ことの顛末
弁士協会の息のかかった病院へと担ぎ込まれた朱莉は目覚めた後、宗形にことの顛末を教えられた。
隅又商事の倉庫から出火した火事は、未明には消し止められた。
弁士が操る言神の活躍があったことは大々的に新聞記事になり、世論は一気に弁士に対して好意的になっているそうだ。それも若干の情報操作があったらしいが。
弁士協会では、謎の言語りである「物語り」を前々から追っており、隅又商事をはじめとしたいくつかの企業を警戒していたらしい。
朱莉の証言でようやく隅又商事に絞ることができ、いつ尾を捕まえるか算段をつけていたところであの倉庫の火事が起きたのだった。
「火事はどこからでも見えるもので完全にはごまかすことはできないからな。せいぜい印象操作に利用させてもらったさ」
個室の病室でけだるげな様子で椅子に座り込む宗形は、心底疲れているようだった。
もらった桃を切り分けていた朱莉は、若干哀れに思えたので、ようじで一つ桃を差し出してやった。
宗形は晴天の霹靂のような顔で身を起こす。
「……槍でも降るのか」
「いらないんですねそうですか」
「もらえるものはもらう」
朱莉が下げようとした桃をとった宗形は口に放りこんだ。
「高いだけあるな。甘い」
「今がいちばんおいしい時期ですもの」
朱莉は残りをもくもくと口に運ぶ。今の時期の桃は甘露のように甘い。病院で出された食事では足りず、減っていたおなかに染み渡る。
「言神を2柱も同時に顕現させるのは並の弁士でもやらないことだ。ましてや『語り直し』と契約を連続でやるなんざ、正気の沙汰じゃない。よく生きていたもんだ」
火事の中で倒れた朱莉だったが、原因は案の定酸素不足ともう一つ。極度の霊力の消費らしかった。
宗形の厳しい声音に、朱莉は桃の切れ端にぷすりとようじを突き刺した。
「……そんなに負担になるものだと知らなかったもので」
「そうだな、一般人である君に情報を制限していた俺の落ち度でもある。すまなかった」
あっさりと非を認める宗形に朱莉はため息をつく。謝られてしまえば怒りも長く続かない。そもそもそれほど怒っていないのだから許す以外の選択肢はなかった。
顔を上げればそこには両手指を組み、真摯な表情で身を乗り出す宗形がいる。
「気になることがあれば、聞いてくれ。話そう。智人に聞きづらいことでもいいぞ」
今までの口の重さから打って変わった宗形をいぶかしみながらも、朱莉も遠慮なく聞くことにした。
「じゃあまずうちの会社、一体何をやっていたか教えてもらえませんか」
「まだ調査段階だが。要点をまとめると隅又商事は焚書過激派と裏で深くつながっていてな。君が言っていた音楽時計と物語りを利用して、弁士と言神の地位失墜を狙っていたらしい」
「弁士と言神をつぶすために自分も似たような物を用意するなんて、すんごくあほらしいというか、本末転倒じゃないですか」
「全くその通りだが、雑霊とはいえ自然の物を歪めて利用するなんざ外道のやる事だ。なんとしてでも根こそぎ消す」
ぐ、と強く拳を握り、冷えたまなざしで言いきる宗形に朱莉は軽く驚いた。
その口ぶりは普段怠惰を絵に描いたような宗形と結びつかないほど真摯だったからだ。
さすがに、地位が高いだけはあるのかもしれない。と朱莉は少し見直していると、宗形にいぶかしそうな顔をされた。
「どうした」
「いえ、宗形様でもまじめになることはあるんだなって」
「なに言ってるんだ。俺はいつでもだらけたい」
深くため息をついてぐて、と表したくなるような具合に椅子の背もたれに身を預ける宗形に先ほどまでの面影はない。あれならば付いてくる部下も多いだろうに。
「とりあえず、隅又商事は警察経由で不正経理に関する調査が入る。そして偶然音楽時計に雑霊を呼び寄せ暴走させる機構が見つかり、今までの言神暴走騒ぎの原因だとわかる。後は世論次第だが、少なくとも幹部クラスの社員の首は飛ぶ。今弁士達総出で証拠を押さえにかかっているところだ」
「『物語り』については公表しないんですね」
「物語りの存在は繊細な問題だ。過激派を調子づかせないためにも伏せるべきというのが軍の方針なんだが」
語った宗形は意外そうな顔をした。
「俺はいま下手すると商事がつぶれることを言っているんだが。そちらはいいのか」
「それだけのことをした、ってことでしょう。雷獣騒ぎも言神騒ぎも人死にが出ていますもの。問答無用でつぶそうとしないだけ理性が効いてるか? と思うくらいです」
何も知らない社員達が路頭に迷う可能性を考えれば少し思うところはあるが、朱莉はそのあたりに宗形の対応を恨む気は起きなかった。
「それよりも聞いといてなんですけど、私一般人なのにそんなにしゃべっていいんですか」
朱莉が訊ね返せば、宗形はなんとなく脱力したように肩を落とした。この娘は……!といわんばかりの反応に朱莉はいぶかしむ。
「もう君は当事者以上に中心人物の一人なんだよ。鬼智人に関しては全力で隠したが、ぐれい」
「グレムリン」
「……あの妖精の言神は君の物だ。隠しきることはできない。むしろ鬼智人の隠れ蓑にさせてもらったからな。君は未知の言語りを従えた人間として注目されるし、調査される」
「……もしかして宗形様と話すこともその一部になっていますか」
「なってるぞ。俺が君の監督官となっているからな」
「監視役の間違いでは」
朱莉が言えば、宗形は何も言わず肩をすくめた。だがそれは肯定しているのと同じだろう。
