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うまい話には理由がある

 屋敷、つまり家と言うことだろうか。

 朱莉(あかり)が興味を示したのが分かったのだろう、智人(ともひと)は一流の営業職のようにたたみかけてきた。


「近年封じられる神魔魍魎が増えたことで世は怪異に悩まされなくなりましたが、代わりに管理し切れぬほどの言語(ことがた)りが増えてしまっているのです。おかげで弁士(べんし)は万年人手不足。そこで弁士協会では、試験的に一般の管理者を採用することを決めました。管理者には弁士助手として言語りの保管、手入れと管理業をしていただくのです。もちろんお給料も出ます!」

「おきゅうりょう」


 朱莉が耳をそばだててしまうのは仕方ないだろう。

 なにせ家財道具からなにまで一切合切を失ってしまったのである。

 家付き、しかも手当付きなんて地獄に仏とはこのことだが。


「はい、業務内容といたしましては屋敷の手入れと、適宜文庫社(ぶんこしゃ)に収蔵されている言語りの管理……ですが。それは僕がある程度できますので、朱莉様は今までどおりお勤めを続けていただけますよ」


 それは大変魅力的だ。事務職員の給料でこれから失った家財道具をそろえる事すら容易ではない中、家賃の心配をしなくて良いのは大変に助かる。もしかしたら貯蓄までできるかも知れない。

 とはいえ弁士というのは文明開化前は古くからの名家によって技術が受け継がれてきた特殊な職であるはず。


「それなら私ではなくて、弁士の教育を受けた人が良いのではないでしょうか。宗形(むなかた)様だっていらっしゃるでしょう」

「そいつがめんどくさい」


 寝ていると思った宗形から端的な評価が返ってきて、朱莉は地味に納得してしまった。

 確かに智人はこの短期間で分かる面倒くささだ。

 とはいえどうして朱莉だったのかという疑問は残るのだが。伊達に社会生活に揉まれていない。うまい話には裏があるし、甘い言葉は疑ってかかるべきだと知っている。もしや情報に疎く御しやすい人間が良かっただけではないか。

