山登ってすっきり
「で、なんで俺たちは、山を登ってるんですかねえ」
クロイズが文句を言うのはかれこれ十回目くらいのことだったから、全員返事をすることなく無視をしていた。それでもクロイズは文句をたらたらと言い続けたが、やはり誰もが彼のことを気にかけなかった。
しかし、山を登ることに疑問を感じているのは彼だけではなく、ガルラ、アンナも首をかしげるには十分に不思議な状況であった。小隊全員で何故か、山を登っているのだ。わざわざシリウス下層を出て、草原を歩き、山までやってきたのだ。
「がはは。我が思うに、リーダーは親睦を深めようという狙いなのだろう。これはつまりアンナの歓迎会というわけだな! 身体も動かし、自然で心も癒し、仲を深める。なかなか、良きことだ」
「なるほど、それはあるかもしれませんね。リーダーは、そういうの気にしないタイプだと思ってましたけど、気にする人なんですね!」
登山の途中、レシキはほとんど一言も発することはない。そのせいで三人に様々な憶測を呼ぶことになっている訳だが、もうすぐ山頂という辺りで、彼はようやく口を開く。
「兵士なら当然知っていることだが、オッカムの連中が一大侵攻作戦を計画しているという噂は耳にしているだろう?」
それは当然、全員知っていた。膠着状態にある現在のイスカリオテとオッカムの戦争を長引かせないために、オッカムは全戦力を投入する、集中的な侵攻を開始するという話だ。
「そんな誰もが知ってるような話が、なんだって言うんですかい。俺たちの極秘任務に関係あることなんですかね?」
「そうだ。俺たちは、オッカムの侵攻作戦に合わせて、行動しなくてはならない」
「そりゃ、随分疲れそうなことで……」クロイズが、肩をすくめる。
「オッカムの連中が投入する部隊に、魔物だけで構成された部隊がちらほらと出現していることは知っているか? ゴブリンや、オークとか、ハルピュイアといった下級の魔物を尋常ではない数で利用しているんだ」
「がはは。聞いたことはあるぞ。まだ遭遇した経験はないがな!」
「たしか、魔物を召喚できるダークサモナーを大量に大陸から雇用して、それが魔物部隊を構成できる理由だと聞きましたが……」
レシキは首を横に振る。違う、と告げる。
「連中はダークサモナーを使ってはいない。もしダークサモナーを雇用しているのだとしたら、その魔物の数のあまりの多さに、説明がつかない。だからイスカリオテの諜報部は調査した。徹底的にスパイがオッカムの実情を探ったのだ。その結果、一つのことがわかった」
三人とも、もう無駄話をする気分ではなくなった。かなり重要なことだとわかる。
「やつらは、ダンジョンを作ったのだ」
全員が首をかしげる。ダンジョン、ダンジョンとはあのゲームとかで出てくる宝箱とかがある洞窟だとかのことしか思いつかない。そんなものは、この戦争の世界では実に不釣り合いというか、違和感のある名称だ。「ダンジョンねえ……」「がはは。ダンジョンとはな!」「ダンジョンですか?」全員が疑問符を浮かべる中、レシキは続ける。
「オッカムの連中には兵士が足りなかった。ならば下層に住まう一般人を徴兵すればいいだけなのだが、それでは練度が足りない兵士になってしまい碌な戦力にならないと判断したらしい。そこでダンジョンだ。ダンジョンには魔導宝具と呼ばれる貴重な品が封印されている。その魔導宝具は魔物を発生させる瘴気を出すのだそうだ。瘴気が溢れて、ダンジョンから魔物が出てくる。オッカムの連中はそれを魔法で操り、兵隊とするというわけだ。これで一大侵攻作戦を行うだけの戦力は集まっているということになる。奴らは、安価で、尽きることのない、無限の軍団を手にしたのだ」
クロイズが、眠たげだった眼を大きく見開いていた。
「そんな軍団が作れちまったなら、イスカリオテには勝ち目はないんじゃ……。まさか、俺たちの極秘任務というのは……」
レシキが立ち止まり、三人に振り向いて宣言する。
「俺たちは、敵国オッカムのダンジョンへと少数で侵入し、魔導宝具を回収もしくは、破壊する! それが俺たちに与えられた、極秘任務だ!」
