非公式警備屋
非公式警備屋。それは、市民の市民による市民の為の警備システムである。
1.非公式警備屋
「管制室より、桜田門第1班へ出動命令。北500メートル」
白石明日香は走り出した。そして、相棒の白永匡爾と共に現場へ向かう。
――残り200メートル。
この時代、一般警備員が街中を往来している。その警備員たちは全て、ある警備会社が雇っている大量の警備傭員である。
「警報の主は、東京都在住の小学2年生の女子」
管制室から詳しい情報がインカムを通じて入る。
――大丈夫か? 間に合って。
明日香は全力で走る。
特に、この非公式警備屋というシステムは、中学生以下の学生が犯罪に巻き込まれない為に、作られた。
明日香は角を曲がる。
「いた!!」
警報を発信した女子の傍らの犯人らしき人物を確認した。その犯人らしき人物は振り返る。それと同時に明日香が回し蹴り。それと同時にその男性は地面へ倒れた。
「警備屋さん!!」
しかし、隣の保護するべき女子は慌てた。
「ん?」
明日香は女子の目の高さへとしゃがむ。
「大丈夫?」
そして、笑顔を向けた。
「明日香!!」
匡爾は遅れて到着する。
「遅いよ?」
「うるせ」
匡爾は明日香の言葉に顔をそむけた。
「あの、非公式警備屋さん」
女子が話しかけて来た。
「ん?」
明日香は笑顔で振り返る。すると。
「白石警備員!!」
轟音のような声が響く。
「おじいちゃん!!」
明日香は驚いた。祖父であり、同じ非公式警備屋の職についている高浜玄武がそこにいたからだ。
ちなみに警備員には、一般の大人もいる。特に50代以上は、守じぃ、などと呼ばれている。
「そばにいる人物が本当に犯人か、きちんと確認してから行動しろと言っているだろう!!」
彼は少しカリカリしていた。
「おじいちゃん、ごめん……」
明日香の祖父、高浜玄武は、黒髪のオールバックに黒いスーツ姿をしている。
――あ。
明日香は地面に落ちている、電池切れになってしまった防犯アラームに気付き、拾い上げる。
その〈守リッツィ〉という防犯アラームは、飛行機の轟音と同じ120デシベルの警告音を放つことができ、それと同時に、非公式警備屋を現場へ向かわせる為に、持ち主の現在位置を警備会社の管制室へ通知するシステムにもなっている。
「どうぞ」
明日香は少し微笑んで、それを持ち主の女子へ手渡す。
「ありがとうございます」
女子は笑顔だった。
サイレンが聞こえた。気配に振り返ると、警察車両が到着して、担当刑事の方々がこちらへ向かってきた。
翌日の放課後。明日香と匡爾は喫茶店にいた。
「明日香、白永君。待機していることはいいのだけれど、もうちょっと、場所を転々とした方がいいのでは?」
高浜玄武は少し気まずそうに話した。
「ここが楽なので」
匡爾はきっぱりと言い放った。
「おじいちゃんだって、いるじゃん。ここに」
孫の明日香は目も合わせない。
「……」
高浜玄武は無言で考えをめぐらすが、最善の一手になりそうな言葉が浮かばない。
――これでは、本部に申し訳ない。
――しかし、私もそろそろ巡回へ行かなくては。
しかし、何も思い浮かばない。すると、バタンッとドアが開く。
「あ!! みんなも?」
白髪の初老が入って来た。彼は、白いオールバックにアロハシャツを着ていた。そして、彼自身の双子の兄、高浜玄武にかなり似ていた。
「明日香、匡爾。おはよー」
彼、美浜玄発は手を小さく振る。
「おはよ」
匡爾は短く挨拶をする。
「こんにちは」
明日香の方はそういう風に挨拶をする。午後なので、そういう事は譲らない。しかし、目は絶対に合わせようとしない。読んでいる小説にくぎ付けなのだろうか。すると、管制室から連絡が入った。
「桜田門第1班、第2班。緊急出動。北400メートルです」
