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悪意とかいうものではすまないやつ



 それから数日後。シリウスの上層、そのトップである総帥、バイオレット=ガイナーに呼ばれたレシキは少なからず緊張していた。いつも命令は軍からもらうのが常だが、今回は違う。こんなことは、はじめてのことだった。

 上層に来るのも実に久しぶりだった。相変わらず、下層と比べてとても発達している、文明的な都市であった。両親は元気にしているかな、とふと思ったが、こんな息子に訪ねられても嬉しくはないだろう、という思いから、彼らを訪問しようとは考えなかった。

「お待ちしていました、レシキ=レイニーデイ。総帥の元へ案内しますので、私についてきてください」

「ああ、よろしく頼みます」

 警備の厚い一般人侵入禁止地区を進み、やがて巨大なエレベーターの元にたどり着く。上層のさらに上、最上層へと繋がる唯一の手段だ。最上層はシリウスの尖端のようなもので、そこで生活している人間は総帥のみだと言われている。

 巨大エレベーターに乗り込み、どんどん上昇していく。上層の街並みが、ドットのような小さな点になっていく。

「総帥は、なぜ俺のような爪弾き小隊の隊長に用があるというのでしょうか。正直いって、理由がわからないというか、逆に不安な気もするのですが……。処刑をされるようなことでは、ありませんよね」

「総帥のお考えは私にもわかりません。私はただ、あなたを総帥の元にお連れするように言われただけですので」

「そうですか……。心当たりが一切ないのですが、悪い用ではないと信じて行ってみることにしますよ」

「はい。もうすぐ到着ですよ、レシキ殿。くれぐれも、総帥を困らせることがないよう注意してください」

「……」レシキは、釘を刺されたような気分がしてより落ち着かなくなった。

 エレベーターから降りると、すぐに豪奢で巨大な、二十メートルはありそうな赤を基調とした金色に装飾された扉が目に入る。その扉が自動扉のように勝手に開き、機械音声で、

『入りたまえ、レシキ=レイニーデイ』

 と告げられたので、レシキはその扉をくぐって、これまた巨大な、実にシンプルな作りの、真っ白な機械仕掛けといった様子の部屋に踏み入ることとなった。至る所を情報が飛び交い、ディスプレイが宙に浮かび、総帥がその最奥で両手を顔の前に組んで、座っている。

 バイオレットというその総帥は、魔法映像機で見る通りに、まだ若く、そして整った顔立ちをしていて爽やかな青色の長髪をしている。黒い両眼が、どこか鋭い。

「本日は、お招きいただきありがとうございます、総帥。お初目にかかります」頭を下げる。

「挨拶はいいよ。君のような下衆に、挨拶をされてもね……」

「……は?」

「いや、気にしないでくれ。とにかく、君は下層に住む人間だということを忘れず、私に接してくれたまえ。元々、人と会話をするのはあまり好きではないんだ。手短に済ませるとしようか、レシキ=レイニーデイ」

「はっ!」レシキは、総帥という人間に舐められているということがよくわかった。

 バイオレット総帥は立ち上がり、ディスプレイを操作し始めた。そこからしばらくの沈黙の後、ディスプレイと一緒に、レシキの目の前まで移動してきた。

「君の小隊、マルチプル・レイヴンは多重人格者を集めた、ふきだまりのような部隊だと噂を聞いているが、それは間違いないかな? いやあ、大変汚らわしいね。多重人格者というやつは、自分自身の一つの人格だけでは人生の重みに耐えられず、人格をもう一つ作ることでその重みを分散しようと試みる、狂気の沙汰のような現象だからね」

「……はい。先日配属になったアンドロイドのアンナ以外の副小隊長は全員二重人格者です。俺もそうですが、俺は二重ではなく、三重人格者といった所です」

 バイオレット総帥は、ぽん、と拳を叩いた。

「なるほどなるほど! ふきだまりのリーダーだけあって、二重ではなく三重とグレートアップしているわけだ。いやあ、本当に君のような人間を見ていると、虫唾が走るようだよ。一つの人格では耐えられない精神的な重圧があるのかもしれないが、そんなことは一兵士のどうでもいい事情に過ぎない。面倒な話だねえ。人間というものは、だから嫌いなんだよ。ただひたすらに、面倒臭いからね。だから関わりたくない」

「……」レシキの顔に影がかかる。そのような評価をされることに怒りを感じない訳ではないが、時と場合はわきまえなくてはならない。ここで、怒りなど感じてはならない。

 ぺっ、とバイオレット総帥が唾を吐いた。その唾が、レシキの目の前に落ちた。汚いな、と口走りそうになったがレシキは堪えた。

「君を信頼するために、私は君に無茶な命令を試みることにするよ。忠実な者でなければ、私のこれから話す任務を受けさせる訳にはいかない。……その唾を、舐めて、飲み込め」

