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初頭効果

「足立先生!」

 放課後、生徒たちでごった返す廊下をかき分けて、職員室の前を通る足立先生を呼び止めた。

「どうした、一年生か」

 足立先生は体育会系で、筋肉質の体にパツパツのシャツを着ている。

 声は低く、心臓に響くような低音だ。

「足立先生って、歴史の先生でしたよね?」

 僕はいつもより気持ち高めのトーンで、満面の笑みで話しかけた。

「ああそうだ! 何か質問か?」

 足立先生はにっこり笑ってそう言い返した。

「はい、中学の内容を復習していたんですけど、どうしても理解できないところがあって。みんなから足立先生は優しくて教えるのも上手だときいて」

 これは根も葉もない嘘である。

 しかし足立先生は上機嫌で、先ほどよりも口角を数段あげて、

「そうかそうか! なら明日の放課後また来なさい。今日は会議があるもんでな」

 と、笑いながら言った。

「はい、ありがとうございます!」

 まあ、最初はこんなもんだろう。


「それで、調査の方はどうだい?」

 部室に戻った俺は、脚を組んで座る先輩に促されるがままに、向かいの椅子に座った。

「まあ、順調ですけど」

「ほう、では今日の報告を」

 なんか先輩、やっぱりキャラ変わったな。

 苦笑いしつつも、僕はさっき会ったことを話した。

「ええ! それだけ? 何かもっと核心ついたのかと思ったわ、がっかり」

 文字通りがっかりした様子を見せる先輩。

「あのですね先輩、僕は足立先生と今日初めて会ったんですよ? 初対面の人にそんなプライベートな話するわけないじゃないですか」

「私は今までそうしてきたけど・・・」

 この先輩は一体どんなコミュ力してるんだ?

「物事には順序があるんです。わかりますか?」

 先輩は僕との間にある机に突っ伏して、髪の毛をくるくるといじりながら言った。

「まあ急ぎじゃないからいいけど。それより後輩、お前先生にはそんなテンションで接してるんだな」

 一気に脱力した先輩は、ついにスマホをいじりだした。

「いや、あれは演技です」

「は、演技?」

「はい」

 そう、あれは紛れもない演技である。そもそも僕が歴史の復習などするはずがなく、先生に媚を売るタイプでもない。

 あれは情報を引き出すための作戦なのである。

「演技って、どういうこと?」

 スマホを置いて真剣に先輩が聞いてきたので、仕方なく説明することにした。

「初頭効果って、知ってますか?」

 先輩はぽかんとした表情で、「なにそれ」と言った。

「人間は出会って数秒の間に相手の印象を決めるんです。そして、第一印象によって相手のイメージも大きく変わる。ここまでは分かりますよね?」

 うんうんと頷く先輩。

「実はこの第一印象はなかなか離れるものではなく、数週間、数か月とその人のイメージとして定着するんです」

 なるほど、と言って組んでいた脚を解く。

「つまり後輩は、真面目で向上心のある生徒、というイメージを足立先生に定着させたということね」

「そういうことです」

 ふーんと感心したような声を出す先輩。しかし僕がやったことはそれだけじゃない。

「それに加えて、ポジティブゴシッピングもしておきました」

「ぽじてぃぶ・・・なんだって?」

「ポジティブゴシッピングです。簡単に言えば、良い噂話です」

 眉間にしわを寄せる先輩は、目を細めて僕を見ている。

 しかしそんなことお構いなしに説明を続ける。

「本来は本人のいないところで、その人のことをほめるときに使うんですが、あえて良いうわさが流れていることを本人に伝えることで、より好感を高めようってわけです」

 いまいち理解できていないような表情を見せる先輩だが、何となくわかっているようだ。

「でも、そんな噂ほんとは流れてないんだろう?」

 痛いところを突かれてしまった。

「ま、まあ。今回限りですし、多少の嘘は・・・」

 先輩は呆れた表情を見せたが、

「まあ、やはり私の見込んだ通り、なかなか考えて動いているようだな」

 と、誇らしげに言うのであった。

 僕は椅子に深く腰掛けて、一息ついた。

「まあ、交際している件は本当だと思いますけどね」

 ぼそっとつぶやいたつもりだったが、先輩がやけに食いついた。

「どういうことだ!」

 急に顔を近づけられて、少し緊張した自分がいた。

「べ、別にたいしたことじゃないですよ!」

「いいから言え!」

 机に身を乗り出す先輩に押し切られて、仕方なく話すことにした。

「昨日の話だと、足立先生はちょっと汗臭かったり、体毛が生えていたりと、あまり清潔感のない先生、ということでしたよね?」

「ええ、そうよ。あまり近づきたくないという女子も多いわ」

 え、そんなこと言われてんの、足立先生。

「で、でも、さっき見たときは、ひげや腕毛がきれいになくなっていました。あれは自宅で自分で剃ったといえるような出来ではありません。おそらく脱毛サロンか何かに行ったのでしょう。そして、微かに香る香水の匂い。あれだけ身なりに気を遣うようになったということは、意中の人がいるとしか思えません」

 ほうほうと、感心する先輩。しかし、僕に近づけていた身体を急にひっこめた。

 そして恥じらいながら僕を見つめた。

「後輩、お前他人のそんなところまで観察してるとか、しょ、正直気持ち悪いぞ」

「誰がやれって言ったんですか! 僕もやりたくておじさんを観察してるわけじゃないんですよ!!」

 先輩はなぜか僕に背を向け、窓を開けた。

「まあ、順調ならそれでいい。このまま調査を続けなさい」

 なんだか今日の先輩は様子がおかしい。

 まあ、僕が気にすることでもないが。

「じゃ、じゃあ、今日のところは帰りますね」

 そういって僕は、部室を出ていった。

「ああ、気を付けて」

 先輩のか細い声が聞こえた。

 

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