そして、彼ら2組を含めた3組が現場に近いという理由で緊急出動を命じられた。桜田門第1班の明日香たちと、桜田門第2班の祖父たちは、上位1位と2位。このシステムでは、現場から近い上位3組が出動の指示が出される。
「玄発、行くぞ」
「はいよっ」
美浜玄発はニヤリと笑う。
――げっ。俺、会計してない。
一方、匡爾は焦る。しかし。
「早く!!」
「ちょっと、待て!!」
明日香にネクタイを引っ張られ、体勢を崩しながら走らされていった。
彼のネクタイはきれいな白色をしている。カッターシャツは薄い灰色。そして、ボトムスは濃いアクアブルー色をしている。一方、明日香は白いスカートと白いカッターシャツに濃いアクアブルーのネクタイをしていた。それに加え、二人の肩章は白いベルトのようになっている。
走っている途中にもインカムからは、新たな情報が入って来る。
「犯人逃走。保護対象、3時方向へ移動中」
――ったく。
「明日香、こっちだ!!」
匡爾は引っ張られていたネクタイを引き返し、今度は明日香を誘導する。
「え!? ちょっと」
明日香は右手から引っ張られていく。
「初動の位置からのアプローチは、上位に任せておく!!」
匡爾が叫ぶ。
「分かった」
明日香たちは、別の位置からの接近を試みることにした。
――見えた!! あそこにいる。
「保護対象、確認しました」
その報告がインカムを通じて、管制室へと伝わった。それに合わせ、街角の何台もの監視カメラが首を動かす。
「明石小百合さん、大丈夫ですか?」
被害者の少女に駆け寄り、保護する。
――怖くて、ここまで歩いて来たんだ……。
明日香は少女の目元にハンカチを当てる。
「対象を保護しました」
匡爾は管制室へ連絡を入れる。すると、二人はあることに気付いた。少女のランドセルの表面には、いくつもの刃物による切り傷があった。
「桜田門第4班、現場到着」
男子4人1組の桜田門第4班が2番手で到着してきた。
「第2班、到着」
高浜玄武の報告後、美浜玄発は、深く一息をつく。高浜玄武とは違い、どことなく白いオールバックが遊んでいる。
「警察が数分後に到着します」
インカムへ流れて来た管制室からの音声に、匡爾が応答する。その後、その場の上位3組は、少女に付き添っていた。
次の日の放課後。明日香は、午前中に受け取った警備本部からのメールに従い、匡爾と共に警視庁へと向かった。
昨日の出動上位3組がそろう形となっていた。
――あ、桜田門第4班の人たちだ。
6人は廊下で出会った。
「白石、早いな」
彼は笑顔で彼女に話しかけた。
「白永も一緒か」
「よぅ!!」
もう一人は手のひらを見せる。
「……」
最後の一人は無口だが、薄ら口角が上がっており、微笑んでいるようだった。
彼らはそれぞれ順に加嶋和樹、中嶋英一、上嶋竜也、そして田嶋淳である。彼らは、本部の前に佇んでいた。中では、会議が行われている。
「まだかな……」
上嶋竜也は重心を変えながら、少し集中力を欠かしているようだった。
――おじいちゃん、遅い。
明日香は携帯端末の時刻表示を見つめる。
「いやー、みんな」
美浜玄発は片手を振りながら、少し駆け足だった。
「あれ? あいつ、まだかー」
彼は高浜玄武がいない事に気付いた。
「一緒では、なかったのですか?」
明日香は彼に尋ねた。すると。
「うん、まぁ……。あいつは、先に出発したようだったけど?」
「え」
明日香は少し困った。
「お前のじいさん、しっかりしてるから、平気だろ?」
それを聞いていた隣の匡爾は遠い目で言う。
「そう思ってたの?」
「あぁ」
「……そこは、ありがとう」
彼女は少し淡々と言う。
「……いいよ」
彼は目線を携帯端末に落とした。
ガチャっと手動式の本部のドアが開いた。
「早く、入って……」
