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クロイズのもう一つ……


 

 魂を握り締めてから、その夢を体験する時間。それは実際の時間としては、一秒と満たなかった。だが魂は確実に、レシキの伸びてきた手を受け入れていた。もう彼を痺れさせることも、封印として機能することもなくなっていた。

 まずレシキは、魔導宝具を破壊することにした。瘴気を放っている、セルファを苦しめていたその対象を、思いっきり魔法で強化した拳で、殴りつけて破壊した。魔導宝具自体は、簡単にぶっ壊れて瘴気を放たなくなった。

「リーダー。……セルファが、こっちに歩いてくる!」カンラが悲痛そうに叫ぶ。

 すでにクロイズやガルラたちは突破されたということだ。こんなに短い時間で突破してくるなんて、さすがにセルファの器だ。だが、器なら、そこにはちゃんと魂が収まってなくてはならない。

 レシキは跳躍して、アンナに呼びかける。

「俺を放り投げろ、全力でセルファに向かって、俺を砲丸投げのように放り投げるんだ!」

「え?……」アンナは動揺する。

「早くしろ! 細かいことを気にするな!」

「わかりましたけど、私はそんなに力は強くありませんからね!」

 アンナも跳躍して、レシキの腕を捕まえて、何回転かさせてその勢いで、思いっきり彼を物のように放り投げる。それによってレシキはセルファへと一気に接近していく。そのすぐ近くを、魔法による攻撃が通過する。当たっていたら、終わりだっただろう。

 少し、距離が足りない。レシキとセルファの器の距離は、まだわずかにある。届かないのか、とレシキが眉根を潜めた瞬間に、下方から影が現れた。

「私が、まだいるぞ! おらあああああ!」カンラが、思いっきりレシキのことを、回転させて放り投げる。アンナがやったのと同じように。

「ナイスだ、カンラ!」レシキは、魂を抱えて、セルファへと突撃していく。

 目が虚ろな、その抜け殻の、胸元めがけて。

「受け取れ、セルファ! お前が忘れちゃならない、大切なプレゼントだああ!」

 体に、魂が入り込む。

 眩い閃光がそこから溢れて、すべてが光に包まれた。

 意識を失って倒れたセルファが、レシキに抱き抱えられている様子を見て、アンナとカンラはようやく終わったのだと悟った。

 二人は急いで元の部屋へと戻る。クロイズやガルラたちがどうなったのか、気になった。

 彼らは部屋で伸びていたが、死んではいなかった。おそらく器は、敵を殺すよりも魂とか封印を守ることを優先したのだろう。結果として、誰も死ななかったのだ。こんな難易度の高かった、五十人でやるなんておかしな任務を、最高の形で終えられたということになる。

 全員が、思わず笑った。

 レシキがセルファを抱えたまま奥の部屋から出てきて、黒髪から銀髪へと変わる瞬間を、全員が見た。

「全員、脱出だ。家に帰るまでが遠足だという言葉があるように、まだ任務は終わりじゃない。イスカリオテへと、敵を突破し、これより帰還してみせるぞ!」

 戦いはまだ終わりじゃない。

 ダンジョン外には、千匹規模のゴブリン部隊が、展開されていたのだ。



「さて、圧倒的に数では不利。セルファ=ランバートも意識を失っているから助けてもらうこともできないだろう。こちらの五十人はカンラに癒してもらったとはいえ、度重なる戦闘で疲労状態。どうする、リーダー。遠足の帰り道が、一番危険なんじゃないか?」

 見渡す限り、ゴブリンの群。逃げ場はどこにもない。戦うしかないのだ。当然、策略のようなものをするような隙間も見当たらない。やるかやられるか。殺すか、殺されるか。

 レシキは、セルファを安全な場所に下ろしてから、銀髪を揺らした。

「頼りは、たった一人だ」

 彼はもうどうするか考えはまとまっているようだった。その瞳には決意が宿っている。どんな作戦であれ勝利できるならば問題はない。全員が、レシキの言葉を待った。

「これは作戦ではない。ただの、単純な、変化だ」

 どういうことなのか、しっくりと理解できたのは一人だけだった。その唯一理解できた一人の人物こそが、まさしく鍵となる当人であった。彼はため息をついてから、自らのネクタイを力強く締め直した。そもそもスーツという格好をしているのも、その変化のためだった。

「もうわかっているな、クロイズ。お前のもう一つの人格を、呼び覚ます必要ができた」

 五十人の視線がクロイズへと向いた。クロイズは刀の刀身をじっと見つめてから、それをなぞって、ぶん、と一回振るった。

「たしかに、この状況なら奴は出てくるだろう。俺は、逆境にこそ燃えるが、その限界を超えると諦めて燃え尽きる。今が、まさにその炎が消えかかっている瞬間だ。俺が強く変われと念じるだけで、奴は出てくるだろう。問題は、俺がそれを嫌だと感じているってことだ」

 クロイズは、また、ため息をついた。こんな危機的な中でも、気乗りはしないのだった。

 二重人格とは、自分の心の弱さが招く狂気的な現実逃避。

 そんな言葉がある。クロイズにとっても、もう一つの人格は自分の弱さを見せ付けられるような感覚があるのかもしれなかった。

 だが、それでも個人の嫌だという感情に構っている暇などなかった。すでに、ゴブリン達は侵攻をはじめていて、もうすぐ戦闘がはじまろうとしているのだから。

「クロイズ!」「クロイズさん!」「クロイズ!」

 みんなが声を掛ける。彼は深呼吸してから、刀を地面に突き刺した。

 やるしかない。

「お前らのほとんどには初めて見せるから、驚くだろうが。どう変わろうがそれは俺自身のもう一つの人格だ。俺自身じゃねえ。まあ、見れば誰でもそう思うだろうがな。なにせ、その変化はガルラやリーダーとも違う、かなりの大きな変貌であるからだ」

「今だ。変われ、クロイズ!」

「全員刮目するなよ。これが俺のもう一つの姿。変わるぜ、スイッチを押すように簡単にな!」

 まずは、髪の毛が伸びた。それは男性の長髪という程度ではなく、まさしく艶のある黒髪で腰くらいまでの長さがあった。元のクロイズと同じ、黒髪だ。

 そして身長が少し縮み、手足の大きさもわずかに小さくなる。毛なども無くなっていき、肌に艶が生まれて唇が赤みを帯びる。あまり覇気の無い、やる気のない表情はあまり変わらなかったが、顔つき自体は大きく変わった。パーツ自体はさほど変わっていないのだが、全体的に優しく、丸くなっていく。顎ひげなども無くなってつるんとする。

 胸に膨らみが生まれて、股間にあるものが消失し、体つきは細っそりとする。

「目覚めたわ。久しぶりね、表に出てくるのは。クロイズ=マルグラス。あまり激しく戦うのはだるいので好みではないけど、私の能力で、敵を殲滅させてもらうわ」

 突き刺さった刀を握り締めて、気だるそうに息をする。

 女に変わるとは知らなかった兵士たちが驚くのを尻目に、閉じた目を開いて、前へと歩いて行った。戦場が、彼女を呼んでいた。



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