「御作嬢。念を押しておくが君は弁士にとってあり得ないといわれる段階のことをしてのけたんだ。鬼の言語りを語って従え、さらに不完全な言語りを語り直し、正常な言神に戻すなんてことは前代未聞なんだよ。それも、ただの一般人である君がだ」
「私はただ言葉にしただけですよ」
「だから困る」
深いため息をついた宗形は、ふてくされた様子でほおづえをついた。
「よくもまあ、根尾師匠はこんなものを隠し通してくれやがったもんだ。詳しく教えておけと全力で言いたい」
さらりと告げられた名前に、朱莉ははじかれたように顔を上げた。
根尾、というのは十数年から朱莉の面倒を見てくれていた弁士の名前だ。
「まってください? 根尾さんをご存じなのですか」
「ご存じも何も、十数年しごかれた師匠だよ。君が帝都に来るときによろしく頼まれていたくらいだ。君が言語りになる前の鬼智人の語り手だったのも知っていた」
思わぬ事実に朱莉が絶句していれば、宗形はおもしろくもない話だと言わんばかりに憮然としている。
「そのあたりは智人に直接聞け」
「……智人たちはどうしていますか」
驚きから脱せずとも、朱莉が反射的に聞けば、宗形はあっさり答えた。
「鬼の言語りは俺が簡易的に封じている。契約がされた今の君と言語りは霊的なつながりができているから勝手に霊力が流れていく。今の君には負担が大きすぎるための措置で、智人も了解済みだ。雷獣に関しても同じく。あれも君の言語りになってしまったからな」
「あの、全然実感がわかないんですが。私が主になってしまったんですか」
「なってるぞ。あの二つの言語りには、君の血……いや片方は涙だが、君の一部がしみこんだ。君は死ぬまであの言神たちを従えて命令することができる。ほかの弁士には読むこともできない」
あの倉庫で朱莉は智人の言語りに涙を落とし、雷獣の言語りは手をすりむき血がにじんだ手で持ってしまっていた。
その状態で語り直したために、朱莉は彼らと直接契約したことになっていたのだった。
気を失う前に聞いた智人の言葉の意味がようやくわかり、朱莉は己のうかつさを少々悔やんだ。
「今回雷獣として世間を騒がせていた言神もどき、物語りは言語りの劣化版だ。タイプライターでうち大量生産した書物に無理矢理雑霊を封じていたのはわかっている。あーなんと言ったか。ぐれ……」
「グレムリン……って、宗形さん横文字苦手なんですか」
「うるさい。続けるぞ」
さっきも詰まっていたが。と見れば宗形は不貞腐れた顔をした。
「あの妖精も雷獣として無理矢理型にはめられるはずだったが、グレムリンは語られた雷獣に酷似していたおかげで、不完全ながら言語りとして成立し自我を保てたんだろうな。今は協会で預かっているが……どうする」
「どう、とは」
おおざっぱな問いかけだったが、朱莉は宗形が何を言いたいのかおおよそわかっていた。
それでも問いかければ、宗形は一つ一つ提示するように言った。
「君はもうグレムリンの語り手だ。明るみになって居なくても鬼の語り手になっている。弁士として生きなくても、文庫社を出たとしても言神と言語りからは逃れられない。それでも奴らを封印している今なら完全に封印することで負担は軽くできるだろう。むしろそちらの方がいいと俺は思う」
「そう。ですか」
なんだかんだ、宗形は朱莉について責任を持とうとしてくれているのかもしれない。
問答無用で従わせることのできる立場にいるにもかかわらずできる限り朱莉の意思を尊重しようとしている。
宗形は気のないそぶりで大あくびをしているし全くもって頼りになりそうにはみえないが、朱莉はもう気にしないことにした。
「もうひとつだけ、聞かせてください」
「何だ」
「丸山さんはどうしていますか」
朱莉は彼女とあのとき以降会っていない。酸素不足でぐったりしていたところを見たっきりだ。意外そうな顔をした宗形は、ゆるりと瞬いたあと、淡々と言った。
「丸山充子は命に別状はないし、君よりも軽傷だった。が重要参考人としてこちらで拘束している。すでに厳しい取り調べがはじまっているが今のところ素直に話しているらしい」
「その後は、どうなりますか」
「どうにも。倉庫の件は事故として処理されて真相は闇に葬られる。彼女が起訴されることも罪に問われることもない。不服か。それとも彼女が復讐にくると思うか」
「いいえ、それで良いと思います」
宗形の問いに朱莉はそう答えた。
丸山が心を崩した理由は朱莉だ。ならばもう出会わなければ彼女は普通の人生に戻ることができるだろう。
だがそれでも宗形は納得できないと言わんばかりの顔をする。
「君に恨みはないのか」
「ありますけど、たぶん丸山さんはそれが一番堪えますから」
丸山は良くも悪くも普通で、善良な人間だ。うらやましいという気持ちもあると同時に、あの場ですら罪の意識を感じながら物語りを操っていた。
多大な罪を感じているにも関わらず何も罰を得られないのは相当な心の負担になることだろう。
朱莉が淡く微笑めば、軽く驚いた顔をした宗形はやれやれとばかりにほおづえをついた。
「……イイ性格しているな」
「そっくりそのままお返しします。わかっていて私を取り込んだんでしょう」
「まあ、大半は智人のわがままだったがな」
ため息をついた宗形は、それで話はすんだと立ち上がった。
「とりあえず身の振り方を考えるまではあの文庫社に居てくれてかまわん」
「いえ、宗形様……いえ宗形さん」
朱莉がそれを口にすれば、宗形は大きく目を見開きあんぐりと口を開けた。
先のことは不安だらけではあるが。それを見れただけでも、朱莉は満足のような気がした。




