

 

 はいやいいえで返答できてしまうほど単純な業務的なやり取り。

 まったく普通の健全な主人と使用人の関係だ。


 こういうのだけでいいのだ、本来はこういうのだけで!


 私は心中そう強く思いながら、もう一度ため息をついて足早にリネン室へと向かった。

 

「あら、レティシア。リネンならそこに置いておいき。新しいのはすぐ用意するよ」

 

 リネン室へ着くと、いつも居る年配のランドリーメイドがにこやかに話しかけてきた。

 普段なら、「札付けして記入して、ちゃんと並べて置くんだよ! 替えは自分で探して持ってお行き!」と厳しい態度なのに、なんとも妙だ。

 (いぶか)しげに思いながらも、私は頷いて籠を置いて札をつける。

 年配のランドリーメイドは新しい物を棚から取り出しながら、チラチラと私を見てくる。

   

「何か?」


 そう尋ねると、彼女は首を横振って微笑み、変えのリネンを私に渡して仕事に戻って行った。

 なんなのだろうか?

 首を傾げて彼女の後ろ姿を見ていると、リネン室の外の廊下から話し声が聞こえてきた。


「でね、下着姿だったらしいわよ」

「えぇ! そんなふしだらな人には見えなかったけど……」

 

 話し声はリネン室の手前で止まり、わずかに声が小さくなった。

 きっとこれから噂話が繰り広げられるに違いない。そんな雰囲気に、私は急いで戻ったほうがよさそうだと、置いてある別の籠に替えのリネンを詰め込んだ。しかし、そんなちょっとした作業の間に、廊下の会話はどんどん進んでしてしまう。

 

「やだ。あなた知らないの? 最初からそんな噂だったじゃない! 副官サマの愛玩なんちゃらって!」

「それって、あの子のことだったの?」

「そりゃあそうでしょ!」

 

 以前に城下へ降りた時にも聞いた噂話だ。

 副官様と愛玩メイド、ルカ様と私についての噂話だ。根も歯もない噂だからと、ずっと気にせずにいたが、この状況で何食わぬ顔で廊下に出ていくのはさすがに気が引ける。

 

「私はってっきり……ううん。いいや。じゃあ副官様はそういう目的であの子を引き抜いたってことね?」

「そうそう!」

 

 そう言う目的——— と脳内で反芻(はんすう)すると、急に恥ずかしさが込み上げてきた。

 思わず口元に手を当てる。

 愛玩メイドってそういうこと!

 愛玩とは、動物とかそういうものを愛でることだとばかりだと思っていたが、どうやら私は思い違いをしていたようだ。

 

「私は真面目な使用人。帝国のために仕えてます! って、澄ました顔してよくやるよねぇ」

 

 キャハハ! と声をあげて笑い始めた二人に、リネン室にいる他の使用人たちの空気がぎこちなくなった。年配のランドリーメイドが引きつった笑顔で私にわずかに振り返る。

 あぁそうか。きっと私がここに来るまで、この人たちも同じ噂話をしていたのだ。

 以前、ソレーユさんがどうして突然イリア様の元へ使いに出したのか、その理由がようやくわかった。

 

「いやぁ、それにしてもさぁ、書記官室の椅子の上でなんて、超やらしくない?」

 

 だんだんと内容に凄みの増す会話に、私は耐えられず新しいリネンを詰めた籠を拾い上げて部屋を飛び出した。

 噂話をしていた二人が驚いて私を見るが、瞬時にその表情は好奇なものへと変わった。

 私は視線を廊下の奥へと向け、通りすがる人たちへ向かないように必死で歩く。

 一歩室外へ出た瞬間から、生暖かい視線を感じる気がしてならない。もしすれ違った人たちと視線があってしまったら、絶対に気まずい思いをするし、態度に出てしまう。噂話をしている人たちがそんな態度の私を見たらどう思う? 拍車をかけるだけじゃないか?


 あぁ、もっと気をつけるべきだった!