言われた三人は、動揺を隠せなかった。全員が冷や汗を垂らしたのは言うまでもない。かなり戦局を左右するといえる作戦だ。それを、これだけの人数でやれというのか。
「ダンジョン攻略自体は少数で行うのはセオリーというものだろう。狭いからな。そして重要なのはどうやってダンジョンに侵入するかだ。オッカムとて、ダンジョンの警備は厳しくしているだろうからな。そのために兵士も与えられることになったし、助っ人も我ら小隊に参加してくれるとのことだ。あとは俺たちが、いかに魔印タトゥーによって得た力を、利用できるかどうかにかかってくるだろうな」
「がはは。我は早くこの力を試したくて、うずうずしているぞ!」
「まさかリーダー。山に来たのは、存分に力を試せる環境が必要だったからか……?」
「察しがいいなクロイズ。そうだ、この山の山頂でなら人を巻き込むこともなく、能力を試せると思ってな。ついでに山頂から、ダンジョンも見えるかもしれないと思ったわけだ」
「なるほど。考えてるんですね」
そんな会話を交わした辺りで、ちょうど良く山頂には到着した。
レシキは三人に向かって、告げる。まだ言っていなかったこと、そしてレシキにとってもっとも重要なことを。
「なぜ俺たちが極秘任務に選ばれたのか。それは俺たちが二重人格者だから魔印タトゥーの効果を発揮できるからという理由もある。だが、理由はもう一つある。それは、俺だ」
「リーダーに?」
「ダンジョンにある魔導宝具は封印を施されている。とても強力な、常人とか、魔法とか、そういうものでは解けない封印だそうだ。だがその封印を解く鍵というものがあるらしい」
「鍵を見つけなくてはいけないということか?」
「違う。鍵は俺自身だそうだ。俺が、ダンジョンの魔導宝具を解き放つ鍵になるんだ」
「がはは。話が見えんぞ」
「封印に使われているのは、人間の魂なのだそうだ。魂が何らかの形で封印に作用し、強力な何者をも受け付けない結界となっている。だからその封印を解き放つには、その人間の魂を納得させなければならないらしい。魂を説得して、封印を解くのだそうだ」
「随分、精神的な話ですね。魔術らしいっちゃ、魔術らしいですが」
「そのダンジョンの魔導宝具を封印している人間の魂は、セルファ=ランバートという者の魂だそうだ。オッカムでもっとも精神力の強かった魔法使いとして、彼女が選ばれたらしい。セルファは俺の昔からの親友だ。幼い頃はいつも行動を共にしていた。……そういうことだ」
三人が顔を見合わせる。
クロイズが頭をぽりぽりと掻いてから、
「つまり、リーダーがそのセルファの封印を解ける可能性を持った鍵であるということでいいんですかね。ダンジョンを攻略して魔物を出現させないようにし、ついでにセルファって人の魂も解放してあげて、自由にさせてあげたいってわけだ。魂を封印に使われているってことは、そのセルファって人は今は抜け殻のようなものなのだろうから」
「……俺はこの小隊が結成される以前、セルファと遭遇したことがある。やつは、戦闘をするだけのマシーンにされていた。意志の無い、ただ任務だけをこなす、心無い強力な魔法使いだった。セルファをあんな風に作り変えたオッカムの連中を、俺だけでなく、もう一人の俺もひどく憤っている。俺たちは確かに怒っている。その怒りを糧にして、この極秘任務を確実にこなしてみせる。お前たちには辛い任務かもしれないが……」
「がはは。リーダー、水臭いことを言うな。我たちは兵士だ。そしてリーダーに付いていくと決めている戦士でもある。我はオッカムを叩くぞ、徹底的にな!」
「俺には他にやることがねえ。かといって任務に情熱を捧げられるようなタイプでもねえ。でもやらなきゃいけねえ時とか、逆境に立たされた時には、どうしても心が燃えちまう。今の俺も、どうやらやる気らしいから、なんとかやってみせますぜ」
「私は新入りですが、この小隊がそう悪いものではないとわかりかけてきています。私はアンドロイドですから心とか精神面とか、そういうものはあまり信じていませんが、それでも役には立ってみせます。それが私の存在意義ですから」
「……お前ら、感謝するぞ。……では、魔印タトゥーで得た能力の実験を開始する。全員、暴れすぎず、程よいバランスを意識して事に当たれ」
「「「了解!」」」