第一村人発見
「…………は?」
気が付けばそこは深い森の中だった。遥か頭上を覆う程の木々に囲まれた森の中は薄暗く、じめじめとした湿気が満ちていた。
いやいやいやつーかどこだよここ、そもそも何で生きてんだ? 俺は確かに電車に轢かれた筈だ。車輪と線路の間で体が粉々になるのも感じた。
それなのに、なんで俺はこんなところにいるんだよ。
とりあえず、体を起こして自分の体を確認してみる。
服装に変化は無かった。ついさっき……と言っていいのかはわからないが電車に轢かれて意識を失う直前と変わらぬ恰好をしていた。
「……あーこれは、あれか。もしかして」
ここにきてとある一つの可能性にたどり着く。勿論こんな考え荒唐無稽であり得ないものだと頭では分かっているつもりだ。だがそもそもの話、俺はついさっき確実に死んだ筈。それがこうして見知らぬ土地で目を覚まし、息をして、こうして頭で考えを張り巡らしている。これが夢ならそれならそれでいいんだけど、今見て、感じているこの景色が現実だって言うのならそういう可能性も考慮しないといけない訳で。
「…………」
無言で辺りを見渡す。周囲には人影どころか動くものすらいない。耳を澄ましてみても聞こえてくるのは草木が風で揺すられ擦れる音だけ。
周囲には誰もいない……よし。
「あー、コホン」
一度小さく咳払いした俺は意を決してとある言葉を吐き出した。
「ステータス、オープン……」
……。
…………。
………………何も起きない。……おい、何だこれ滅茶苦茶恥ずかしいんだけど。周りに人がいなくてほんと良かった。何だよそういうんじゃないんかよ。それとも俺の言い方の問題か?
たった一言で折れそうになった自身の心を強く持ち直し、今一度……少し大きめの声で例の台詞を口にしてみる。
「ステータスオープン!!」
……。
「スッテータスッ! オーップンッ!!」
……。
「スティタァスゥ、オゥプンヌ」
……。
はあはあはあ、クソッ軽く死にたくなってきた! いやでもここで諦めたらここまでに晒してきた痴態がなんの意味も持たなくなってしまう!! つーかどうせ誰も見てないんだし、恥もへったくれもないみたいなもんだ。こうなりゃ身振り手振りも合わせていくらでも挑戦してやるぜ。
なんか一線を超えたことで逆に楽しくなってきた俺はさっきの台詞に加えて、国民的特撮ヒーロー1号の変身ポーズを取ってみる。
「ステータス! オォォォプン!!」
ビッシィ!! と、完璧なポーズをとる俺の前にはお望みの物は現れなかった。代わりに……怪訝な表情でこちらを見つめる少女が一人、俺の正面に立っていた。
「…………」
「…………」
「…………あの」
「…………っ!?」
声をかけただけで大きく後ずさりされてしまった。気持ちは分かるがかなりショックだ。
「……一つだけ、言わせてくれ」
「……なんっすか?」
俺をじっと見つめたまま微動だにしない少女に向けて、心の底から思ったことを言葉にして伝えてみる。
「殺してくれ」
「…………………へ?」
「うあああああああ、殺せ、いっそ殺してくれええええええ!!」
「ぎゃあああ! なになになに、いきなりなんすか!?」
「このまま生き恥晒して生きていくくらいならここで一思いに俺の首を刎ねてくれえええ!」
「ちょっとちょっと、落ち着くっす! いったん冷静になるっすよ!! ほら、深呼吸して」
「はぁはぁはぁ……」
文字通り顔面から火を噴きそうな程に顔が熱い。とにかく深呼吸だ、一通り叫んだおかげで多少冷静さを取り戻した俺は少女の言う通り大きく息を吸いこみゆっくりと吐き出す。それを2、3度繰り返す内にとりあえず相手の顔を直に見れるくらいには落ち着いてきた。
年は俺とそう変わらない、もしくは少し下にも見える。栗色のショートヘアに活発そうな大きな瞳、率直にいって美少女の類に分類されるであろう人種だ。