 

 宮廷の使用人だった時以上に、ルカ様とは距離を取るべきだった。

 取り巻く状況と自分の今後について、もっと重く考えるべきだった。


『書記官室の椅子の上でなんて——— 』

 

 脳裏に残る噂話の断片がねっとりとこびりつく。不思議な感覚に胸がざわついた。そうして気づいた。おかしくないか? と。

 書記官室にルカ様と二人で居た事は事実だが、それを知るのはごくわずかな人たちだ。刺客に襲われた夜の話は内密になっていて、知るのは当人とセオドール様と、あの場にいた兵二人にアレス皇子とルーイ様、それと刺客だけのはずだ。それなのに、なんで場所を特定した噂が流れているのだろう? 偶然にしては出来過ぎじゃないか?

 考え始めた私は少しだけ歩く速度を落とした。

 偶然じゃないとしたら、刺客が流したとでもいうのか? なんのために? そんなことをして刺客とそれを操る人間に特があるのだろうか? それともやはり偶然で、夜中に廊下を歩いている私を誰かが見ていて、面白半分に作ったとか? でも、あの晩は誰ともすれ違わなかったし、気配もなかった。

 そんなことを考えながら歩いてると、突然抱えた籠に衝撃を受けて私は後ろによろついた。

 

「おい、気をつけろ!」

 

 苛立った声に慌てて顔を向けると、仏頂面をしたルーイ様がこちらをじろりと見て立っていた。

 私は謝罪し頭を低く下げ、二歩下がって礼をする。

 

「お前、確か……」

 

 考えながら喋るルーイ様の声が頭上から降ってくる。

 

「姿勢を戻して顔を上げろ。ルカのメイドがこんなところで何をしている?」

 

 私は言われた通りに姿勢を戻して顔を上げ、ルーイ様に視線を向けた。そうして洗濯籠に視線を落とし、「リネンを取りにまいりました」と答えた。するとルーイ様は鼻で笑ってリネンをあごで指して言った。

 

「部屋へ戻る道はこっちじゃないだろ? こっちに来たら遠回りだ」

 

 ごもっともな言葉に、私はどう答えていいのかと視線を泳がす。それが気に入らなかったのか、ルーイ様は鼻を鳴らした。

 

「本当でございます! ただ考え事をしておりまして、道を誤っただけでございます!」

 

 これ以上疑われてなるものかと、私は再び頭を低くしてルーイ様に言った。

 ルカ様のおっしゃりようでは、アレス皇子とルーイ様は私のことを密偵か刺客だと疑っておられるみたいだ。それならもう、無闇に疑いの種はまかないほうがいい。

 ルーイ様は特に何もおっしゃらない。

 廊下には窓の外からの鳥の声しか響いていない。

 

「レティシア?」

 

 不意に後方から呼びかけられて、私は姿勢を低くしたまま振り向いた。すると、廊下の角にルカ様の姿が見えた。

 

「こんなところでどうしました?」

 

 静かに微笑みながら近づいてくるルカ様だが、やはりどこか不思議そうな顔つきだ。普段ならば通る必要のない廊下に、やはり私がいてはおかしいのだ。

 私はルーイ様をどうしようと顔を向けるが、既にルーイ様の姿はそこにはなかった。

 

「リネン室帰りですか?」

 

 私の手元の籠を見てからルカ様が尋ねたので、私は小さく頷き「ルカ様はどちらに?」と尋ね返した。

 

「僕は今から図書室で探し物です。そうだ。せっかくだから手伝ってくれませんか? 一人で探すと時間がかかるので。もしレティシアが急いでいなければ、ですが」

 

 私はどうしようかと悩んだが、図書室ならば噂話から逃れられるかもしれないと思って頷いた。

 私が頷くと、ルカ様は「じゃあ行きましょう」と先導するように前を歩き始めた。

 宮廷の図書室は王立図書館よりも規模は小さいが、蔵書は豊富で、そのほとんどが貴重な本だという。そうして、王立図書館にもないものが多いのだと聞いたことがある。

 こじんまりした入り口をくぐると、規則正しく整列された本棚が目に飛び込んできた。本の香りと少し張り詰めた独特の空気。普段なら心地良さを与えてくれる空間だ。しかし、今日は変な緊張感だけが重く胸に広がっていった。

 

「レティシア、こっちですよ」

 

