後編「剣と魔法の世界」
カラン、コロン……。
店の扉に備え付けられた、魔法ベルの音。つまり、来客の合図だ。
入ってきたのは、騎士鎧で全身を固めた男性剣士と、黒ローブを来た金髪の女性魔法使いだった。
一目で上客と判断したらしく、ホクホク顔と猫なで声で、店主が対応する。
「いらっしゃいませ!」
あまりに露骨な店主の態度に、剣士は少しだけ顔をしかめつつ、連れの魔法使いに親指を向けた。
「ああ、こいつのために買いに来たんだが……」
「はい、魔法ですね! 初級魔法から超上級魔法まで、当店はズラリと取り揃えております! それで、どのような魔法をお望みで?」
この世界では『魔法』も、ショップで買うことにより習得できるシステムだ。もちろん魔法使いの力量によっては、せっかく買っても「覚えられない」というケースも出てくるのだが。
「いや違う、違う。今のところ、魔法は間に合っている。そうじゃなくて、魔法使いでも扱えるような、簡単な武器が欲しくてね」
「これまで使ってた軽片手剣が、昨日の戦闘で、折れちゃったのよ」
口を開いた彼女の声は、しっかりとした存在感と澄みきった透明感、その両方を兼ね備えた響きだった。もっと聞いていたいと思わせる声だが、男たちが、それを遮ってしまう。
「では、これなんていかがでしょう?」
「おいおい。それって、彼女のような魔法使いが使うには、少しゴツくないか?」
店主が勧めたのは、カウンターのガラスケースに保管されている、一本の剣。さわやかな水色の刀身と、ガッシリとした金色の柄が特徴的な、きらびやかな大剣だった。
「いえいえ、お客様。こう見えても、こちらの剣は、知性武器の一種ですから! 魔力の高い者が扱えばこそ、剣の魂を覚醒させることが出来るのです!」
一般に「おしゃべりする武器」と認識されている、知性武器。店主の説明は微妙に間違っており、その魂は最初から覚醒している。ただし話が出来るようになるのは、使い手によって魔力を注ぎ込まれてからだから、その意味では「魔力の高い者が扱えばこそ」というのは間違っていなかった。
「へえ、知性武器か……。でも、こんな重そうな大剣を、非力な魔法使いが振るえるのか?」
「それも心配ございません。ブンブン振り回さずとも大丈夫、相手に触れさえすればスパスパ切れます! 切れ味抜群の逸品です!」
「……スパスパ切れる? 切れ味抜群の逸品?」
聞き返した剣士の顔つきが、少し険しくなる。
「そういう謳い文句、前にも聞いたことあるんだが……。その時は『剣を仕舞うはずの鞘も切ってしまう』とか『うっかり道で落としたら石畳をスーッと切って滑っていく』とか、そもそも持ち運びに向いてない、という欠点があってなあ……。この剣も、抜き身で寝かせてあったのは、鞘に収納できないからなのでは……?」
「まあ、そこは、ほら、知性武器ですから。ただ持っているだけでも、魔法使い様でしたら、剣から色々と知識を引き出すことが出来ますので……」
店主は、剣士の疑惑を否定しなかった。つまり、図星だということだ。
剣士の表情が、いっそう厳しくなったところで。
「ねえ、ご主人。そっちのナイフ、それも知性武器なんじゃないの?」
その場の空気を穏やかにしたのは、金髪の魔法使いの一声だった。
「おお! お客様、お目が高い! さすがは魔法使い様ですね! そうです、お客様が見抜いた通り、こちらのナイフも知性武器です!」
「ちょっと持ってみたいんだけど……。いいかしら?」
「もちろんですとも!」
同じケースの別の段から、店主が取り出した小型のナイフ。
魔法使いが手にすると、
「プハーッ! ようやくこれで、俺も口がきけるぜ! ネーチャン、俺はタテバヤシって名前の転生者でなあ。よろしくな!」
いかにも「今まで我慢していた」という勢いで、ナイフが喋り始めた。
「おい、まだ買うって決めたわけじゃ……」
「あら、あなたの魂、転生者なの? それじゃ、色々と面白い話も聞けそうね」
「おう、期待してくれていいぜ、ネーチャン! そっちのニーチャンも、よろしくな!」
剣士はともかく、実際に使うはずの魔法使いの方は、すでに買う気も十分だったので……。
結局。
「ありがとうございました! またのお越しをお待ちしております!」
店主を心からの笑顔にして、二人の客は、新しい武器と共に帰っていった。
それを見送ってから。
同じ段に並んでいる商品の間隔を調整して、ぽっかりと空いたスペースを――ナイフが一本売れたことで出来た空白を――とりあえず埋める店主。
その作業をしながら、彼は、僕に話しかけてきた。
「また売れ残っちまったなあ、お前は……」
残念そうな声だが、がっかりしたのは、僕の方だ! せっかく、素敵なお姉さんに握ってもらえる――魔力を注ぎ込んでもらえる――と思ったのに!
街の片隅にある小さな武器屋、店名は『剣と魔法の世界』。
この小さな店こそが僕の転生先であり、今の僕にとっては世界の全て。そして僕の魂が宿った対象は、人間ではなく、その店の売り物だった。
魔法も売られている店だが、僕は魔法ではなく剣。素晴らしい外見の、とてもカッコ良い、知性武器。
よく切れるのも間違いないし、知性だって溢れ出るのだろう。もしも使い手が現れて、対話できるようになれば。
こうやって列挙してみると、天使様は僕の希望を叶えた、ということになるのかもしれないが……。
何か違うよなあ?
そもそも、いくら店主が話しかけてくれても、僕は返事すら出来ないのだ。魔法使いに持ってもらうまでは、意識はあるものの、意思表示は不可能なのだ。
もう寂しいを通り越して、拷問にも思えてくる。これならば、木村くんたちに揶揄われていた頃の方が、よほどマシだったかもしれない。そう考えてしまう時もあるのだが……。
いやいや、そんな弱気でどうする!
せっかく、ファンタジーな異世界に転生したのだから。
いつかは、魅力的な魔法使いを――魔力に満ちた美しい女性を――パートナーにして、一緒に冒険の旅に出るぞ……。
そんな未来を夢見ながら。
僕は今日も、店のガラスケースの中に鎮座している。
(「剣と魔法の異世界へGO!」完)