表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

四話

 〝ゲーム〟と呼ばれるものは人並み以上に嗜んだ。

 始めた切っ掛けは思い出せない。


 ただ楽しそうだったからかもしれないし、皆がやっているものをやれば友達が出来ると思ったからかもしれない。

 けど、その存在にハマった切っ掛けは直ぐに思い出せた。


 現実とは違ったから。


 自分が知り、見て、触れた現実とは掛け離れた、言わば第二の世界とも言うような、全く違ったものだったから。

 そこに惚れ込んだ。

 唯一楽しさを覚えた。



(戦闘系はよく手に取った)



 一歩目を踏み込んだ際、ふとそんなことを思い出した。

 目線は変えない。視界にはしっかりと化物が映っている。

 化物の眼は此方を追う。


 観たところで、ソレが何を考えているかなんて分からない。だが、どこか呆気に取られた様にも見える顔は、恐怖を感じさせながらも可笑しく見える。


 化物から見て右手。そこに向かって走っていく。

 湿る土は地盤が弱く、身体を傾けそうにもなるが必死に耐え、目的の状況を作り出すために走る。

 横目に見れば、化物は歩みを進める方向を変えていた。

 足は少女がいる方向に向いている。

 気のせいかもしれないが、速度が上がった気もする。



(好都合だ)



 自然と溢れる笑みを抑えようともせずに走った。

 隣去る木々と化物を何度か視界に収めながら速度は緩めない。

 地に落ちる小枝を拾えたら良いのだが、そんな暇は流石になかった。次の一歩目を踏み出す瞬間にはもう追い付かれているかもしれない。

 捕まる可能性だけは避けたい。


 一声目と比べれば、威圧という点では劣るが、同じ様な程度の叫びを化物は何度も上げる。

 化物の唸り叫ぶ音は聞こえるというのに、周囲の音は段々と聞きづらくなっていくのがわかった。


 それでも気にせず足を進める。



「……ッ!?」



 位置確認の為後ろを振り向けば、直ぐ前までそこにソイツはいたというのに。

 再度化物が視界に入ったのは、目の前だった。



 両目に、視界いっぱいの、爪。



 幸運だったのは。

 驚愕故に土に足を取られ身体が傾いたこと。


 化物の、大きく、先に行くにつれ針の用に鋭く尖る爪は、少女の右目を抉り取るように掠った。



「ア゛ア゛ァ゛ッッ!?」



 四本あった爪の一つしか少女には接していない。

 残り三本は空を切ったというのに。接してしまったのはたった一つの爪だというのに。


 被害は絶望的だった。


 酷い声が出た。酷く血が出た。

 思わず足が止まってしまう。無意識に押さえてしまった手には大量の血が付着する。顔から首に掛けて血で作られた線が出来る。


 痛い、なんて言葉じゃ言い表せない。

 枯れたような声を上げることしか出来ない。

 残された左目からは涙が溢れ出る。



(ここで死ぬのか……)



 意識が朦朧としてきた。あまりのショックに、脳が意識を止めようとしている。

 どこを見ようと目についた緑が薄れていく。

 もうまともに化物を見れない。



(さっき生き残るって誓ったばっかなのに……嫌だよ嫌だ嫌だ怖い怖い怖い怖い痛い痛い痛い痛い痛い死ぬ死ぬ死ぬ)



 感情が漏れる。

 もう動きたくもない。

 この恐怖を感じず、痛みを感じず、死を意識してしまわないようにするには、もう一層ここで動かずに生を終わらせるべきなのかと思う。


 けど、



 ――死にたくないなぁ



 ただ、ありふれた人生を送っていただけだと言うのに。


 気付けば知らない世界にいて。

 そこには自分一人で。


 そして、無惨に化物に食べられて死ぬ。


 化物に遊ばれて死ぬ。


 餌となって死ぬ。



 そんなもの誰が赦せようか。



(生きたい)