 図書室の奥へとさっさと歩いて行ったルカ様が、振り返って手招きをしている。

 一番奥にある重苦しい装丁の扉は、硬そうな木でできていて、しっかりとした鍵が三つついていた。

 ルカ様が錫杖を扉に向けて少しだけ傾けると、カチリカチリと鍵の開く音が聞こえ、扉が一人でにギィと鈍い音を立ててほんの少し開いた。

 鈍く光るドアノブに手をかけ、ルカ様は体が入るくらいだけ扉を開いて中に入る。遅れないように急いで後について入ると、古い本の匂いがした。

 

「扉は勝手に閉まるのでそのままでいいですよ」

 

 ルカ様に言われた通り、そのままにして歩き出すと、背後で鍵の閉まる音が聞こえた。出る時もまた解除しなければいけないのだろうか。

 

「僕一人だと探すのに手間取りそうだったので、あなたに会えて助かりましたよ。これが探す本です。僕はこちらの列から探すので、あなたは隣の列をお願いします。籠はそこの机に置いて探しすといいですよ」

 

 ルカ様は私にポケットから出した小さな紙切れを差し出し、本棚の列を指さして言って、視線を背表紙に向け始めた。

 私は入り口近くにある机に籠を置き、紙切れに書かれた本の題名を目で追う。

 題名からするに、一冊は魔法薬の本で、他の二冊は魔道具と古代魔法について書かれたもののようだ。

 私は指定された棚を見上げ、上から順に背表紙を眺める。

 私が見ている棚は、どうやら古代魔法や怪しげな呪術の本が多いようだ。しかし分類はされていないようで、時折〝新しい生活魔法〟とか〝深海の恐ろしい魔物たち〟といったまったく違う題目のものが目に飛び込んでくる。


「あの、司書の方は場所をご存知ではないのですか?」


 斜め後ろ姿がほんの少しだけ見えるルカ様に尋ねてみると、ルカ様は首を横に振って「無理でしょうね」とつぶやくように言った。

 

「ここの本棚はずっと整列されていないんです。入室制限もあるし、禁書も多いし、司書じゃとても扱えない。もちろん、整理してくれと司書は毎年頼みに来ますよ。でも、それらを扱える人間は限られている上にみんな忙しいですからね……」

「そうですか……」

 

 確かに、それでは一人で三冊を探すのは大変だろう。

 私は紙切れと背表紙とを交互に見ながら本を探した。

 どのくらい経ったのか、私はようやく一冊を見つけた。棚の隅っこの奥まったところに、隠されるみたいにギュッと押し込められていた。表紙の題字は所々禿げて読みにくいが、間違ってはいないと思う。

 

「レティシア、見つけましたか?」

「はい、一冊は」

「なら、これで終わりですね」

 

 そんな声とともに、パラパラと頁をめくる音がしたので、私はルカ様の姿を探して何列かの棚の間を覗き込んだ。

 ルカ様が居たのは、本棚と本棚に挟まれた窓際だった。

 暖かそうな日差しが髪に透けてキラキラ光っている。雨はいつの間にか止んだようだ。それにしても、本に視線を落として文字を追う姿はとても様になる。思わず見惚れてしまう。

 

「思ったよりも早く見つかってしまいましたが、さて」

 

 どこか残念そうに言って、本をパタンと閉じたルカ様は、私に見つけた本を渡すようにと手を差し出した。

 私は持っている本を渡すために窓辺に寄る。

 

「それで? 何か僕に言いたいことがあるのでは?」

 

 本を受け取って題名を確認するように視線を表紙に流したルカ様が尋ねてきた。

 言いたいこと——— と聞かれて、私は開きそうになった唇をキュッと結んだ。

 書記官室でのことが噂になっていることについて、言ったほうが良いのか迷った。

 言い淀んで空いた間に、沈黙が訪れて私はうつむいた。そうすると、スッ とルカ様の手が伸びてきて、あごを軽くすくわれた。

 あごの角度が上がって自然と目線がルカ様と合わさる。

 薄い水色の瞳に、窓からの光が映り込んでガラス玉みたいに光っていた。

 

「気になることがあるのなら、遠慮せずに言って欲しいですが……まぁ、無理にとは言いませんよ」

 

 言いながら私の表情を観察していたのか、途中で少しだけ困ったように眉を寄せてあごから指先を離した。

 離れゆく白い指先を目で追いながら、追及されなかったことに安堵していると、不意に白い指が途中で軌道を変えた。

 

「る、ルカ様!」

 