そこまでなら唯の少女で片づけられた、異質なのはその装備。デニムのジーンズにキャミソール、ミニスカートやパーカーといった俺の知る「女の子」が身に着ける様な装備は一切なく、所々金属をはめ込んだ分厚い皮製の防具の様な物や如何にも鉄板を仕込んでありますと言わんばかりのごついブーツ。
そして極めつけは腰に巻かれたベルトには剣の鞘の様な物がぶら下がっており、勿論その鞘自身にはしっかりと中身が刺さっていた。そしてその全てが共通して傷一つついていない新品同様に見える。
有体に言えばRPGの序盤でお世話になりそうな、いかにも安っぽい冒険者の装備一式、といったところだろうか。
「あのー、少しは落ち着いたっすか?」
恐る恐るといった風に少女が話しかけてくる。そこまで警戒されるのは不本意ではあるが、ファーストコンタクトがさっきのあれなので少女の気持ちが多少なり理解できるのがまた辛い。
「あー、おかげさまで……。その、あれだな、見苦しい所を見せてすまんかった」
「いえいえ落ち着いたのなら良かったっす。それにさっきの奇行もきっとやむにやまれぬ事情があっての事だとお見受けするっす」
「ぐッ……ま、まあそう思っておいてもらえると助かるよ」
歯に衣着せぬ物言いに若干傷付きながらも、第一遭遇村人に対して気になっていた事を尋ねてみた。
「ところで変な事を聞くかもしれないんだけど…………、ここはどこ?」
「どこって、ドナールの森っすけど……。あと、別名ゴブリンの森とも」
俺の質問に少女は目をぱちくりさせたものの応えてくれた。
うんまあ何となく予想はついてたけど少なくとも日本じゃないな。それに海外にもそんな名前の森があるなんて聞いたこともないし、何より聞き捨てならないのが――――。
「あー、度々わるいんだけど……その、ゴブリンって?」
俺の言葉に少女は今度こそ信じられないものを見るような目でこっちを見返した。
「本気で言ってるんすか? ゴブリンを知らないって、一体アンタどこの田舎から出てきたっていうんすか??」
いいっすか、ゴブリンっていうのは――――
そんな前置きから、なんだかんだゴブリンについて丁寧に説明してれた。彼女の説明を纏めると概ねこんな感じだ。
ゴブリンは小鬼族の一種で基本的に力は弱いが群れで行動する習性があり、時折人の住む場所に現れては家畜を襲い殺して食ったり、馬車の荷台から荷物を盗んだり、時には人間に襲い掛かる事もある狂暴で醜悪な生き物だそうで。
まあ、大体俺の知ってるゴブリン像と相違ない感じだ。
「今度はこっちが質問する番っすね。そもそもアンタ一体どこから来たんすか? その恰好も冒険者って感じじゃないし、武器も何も持ってないように見えるんすけど」
うーん、初っ端から一番答えにくい質問来たな。
つーか俺自身なんでここにいるのかわかってないし答えようが無いんだよなぁ。でも変に誤魔化して不信感を与えるよりも素直に事情を話した方がいい気もする。ゴブリンなんて生き物がいる世界なら別の世界からやってきたなんて滅茶苦茶な話も案外すんなり受け入れられるかも知れない。ここは正直に話そう。
「信じて貰えるかどうかは分かんねえけど、俺多分違う世界から来たっぽいんだわ」
「…………え?」
少女の表情が固まる。普通にゴブリンがいる世界でも異世界から来たって話はやっぱり荒唐無稽に聞こえるもんなのか。
「ほんの数十分前にさ、元いた世界で死んだ筈なんだよ。それが電車……っても分かんねえと思うけど要するにデカい鉄の生き物に殺された……、殺されたと思ったんだ。で、気が付いたらここにいたって感じなんだけど」
「違う……世界から……」
なんかさっきからこの子の様子がおかしいんだけど。確かに信じられない話なのは分かるけど、それにしてはなんか妙に――――――殺気が……ある様、な。
ヒゥン、と俺の鼻先で風切音が走る。半歩、紙一重で半歩後ろに引いていなければ俺の首が胴体とさようならしている所だ。
「えーと、何か気に障る事を言ったなら謝るけど」
「何を白々しい……ッ! あなたがアイツの仲間だったなんて、危うく騙される所だったっす!」
突如豹変した少女が、腰から抜いた剣を俺に突きつける。