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マルチプル・レイヴンの戦闘

   

 大隊長が行方不明なったということで、兵士たちの捜索が行われた。これによって村の川の下流でマルゴッスの死体が見つかった。夜中に誤って川に転落し、命を落としたのだろうと推測された。当然、何者かによる暗殺の線も考えられたのだが、兵士たちにとってその件に関して長く考えていられる暇自体がなかったので、簡潔に、事故死、ということでまとまった。

 差し迫った問題は、戦うか、退くか、だった。

 シェルカス副官と、各中隊、小隊のリーダーたちが司令部に集まり、今後ついての相談を行った。意見は二つに分かれた。指揮官がいなくなったといえど、兵士がいなくなったわけではないのだから戦いに出向くべきだという考え。もう一つは指揮系統が乱れるため、指揮官がいなくなったことは大問題であるとし、退くという判断。

 レシキは当然、戦いに出向くべきだと唱えた。極秘任務を達成するためには、ここで退く訳にはいかない。昨夜事故を装った殺人を行ったレシキにしては、やけに冷静に話を聞くことができたし、自分もいつも通りの発言ができている自覚があった。

 俺は、冷酷な殺人者なのだろうか……?

 そうレシキはふと頭に過ぎらせたが、それもすぐに通り過ぎて霧散した。過ぎたことを考える暇はないと脳みそが判断したかのようだった。

「それでは、進軍するべきという考えで、よろしいでしょうか……?」

 議論の結果、レシキの理想的な方角へと話が進んだ。大隊の指揮は、シェルカス副官が緊急で引き継ぐことになり、バッカンド大隊はオッカム目掛けて侵攻をすることとなった。

 他の大隊もオッカムへと進軍している。それと連携し、集中的に彼らを攻めなければならないということだった。足踏みを揃えなくてはならないというのは、たしかに必要なことだった。下手に撤退すれば他の大隊を孤立させてしまうし、また闇雲に突っ込んでも他の大隊と同時に侵攻しなければ各個撃破をされてしまう。

 重要なのは他の大隊との連携である。他の大隊が進軍するのであれば、我々も退くわけにはいかない。そういう意見が主流となり、まとまった。

「……というわけだ。俺たちマルチプル・レイヴンもバッカンド大隊の一部として進軍するが、次の戦の途中には上手く行方をくらませるつもりでいる。クロイズの能力を使えば、容易に全員を移動させることは可能だ。そこから先は、オッカムの領地となる。今までよりも厳しい状況にはなると思うが、能力は自由に使えるようになる。迅速に、確実に、ダンジョンへと侵入する。全員、わかっているな……意見のある者は挙手してくれ」

 誰も手は上げなかった。レシキは頷いてから、全員に叫ぶ。

「絶対に作戦は成功させるぞ! 俺たちは、勝利しなければならない!」

 おおーっ、と小隊全員が意気揚々と叫び声を上げる。



 イスカリオテのバッカンド大隊は、オッカム領地一歩手前で、交戦状態となった。戦う相手は人間ではなく、魔物の軍勢であった。主にゴブリン、オーク、ハルピュイアの魔物混合部隊である。数ではオッカム側の方が1500程と見受けられ、バッカンド大隊は数で不利であった。

 しかし操られて動く魔物と、指揮を受けながらも自らの意志で動ける人間とでは、そもそも質が違うのは間違いない。身体能力で魔物が優れているとしても、訓練された兵士たちにとってはさほど酷な相手ではない。

 最前線の部隊が、魔物たちとぶつかる。剣と棍棒が交錯し、互いに弾かれていく。しかし器用なものであれば弾かれても体勢を崩さず、そのまま追撃が可能だった。そのようにして、ゴブリンたちは簡単に撃破可能な魔物と言えた。

 問題はハルピュイアとオークであった。オークはまず体格差が人間と比べて大きすぎる。まともに相手をしても、軽く薙ぎ払われるだけで、まるで大人と赤子といった対決になる。それでもオーク自体は数は少ない。人間がまとまって連携して行動し、上手くそれが決まれば、何とか撃破は可能だった。ただ、返り討ちにされる者も多かった。

 ハルピュイアに関して厄介だったのは、それ自体が空を飛んでいるせいで、ロングボウなどでの射撃しか攻撃が届かないことだった。しかもハルピュイアは弓兵の方へは近づいてこず、前線に攻撃を加えてくるため、弓兵が前に出ない限り仕留めることは出来ないと思われた。

 ハルピュイアは石を落としてくる。上空から落ちる石の威力は意外と馬鹿にはできず、直撃すれば気絶する程には威力があった。防弾コートを着用していても、その衝撃を完全に失くすには至らないため、何とか石を回避する必要があった。