「生きたい」



 ただ生きたい。

 もう日本に帰れないのだとしても良い。

 こんな化物が蔓延る世界なのだとしても。


 生きたい。


 こんなクソみたいな存在に自分の人生を終わらさせたくない。

 ここで全てを無にはしたくない。


 幸いにももう作り出したかった状況は構築済み。


 左目から涙を止める為、唇を力いっぱい噛んだ。血が出ようが、もう些細な痛みなど痛覚は感じ取らない。

 視界が霞まないように、視界から存在を離さないように。

 意識だけは強く繋ぎ止める。

 浅く何度も吐いていた呼吸を、長い時間を掛けて心を落ち着かせる深呼吸をする。心臓を必要以上に早く動かす意味はない。



「よし」



 まだ容は残っていた。

 爪で裂かれはしたが、潰れて液体にでもなったわけではない。

 ただ機能が発揮されなくなった。


 ならもう必要ない。


 少女はゆっくりと右手を顔まで持ち上げると、寸前の迷いも見せずに勢いよく右目の眼球を抉り取った。

 流れるような動作で、手に取る自らの眼球を前に投げた。


 化物はそれについて何かの反応を見せることもない。

 すぐにその横を通りすぎた。瞬間。



 ――ギ゛ュ゛ゥ゛ウ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛



 化物のすぐ後ろに聳え立つ、周囲と比べてひとまわり大きな巨木が動いた。

 正しくは、巨木にまとわりつく植物の根が姿を見せた。

 目がなければ鼻もない。

 ただ口と思われる部分がついた円状の何か。

 大きく口を開けば沢山の牙が付いている。


 その口に少女の右目が含まれると一緒に、化物も呑み込まれた。


 ぐしぐしと奇妙な音が鳴り響く。

 鋭利な爪の欠片が化物の目の前に吐き出され、飛び出してきていた巨木に寄生する植物は、茎にその物体を潜めたまま、木に帰る。


 化物は下半身及び左の身体が存在していなかった。

 カラダを支えていた部分はもう存在しない。

 右肩から落ちるように地面に横たわった。


 化物に反応はない。

 唐突な状況に処理が追い付いていないのだろう。

 だがそれも数秒の話。



「ッァアアウゥア」



 自身が喰われたことに気付いた後にはすぐに反応を見せる。

 だが少女はそれに気にした様子はない。

 ゆったりとした様子で、近くに落ちていた化物の爪の破片を手に取る。持つだけで手から血が出た。

 それも気にしない。


 数歩歩けば横たわる化物。

 恐怖を何度も与えさせられたというのに。

 今やダラダラと血を流すだけの生物。



「じゃあね」



 短く切った言葉と共に。

 頭に向かって爪を振り落とした。


 蒼い光があった目からは、もう何色も見せない。

 動きもしなければ、声を上げさえもしない。

 やっと死んだのだろう。





 〝植物の根〟


 それが物体を喰うモノだと気付いたのは一時間程前。


 まだ歩き続けていた際、落ちている枝の内、何かの実が付いているひとつの枝を見つけた。

 紅くすべすべとした実。

 光沢があり、美味しそうにも見える。


 日差しから昼頃だと判断していたが、あながち間違ってはいない。少女は自分の空腹加減からそう思っていた。

 それもあり、手に持つのは美味しそうな実。

 毒かもしれない、などと脳内では危機感が働き口にはしないように命令を掛け一瞬戸惑う仕草を見せたが、少女は我慢ならなかった。


 口に放り込むと、勢いよく噛んだ。



「マズッ!?」



 瞬間的に感じる苦味。

 ぺっぺと地面に吐くが、実が口内から消えようと感触も匂いも味もまだ残っている。

 まだ枝には数個実が付くがもう食べる気にはならない。

 ポイと振りかぶって木に向かって投げた。



 ――パク



 宙に浮かんだ枝は、円状に口が付いた何かに変わっていた。

 呆然とした少女を尻目に、何かは伸ばした茎を縮めながら木の陰に隠れていった。


 食虫植物。


 それが植物の正体であった。

 あれは近付いてきたモノを何でも喰らう。

 試しに木や石を投げたがそれさえも喰っていた。

 何度も茎に流れ込んでいたのは、恐らく土なのだろう。


 それを知っていたから、少女は化物が現れた場所の少し離れた左脇に、これまで見てきた巨木よりも大きい木が確認できた時、あの木にまとわりつく植物はこの化物さえも喰うだろうと、望みをかけて行動した。


 結果は見ての通り。

 運が関わったが、少女は化物を倒せた。


 










「やっぱりここは異世界なんだ」



 数分も経ち、落ち着いた頃に出た一言。

 否定はする気も起きなかった。

 もう日本ではない。

 死は簡単に訪れる。


 これからも何度も覚悟をしなければならないのだろう。



(嫌だなぁ)



 そう思っている筈なのに。


 少女の顔。




 それにはどこか、恍惚とした表情があった








next schedule 4/5

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