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レシキの異世界転生、セルファとの出会い

 レシキは実に平凡な少年であった。黒髪の彼は、学校に通う平凡な高校生である。部活は特にしていなく、あまり友達の数も多くない。昔からひ弱ではあったが、やけに反発心というか、反骨心のようなものがあり、それが原因でいじめられることも多かった。

 そのいじめの影響か、彼はややひねくれた、いわゆる陰の性格を奥底に宿した、それでいて燃え盛るような反発の心だけは絶えることないものを、持ち合わせ続けていた。

 そんな彼が高校生になってから恋をした、一人の女子高生、同じクラスのその人はカエデという名前を持っていた。レシキはそのカエデという名前が特に好きだった。響きが良いと思っている。

 窓から射し込む日射。その陽によって作られる陰陽。それに照らされるカエデの、とても綺麗な横顔。ロングの艶のある黒髪。そんなものに、レシキは惹かれ、見惚れることすらもあった。

「おい、お前またカエデのこと見てたろ?」数少ない友人、タクマに笑われて、レシキはひどく慌ててそれを否定した。

「ち、違う。空に浮かぶあの雲がポテトチップスみたいだな、って思って見てたんだ!」

「なんでポテチなんだよ……。そもそも、空は雲ひとつない晴天じゃねえか。お前、嘘下手だよな」

「くっ……タクマ、お前にバレてしまったか。となれば、この左手の封印を解き、漆黒の炎で燃やしてしまうしか……・」

「お前、中二病患者だったの?」

「俺をあんなのと一緒にするな! 俺はな、暗黒の支配者だ!」

「……ひどい。重症だな……。そんなんじゃ、愛しのカエデちゃんにアタックすることもままならんだろうな」

 そんな会話をしながら、日常を過ごす。

 例えカエデに告白することすらできなくても、それでもいいと思っていた。

 彼女をかばって、トラックに轢かれてしまうなんて、想像もしていなかった。

 薄れゆく意識の中で、真っ白な天井を見ていた。トラックに轢かれた瞬間から、まるで瞬間移動でもしたみたいに、その真っ白な天井の場所にいた。

 家族が、見ていた。俺のことを、心配そうに見つめているような気がする。みんなは俺の視界にいないはずなのに、俺はみんなが俺のことを見ているとわかる。

 ああ、そうか、幽霊になるからそんなことがわかるんだ。

 死ぬのか、俺は。暗黒の支配者たる俺が、この世を去るというのが真実だなんて、そんなのおかしいじゃないか。

 最後に、せめて告白くらいはすればよかったな……。

 ――目を覚ましなさい。哀れな地球出身の普通の高校生よ……。

 なんだ、この声は。女の声だ。まさか、女神のような存在が俺のことを見ているのだろうか。

 ――あなたを異世界へと導きます。哀れな地球出身の普通の高校生よ……。

 哀れとか普通とか言うな。俺は暗黒の支配者……。

 ――ぷ、ぷぷぷ。あ、暗黒の支配者……。だ、ださい……ひ、ひどい……。

 やかましい。俺のことを馬鹿にしにきたのか、救いにきたのか、はっきりしろ。

 ――私はあなたを誘う者。レシキさん。あなたは選ばれし者。さあ、身を光に委ねるのです……。

 真っ白な光が広がっていく。それはたしかに天国へと導かれるような、心地の良い代物だったが、暗黒の支配者たる俺が、こんな光に導かれるだなんて、愚か極まることだ。俺にはせいぜい地獄がお似合いというものなのだ。それだというのに、この女神のような存在は、俺が選ばれし者だといった。まるで勇者のような扱いだ。だが、俺は忘れてはならない。俺は…暗黒……。

 ――もうそういうのいいですから。とりあえずそんな暗黒なんちゃらなんて忘れて、愉快に楽しく争いの世界で、戦い続けちゃってください。それが、あなたを成長させるはずですから……。

 ぎゃあああああああああああああああああああああああ。

 俺は叫んでいた。なにか、嫌な予感がよぎって、その予感が俺に恐怖を感じさせていた。

 天国になんかいくことはないのだ。

 俺は、俺は、どこへむかうというのだ。

 それからしばらく時間が経過して、真っ白だった景色が普通の天井へと変わっていた。木製の、どこか古びた普通の天井。もう病院ではない場所だとわかった。これが、異世界だというのだろうか。

 目を開けると、俺は、赤ちゃんになっていると気づいた。



 レシキ=レイニーデイ。そう名付けられた彼は、普通の両親に育てられて、すくすくと成長していった。そのシリウスという都市の上層、そこに住む者は貧困に苦しむことなどなく、実に平和的で健やかな毎日を送ることができるのだ。下層に住む者は、そうではないのだが。

 そんな格差のある社会で、レシキは小学生くらいに育っていた。

 魔術学院で、基礎の魔法を日々学ぶ。問題点は、クラスのリーダー格のような男が、いじめなどをしていたら、それをやめるようにと言い出すような、その反発心の強さであった。強そうな、他人を見下している行為をする者が、気に食わない。

 その精神の元、彼は強者へと立ち向かい、そしてその度にぼこぼこにされていった。

 レシキは、喧嘩が弱かった。

 そんな彼がいじめの標的になるまで、たいした時間はかからなかった。毎日、多人数で袋叩きにされ、ゴキブリを食わされそうになったり、魔法の実験台にされたりすることもあった。

 ぼろぼろになってはいたが、それでも彼の眼から灯火は失われなかった。

 そんなある日。

「あなたたち、数に物を言わせて弱者をいたぶるなんて、恥ずかしいと思わないの?」

 有無を言わさず、基礎ではあったが強力な魔法、『火球』通称ファイヤーボールが連射されてレシキをいじめていた連中に直撃する。彼らはすぐに退散していって、レシキは口元から出ていた血を拭き取ってから、少女を見上げた。同じクラスの、セルファ=ランバートだとわかった。

 金髪を肩くらいの長さまで垂らす、自分と同じくらいの幼い少女。くりっとした眼をしていて、魔術学院の制服を着ている。

 レシキはこの時、忘れていたことを思い出した。それは自分がまだ生まれる前の話だったが、彼はそのことを日々を積み重ねるにつれて、なぜか忘れていた。しかし、あるとき記憶は温泉でも湧き出てくるかのように、間欠泉のように吹き出し、彼に鮮明に映像を映し出すのだ。

 セルファは、あのカエデという少女と、とても似ている。まるで、同一人物であるかのように。

 そのことに気がついたレシキは、思わず顔を背けてしまった。柄にもなく、照れていた。

「……た、助かったよ。この俺が、まさか女に助けられるとは思わなかったけど……」

「弱いのに、すぐに生意気な口を利くからでしょ。これに懲りたら、大人しくしなさいよ。いつだって私があなたを助けられる訳じゃないんだからね」

 厳しくもありながら、優しさも感じられる。そう言い放って、彼女は裏路地を去っていった。

 裏路地から出たレシキは、彼女の後ろ姿を見送りながら、傷をさすった。

「いてっ」

 傷には慣れているが、痛いのは違いない。

 レシキ少年は、この時たしかに、恋をした。



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