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泣き虫の前向きな絶望的未来

 マルチプル・レイヴンはグルグル草原を、密かに進軍していた。誰にもばれずにダンジョンにまでつかなくてはならない。戦力が減少するような事態は避けなくてはならない。

 そういうわけで活用されたのが、もはや隠す必要のなくなった能力である。まず、レシキがディスプレイを召喚して、椅子に座り、カメラを内蔵した小蝿くらいの大きさの物を全方位に射出する。それによって敵がいるかいないか、進むべき道は身を隠せるのか、隠せないのか。そういうことがわかるようになる。

 最適な道をその能力によって判断できたら、そこに兵士を一人だけ向かわせる。そして危険がないと判断できたら、そこにクロイズの能力を使って全員を、その一人の兵士に向かって引き寄せる。これによって安全に進軍できる。

 それを続ければ、常に安全は確保できると思っていた。

 しかし、それを一時間くらい続けた辺りで、どうしようもない状況に自らたちが追い込まれていたのだと、理解することとなった。

「四面楚歌ってやつだな……」

「どうしたんです?」

「これを見てみろ。どこを見てもゴブリンの小隊規模の部隊が展開されている。その内の一つとでも激突すれば、他の部隊にも俺たちの存在が伝わるようになっていることだろう」

「……逃げ場は、ないんですか?」

「勿論、後方に下がれば距離は置けるかもしれない。だが、後方がいつまでも安全な訳でもないだろう。となると、どこかを突破しなければならないが、どこを向いても、ゴブリンの軍団がある。それに加えて、人間の部隊も前方、北の方角に一つ展開されているのがわかる。ゴブリン程度の軍団であれば駆逐は訳ないが、人間であれば、相手がどんな攻撃を仕掛けてくるかは未知数だ。魔法や能力持ちである可能性だってある。一番まずいのは、敵と接触することで、セルファ=ランバートのような一騎当千タイプの強敵がやってくる可能性だ。ああいう奴らに位置を嗅ぎつけられたら、まず全滅だ。以前も、セルファに部隊を全滅させられたことがある。やつの魔法は、かなり厄介だ。一番の脅威には違いない」

「一騎当千の魔法使いですか……。なぜ、セルファという女性はそこまでの強さを誇るのでしょう」

「天才でありながら、努力家だからだ。すべてを兼ね揃えているのが、奴だ」

「完璧な相手ということですか」

「とにかく、この包囲された状況はまずい。俺たちの行動が察知されているということだろうな。あの戦場での指揮官は、相当察知能力の高い奴だったらしい。こうなってしまえば、隠密行動をしているとは到底言えない。すべて筒抜けだ。……となると、することは一つだ」

「それは、一体、どんな?」

「突っ込むんだよ。まっすぐ、ダンジョンに向かってな」

 レシキは指をさした。その方角に、たしかに目的地はあるのだ。当然、その直進する先には敵がいる。しかも、魔物ではなく、人間の部隊があるのだ。

 だが、やるしかない。

 そもそもこの極秘任務が、楽であるはずはないのだから。



 オッカムのポラン小隊は、ダンジョン近くの西にて待機していた。ポラン=ローラングは敵を待ちながら、涙をぽろぽろと零していた。それはいつものことであったから、部隊の誰も不思議には思わなかったが、新入りの兵士にはなぜ彼女が泣いているのか、理解できなかった。

「なぜポラン小隊長は、泣いているのでしょうか?」

 新入りに対していろいろと指導する立場の副小隊長が、そのことを答えてあげる。

「小隊長殿は、犬が暴漢にぼこぼこにされて死んでしまった時のことを思い出しているか、学校で自分の成績が最下位だったときのことを思い出しているか、戦場で片腕が吹っ飛んで義手にならざるを得なくなった時のことを思い出しているのだろうな」

「波乱万丈なお方なのですね」

「変わったお方であるのは間違いない。優秀かどうかと問われれば、指揮官としての能力は並だと言われるが、ポラン小隊長にはある特徴があってな……」

「何かあるのですか?」

「うむ。それは戦場でわかることになるだろう。教えるよりも、見た方が早い。どうだ新入り、戦場の空気は、緊張するか?」

「ええ、まあ。この世界には特別な力を持った強者がごろごろといますから。俺のようななんの取り柄もない新兵とっては、死なないようにするだけで精一杯のような気がします。まあ、武勲はたててみせますが!」