 特に落石に関しては、身体が強くない者が問題だった。回復役のプリーストである。マルチプル・レイヴン内で言えば、カンラということになる。

 カンラも器用に石ころを避けようとはしていたが、ハルピュイアの数自体もなかなか多く、落石は非常に多かった。その内の一つが、カンラの後頭部に直撃する。

 カンラは気絶まではいかなかったが、立ちくらみで動けなくなる。うずくまっているところを、ハルピュイアも狙いをつけて、追い込みを掛けてこようとする。

 その追撃を防いだのは、骨の外殻を持つ、殻竜族の大男。つまり、ガルラである。

「う……お、お前……」カンラはガルラの背中を見上げる格好となる。

「こういう衝撃に対する防御に関しては、俺に任せればいい。お前は、そこでじっとしているのだ」

「だ、だけど……こう何発も石を落とされたら……さすがの骨爬虫類でも……」

「安心しろ。もうすぐ、『あいつ』が出てくる頃だ」

「あいつ?」

「やつは俺自身のダメージに呼応して現れる。こういう状態であるなら、まず間違いなく出現するだろう。『あいつ』は臆病者だが……強い! まず俺の百倍くらいは、強いのだ!」

「ひゃ、百倍……。ガルラのもう一つの人格が……」

「そうだ。この痛みが、奴を呼び寄せる。俺とは真逆のあいつが、戦場を一転させるぞ!」

「あ……」カンラは、たしかに見る。

 ガルラの真っ赤な、骨の下の皮部分が、真っ青に染まっていく。

 そして全ての皮が真っ青に染まり終わると、ガルラはうずくまって、カンラに抱きついた。

「え、ええ!?」カンラは動揺するが、ガルラの発する言葉でさらに動揺することになる。

「こ、怖いよお……戦場だあ、ここは戦場……ぼ、僕は戦いたくない……殺されたくない……」

「ちょ……お前、骨が痛いから離れろ! こんな戦場で、女に抱きつくやつがいるかあ!」

「だ、だって僕……怖くて……もうひとりの僕が痛みを感じたから出てきちゃったけど、ここは最前線じゃないか……この世の地獄だ……僕はもうきっと、何もできず殺されてしまうんだ……」

「殺されないように戦うんだ! 立ち上がれ、今すぐ私から離れて、戦って見せろこの臆病者!」

「ひぃぃい。わ、わかったよ。だ、だけど、僕の傍から離れないでくれよ。……ひ、ひとりじゃ戦えないんだ。誰かがいてくれないと、怖くて仕方がないんだ……」

「ああわかったわかった。傍にいてやるから、お前の実力を……」

「ひゃあああ! 落石だ、落石だあああ! 怖い、痛い、うわああああ」

「ちょっとうるさい! もう少し静かに……」

「うわああああああああああああああああああああ」

 ガルラは咆哮しながら、天へと炎を吐いた。それは彼にとっては苦しんだ末に出た、暴走そのものであったが、その炎の火力は凄まじいものがあった。

 空を飛んでいるハルピュイアたちが、ほとんど全滅したのである。

 すべて丸焼きになって、落っこちていって動かなくなった。

「え、ええっ!」カンラはさすがに呆然とした。その炎は、どんな魔法よりも凄まじい火力を持っているということが、見るだけで十分伝わった。範囲、威力、どれも一線級だ。

「ひ、ひっく。ぼ、ぼくはもういやだ……帰る……帰って、安全なところで眠りにつきたいんだ……」

「……こいつ、相当にやばいんじゃあ……」

「カンラァ……ぼ、僕は戦うことが嫌いなんだ……もうひとりの僕は進んで戦いに行くけど、君から言ってくれよ……やめてくれって……もっと安全なところで生きていけって……うう……」

「……わ、わかったよ。言っておくから、もうちょっと頑張って見てよ。あんた、強いんでしょ?」

「う、うう……」

 ガルラは涙を流していた。そしてうずくまり、ひきこもる蝸牛にでもなったかのように丸くなってしまった。戦場でそんな姿を晒すことは、まさしく隙だらけだと言える。カンラは何度も起き上がれと声を掛けるが、ガルラは怯えるばかりで丸まったままだ。

「ま、まずい……」カンラは前を向いて、危機だと気がついた。

 オークが、二人を見下ろしていた。しかもオークは、二体いる。屈強な、巨大な棍棒を持ったそれはゴブリンとは圧がまるで違う。殺される、殺されてしまう。ガルラは頼りにならない。自分はヒーラーで戦闘要員ではない。だれか助けを呼ばなくては……。

 カンラは周囲を見回したが、当然誰もが魔物と戦っている。こんな時に暇をしている奴などひとりもいやしなかった。絶望し、カンラは恐怖を感じた。

「ガルラ、避けろ!」カンラは叫ぶ。ガルラに棍棒が振り下ろされて、その骨が割れ……なかった。

 その骨が、棍棒を弾き飛ばして空中をくるくると回転させた。「うがっ?」と疑問符を頭に浮かべたオークは、何が起きたか理解できないようだった。当然、カンラにもほぼ理解できなかった。いや理解はできるのだが、頭がその事実に追いつかないような……。

