召喚勇者は逃げ出した!!
「無理だ、付いていけない」
それが柏木優斗の純粋な気待ちだった。
この世界に召喚されてからというもの、沢山の魔物を倒し数多くの人を助けて回った。
困った人を放って置けないというのもあるが、だからといって好き好んで命を奪っている訳では無いんだ。
俺と一緒に呼び出されたのは2人。
1人は文字通り勇者を体現する男でもう1人は魔術の専門となった賢者の女。
俺は斥候などで彼等が十全に戦えるように環境を整えるのが仕事だった。
こちらで初めて顔を合わせてからというもの、少しづつ仲良くなってきたと思っていた。
だが、俺と2人の違いに気がついてしまったんだ。
彼等が1つ目の巨熊を倒した時、俺は洞窟の奥に巨熊の嫁と子供を見た。
あの巨熊は家族を守るために戦ったのだと理解した。
でも、あの2人は違った。
洞窟に炎の絨毯を投げ込み、飛び出してきた母熊の手足を切り落とし、目の前で子熊を惨殺して笑っていたのだ。
正直、何をしているか分からなかった。
魔物は殺して当たり前、酷い目に合わせてあたりまえ。
2人は召喚時から物語の主人公になったかのように振舞っていた。
チートだなんだと喜んでいた。
お城での多少のワガママも、相手の困る姿を見て笑っていた。
心の中で絶対に失敗しないと思っていたのだろう。
確かに魔物を倒し人を救い力をつけていった姿を見れば素晴らしいものに見えるだろう。
でも俺はダメだった。
この世界の者達への理不尽を認めることが出来なかった。
「俺、これ以上2人に合わせられない」
そう言うのが精一杯だった。
「そうか、じゃあ魔王退治はこっちでやる。お前から離れるんだ、後で仲間ヅラしてくんなよ」
「国の兵隊を使ってもいいって言ってたし、ここからは軍師とかやっちゃう?」
そう言って2人は次の楽しみ方を話し合っていた。
国王に勇者としての活動から抜けることを話をした時、残念がってはいたが無理に止めようとはしなかった。
「困った時はまた戻ってくるといい」
その言葉は有難かったがきっとそれは無理だ。
俺はあの二人から逃げたかったのだから。
少しでも遠くへ離れたかった。
それからはジョンと名乗るようにした。
あれの同類と見られたくなかったからだ。
どこか遠い所で静かに過ごしたい。
そう考えて国を出ることにした。
いくつかの村を通って出来るだけ真っ直ぐに。
「旅人かい?この先へはあまり行かない方がいいぞ」
かつて魔物を倒した村へと向かっている時、門番にそんな話をされた。
「何かあるのか?」
この辺りに脅威など存在しないはずなのだが。
「知らないのか?この先の村が魔物に襲われてな。もう少しすれば討伐隊が出る予定なんだ」
耳を疑った。
「たしか少し前に勇者達が魔物を蹴散らしたところだろう?」
実際にその場に居合わせたのだから、そのことはよく分かっている。
「魔物を倒したせいで縄張りが動くことなんてよくある事だ、仕方ないさ」
魔物もただ暴れる馬鹿じゃない。倒せば終わりという訳でもないのだ。
「……それで、村の人はどうなったんだ?」
「蜘蛛系の、それも足の遅い部類の魔物らしくてな。大半は逃げて来た」
「そうか……」
その言葉に少しホッとした。
「知り合いが居るのか?」
「あぁ、いや。以前世話になってな」
「そうか。迂回する気がないなら気を付けていくといい。巣が出来ている可能性が高い」
「まぁ気をつけるさ。ありがとな」
門番と別れて歩き出すが気持ちは重たい。
今までやってきた事が無意味だったのではないかと思うほどだ。
ひとつの縄張りを荒らせば周囲の縄張りが広がっていく。
少し考えればわかりそうなものだが、目の前に居る魔物しか見ていないのであればそれも仕方の無いことなのかもしれない。
だが、かつて救った場所が荒らされているのは許せない。
出来ることをしよう。
そう心に決意を抱いた。
「まずは偵察か」
結局する事はあまり変わらない。敵を見つけて倒しやすく処理をする。
違うのはアタッカーの存在だが、居ないならすることが増えるだけでそう難しい話でもない。
それに試したい事もある。
危険を伴うのはいつもの事だ。
まずは、出来ることからやっていこう。
罠解除のスキルがある。
このスキルを使えば罠がなくなる訳ではなく、取り扱い方が直感的にわかるというだけだ。
当然手順を間違えれば罠が発動することもある。
これに直感や罠製作と言ったスキルを組み合わせることで既存の罠を凶悪な物に変えることも出来る。
そして罠の定義はとても緩く、誰かが放り投げたロープの束すらも罠と見なすことがある。
これは罠というものが「他者に影響を与えるために意図的に設置したもの」と定義されているのではないかと考えている。
で、あるならば。
蜘蛛が置いた糸も罠の範疇になるのではないかと思っていたが予想どうりの結果となった。
おかげで張り巡らされた糸に気がつくことが出来るし、連絡糸の方向から待機場所を知ることも出来る。
あとは糸を再配置して呼び出すだけで簡単に無力化することが出来た。
飛び出してきた蜘蛛が自らの巣に絡まって吊るされる様は見ていて面白い。
村へ向かう道中で1mサイズの蜘蛛が4体巣を持っていて、それらをテキパキと処理して進んでいった。
動きの遅い罠を利用するタイプであったのも運が良かった。
「群れを纏めてる奴が居るのかな?」
見てきた蜘蛛の性質上等間隔で並んでいるのは不思議でならない。
巣が近すぎるというのは獲物の取り合いになるからだ。
仮に総統する魔物が居たとしても出来ることは変わらないのだが。
この村には20ほどの家屋がありる。
大半の家に巣は張られていないらしいが、中央の比較的大きな建物から森の方へいくつかの線が伸びていることが見て取れた。
辿ってきた糸も中央の建物に伸びている。
うーむ。2桁の配下を持つ魔物だと囲まれたらしんどそうだ。
周囲を警戒しながら村へと寄ると不思議なことに人の気配がした。
「あの。大丈夫なんです?」
物陰から声をかけると老人は驚いた様子でこちらを見ていたが現状を教えてくれた。
「人の言葉を喋る蜘蛛、ですか」
「片言だがね?怪我して休む場所を探しとったようで」
「人が食べられたりは?」
「しとらんよ。周囲の魔物を処理するんでかえって穏やかになっとる」
「近々討伐隊が出るって言っていたが……待ってもらった方が良いのか?」
「うーむ。魔物には違いないからのぉ……」
「話ができるならテイマーを連れてきた方が良いかもしれないな」
「一応は村を守っておる。出来ることなら穏便にして欲しい」
「善処しよう。その蜘蛛とは会えるか?」
「中央におる。扉から普通に入っとくれ」
人に対して随分と優しいらしい。
老人と別れると急ぎ気味に元々村長の家であった場所へと訪れた。
決意をしていざ戸を叩こうとした時、扉は勢い良く開かれた。
もちろん顔面を強打した。
建物から出てきたのはアラクネと呼ばれる蜘蛛の半身に人の半身を持つ魔物だ。
高さ2mほどになる身体を折り曲げて扉から出てくると優斗を見下ろしながら近寄ってくる。
「何カ?」
「話がある。中に入れてくれ」
痛む顔を撫でながら話は通じるのかと疑問を感じつつも、優斗は前へとあるきだした。
のちに魔王を抱える軍勢の、その頂点に担がれる英雄の物語はここから始まった。