本部の刑事が小声で指示をして来た。彼は、皆を中へ入れると、ドアを閉め、一番ドアに近い席へ座った。明日香たちは、それぞれ、順番に静かに座った。すると、今度はドアが勝手に少し開いた。
――おじいちゃん。
明日香は少し焦った。
「すみません、急いで……」
本部の刑事は再び小声。
「すまない」
高浜玄武も小声で対応した。彼は長机の端の席に座り、ちょうど隣の長机の端だった明日香と、極細の通路を挟んで隣となった。
「何してたの?」
そう尋ねた。
「おばあちゃんを、迎えにいってた」
「あ、今日、通院日だった?」
「そういうことです」
すごく小声での対応。ここは捜査会議の部屋の中なのだ。
――ということは、今日久しぶりの休日だったんだ。
明日香は祖父の大変さに少し胸が痛んだ。
「捜査会議を始めます」
その言葉ののち、会議に参加している刑事たちが順に報告をしていく。
――なんか、テレビドラマと違うなぁ。
明日香は軽く頬杖をしてしまっていた。
本部長の本元慶史は、40代半ばの男性だったが、部下の刑事たちにも敬語を使っているようだった。警察のもっている権威など使わずに周りの人物たちを動かしている。そんな人物のように感じられた。
「昨日の被害者の少女は、第2の犯行によるものでした。第1の被害者は、先週の月曜日の午後2時20分頃、そして、今回は昨日、今週の水曜日の午後3時30分頃でした。それから、二人の共通点は外見が黒髪に眼鏡をしているという点である」
周りの刑事たちは、本部での会議の内容を携帯端末の簡易人工知能を通して確認している。
――今時、手帳はないか。
明日香は頬杖を崩さなかった。高浜玄武はそれを見ると、祖父として注意しようと必死で考えていた。しかし。
「会議は以上だ。散会」
捜査会議は終わってしまった。それを聞くや否や、刑事たちは捜査へと向かう為、本部から次々と出て行った。そんな本部に非公式警備屋の3組は、本部長とともに残された。
――ひぃぃぃ……、威圧感。
明日香は少し、戸惑っていた。一方、隣の匡爾は堂々と携帯端末を触っていた。
――よく、やるぜ……。
彼は、彼女のその表情を見るや否や、口を開いた。
「これは、今さっきの会議の資料だよ。お前の端末にも情報が来てるだろ?」
「へ?」
「へ、じゃねぇよ」
明日香は自身の端末を確認する。
「あ」
「あ、じゃねぇよ」
匡爾は小声で言っていた。明日香はその情報があると分かると、周りも気にせずじーっと読み始めていた。すると、本部長の本元慶史が咳ばらいをした。
――へ?
明日香は顔を上げた。
「君たち、非公式警備屋の方々にも捜査に加わってほしいのだが、よろしいでしょうか?」
彼はそう言った。
「はい。もちろんです」
高浜玄武は、即答えた。
「では、警備を強化してもらえませんか? 警察の方では警備部を使えませんので……。誠に市民のみなさんに申し訳がない」
「分かりました。上層部へはそう伝えます」
高浜玄武がそう答えた。すると。
「それから、今、集まっていただいた皆さんには直接、事件に関わってくれませんか?」
「ん?」
――なんでだろ?
明日香は首を傾げた。
「今回の第2の事件を詳しく知るあなたたちにお願いをしたいのです」
――そーなの、かな?
明日香はきょとんとする。
「分かりました。お引き受けします」
高浜玄武は代表して答えた。
次の日の放課後。
「何をすれば、いいのかな?」
明日香はいつもの喫茶店で待機をしていた。
「まぁ、いつも通りとしか言いようがないな。捜査権は一応ないし」
「そうだよね」
明日香は小説を置いて身を乗り出した。
「近いよ」
「あ、ごめん」
椅子に座り直して、小説を手に取った。
「それ、小説?」
「うん」
「捜査資料は頭に入れた?」
「うん、大丈夫」
「なら、いいけど」
匡爾は携帯端末に目線を下す。
――うー。何かしたい。役に立つこと、何かあったっけ?