 巨大なオークの棍棒は遥か後方のゴブリンたちを押し潰して、落下した。

 これは、鉄壁。

 そう察したカンラは、ガルラの背後で身を守ることにした。ガルラという盾を利用すれば、敵の攻撃は無効化されるような物だとわかった。相変わらずガルラはうずくまっていたが、かえってそれが魔物たちの目を引きつけていて、囮の役割を果たしていた。

「ガルラは、変わったようだ。皮が青くなっている。カンラの防衛はあいつに任せていれば問題ないだろう。敵の数も減ってきた。こちらの勝利が確定してきたら、それを見計らって脱出だ。クロイズ、わかっているな?」レシキが横で戦っているスーツの男に話しかける。

 クロイズは刀を振り回してゴブリンを斬殺しながら、頷いて一歩下がる。

「リーダー。もう移動させておいた兵士は十分に遠い位置にいるぞ。今から引き寄せても十分、ばれずに作戦空域を離脱できると思うが」

「いや、バッカンド大隊の勝利が確定するまでは俺たちも戦闘に参加し続ける。俺たちが離脱して仲間たちがやられてしまったら、寝覚めが悪いだろう」

「そういうもんですかねえ。仲間といえど、何の義理もない連中ですぜ」

「寝食を共にすれば、助けるに値する友同士のようなものだ。彼らを見捨てるような真似はしない」

「リーダーのいうことなら、従いますけどね」

 クロイズはゴブリンをまとめて斬り払い、すべて両断してみせた。血を拭き取りながら、戦場を一陣の風のように駆け抜けていく。ゴブリンのような魔物相手では、クロイズの相手にはならなかった。彼の刀の腕前は、この戦場の中でも随一だったからだ。

 そんなクロイズの背後を、ゴブリンが三匹同時に飛び上がって襲いかかってきていたが、彼はそれに対して特にアクションを起こさない。もうすぐゴブリンたちの棍棒が彼に直撃する、その直前にアンナの飛び蹴りが炸裂して、ゴブリンたちをまとめて吹き飛ばした。

「油断ですか、クロイズ!」アンナがドヤ顔をする。

「いや、お前が駆け足で来るのが見えてたからよ。ここは任せてやった方が、いいかなってな」

「わざと隙を見せてたんですか。なんだか、焦って損という奴じゃないですか!」

「そう膨れるなよ……。にしても、萎えた戦場だな。あんまり、気合が入らねえっていうか……」

「ぼーっとして、後頭部を割られないよう注意してくださいね」

 アンナは弧を描くような綺麗な跳躍をして、ゴブリンの頭を踏み潰した。足先から針が出る仕組みになっていて、それがゴブリンを貫いたのだ。アンドロイドらしい、内蔵武装である。

「ああいう武器があるってのは、面白そうだな……」クロイズが感嘆する。

 そこから時間が経過し、戦場はより激しさを増していったが、誰の目から見てもイスカリオテのバッカンド大隊が優勢であった。やはり魔物相手であるならば、訓練された兵士が負けることはなかった。これがもっと上位の魔物群であれば話は別だろうが、ここにはそんなものはない。

 最前線は各部隊と魔物が入り混じる、混戦状態となっていた。

 レシキは、潮時か、と思考した。

「クロイズ、全員を遠くにいる仲間へと引き寄せてくれ。このタイミングが丁度良い。このタイミングでなければ、上手く全滅を装うことはできないと判断するぞ! くれぐれも、誰かを置いていったりはするなよ!」

「任せてくれ! ここがまさしく見せ場という奴だな。ここから俺たちの本当の作戦が始まるということを考えれば、武者震いすら湧いてくるな! では、早速いくぜ!」

 瞬間、マルチプル・レイヴンの全員が『引き寄せられて』その場から姿を消す。

 ゴブリンたちがそのことに気がつき、戸惑いを隠せなくなる。

 そのゴブリンたちの報告を、オッカムの魔物軍、その司令官が聞くことになるのに、時間はかからなかった。その指揮官は女性で、妖艶という雰囲気のある、黒髪ロングの全身を鎧で身を包む女である。

 彼女の名は、ラシャイニ=カルルスマッケと言った。

 ラシャイニは部下からの報告を受けて、突然消えた敵という謎について、思いを巡らせた。その結果、簡単に一つの答えにたどり着いた。敵の狙いとは、こちらがもっともされたくないことをしてくるということ。となれば、少数の部隊が狙ってくることは、ただ一つ。

 ラシャイニはそういう思考で、敵の狙いを察した。

「セルファのダンジョンの防衛を強化させろ。そして西からのルートに、ポラン部隊を展開させろ。他のルートには魔物部隊を配置させる。それぞれ少数で、なるべく広範囲を監視できるような配置にしろ。ダンジョンへ侵入しようとする部隊は数は決して多くない。確実に、索敵し、仕留めていけ。私の予測では、ポラン部隊と敵は激突することになる。……ポランなら、問題なく敵を殲滅できるだろう……」

 ラシャイニは一通り命令を終えると、グルグル草原の地図をしばらく眺めた。

 彼女は、真剣な眼差しを地図へと向けていた。


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