 軌道を変えた指先は、あっという間に私の肩を掴み、くるりと窓辺に寄せてしまう。

 窓ガラスから陽光の温もりを背中に感じる。

 肩から背中に手を回し、抱き寄せるように距離を詰めるルカ様に、心臓の鼓動が早くなる。

 私は動揺しつつある頭をなんとか働かせ、たしなめるためにそっとルカ様の胸元を押し返した。

 

「ひ、人が……」

 

 首をわずかに捻って窓を振り返る。

 格子窓になっている背後の窓ガラスは透明だ。上階であっても人影があれば目につくだろう。良く観察されたら〝誰か〟ということも特定されるかもしれない。もしまたあらぬ噂を立てられたら、今よりももっと居た堪れない。しかし、私の心配を他所に、ルカ様はクスクスと笑った。

 

「その窓には魔法がかかっているので、外からこちらは見えませんよ。ここは禁書のある部屋ですからね。上階といえど、防護魔法は必要でしょう?」

 

 それは、確かにそうだ。入り口をあれだけ厳重に魔法の鍵で固めておいて、窓には何もしないということはないだろう。でも、私はそういうことだけで胸を押し返したのではない。

 書記官室でのように流されてしまってはいけないからだ。

 あの晩の()()()()()は、どうやらルカ様は熱が高かったせいか覚えておいでではない様子。それなら、今ここで私がしっかり抵抗すれば、これ以上おかしな関係になることはないだろう。

 ドキドキ と、私の心臓が音を大きくした。

 いつの間にか本を窓の縁に置いたルカ様の空いた手が、私の頬を掠めてあごをすくった。さっきよりも丁寧に、ゆっくりと。

 うつむくことができず、自然と交わる視線。ほんの少しだけ潤んだルカ様の薄い水色の瞳。その奥はとても穏やかだ。

 距離がどんどん詰まってくるのに、ルカ様の胸元にある私の手は動かない。

 押し返すだけなのに、先程のようにそれができない。

 互いの唇がほんの少し掠めた。そうして次いでもたらされる、優しい口付け。

 ダメだと頭の奥で理性が止めるが、私は流れに身を任せて口付けを受け入れてしまう。

 真っ当な主人と使用人の関係ではない。

 心臓が切なく疼く。

 いけないことをしているという罪悪感と、よくわからない高揚感が胸の内でせめぎ合う。

 唇が離れると、ルカ様が吐息まじりにぽそりと言った。

 

「あなたを前にすると、どうしてか欲求に素直になってしまう」

 

 その言い方のあまりの色気に、私の理性が一気に働きを取り戻した。

 良くないことだと言おうと口を開く——— が、あっという間にまた唇が合わさった。今度は押し当てるように強い、深い口付けだった。

 一度二度、わずかに角度を変えながら交わる唇と互いの吐息。

 頭がクラクラして膝から力が抜け、私は窓の縁に浅く座り込んでしまった。

 頭ひとつ分ほど身長差のできた私の首筋に、ルカ様の手のひらがそっと添った。

 優しく撫でるように後頭部まで這った手のひらは、包むようにやんわりと支える。

 ルカ様の胸に置いている手がとても熱い。

 自分の熱なのか、ルカ様の熱が服越しに伝わってきているのかわからない。

 

 コンコン

 

 ノックの音が吐息に混じって響いた。

 入ってきたらどうしよう! 

 そんな緊張がお腹の奥をキュッと締め付けた。

 

「どなたかおいででしょうか? これから司書会議がございまして、あと十分ほどで図書室を閉鎖する予定でございます」

「……そうですか、わかりました。すぐに出ます」

「よろしくお願いいたします」

 

 ルカ様がなんのことなく答えて、ゆったり私を見下ろす。そんなルカ様の胸元を、私はグッと強く押した。

 そんな行動を予期していなかったのか、それとも私の力が強かったのか、ルカ様は後方に少しよろめいて下がった。

 私はするりとルカ様の脇をぬけ、扉へ向かう。

 顔が熱くて、耳まで熱くて、ルカ様の顔を見られない。

 自分が何をしたのか受け入れられないほど動揺している。

 

「レティシア!」

 

 背後からかかる呼びかけに、私は反応すらせず、脇目も振らずに部屋を飛び出した。


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