副隊長たちと新人アンドロイド
アンナ=バースマンス13号はアンドロイドである。イスカリオテの研究所で開発され、産み落とされた化学と魔術の結晶体である。エメラルト色に発光する髪の毛を、ポニーテールに結っている。
彼女は戦争で活躍をするために作られた。戦闘用のアンドロイドである。上層から下層に降りてきて、今は一年前ほどに新設された少人数の部隊に配属されたため、その彼らがいる駐屯地へと歩を進めていた。
「ここら辺のはずですが……」
自らの視界に映る、内蔵されたデジタルの道案内機能が、目的地に近づいたため案内を終了した。アンナは周囲を見回して、そしてすぐに駐屯地を見つけることができた。
兵士に事情と許可証を見せて中に入り、兵士に道を聞きながら進んでいく。やがて地下の、鬱蒼としたうす暗い廊下にたどり着き、さらにその奥へと向かう。どんどん静寂に包まれていき、壁に取り付けられているランプの灯りだけが頼りになる。
といっても、彼女にとっては灯りなど必要はないのだが。
「ようやく、見つかりましたね。目的、達成です!」
彼女は、扉を開く。
「新入りが来るって噂は、本当なのか?」スーツを着込んだ男、クロイズ=マルグラスがもうひとりの男に話しかける。もうひとりの男、殻竜族であるガルラ=ガロラはこくりと頷いてから、大きく豪快に笑い声をあげた。
「とびっきりの美人だって話だ! こんなむさ苦しい野郎ばかりの部隊の、紅一点ってわけだ!」
「美人ねえ……。まあ、そういうやつは大抵、性格が犯罪者のようにひねくれている可能性があるもんだがな……」クロイズは、ソファーに背中を押し付けて、伸びをした。
「クロイズ。お主は穿った物の見方しかせんから、喜びという感情に素直になれんのだ。もっと率直に新入りを歓迎してやろうじゃないか!」
「へいへい。わかっていますとも……」クロイズはソファーに横になって、眠りはじめた。
ガルラは酒をつぎ、一人で飲み始める。クロイズはやがて、いびきをかきはじめる。
なんとも駄目そうな二人ではあったが、彼ら自身は自分たちをそう悪い者だとは思っていない。
そんな彼らが待つ一人の新入り、アンナが、扉を開けてその部屋に踏み入った。
「こ、こんにちはー……。みなさん、いらっしゃいますでしょうか……」
アンナは部屋の中を覗き込み、眠りにつく者と、酒を飲む者を目撃する。すぐに何かを察したアンナは数歩引き下がり、「間違えましたー……」と言って、部屋を出て行った。
扉ががちゃりと閉められる。
「……なんだ、今のは?」クロイズが目をこする。
「間違えたらしいな。よくある話じゃないか、がははは」ガルラが酒をつぎながら言う。
それから数分後、再び扉が開く。
「あのー……こちらが、マルチプル・レイヴン小隊さんの部屋でよろしいのでしょうか。ち、違いますよね、こんなろくでなしばかりの駄目そうな部隊が、私の配属する小隊なわけないですよね?」
とても失礼なことを言われた気がした二人であったが、彼らは顔を見合わせるだけで、特に嫌な顔をせずアンナに「そのとおりだが」と告げた。「ええ……」とアンナは露骨に戸惑ってみせた。
「俺たちが軍の一員とは思えない怠け者に見えるってんなら、それは正解だ。おれたちはこの軍で一番の、怠け者だからな。なあ、ガルラ?」クロイズが起き上がりながらガルラに問いかけると、彼もまた頷いた。
「まあ、怠け者なのはクロイズだけだが、ろくな小隊ではないことはたしかだろうなあ。我たちは、安月給で周囲からも白い眼で見られる、爪弾き小隊だからよお、がはははは」
「そ、そんな……」がっかりしたようにうなだれるアンナを見て、二人は声を上げて笑った、
「きっと、志が高いんだろうなあ、アンドロイドのお嬢ちゃんってのは。あんたのそんな思いを踏みにじるような真似をするつもりはないが、こんな小隊でやっていきたくないってんなら、今すぐ転属願いを出してくるこったな。やる気のあるやつには、向いてねえ」クロイズが、たばこを取り出してそれをふかす。
紫煙が昇っていくのをアンナは見ながら、疑問に思ったことを尋ねる。
「なぜ、私がアンドロイドとわかったんですか? 見た目だけでは判別がつかないはずですが」
クロイズはたばこの灰を落としてから、面倒くさそうに言う。
「半分は勘。もう半分は、立ち方とかお辞儀をした時の動作でわかったな。ちょっとした違いだが、アンドロイドには違和感が発生するんだよな。だから、少し気をつけて見れば、お前がアンドロイドだということはわかる」
「そ……そうなんですか……」
「我もわかっていたぞ、がははは! なにせ、アンドロイドが来るという話を、事前に聞いていたからな、リーダーから!」
「お前、知ってたのに隠してやがったな! 美人がくると教えてれば、俺がぬか喜びでもすると思ったのかよ」
「がははは。お主もいつまでも再婚せずにはいられない頃だろうと思ったから、少しからかってやっただけだ!」
「ふざけやがって……。まあいい、リーダーが来るまで俺はもう一眠りするから、馬鹿みてえな笑い声を上げるんじゃねえぞ、ガルラ。お前の笑い声は、耳に響くんだ」
「がはは。わかった、わかった!」
「だからうるせえ、って」
そんな会話を交わしてから、クロイズは眠りにつき、ガルラは酒をどんどん空にしていく。
