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マルゴッス

草原の中にある森に到着した大隊は、一旦そこで停止することになる。偵察に出ている斥候からの連絡待ちである。とにかく領地に深く入り込んでくるような敵軍を、阻止すること。そして隙を見て敵領地へと侵入すること。それがこの大隊の大きな目的である。

 やがて陽が暮れそうになって、夕食、休憩にすることになった。アンナはあまり張り切らなかった。今回は人数が多すぎるので、アンナのコアから引っ張り出すだけでは補給はできるはずもない。部隊にくっついてきている商人から、お金を払って商品を買う。

 これによって補給とする。保存食のようなものばかりであったが、無いよりはマシである。マルチブル・レイヴンだけならアンナの新鮮な食品を食べられるが、大隊の中の一部となったとあれば、自分たちだけおいしい物を食べる訳にはいかない。当然不満となり、士気に関わるからだ。

 その食事の途中に、敵を発見したという斥候からの報告が入ったのだ。

 全軍ただちに休憩を中断し、陣形が整えられて、敵方角への進軍が開始された。

 敵とてこちらの動きは察知できている可能性は高い。なので草原の見晴らしの良い位置に移動し、とにかく奇襲などに警戒しつつ、広い、平坦な草原を陣取って、夜戦となる。

 陽が完全に落ちた暗闇で、会戦となる。

 両軍、魔術が唱えられて、明かりが空中に灯る。魔術兵というものは弓兵に混ざって配置されているが、基本的に数は少ない。戦争で使われるほどの強力な魔法使いというものは、数が少ないからだ。基本的な魔法というものはどんな人間でもこの世界では学ぶが、応用や独自のものとなると、途端に数が少なくなるのは、才能と努力というふるいにかけられるからだ。兵士として使うには熟練するまでに時間がかかり、費用もかかる。だったら弓兵にクロスボウかロングボウを持たせて訓練させた方が、安上がりだという話になる。

 ロングボウを持った兵士が、魔法による灯りを頼りに、空中へと矢を次々に放っていく。魔法使いが多くいれば防御壁も張れるのだが、そのような広範囲の防御壁は簡単には作れない。そういうわけで斉射は非常に効果がある。

 両軍とも矢を放ってくるのを、何とか防弾コートで凌ぐ格好となる。フードもついているので、当然頭も守れるというわけだ。騎兵などを進軍させないという点では効果があるので、矢はできるだけ多く放たれる。

 歩兵は進軍するものと突撃に備えて守るもので分かれる。

 マルチプル・レイヴンは進軍する側、まさに最前線である。防弾コートで矢を凌ぎながら、どんどん突き進んでいく。それは両軍同じ格好となった。大体やろうとしていることも同じである。となれば兵士の質や、士気、指揮のタイミングなどが勝敗を分けることになる。

 マルチプル・レイヴン自体は、動き自体は悪くない小隊であったから、突撃した彼らは奮戦して敵を撃破していった。こちら側が無傷という訳ではなかったが、死亡した者もまだいない。

 能力も使わない今の時点では、もっとも活躍するのはアンナだと予測されていた。

 シビリゼーションシールという、近代兵器、銃や戦車などの使用が一切できなくなる世界全体に効果が発揮される代物のおかげで、戦争の形は大きく変わった。まるで中世のような争いをするようになったのだ。

 そんな制限のある戦いの中で、シビリゼーションシール・キャンセラーを装着している者に限っては近代兵器を利用することが可能である。つまり、圧倒的な戦闘力、殲滅力を誇るということになる。アンドロイドであるアンナには多くの兵器が装着可能であるから、このような旧時代の戦闘において、彼女の無双ぶりは凄まじいのである。アンドロイドだから新兵といえども、経験を積んだ老兵のように巧みな技術も持ち合わせている、というのが本来の新型アンドロイドというもののはずであった。

 アンナは無双はしなかった。駆逐もしなかった。

 なぜなら彼女は、一風変わったアンドロイドだったからである。

 装着している装備は豆鉄砲のような弾を発射する、殺傷能力のないもの。ビーンズガンと呼ばれるそれは連射はできるし広範囲にばらまくこともできるが、効果は当たった相手に付着し、体内に侵入、そしてやや体調を不良にするという、嫌がらせのような弾なのである。

 効果がないというわけではない。だが、そんなものを撃つくらいだったら、普通の銃でも装備してもらった方が圧倒的に殺傷力があるだろう。

 だが製作者の意向で、彼女にはビーンズガンが専用装備となっている。他には果物ナイフのような短い代物、硬い装甲、高い基本能力といった所が、彼女の特徴的な所である。

 つまり基本設計自体が、前線での戦闘向きではなく、それなりに戦える補給要因といった所なのである。そんな情報を、他の小隊員たちは知らなかった。彼女がアンドロイドということと、シビリゼーションシール・キャンセラーを積んでいるという理由で、非常に期待していたのは言うまでもない。

 しかしろくでなし小隊と評されるそんな部隊に配属されるアンドロイドもまた、さほど強力な存在であるはずがなかったということであった。

 アンナの化けの皮が剥がれた辺りで、両軍、矢の飛翔数が減ってきた。客員矢の補充を開始したということである。それを見計らって、両軍、指示が出されたのは言うまでもない。

 騎兵の突撃が開始された。

 戦場は激戦と化し、次々と兵士たちは腕を奮い、ぶつかり合い、散っていく。

 血が流れ、骨が折れ、争いは激化していく。

 だが、終わりは唐突に訪れた。

 魔法によって拡声された大隊長の声が、戦場に響き渡った。

「イスカリオテ軍は、撤退する。各自、戦闘を中止し、撤退せよ」

 確実に、戦いはこちらが押しているはずだった。元々数が勝っていたからだ。そう考えると非常に違和感のある命令であった。何か特別な事情が発生したのかともレシキは思ったが、撤退命令が出た以上、当然これ以上の戦闘は無意味だ。