「……」レシキは言葉を出すこともできなかった。息を飲んで、身体が強張っていくのを感じた。

「早くしてくれ。時間は限られているんだ。その醜い顔から舌を出して、ペロリと一舐めするだけでいい。そうすれば、私は君を一人の小隊長として認めることができる。今後も、良い扱いをしてあげると約束しよう。さあ、顔を下げて、地面に付着したそれに、舌を突き出せ」

 レシキは舌を出した。まるで犬が水でも飲み込む時のように。ゆっくりと顔を唾へと近づかせて、そして……舐めようとした所で、笑い声が響き渡った。見上げると、バイオレット総帥がポーズを取りながら爆笑して腹を抱えていた。

「冗談さ、レシキ=レイニーデイ。君がお馬鹿な下僕の精神を抱えていることはこれでよくわかった。君がぶちきれて殴りかかってきたら、君を処刑することに決定していただろうが、そうやって舌を出して犬のようになってくれたからには、話は別だ。ちゃんとした、君への上下関係ができた所で、任務の話を進めようじゃないか」

「総帥は、私を試していたということですか。なるほど」

「下僕になれる素質があるものしか、兵士としては優秀にはなれない。そのことを私はよくわかっている。上の者の命令を忠実にこなす、自爆だってしてみせるような精神力、そういったものが必要な職務というのが兵士だ。……さて、前置きはここまでにして、早速君に頼みたいことを語ろうと思うのだが……その前に、君、魔印タトゥーは彫っているかね? あれは特別な者にしか許されない、禁忌に限りなく近い魔術だが」

「魔印タトゥーですか」

 バイオレット総帥は自分の椅子に座り、またディスプレイを動かし始めた。

「あれは精神に作用する、特殊な魔法で、一度彫られれば永久的に一つの、強力な特殊能力を身に付けることができる。魔術の一種ではあるが、彫られるだけで使える、練習も必要ない、魔力を消耗することもない、さらに強力な、上位の魔法と同等の効力を発揮するそうだ」

「はい。一人に一つだけ所持することが可能な、内なる秘められた潜在能力を引き出す手段である、と」

「そうだ。だが、それが精神に作用するというのが重要な点なんだ。君の腐れ脳みそにもわかるように簡単に説明してあげると、二重人格者には一つの魔印タトゥーを彫るだけで、二つの特殊能力が身につくと、最新の研究でわかったのだ。三つの人格を持つものなら、三つというわけだ。これが何を意味するか、もうわかるだろう。マルチプル・レイヴンという二重人格者小隊にとって、魔印タトゥーを彫ることは、かなり相性が良いのだ。君たちのためにある魔術だと言ってもいい。その手術を、君たちに無料で行ってみようと思っている。かなりの戦力アップにつながるだろう。君たちを馬鹿にするものはいなくなるだろう。特殊能力を上手く活用し、成り上がれるチャンスというわけだ」

「そうですね」

「悪い話ではないはずだ。下衆の君が、ちょっとマシな下衆になる。君たちにはその力を利用して、ある極秘の作戦を行ってもらう。詳しくは、手術を受けること了承してもらってから、文書で伝えることにするよ。君と私がこうして面と向かって話し合うのは、これで最後だ。君とはもう二度と会いたくない。我慢してこうして話をしているが、これ以上は耐えられないんだ。私は孤独を愛する誇り高き総帥であり、このシリウスを成り立たせるもっとも重要な人物だ。孤独くらい了承してもらわなければ、とてもストレス超過で死んでしまうよ。では、後日、文書を送れることを期待しておくよ。君たちが了承しないとしても、なにか悪いことにはならない。嫌なら嫌と、はっきりしてくれて構わない。手術によるデメリットもないのだから、断る理由はない気がするがね。では、ここまでだ、さようなら、レシキ=レイニーデイよ」

「失礼します。本日は、ありがとうございました」頭を下げて、レシキは立ち去る。

 ちっ、という舌打ちをバイオレットがわざと聞こえるようにしてきたのを耳にして、やはりどうにも怒りが湧いてきたが、振り返るようなことはしない。

 大人しく立ち去り、エレベーターに戻って上層へと降りる。

 上層に降りてから、レシキは最上層を見上げた。

 しばらくそれを見つめてから、何かを思慮するような素振りの後、下層へと戻っていった。

 後日、クロイズ、ガルラの三人は魔印タトゥーの手術を受けた。特に痛みなどもなく費用も払う必要はなかったので問題はなかった。

 レシキは結局、自分には以前から魔印タトゥーが彫られているということは言わなかったが、それは言わなくて正解だと思った。あそこで余計な口を挟んでいたら、あのクズみたいな男を不機嫌にしていたかもしれないからだ。

 そして極秘任務の、文書が届けられた。



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