「大口が叩けるなら結構! だが、無理に戦おうとはするな。新兵は、空気を感じるだけでも一歩前進なのだからな……」

「はっ!」

 そんな会話を兵士たちがしている間にも、ポラン小隊長は泣き続けていた。ぼろぼろと涙がとめどなく流れ、目や頬が真っ赤に腫れ上がっていた。だが彼女は唐突に泣き止むと、小隊全員に聞こえる大声を発する。ひっく、ひっく、と嗚咽しながらではあった。

「こ、これから、我々はイスカリオテの独自に行動する小隊と戦闘状態に入ることになるだろう。ラシャイニ司令官殿の指示は的確だ。連中は確実にここにやってくる! いいか、我々に課せられた目的は、敵の殲滅だ! 敵を撃滅し、滅殺し、完全にぐうの音も出なくしてやるのだ! いいか、我々にはその力がある。ポラン小隊の脅威を、イスカリオテに教えてやるぞ!」

 士気を高めてからは、ひたすらに待機するのみだった。

 天候はからっと晴れ上がっており、見晴らしは良いので敵を見落とす危険性も低そうだった。

 ポラン小隊長はまたも泣き出してしまった。

「くう……なぜ、こんな……くぅ……悔しい……」涙がぽろぽろと溢れ出る。

 そんなポラン小隊長を気にする者はもはやいない。全員が、集中し、ひたすらに意識を争いへと向けている。悪くない状態といえるだろう。

 やがて、敵の影が見え始めた。

 オッカムのポラン小隊と、イスカリオテのマルチプル・レイヴン、双方戦力数は五分。勝敗を分けるのはおそらく、能力や、指揮、士気、地形であろう。そういう面では、まず地形という理を取ったのはマルチプル・レイヴンであった。

「……! な、なんだ。小隊長殿、敵が一瞬で、高くなっている地形へと、まるで瞬間移動でもしたみたいに移動しています。距離が近すぎます。あの位置からなら、ロングボウが届きます!」

「瞬間移動、だと? 敵には強力な魔法使い、もしくは能力者がいるということか……」

「どうしますか?」

「ロングボウでちまちまと打たれ続けるのは性に合わん。全員、連中に向かって突撃するぞ。地形の不利など多少のものだ。我々は進軍し、奴らを迎え撃つ!」

 ポラン小隊は、進軍を開始する。

 その途中で、奇妙なことが起こった。

 小高い丘を占拠している状態だったイスカリオテの小隊が、突然後方へと下がっていったのだ。つまり、高所となり有利な地を、放棄したということになる。

 ポラン小隊のほぼ全員がそれに不自然さを感じた。これは罠なのではないかと、誰もがそう考えはしたのだが、決断は小隊長がすることだった。そのポランは、それが罠だとは思わなかった。

 むしろチャンスだと理解した。

「連中は、小高い丘にいることによってゴブリンたちの格好の的になることを恐れたのだ。見てみろ、周囲にはゴブリン部隊が集まってきている」

 ポランの言う通り、小高い丘の敵小隊を察知して、近くにいたゴブリン部隊が集結しつつあった。それを見て取った敵部隊は、小高い丘にいることは不利だと感じ、撤退したのだ。

 ポランは今が好機と汲み取り、全員に突撃を命じる。まずは小高い丘を占拠し、こちらに地の利を取ることにする。

 それは容易にできた。物の数分で、ポラン小隊は小高い丘に陣取った。ゴブリンたちも敵を取り囲むようにやって来たので、かなりオッカム側が有利だと言える。なにせ敵は一小隊のみだ。たった五十人程度でオッカム領地に突っ込んでくること自体、かなりの無謀なのだ。

 ポランは得意げに鼻をふふん、と鳴らしてから、どう料理してやろうかと思案していた。

 その瞬間だった。

「な、なんだお前は! どっから現れた!」

 兵士の一人が慌てて後ずさりして、その突然現れた影に動揺した。そのことに他の面々も気がついて、各自急いで武器を構えることになった。その者は何の前触れもなく、ポラン小隊の中心部分に、まるで瞬間移動でもしてきたみたいに登場したのだ。

「ガハハ。かかってこい、臆病者ども。このガルラ=ガロラが全員相手になってやるぞ!」

 撤退していたはずのイスカリオテの小隊の者だということがその言葉の内容で理解できた。彼らは、しかし、あまりにも無謀だと思った。これでは犬死にするだけだろう。どんな手段を使ってこんな敵中心部に現れたのかは、詳細はわからなかったが、魔法か能力によるものだということは当然わかる。