 そんなことまで考えた朱莉に智人はずっと肩にかけていた本鞄を外すと、朱莉に差し出してきた。


「僕はあなたに僕の本を持っていただきたいと思ったんです。受け取っていただけませんか」


 嫌い、と言っているにもかかわらず切々と訴えられた朱莉が困惑していれば、宗形が付け足した。


「言語りに封じられた言神は、本の持ち主となったものに逆らえん。なんなら血の一滴でも垂らして署名すれば完璧だ」

「はい。僕があなたの命に逆らうことはありませんが、そうすれば契約したことになり他の誰にも言語りが使えなくなります」

「いや重いです」

「そう、ですか」


 どん引いた朱莉が即座に断れば、にっこりと言った智人は残念そうな顔になったもののあっさり引き下がった。

 不要な契約はしないのが吉である。

 とはいえこれほど良い話はないと朱莉がぐるぐる悩んでいれば、宗形は目を閉じたまま言った。


「こいつを引き受けてくれるんなら、会社に副業がばれないように工作もしてやる。俺はもう面倒をみるのは御免被る」

「僕自身が管理者を選んで良いというお墨付きをもらってますので!」


 智人が自信満々に胸を張る中、朱莉は一番だいじな事を聞いた。


「さっきみたいな怪異を相手取らなければいけないことは」

「業務内には含まれていない。そういう事態がないとは言い切れんが、その言神を盾にして逃げて良い」

「あなたは僕がお守りいたします」


 智人の言葉に朱莉はもやもやはあれど黙り込んだ。

 なんとなく宗形に押しつけられている気もしないわけではないが、一応お互いに理由はあり、利害は一致している。

 ならば、切羽詰まっている以上朱莉に受けないという選択肢はなかった。


「口約束だけじゃなく書面にして契約していただけますか」

「ありがとうございますっ朱莉様」


 ぱあと表情を輝かせた智人に身を乗り出されて朱莉はのけぞった。

 触れれば切れそうな怜悧な印象が一気に崩れてはいるものの、一応この言神は顔が良いのだ。

 宗形はやれやれと息をついていた。


「しっかりしてるな……。分かった、給与と業務内容について書いたものを作ろう。今日はとりあえず屋敷に帰れ。場所は智人が知っている」

「はい、では参りましょう朱莉様!」


 立ち上がって腕を取らんばかりの智人に促された朱莉は本を手に取った。

 智人から受け取った鞄の肩紐を調整して下げてみれば、なるほど具合が良い。

 まさか自分が物語を持つことになるとはと複雑な気持ちになったが、自衛のためだと言い聞かせた。


「まあ、精々頑張ってくれ。必要なものは明日届けさせる」


 こちらを見向きもせず、宗形はそのまま行儀悪く肘掛けに脚をかけて本格的に寝るかまえだ。

 その投げやりさが若干恨めしくなった朱莉だが、自分で決めたことである。


「あ、そちらの荷物は僕が持ちますね」


 智人がさらりと手提げの荷物を持ってくれた事に面食らいつつ、朱莉は智人に付いていったのだが。







 アーク灯の灯る夜道を流しの人力車に乗って十数分。

 瀟洒な鉄格子と生け垣に囲まれて、宵闇に威容をほこるその屋敷を見上げて朱莉は無言になった。


「ここが僕の居る文庫社です」

「まってください夜行さん」

「智人と呼び捨てでかまいません。僕はあなたのしもべですから」


 てれと言わんばかりに恥じらう智人を完全に無視して朱莉は真顔で言いつのった。


「これは廃墟と言わないかしら」


 外観だけでも屋敷の外壁にはびっしりとツタが絡み、前庭は手入れされていないのがはっきり分かるほど雑草が生い茂っている。

 街灯にわずかに照らされているからこそ、おどろおどろしさが引き立っていた。


「大丈夫です、中は文庫社としての機能を十全に発揮していますから」


 危機感を募らせる朱莉に気づかなかったように、智人は鉄格子の扉を開けば、ぎいいいいと近所迷惑に思えるほどの音が響いた。

 かまわず草をかき分けるように飛び石を渡り、智人は両開き扉を開く。


「帰りましたよ」


 智人の声と共に、ぱち、と室内の明かりが灯った。

 電気はちゃんと通っているのか、とほっとした朱莉だったが室内をのぞき込んで無言になる。元は広々とした玄関だったのだろう。しかし謎の置物や木箱が所狭しと並びもはや床が見えなくなっていた。


「一応和式ですが、散らかっておりますので履き物のままどうぞ」


 智人が言うままに朱莉が中に踏み込めば、靴底で砂とほこりの入り交じったものがじゃりじゃりと鳴る。

 少し気が咎めたが正直この中を素足で歩きたくなかった。

 天井にはそこかしこに蜘蛛の巣がかかり、壁が禿げている場所も見受けられた。

 しかも電灯が寿命になっているものもあるらしく、ちかちかと明滅している箇所があり、おどろおどろしさが増している。


「待って智人」

「はいっ」


 朱莉が敬語をかなぐり捨てたにもかかわらず、奥へ進もうとしていた智人は嬉しそうに振り返る。

 が、朱莉の表情が険しいことに気がつくと不安そうにした。


「ここに人が住んでいたのは何年前?」

真宵(まよい)が最後に改築したのが3年前でしたでしょうか。それ以降は宗形があきらめたので特定の弁士が居座ることはありませんでした。ただ時々宗形が荷物を置きに来ましたね」


 つまりは3年間誰も住んでいなかったということか。完全に空き家だ。


「ちなみに今日、私が寝る場所はあるの」

「寝る……? あっ」


 しまったといわんばかりに小さな声を上げる智人に、朱莉は矛先を向けるべき相手を定めて恨み言を吐いた。


「あのおとぼけ不良軍人め……! あえて言わなかったわね」


 つい、職場で聞き覚えた雑言が口に付く。

 めんどくさがるといっても、すぐに住めない場所に追い込むとは一体何事だ。

 女として扱えとは言わないが人並みに扱って欲しかった。

 朱莉がふつふつと湧いてくる怒りにぐっと眉間にしわを寄せて居れば、智人が眼前で頭を深々と頭を下げていた。


「すみませんっ。人間には睡眠が必要なことがすっぽりぬけてしまっていて、待っててくださいっ。まだ寝具は残っていたはずなので探してきます。だからその、やめると言わないでください」

「言わないわ。帰るところがないのはあなたが知ってるでしょう」


 今にも泣きそうに言いつのる智人に、毒気を抜かれた朱莉は思わず脱力して苦笑を浮かべてしまった。

 まるでようやく親に会えたにもかかわらず、置いて行かれるとでも思っているような必死さだ。なぜこの言神が今日会ったばかりの朱莉にこだわるのかは分からない。だが朱莉もただ善意で入れてくれたとは思わない。

 だてに社会経験を積んでいるわけではない。頼れるのはじぶんだけ。それならこちらも利用するまでだ。

 ……正直深く突っこまない方が精神安定上良いかもしれないという予感もあるのだが。


「とりあえず一番ほこりがましな部屋を教えてちょうだい。今日はさすがに疲れたから、休みたいわ」


 何せ仕事の後に火事に遭って雷獣に襲われたあげく言神になつかれた上に軍人と言葉でやりあったのだ。

 さすがに体力が限界に近付いていた。

 正直わけが分からないが仕方がない。明日からはとにかく忙しいことになるのだから。

 心底ほっとした様子の智人の先導で、朱莉は屋敷の中へ足を踏み入れたのだった。


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