明日香は必死に考えていた。すると、緊急出動の命令がインカムから聞こえて来た。
――あ。
「明日香、出動だ」
「うん」
二人は慌てて店から飛び出していった。
「今の道路を直進です」
「ありがとう」
管制室からの情報に応答しながら、二人は走っていく。しかし、一向に被害者の姿が見えない。
「被害者は!?」
明日香が焦る。
「移動してます。今度は左折」
「はい」
明日香は返事をする。すると。
「明日香、路地だ」
「え?」
匡爾が話しかけて来た。
「きっと路地を移動している。幹線道路からじゃ、見つからない」
「分かった、行こう」
二人は路地を通ることにした。
「残り20メートル」
管制室から情報が入る。残りは20メートルらしい。
「いた!!」
角を曲がると、被害者らしき少女がいた。
「大丈夫?」
明日香はしゃがみ込んで、少女に尋ねた。少女は泣いていた。
「大丈夫だよ?」
明日香は彼女を抱きしめた。
「被害者の保護、完了しました」
「了解」
通信はそれで途切れた。
次の日の放課後。
――犯人って、どんな人だろう?
明日香は珍しく小説に夢中ではなかった。
「どうしたんだよ、珍しい」
匡爾が明日香へと話しかけて来た。明日香の様子を気にしてくれていたようだ。しかし、明日香は。
「犯人の正体が気になって」
少し、考え込んでいた。
「犯人?」
匡爾は深く聞いてきた。
「捕まえれば、分かるよ」
「それもそうだね」
明日香は頬杖をした。すると。
「ちょっ……」
匡爾は一瞬、ひるむ。
「ん? どうしたの?」
「テレビ見ろ」
「え?」
明日香はテレビを見た。そこには、都議の男性が映っていた。そして。
「え!?」
――被害女子の父親!?
二人は絶句した。そして、もっと絶句したのが、彼が非公式警備屋を捜査から外せと意見していた場面だった。
「何で知ってるの!?」
明日香は焦る。
「こっちが聞きたい」
「確かに」
「明日香!!」
高浜玄武が美浜玄発と共に、明日香たちのもとへやって来た。
「明日香、テレビは見たか?」
「見たよ、今ちょうど」
「そうか」
しばし沈黙が流れた。すると、明日香はそれを破ろうとする。
「おじいちゃん、そんなに落ち込まなくても捜査からは外れないでしょ?」
「まぁ、そうだろうけど」
明日香と匡爾は、高浜玄武を元気づけようとしていた。
「しかし、ここまで大事になっていたら……」
「あー、もう。だったら、捕まえればいいじゃん、次で」
明日香は、少しいら立ちをみせて、話した。
「なるほど。だってさ、兄貴」
美浜玄発は、兄の肩を優しくたたいた。
「緊急出動」
インカムから音声が流れた。管制室からだった。
「はい」
「分かりました。行こう」
「うん」
明日香と匡爾の二人は出ていった。そのあとを桜田門第2班の二人も追う。
「第4の事件のようね」
「あぁ」
どうやら、被害者の姿が監視カメラに映し出されていたようだ。街中の監視カメラは警察と警備本部と連携をしている。それにより、非公式警備屋はGPSと監視カメラを駆使し、現場へいち早くたどり着けるのだ。
「残り10メートル」
管制室からインカムへ情報が入る。そして、角を曲がると。
「いた!!」
明日香が叫び、駆け寄る。
「保護完了」
匡爾は管制室へ報告した。
「玄発、あれ誰だ? こっちを見ている野次馬の中」
高浜玄武は、隣の彼に話しかけた。
「確かに、監視カメラのセンサーにひっかかっているようだ」
この時の監視カメラのセンサーとは、緊張からくる対象者の無意識の微妙な身体の震えを感知し、対象者がこれから犯罪を起こすかどうかを見張るものである。
「警察が来るまで、見張っていて下さい」
管制室が指示を出してきた。
「了解」
高浜玄武が返事を返した。すると、その青年は逃げ始めた。
「追うぞ」
「あぁ」
彼らは追いかけた。
「管制室、こちら桜田門第2班、対象者を追跡中」
