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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

亜麻色の機械少女

作者: 秋ノ橘花

煙害と電気の街、トゥエルヴシティ。この街は青空と星を無くした。

時代と共に町ができ、人が集まり、ビルが立ち、やがて煙に包まれた。人々はその煙から逃れるように歩み続けている。太陽に照らされていなくともダイオードは道を照していたし、てっぺんに刺さる北極星が煌めかなくとも人々は迷うことはなかった。

この街において人体と機械の境目は、煙のように曖昧だった。



「お仕事終わりました、今帰ります」


『了解、寄り道せず帰ってきな、キツネちゃん』


「…」


18:54 雨が降り始めてきた。

黒にビビットグリーンの差し色の入ったナイロンジャケットが、青色の光を受け不健康に色付いた。

ぶかぶかとした服に身を包む16~18歳ほどの風貌の少女は、その年齢に見合わない”お仕事”を終え、”仕事道具”にセーフティをかけ胸元に隠した。


「湿気ていると思ったら」


彼女は少しくせのついた亜麻色の髪を軽く肩にかけ、ジャケットのフードを被ると、もう薄暗くなり始めている建物の外へと飛び出した。


黒い雨が繁華街の大通りに降り注ぐ。歩く人々は加工の施された厚いレインコートに身を包み、さらに傘をさして厳重に雨から身を守る。顔すら見えないのだから、きっと待ち合わせするのは不便この上ないだろう。


この繁華街には入り乱れた電飾と無数の飲食店が建ち並んでいる、人通りが多く競争相手も多いのだろうか。どの店も客を欲してあの手この手で客を得ようとする。

気づけば空はすっかり暗くなってしまっていて、誘うような赤々としたネオンが周りに灯り始めていた。帰路につく少女は、黒ずくめに混じる派手なレインコートの客寄せを何人も振り切り繁華街の中心から少しそれた道へ。赤々とした繁華街から一転、古ぼけた蛍光灯の立ち並ぶ小道へ出る。

野菜のメニューに定評のある飲み屋と古びた映画館のスキマに目を向けると、長い壁と入り組んだ配管の先に古びた木製のとびらがうっすら見えた。


狭い路地裏の奥に華やかしさもなくただただ佇むとびらは、繁華街のどの看板よりも彼女の心を揺らすものだった。




_____________________





「おかえり!無事に帰ってきたようで何よりだよ、怪我は…」


「ありません、大丈夫です」


ギギギと異音をならす扉を閉めると、白衣の女性が出迎えてくれた。包帯を頭に巻いて頬にもガーゼを当てている姿は見ているだけで痛々しい、手入れをしていないせいか長い白髪もボサボサだ。

いかにもマッドサイエンティストな見た目だが、私は尊敬と親愛を込めて、彼女を先生と呼んでいた。


「まぁまぁ、そう言わずにちゃーんと見せてごらん?」


先生は私の肩をつかみ、あやしげな器具の並ぶ部屋の隅に配置されている椅子へ座らせた。コンピュータと書類が並ぶデスクの上に仕事道具を取り出されると、私は先生のなすがままになってしまう。いつもの検診だ。しかし、せめてもの反抗とばかりに私は言葉を紡いだ。


「…まず自分をみたらどうですか。どうせここ数日寝ていないんでしょう、研究とやらに熱中するのもいいですが睡眠不足で倒れたらどうするのです」


「倒れる前には寝てるから平気だって、それに頑張れば4徹くらいはできるよ?」


「そんな事どうでもいいです、この書類だってまた…」


「ほーら、服脱がすよ」


先生は手袋を外すと私のジャケットを横のベッドに置き、次は私のシャツを脱がし始めた。先生の冷たい指先が顎の下に触れると、首筋、鎖骨、腹部へと私の身体を沿うように触れて、怪我が無いか確認される。





私の身体には、電脳や人工臓器が入っている。人の脳と感覚を拡張する技術は十年ほど前から姿を現し始め、次第にこの街にはやがて電脳外科医が増え始めた。彼らにとってこの煙害の街は都合が良いのだろう。そして、その外科医に頼る私にとっても都合が良かった。

専属で電脳や身体の調子を見て貰うかわりに頼まれた危険な仕事をこなす、高い手術代を返すまでは先生に従う。そんな契約で私はこの煙害にも困ることもなく、大人の男性よりも強い身体を手にいれた。


「くすぐったいかな、ユイ」


人工臓器の埋め込まれている下腹部へあてがわれた手に反応し身をよじると、その微かな反応にも先生は気付いてしまう。手だけで異常を察知する医者としての腕は確かだった。

どんな仕事の後でも帰ってきたらこうして手で私の身体に損傷がないか調べてくれるのだが、やり過ぎな気もしている。


「…それなりに」


「ふふふ、素直なことはいいことだ」


「でも、君こそちゃんと食べてるかい?体重を健康的に保つという事は人工臓器にも大事だよ。これでも、君以上にユイの身体には詳しいつもりだからね」


「…そうかもしれませんね」


「え、『気色悪いです』とか言われるかと思ったのに。まぁいいや」


私の真似をしながら不貞腐れる先生、正直あまり似ていない。そんなにカッコつけたように見えているのだろうか?

他愛もない事を言う先生だが、私にとってこの検診だけは慣れない事だった。他意もない検診のはずなのに、撫でられるたび変に意識してしまう。


先生の手が胸に当たる度に、高鳴る心臓の鼓動も伝わってないか不安になるのだ。先生の手が下腹部に向かうに従って心からゾクゾクと期待してしまうような気持ちになる。


先生が優しく接すれば接するほど私の醜さはどんどん黒く大きくなっていき、私の心をひどく揺さぶるのだ。


そもそも、私の身体のナカまで彼女には見られてしまっていた、手術の時も私の赤黒い頭の中を覗いたことだろう。触っている下腹部もそうだ。腎臓や膵臓、膀胱にもっと深い所まで、彼女は何処にあるのか知っている。そして改造されている。彼女一人に私というものを征服され、染め上げられているかのようなこの感覚に浸されるこの瞬間が何よりもキモチよく何よりも不快だった。


いっそのこと今考えている事全てを彼女と共有できたらどれだけいいだろう。あぁ、一体私は、どうしてしまったのか?そんな漠然とした不安と高揚を押さえながら私は自分の穢らわしさに耐え続ける。





「ユイ?どうしたんだい、久しぶりの仕事でお疲れかな」


「い、いえ。少し考え事をしていただけです。すみませんがロッカーに装備を戻してきます」


ジャケットと仕事道具を抱えて足早に去ろうとする。一刻もこの場から離れる事を考えていた。もやもやが私の心を揺さぶって今は先生の顔も見たくはない。



「あっ、待って」


しかし先生に呼び止められ、つい振り返ってしまうと先生はにっこりと笑顔を見せた。


「ごめんね、君のくせっぽい髪はつい撫でたくなる。亜麻糸のような色も、とても綺麗だ。いいかい、何かあったら言うんだよ」


頭に触れられている、先程とはまた違う感覚。私の髪を優しく撫でる先生に何を言えばいいのか分からず。私はまた背を向けた。


「…ありがとうございます」


顔が赤くなってしまった私はジャケットに顔を埋め、扉にぶつかりながらもなんとか部屋から脱出できた。心配する声が聞こえた気がするが、きっと気のせいだ。


なんと、私の単純な事だろう。

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