二話
口にしたくないという意思とは反対に、身体は動いてしまった。
「ウサ、ギ?」
縦じまが入る変色した木に、そこにまとわりつく植物の茎。
只の茎なら良いものの、よく見ればそれは、動いている。
否、根があるだろう地面近くに見える茎の方から、何かが茎の中を通っていく。
普通に考えれば養分や水分なんだろうが、それにしては異様に大きい。
維管束からそれらは送られる筈なので、維管束以上の大きさにはならない。ましてや、茎が元の大きさ以上になることはない。
しかし、目の前にある茎はポンプで水が送られるように、それが通る際異常に膨らむ。
よくよく見れば、その植物は至るところに存在した。
中には、何か大きな固まりが茎の途中で止まっているものもある。
その内の一つを少女は目にして、思わず反応してしまったのだ。
「本当に何処なの、ここは……」
見れば見るほど知らないモノだらけ。
暗緑色が多く、木々の隙間から通る日の光があれど、景色は暗い。
差し込む日差しからまだ昼頃といった所。
少なくとも夕暮れ時まである程度の時間は残されている。
この間に、ここが何処かの見切りをつけ、この森を出たいものだが、森を出た所で出た先が街とは限らない。
少女の頭に過るひとつの可能性。
馬鹿みたいな答えだと切り捨てられないこの状況に思わず苦笑してしまう。でも、今はまだその可能性を口にしたくはない。
言ってしまったら、只の推測にしか過ぎない馬鹿らしい発想なのに、それが現実だと認めてしまうようで。
「先へ進もう」
奥はここよりも更に暗くなっている。
目を凝らし、恐怖を感じようが身を硬直させないよう全身に気を張り、ゆっくりと地面を踏みしめながら前へと身体を進ませた。
■■■■
二時間経った。
流れる風は少し冷たさを増し、日差しは先程よりも弱い。寒さ、を感じる。その事実に少女は鬱陶しさよりも安堵の気持ちを寄せていた。
まだ自分にしっかりとした感覚が残っている。
この環境だ。
自らの体調に何か気変を犯していようと何ら可笑しくない。それがまだ無いことが喜ばしい。
歩みを止めずにここまで来たが、見かけない多様な種類の植物以外まだ見つけていない。
通りすぎた木々には所々に動物の爪痕が残っていたり、初めに目にした茎のように、動物だと思われしきモノを目にしている為、動物がここに存在するには存在しているだろうと、少女は仮定している。
自分がここを歩いているのを気付いていて前には出てこないのか、もうここには何も住んでいないのか。
浮かぶ現状は多々あるが、憶測に過ぎない。
(もしかしたら、急に目の前に飛び出してくるかもしれない)
そんな思いを抱きながら、油断しないように気を引き締めてここまで来た。
普段そんな行動を、少女にはしたことがなかった。
慣れぬことを長時間していた影響か、思っていたよりも精神的負担は大きかったらしい。
記憶を探ったときの痛みには程遠いが、弱い頭痛と軽い目眩がして、歩みを止めた。
「……異世界か。やっぱり、日本じゃないのかな」
数時間もここを体験すれば、まだ立ち止まっていた時の考えが正しかったのではないかと思い始めた。
元より、居場所からだけでなく、自分の格好からも可笑しさは感じていた。
服装もあるが、一番の起因は身体だ。
記憶にある自分との変化がありすぎる。銀髪でなければ、こんなに小さくもない。
声も、自分の耳に届く際ここまで高くはないし、綺麗な声質をしていなかった。
ひとつの可能性として思い浮かんだのは、カプセル薬を飲まされ身体が変化し、日本ではない外国の森に捨てられた――
「――流石にないな」
一度考えた時も即否定したが、再度考えようと結果は同じだった。
もしそんなことがあったのだとしても、自分にその運命が降りかかる意味がわからない。天才的頭脳もなければ、何度も事件に巡り会わせるある意味ひとつの才能も持ち合わせていない。
(もし、そんなことが現実にあったのだとしても、私に使用する価値は全くもってないからね。私は普通の女子高生なんだから)
武道が出来るのに普通と言い張る人とは違う。
本当に何の経歴もない、普通の女子高生に過ぎない。
しかし、そうでもして考えなければ、ここは地球である可能性は本当にない。
可能性としてありそうなVR技術も、ここまで進んでいるなんて話は聞いたことがない。発表前のβテスト、なんて可能性もないと考えて良いのだろう。
まだ異世界と認めたくなかった。
それだけが頭にあったというのに。
唐突にもそれはないのだと知らされた。
――ゥウガァァアアッッ!
突如現れた、目の前に現れた化け物によって。
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