セルファ=ランバート
マルチプル・レイヴンは正常を取り戻して、ダンジョンへと急いだ。とにかく時間との勝負といえた。セルファでないとしても、増援が来られたら厄介なことになる。敵小隊を撃破した時点で、当然自分たちの存在は明るみになっていると考えるべきだろう。
とにかく走る。全力で。
その途中でゴブリン小隊と二度衝突したが、レシキたちにとってはそれは雑魚と表現して良いほどに相手にはならなかった。物の数分でそれらを突破し、進軍を続けた。
やがて彼らは、辿り着く。
ゴブリンにもはや取り囲まれている現状は変わらないが、すぐ目の前に、ずっと目指し続けていた目的地である、ダンジョンがある。
洞穴といった様子のそこは、暗くなっていて奥を確認することはできない。のっぺりと、濃厚な暗闇だけが広がっていて、中からは風も吹いてこず、どこか陰鬱でもある。
この最奥に魔導宝具があり、魔物を生み出している。
その封印を、セルファの魂が為している。
封印を解く鍵は、おそらく黒髪にある。黒髪のレシキにしか、彼女の魂を説得することはできないだろうと銀髪にもよくわかっていた。
レシキは、全員に向かって士気を上げる、鼓舞できる言葉をかけようと振り向く。その振り向いた時に見えた青空、その中空を、彼は思わず見てしまった。
なんということでしょう。
「……全員、ただちにダンジョンの中に侵入するぞ。躊躇する暇はない。また、作戦を考えている時間もどうやらない。俺たちは、やはり窮地にある。お前ら、背後の青空を見上げてみろ」
レシキのその言葉に呼応して、全員が背後へと振り向き、天を仰ぐ。
そこに、一つの影があった。
太陽の光を浴びている、人間の黒い点のような、いや、それは……。
「飛んでいる……。人間が、魔法の力で浮遊している……まるでなんでもないことのように」カンラが動揺する。空を飛ぶ魔法というのは、実はとても難度が高く、できるものは数少ない。あの魔法使いにはそれだけの力があるということだ。
レシキは息を呑んでから、自分の中にある黒髪の心がざわつくのを感じ取った。こんな状況で黒髪に出てこられるのは問題だったので、そのざわつきを銀髪は拒否した。
「あれが、セルファ=ランバートだ。金髪に、青い服装。いつものあいつらしい格好だ。今もっとも現れて欲しくなかった敵が、そして救うべき対象が、魂の封印された傀儡が、この場に現れてしまったということだ。ダンジョンに逃げ込むぞ。ここからは、追いつかれるか逃げ切れるかの勝負ということだ!」
レシキは目を瞑った。
ここに来るまでに自分のしたことを思い返してみる。
人を殴ったこと。人を殺したこと。
やったことを後悔はしていない。やらなければならなかったから、やっただけだ。
今この瞬間も、やることをやるだけだ!
決意した彼の瞳は、力強く燃えている。レシキは勇気を持って、ダンジョンへと足を踏み入れていく。少しずつ速度を上げて、暗がりの中をやがて駆け出す。
とにかくセルファに追いつかれる前に、セルファを救出しなければならない。
とても単純な、そしてどこかおかしな、そんな話だ。
魂のないセルファ=ランバートはダンジョン入口前に降り立ち、特に警戒する様子もみせずに中に入っていく。ゴブリンたちがすでにダンジョン周辺に集まっていたが、彼女が合図をするとゴブリンたちは散り散りになっていった。
殺さなくては……敵を……抹消しなければ……滅ぼさなければ……傷つけなくては……奪わなくては……斬らなければ……潰さなくては……天国へ……地獄へ……導かなければ……。
それは破壊衝動と、使命感の連続だった。
セルファを常に支配しているのは、その二つだけだった。まさしく破壊をするためだけに存在する機械のようなものであると言える。ゆえに複雑な行動をすることはできないし、策略を練るようなこともできない。それでも驚異的な魔法の力と、身体能力の高さ。その戦うためだけの機械である彼女は、ぶつかり合う単純な争いに関しては、強力な兵器と成り得た。
その眼には何も称えていない。その物腰には躊躇がない。
そんな彼女が、オッカム重要拠点であるここに侵入した賊を排除すべく、探索を開始したということは、たしかにレシキたちにとっては恐ろしいことであった。回転する刃が後ろから迫ってくる中を駆け抜けなくてはならないようなものだ。
殺さなくては……敵を……抹消しなければ……滅ぼさなければ……傷つけなくては……奪わなくては……斬らなければ……潰さなくては……天国へ……地獄へ……導かなければ……。
セルファは彼らの気配を辿る。
命をかけた鬼ごっこの、開始だった。