「警察はあと1分で到着です」
管制室が知らせる。
「あと1分だ。追うぞ」
「あぁ、任せな!!」
二人はその青年を追いかけて行く。
――足が速い。
「二手に分かれよう」
「いや、大丈夫だ」
高浜玄武が冷静に答える。前を見ると、警察が到着していた。
「警察だ。止まりなさい」
逃げた青年はその後、犯行を認めた為、逮捕された。
次の日の放課後。
――模倣犯かぁ。ということは、真犯人が他に。
明日香は小説に集中できない。
「どうした? また、犯人が気になるのか?」
匡爾は彼女へ話しかけた。明日香の様子に気付いたのだ。
「うん。昨日のは模倣犯だったでしょ?」
「あぁ、まぁな」
「今日も緊急出動があるのかな?」
「あるだろうな、1回ぐらいは」
「まぁ、そうだけど」
匡爾は口角を少し上げて、携帯端末に視線を落とした。すると、テレビに先ほどの都議が再び映し出された。明日香と匡爾はそちらへ自然と視線がいく。
《私は、この件について抗議します》
テレビの中の都議が発言をしていた。
「抗議?」
「非公式警備屋、要するに民間会社には捜査に加わってほしくないのかもしれないな」
匡爾が説明した。
「なるほど。でも、私たちは捜査も逮捕もできなのにね」
「あぁ」
すると。
「桜田門第1班、緊急出動」
管制室からの出動命令がインカムから聞こえて来た。
「はい。どこですか?」
明日香が受け答える。
「北に400メートルです」
「分かりました」
二人は店を出て行った。
――北に400メートル、あと少し。
二人は全速力で走る。そして、角を曲がる。
「あと何メートル?」
「50メートルです」
――50メートル? まさか、今度も路地。
「路地へ行こう」
「うん」
二人は路地を通る。すると、被害者の横に男性がいた。
「どうされました?」
明日香は声をかけた。すると、少女の左腕から出血が確認できた。
「早く、救急車を!!」
男性はそう叫んだ。両手は少女の傷口を圧迫し、止血をしていた。
「分かりました。管制室、聞こえましたか? 救急車を」
「はい、分かりました。呼びます」
すると匡爾が気付いた。
「あなたは、なぜここへ?」
その男性は黙っていた。
「この子との関係は?」
彼はまだ黙っていた。すると、桜田門第2班がやって来た。そして、警察も。
「私を逮捕して下さい」
男性はそう言うと、血まみれの両手を差し出した。
「え?」
「私が犯人です」
彼は自供をした。
犯人は40代の男性だった。動機は、どうやら死亡した娘にあったようだ。被害者の少女は皆、彼の娘に似ていた。黒髪に眼鏡という特徴が。彼は、娘が死んでしまったのに、なぜ他の子は生きているのだろうと、胸が張り裂けそうだったという。
犯行の手口は、背後からランドセルを刃物で切り付けるというものだった。今までの犯行は切りつけたら、即逃走していたので、非公式警備屋たちに確保されなかった。しかし第5の犯行は、被害者の少女がちょうど振り向き、ランドセルと共に左上腕を切りつけてしまった。娘が死亡する怖さを思い出して、止血をしていた、とのことだった。
――なんだか、複雑。
明日香は頬杖をして、小説に目を落としていた。
「どうした? そんな顔して」
「え?」
「また、小説に夢中になっていない」
匡爾には、ばれていたようだ。
「え!? 何で分かるの!?」
「何年一緒にいると思う?」
「まだ、2年目だよ?」
「う、うっせ。分かんだよ。2年も一緒にいれば」
「へぇー……」
明日香は慌てる匡爾を横目で見た。
「それで、どうした?」
「なんか、複雑だなと思って」
明日香は頬杖をやめて、匡爾の方へ視線をやった。
「そうか」
明日香は視線を外した。すると、管制室から連絡が入った。
「桜田門第1班、緊急出動」
「はい」
二人は同時に立ち上がった。
「西へ700メートル」
「分かりました」
「行こう」
「うん」




