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脚の向き

 スキャンダル部の部長、鴨井くるみは質の悪いことに、SNSの裏アカウントを複数持っている。

 先日僕の調査によりほぼ確定した、足立先生と春日先生の交際。この事は先輩の裏アカから発信され、瞬く間に拡がっていった。

 裏アカから裏アカへと情報が渡ってゆき、もはや発信源をたどることは難しい。おそらくこれが先輩の狙いなのだろう。いままでもこうやって情報を流してきたらしい。

 僕が先輩に報告をして3日経たないうちに、校内中にその噂は流れていた。

 その噂がとうとう職員室に向かったらしく、足立先生と春日先生は間もなく結婚を発表した。

 職員室で校長に問い詰められた足立先生は、「すぐに結婚の報告をするつもりだったんですよ~」と苦笑いをしながらゴマをすっていたらしい。これも先輩からの情報だ。

 一部、春日先生ファンの男子生徒からヘイトを受けた足立先生だったが、今回の騒動は落ち着いた形で収束した。

 初仕事で大仕事を終えた僕は、精神的に疲れていた。

 しばらくは部活を休もう。そしてあわよくばそのままフェードアウトしよう。

 そう思っていたのだが、ふともう一つの仕事が脳裏をよぎり、いやな予感がした。

 そしてそのいやな予感は思っていたより早く、現実となった。

「ぐふっ!!」

 終礼が終わり帰ろうと廊下を歩いていると、突然教室から手が伸びてきて、僕の襟を掴んだ。

 その力があまりに強く、抵抗する間もなく僕は暗い教室へと吸い込まれていった。

 冷たく細い指が、僕の顔をなでる。

 首に当たっている爪は、まるで人質がナイフを当てられているような感覚を与え、耳元で囁かれるその声は、死の宣告をしているようだった。

「後輩、どこに行くんだ?」

「ヒエエエ!!」

「ちょっと、そんなに驚かなくても。私よ私」

 カチッと電気がつき、目が眩むほど辺りが明るくなる。

 気づけばそこはいつもの部室だった。

 狭い部室に机が一つとその上にノートパソコンが一台。椅子が二脚と、天井まで届く本棚が片方の壁に設置されている。

 そして奥に小さな窓があり、そこからはグラウンドが見えている。

 先輩はその小さな窓を開け、縁に座った。

「後輩、帰ろうとしてただろ」

「いえ、そんなつもりは・・・」

 じっと僕の目を見つめる先輩。ボールペンをたばこを持つかのように指で挟み、上下に揺らしている。

「ほんとか~?」

 その鋭い目つきは、僕の一瞬の油断を生んだ。

「ぷっはは!はい、嘘つき~。目に出てるよ~」

 本当にこの先輩は恐ろしい。

「この前自分で教えた技を利用されるのって、どんな気持ち~?」

 ボールペンで僕の肩をツンツンとつつきながら、ケラケラ笑っている。

「もう、ほんとに帰りますよ!?」

「冗談だって、そう怒らないで」

 と言いつつも笑みがこぼれている。

 僕はいつもの席に座った。

「それで、先輩の方はどうなったんですか? 新入部員の」

 先輩は僕の言葉を聞くなり、窓の外に視線を移し、鳴らない口笛を吹いている。

「ダメだったんですね」

「うるさあい!!」

 急にむきになって大声をあげる先輩は、両手を振り回しながら僕に殴りかかってきた。

「だってあの子、私が何言っても目は逸らすわ話の途中で帰りだすわで大変なのよ!」

「先輩でもダメなら僕が行っても無理じゃないですか!?」

 ぶんぶんと振り回していて手を止めて、先輩は何かを考え込む。

 数秒間沈黙が流れたと、先輩が一つの提案をした。

「二人で行きましょう」



 次の日の放課後、僕と先輩は例の新入部員、木村百花のクラスに来ていた。

 教室の後ろの戸を少しだけ開けて、先輩が上から、僕がしたから覗き込む。

「いい?これからはターゲットって呼ぶわよ。名前を呼んでいるのが聞かれたら逃げちゃうかもだから」

 ひそひそ声でそういう先輩はゆっくり戸を開ける。

「それじゃあ、作戦通り行くわよ」

「はい」

 そういって先輩ひとりで、ターゲットに近づいていった。

 今回の作戦というものの、僕はこうやって陰で見ているだけだ。

 先輩が二人で話しているうちに、観察する。それが作戦だ。

 ターゲットのもとにたどり着いた先輩が、小さく僕にサインを送る。僕はうんと頷いた。

「こんにちは、木村さん」

 先輩はいつもの陽気な感じで話しかけた。

「こ、こんにちは・・・」

「これから帰るの?」

「はい・・・」

「へ~、そうなんだ。この前も言ったけど、良かったらうちの部活見ていかない?ああ、もし時間があればだよ! 忙しいんだったら全然今日じゃなくてもいいし、話しづらいならラインとかでもいいよ? 好感しとく?」

 いつもクールで僕をからかう先輩はどこに行ったんだ? 

 これまで何があったか知らないが、あの先輩の慌てようはひどすぎる。

 ターゲットの観察どころか、行き場を失っている先輩の手に目が移ってしまう。

「前も言いましたけど、部活とか入るつもりは、なくて・・・」

「そ、そうなの? でも一度でいいから見に来てほしいな~って。ほら、木村さんパソコンに詳しいみたいだし!」

 その瞬間、ターゲットの体がピクリと動き、しばらく硬直していた。

 そしてそのまま立ち上がり「帰ります」と言って足早に去っていった。

 一人取り残された先輩は僕の方を見て涙目になっている。

 これは先生の時より難しそうだ。


 部室に戻ってきた僕らは、定位置についた。

「見た? 無惨にフラれる私の姿を」

 完全に落ち込んでいる先輩は、机に突っ伏したままそう言った。

「どうやらパソコンに関しては触れないほうがいいみたいですね」

「どういうこと?」

 そう、あの時、先輩がパソコンについて話し始めたときターゲットの様子は変化した。

「先輩、これまで勧誘に行ったときも、パソコンについて話し始めたときに帰りませんでしたか?」

 先輩は顔をあげて、少し考えてから言った。

「確かに、そうだわ!」

「やっぱり。という事は、彼女は何かしら事情があって、パソコンには触れてほしくないんですよ」

 顎に手を当てて考え込む先輩。

「うーん、どうしてだろう。情報によれば特に事件や問題が起こった過去はないのに・・・」

「理由はわかりませんが、触れないほうがいいのは確かです」

 今回の件は本当に面倒だなと思った。

「あと、先輩がターゲットに近づいた時から無理だとわかってましたよ」

「ええ!どうして!」

「脚の向きです」

「脚?」

「はい。目は口程に物を言うって言うじゃないですか。でも僕は足の方が出やすいと思うんです」

「どういうこと?」

「目って意外とごまかせるんですよ、ポーカーフェイスの人がいるように。でも脚に注意を払う人は少ない。だから脚を見ればその人の心理が読めたりするんです」

 難しそうな表情を浮かべる先輩。

「それで、ターゲットの脚はどうだったんだ?」

「はい、先輩が話しかけたときから出口を向いてました。つまり早く帰りたいと心から思ってたってことですね」

 ガクっと頭を落とし、机に額をぶつける先輩。

「私、そんなに嫌われてたか」

「みたいですね~」

 あれほどまでに拒絶するのは珍しいが、これは追及していいものなのか?

 なんにせよ、先生の時みたいにあまりしぐさに現れない人は厄介だな。

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