 兵士たちは、一斉にガルラに剣や槍を突き出した。骨に武器がぶつかり、火花が散る。当然骨の下にもダメージが入った訳だが、それによってガルラはまたも二重人格者としての性質を発揮することになる。

 真っ赤な皮が、真っ青へと転じる。

「……ああ。敵がいっぱいじゃないか……こ、殺さないで……僕は無力な一般人ですから……睨まないで、僕を、殺さないでください!」

 兵士たちは顔を見合わせてから、にやりと微笑んだ。

 全員が、一斉に武器を、ガルラへと突き出す。

 カキン。

 そんな鉄でも叩いたのかと疑いたくなるような音が鳴り響いた後に、彼らの武器が全部真っ二つに折れてしまったので、全員がかなり動揺することとなった。

「どんな硬さだ! なんだこいつ、一体、どうしてこんな化物のような奴が……」

 兵士たちが動揺している間に、ガルラは地面にうずくまって、丸まってしまった。戦いに来たのではないのか、と兵士たちは大変困ることになった。放置もできないが、殺すこともできそうにない。なるほど、たしかに部隊を動揺させる手段としては、この殻竜族は厄介な存在だった。

 そういう作戦か、とポランが納得して思索を深めていく。

「そいつには構うな。とにかくゴブリンたちと連携して、奴らを取り囲んで殺すぞ。無駄に突っ込まず、機会を窺うのだ。油断するな、少数といえど、こんなところに来るからにはただの部隊ではないと思え!」

 それは悪くはない作戦かもしれなかった。しかし、彼女は油断していたと言わざるを得ない。

 丸まっていたガルラが、真っ青から真っ赤へと転じて、丸まっていた身体を起き上がらせて、戸惑っている兵士たちに別れを告げた。

「ガハハ。また地獄で会おうぞ、あっぱれな敵どもよ!」

 ガルラが、その場から消える。瞬間移動のような現象がまた発生したのだ。

 兵士たちはそこで、ようやく足元に何かが設置されていることに気が付く。

 設置というか、描かれているという感じだ。魔法陣のような、印である。それが瞬間移動をさせる原因だったのかと察した兵士は、その印を足で崩して破壊した。

 その瞬間に、カチッ、というスイッチを踏んだ時のような音が鳴り響いた。

 全員が、固まった。

 何かが、ある。

 そう察した時にはもはや遅かった。まさか、と誰かがそれが何であるか理解した時にはもう手遅れだった。それはもはや起動しているのだ。

「全員、今すぐ跳べー! できるだけ中心から遠くに、跳……」

 誰かが最後まで言い終える前に、大爆発が発生した。

 地響きがする程の振動と、凄まじい熱量が一気に地面から放出され、ポラン小隊はそれの直撃を受けたことによって、一瞬にして壊滅状態へと追いやられた。

「な……なんという、地雷を仕掛けたとでもいうのか……シビリゼーションシールの影響を受けない地雷を、連中は開発していたというのか……」

 頭から血を流しながら、ポランは霞む目をこすった。周囲を見渡すと、ほぼ全員が地面で倒れているのがわかった。身体がちぎれている者、手足がもげている者、血が大量に流れ出ている者、ほとんどが全滅していると言っていいといえた。連中の、作戦勝ちということだ。

 この小高い丘には、やはり誘導されたということだ。私の、判断ミスだ……。

 ポランは泣くことを堪えることができなかった。悔し涙がぽろぽろと溢れ、とめどなく流れ出ていっていく。

 しかし自分が生き残ったことは不幸中の幸いだ、とポランはわかっていた。

 まだ終わりじゃない。

 連中を、このまま突破させるつもりはない。

「私の力を思い知れ……。死んでいった兵たちの苦しみを味わい、もがき苦しんでゴブリンたちに数で押し切られるがいい……。食らえ、糞野郎共!」

 ポランは片手を突き出して、それを発動させる。

 それを終えてから、ざまあみろ、と笑ってから、また泣き出した。今度は大泣きで、やかましく騒ぐことも気にせず、わんわんと泣いた。

 当然、それを聞いている生き残った味方というものも、もういないのだ。もちろん、まだ息のある者もいるだろうが、ここでは治療はできない。もはや、死ぬしかないのだ。

 彼女の悲しみは深かった。ひたすらに泣きじゃくり、永遠に泣き続けるように、泣き続けた。

 


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