アンナも適当に置いてある、椅子に座り、手持ち無沙汰な様子で落ち着かなかったが、時が過ぎるのを待つだけになった。アンドロイドとして、志は高かったし、こういう規律の悪そうな小隊に対しての印象も悪かったが、先程のクロイズの観察眼の良さを聞いて、この小隊がただのダメ小隊とは違うような気がした。だから、立ち去ろうとはしなかったし、転属願いを出そうとも思わなかった。
「それで、お主の名前は何というのだ。クロイズも眠ってしまったし、リーダーもまだ来てないが、その程度のことは教えてくれないと、雑談すらもできん」
「アンナ=バースマンス13号と名付けられています。よろしくお願いします」ぺこりと頭を下げる。
「ガルラ=ガロラだ。このとおり、殻竜族だ。アンナ、お主がこの小隊でやっていくかどうかは知らんが、よろしく頼むぞ。がははははは!」
「は、はい……ガルラ……」
それからしばらく、酒をつぐ音だけが響くようになった。他の兵士たちがいるはずなのに、地下の奥深くだからかほとんど音が聞こえない。沈黙は別に嫌いではないアンナではあったが、退屈ではあった。どんなリーダーなのだろう、と気持ちも落ち着かなかった。ガルラは雑談もできん、と言った割には口を開かなかった。
人間と同じような感情というものを持つ、最新鋭のアンドロイドであるアンナは、様々な機能が取り付けられている点や、戦闘に特化しているという点をのぞけば、人間とそう違いはなかった。
エメラルド色に輝く髪の毛というものは、染めない限りは人間にはありえない色ではあったが。
扉が、開く。
「全員、揃っているか?」
そこから姿を現した男、おそらくリーダーであるその人物は、銀髪だった。
軍服を着込み、腰に剣を帯刀している兵士の基本的な格好だ。
ほっそりとしていて、軍人とは思えない体つきをしている。
「ああ、新たに配属になったアンナ=バースマンス13号だったな。俺がこの小隊のリーダーであるレシキ=レイニーデイだ。ようこそ、マルチプル・レイヴンへ」恭しく、レシキはお辞儀してから、手を差し伸ばした。
「ご親切な挨拶恐れ入ります。アンナです。よろしくお願いします……」二人は握手を交わした。
「そう畏まるな。これから長いこと一緒に任務につくことになるんだ。もっと気軽に、楽に行こうじゃないか。……お前ら、もう挨拶はちゃんとしたのか。餓鬼じゃないんだから、しっかりと自己紹介をしたんだろうな」
「俺は、眠ってましたー。眠かったんで、眠っていましたー」クロイズが気だるそうに呟く。
「我は酒をがばがば飲んでいたぞ! 今日も絶好調だ、がはははは!」ガルラが雄叫びのように笑う。
レシキも近くの椅子に腰を下ろすと、はあ、とため息をついた。
「昼間っから酒を飲み、昼寝をする。お前らのような態度を取っている兵士は、他にはいない。俺は評判や噂のようなものなどどうでもいいと思っているが、自らを律することができない小隊に、未来はない。新入りも来たんだ。彼女を失望させない程度に、しっかりとしてもらわなければ……」
「わかってますよリーダー。俺たちはただ蓄えているのさー。戦場で血なまぐさい戦いを行うには爆発力が必要だからな。そのための緩急の、今は緩む瞬間って、わけですよ」
「がはは。クロイズ、お主の言うことはわからんでもないぞ。我も、酒を飲むことは英気を養うためにあると思っているぞ」
「お前らは屁理屈ばっかりこねおって……。まあいい、今日の活動内容について、お前らに報告しておくことがある。全員、しっかり聞け」
その発言を聞いた瞬間、全員が畏まった。まるで別人にでも転生したかのように、背をぴしっとして真剣な眼差しになった。アンナは、やはりこの小隊はやる時はやる人の小隊なのだ、と理解できたような気がした。
「本日は、待機だ!」レシキが大声を張り上げて言う。
あれ、とアンナは呆然とした。
「いやっほううううううううう。お休みだぜ、いえええええい!」
「がはははは。酒をもっとたらふく飲めるぞ、がははは」
「ふっ。そういうわけだから、アンナももう帰ってもいいぞ。待機とは言ったが、別にこの場に居る必要はない。今日はお休み、そういうことだ」
「……明日も、このように?」
「そうだ。明日も待機かもしれないが、ここに集合だ。毎日出勤することは大切だぞ。他の小隊兵にも連絡を入れておくからな。そういうわけで、遅刻せずに明日もここに来るように。では、以上だ!」
レシキは立ち去っていった。
「……あれ、自己紹介すらも結局しなかったような……。なんだろう、なにか涙でも出てきそうな気分がする……。私、アンドロイドなのに泣けるような気がする……」アンナはだいぶ落ち込んでいた。やはりダメな所に配属になったのではないかと感じた。
「がはは。アンナ、一緒に酒でも飲みに行くか? 我は今から、一日酒浸りよ! 金など気にするな。全部つけにするからな、がはははは!」ガルラも立ち去っていく。
最後に残ったクロイズも、ソファーですでにいびきをかいていた。もしかしてこの人はずっとここで眠り続けるつもりなのだろうか。なんという、ぐだぐだなのか。
「はあ。……私、駄目なアンドロイドだからこんなとこに配属になったのかな。欠陥品なのかな……」
アンナも立ち上がり、その場を後にすることにした。
一人残ったクロイズのいびきが、ひどくやかましく部屋に響き渡っていた。