 しかし、歩兵である以上、撤退も走って戻らなくてはならないということである。

 相手の騎兵が突撃している現在、敵の歩兵と騎兵による挟み撃ちを受けるということになる。逃げるにしても、敵に囲まれているというのが現状なのである。そんな中での撤退というのは、犬死にせよと言われているものではないか。

 レシキには悩んでいる暇はなかった。頭で考えている間に、敵の攻撃で確実に息を止められてしまうだろう。自分が死ぬだけではない。このままでは、全滅する。

 唐突に訪れた危機。こんなところで終わる訳には、いかないのだった。

「仕方ない。こうなった以上、バレる危険性はあるが、ガルラは俺の指示通りに準備はしておいたか!」大声で近くのガルラに尋ねる。

 敵兵と刃を交えて押されていたガルラは、一旦引き下がってから答える。

「ガハハ。当然、言われた通りにはしておいたぞ。もしもの時に備えておくというリーダーの意向は、いつも通りだったな」

「ならば、まずはお前が先に行け。その後、クロイズの力で全員をお前の位置に、引き寄せる」

「クロイズにも指示はしたのか?」

「まだだがクロイズも目視できる位置にいるから問題ない。ちゃんとバレない位置に印をつけてきたんだろうな?」

「ガハハ。もちろんだ。バレないように能力を発動しなければ、上手く事は運べないというのは承知している。前線から帰ってきたように見せれる上に、他の部隊からも目につかない。そういう丁度良い位置を見つけることにだけ集中していたぞ。かなり気を遣ったが、悪くない位置に印をつけられた」

「ならば大丈夫だろう。ではガルラ、頼む」

「ガハハハハ。了解だ!」

 ガルラが、一瞬でその場から消える。

 それを確認してから、レシキは敵の攻撃を避けつつ、クロイズへと近づいて大声で話しかけた。

「クロイズ。撤退のためにガルラの能力を使わせた。お前の能力を使って、ガルラの位置に全員を連れていけ。連れて行くのは俺たちの部隊だけだ。他の部隊の最前線の連中は、残念だが救うことはできない。俺たちに能力があることは、絶対に知られるわけにはいかないからだ。もうすでにガルラは転移した。あとはクロイズ、お前のタイミングで頼む」

 クロイズは軽く頷いてから、

「燃えてきた所だったんだが、仕方ねえな。撤退命令には逆らえねえ。それにしても、やっぱりきな臭い大隊長殿だったようだ。この命令はどうにも理解できねえ。なにか事情があるにせよ、こんな前線の兵士を見捨てるような命令ができる連中は、俺は好まないな」

「仲間を見捨てる点では俺たちも同じだ。これが戦争というやつだ。仕方がないといって心を痛めないような真似はできないが、命を見捨てるという行為をするのは事実だ。俺たちは、悪魔のように残酷な生き物なのは間違いないんだぞ、クロイズ」

「わかってますよリーダー。俺は文句を言わないと気がすまないだけです。俺の性格、もう長い付き合いなんだからわかってるでしょう? では、ガルラへと接近します。俺の能力を使えば、奴の位置は正確に掴めていますから、問題はありません」

「ああ、やってくれ」

 クロイズの能力によって、マルチプル・レイヴンズの全員が最前線から、一瞬で姿を消した。敵軍は当然戸惑ったが、魔法の類だろうと推測することはできる。だが、五十人ほどを一斉に転移させるような魔法は、大魔術とも呼称されるほどの強力な代物だ。

 そんな魔法を使える奴がいただろうか、と疑問に思う者がいるのは当然の話だったが、争っている最中には当然、深く考える暇などない。

 最前線に取り残されたイスカリオテ側の兵士は、撤退命令によって総崩れとなってほとんどが全滅した。捕虜になるか、死ぬかのどちらかである。

 こうして、バッカンド大隊は数多くの兵士を失って、敗戦し、撤退することとなった。

 イスカリオテ領地内の、普通の村、タマガワ村に治療などのために寄ることとなる。そもそも夜であったから、睡眠も必要である。1000人規模が村の宿屋で泊まることはできるはずもないが、村の広場を貸してもらいそこでテントなどを張ることになった。

 追撃される可能性が十分にあったが、結局それは幸運なことになかった。夜だったので視界が悪かったことが助けになったのかもしれない。地理に明るいイスカリオテ側の領地であったから、追撃されず撤退できたということだ。

 結局能力のことはバレず、マルチプル・レイヴンは撤退できた。

 兵士たちの士気は恐ろしいほど下がっていた。だが、誰も大隊長へと意見するような者もいなかった。だが全員が噂していた。あの大隊長はびびって逃げ出してしまったのだ、と。

 その真意を図りかねていたのは誰もが同じだった。

 レシキも大隊長の真意を知りたがっている一人だったが、どうやってそれを聞き出すかということは思いついていなかった。

 夜中、レシキは今後についてどうすれば良いか、ダンジョンへとどうやって侵入するか、悩みながら夜道を歩いていた。村自体は静まり返っていたが、酒場はやっていて灯りもある。酒場だけは兵士たちで溢れていて騒がしい。その眩しく騒がしい中に、大隊長の姿もあることにレシキは気がついた。

 マルゴッスもたまたまレシキの方を見て、彼はなぜかレシキへと近づいてきた。レシキは敗戦によってマルゴッスは落ち込んでいるだろうと推測したが、それは逆だった。むしろどこか陽気で、初対面と同様に、にこやかに微笑んでいる。やけに、酒臭い。

 そして彼は、撤退命令の真意をレシキへと語りだした。その内容に、レシキは驚愕した。



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