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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の五

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21/32

偉い人は大体変


 会社で昼食休憩に入った朱莉は嬉々として、今日のお弁当を開いた。

 ようやく仕事を終えたらしい同僚の女子事務員丸山もやってくる。


「朱莉さん、今日のお弁当は?」

「うーんと。あ、中華だ」


 ぱか、と弁当の箱を開ければ、つやつやとした餡が絡んだ酢豚をはじめとした春巻、青菜の炒め物などのおかずがぎゅぎゅっと詰め込まれていた。

 ご丁寧に詰め込まれているご飯は黄色みがかっていることから卵炒飯だろう。

 真宵は食費は抑えながらも、様々なお弁当を作ってくれていた。


 早速箸を取り出して食べ始める。今日は少し時間がないのだ。

 酢豚に絡んだ甘酸っぱい餡が大変美味である上、炒飯がほろほろとしていて白飯とはまた違うおいしさがある。

 隣に座っている丸山が食べるのも忘れて見つめる中、朱莉は一つ一つ無心に味わいつくし箸を置いた。


「ごちそうさまでした」

「お、お粗末様……? ど、どこ行くの?」

「ちょっと知りたい事があるから、資料室に行ってくるわ」


 丸山にそう答えながら空の弁当箱を小風呂敷に包んだ朱莉は席を立った。

 

 朱莉はあの屋敷で聞いた音楽時計について少々気になり、昼休みを利用して調べてみようと思ったのだ。

 深い根拠があるわけではない。これを機会に自分の会社の製品を知っておくくらいの軽い気持ちだった。

 もの言いたげな丸山にひらひらと手を振った朱莉は、あくびをかみ殺しつつビルディング内にある資料室へ向かう。

 昼休みの時間だからかどこか緩んだ空気の中で、そこかしこで会話が聞こえた。


「なあ、新聞読んだか。また雷獣が現れたらしいぞ」

「しかも上流階級の邸宅やらで言神が暴れてるじゃないか。言語りなんぞを後生大事に持っているからそんなことになるんだろうに」

「弁士どもも後手後手に回って情けないったらないな。こちとら血税を使ってるのにな」

「早く納めてくれないものかねえ」

「まあどうせ狙われるのはでっかい企業や上流階級だけだろう? 俺たち平民には問題ねえって」

「だなあ。それでも何にも出来ないんなら活動弁士なんて要らないんじゃないかねえ」


 どこもかしこも聞こえる話題は雷獣や暴れ出す言神についてばかりだ。

 朱莉が暴走する鵺を退治して以降、この帝都内の各所で言神が暴れ出す騒ぎが続発していた。

 決まって裕福な邸宅や別荘地だったことから、贅沢を嫌う神々の怒りだともきっと後ろ暗いことがあるのだろうと、新聞社では連日のように書き立てられている。

 未だに雷獣も各所で目撃され、とうとう文庫社の一つが襲われて全壊したことにより弁士への風あたりはさらに厳しいものになっていた。


 この間顔を見せた宗形もずいぶん疲れた顔をしていたな、と考えながら朱莉はたどり着いた資料室でいくつか頁をめくっていた。必要がないときには立ち入ってはいけない事になっているが、ここの管理人とは茶飲み友達のため、今日も融通してもらっていた。


「やっぱり、この屋敷もこの屋敷にもうちの時計が納品されてる」


 調べているのは隅又商事の主力商品である音楽時計の売り上げと納品先についてだ。

 音楽時計に直接携わっている社員の補佐に付いている女子部員からも話を聞いていた朱莉は、取引先を眺めながら悩み込む。

 この柱型音楽時計で隅又は成長したと言っても過言ではない。 

 しかもこの音楽時計は受注制作が中心になっているため、流通している数は限られている。

 やはり朱莉が行った屋敷にも納入した記録が残っていた。

 さらにその納入記録では朱莉が新聞で調べただけでも、言神被害に遭った屋敷の名前もちらほら見つける事ができた。


「ただ偶然、とは言い切れる位なのよねえこれ」


 数が少ないと言ってもこの帝都には華族も資産家も多いためかなりの数が流通している。

 鵺が出現したときと時計の音楽が鳴ったタイミングがあまりにも合致していたために朱莉はつい気になって調べてしまっていたが、ただの取り越し苦労だったかも知れない。


「それにもし時計が原因だったとして、どうしてと言うところが全く分からないしねえ」


 なにせ音楽が流れると言っても普通の時計である。どうして関連するかなんて朱莉では見当も付かないし、そもそも関連するのかも分からない。

 智人と勘助が証言した雑音、というのが気になったからだろうが、やはり気のせいだったのかも知れない。

 この際だからと主力の置き時計の仕様を眺めていれば、ふと、組み込むことのできるレコードの一覧に興味を引かれた。

 朱莉にも見知っている曲名が並ぶ中、特別枠として並んでいるものがあった。


「時計のために作られた曲もあるのか。……ってあれ」


 曲の隣に歌手の名前が書いてあり感心したのだが、その曲名に見覚えがあった。

 再び顧客一覧に戻れば、レコードの封入記録の中に曲名が残っており、鵺が出現した屋敷の時計には例の歌手が歌っている曲が利用されていた。

 音がくぐもっていて気づかなかったが、あれは人の声だったのか。

 楽譜がないかと思ったが、残念ながらそろそろ時間切れだった。


「とりあえず、ダメ元で聞いてみようか。レコードの声に言神が反応する事があるのか」


 朱莉はそう決めて、管理人にはいずれおいしい食事処を教えることを確約して資料室を後にする。

 仕事に遅れるのは朱莉の主義に反するのだ。と足早に歩いていたが途中で振り返った。

 なぜ振り返ったのかは自分でも分からない。

 ただ振り返った先には、くっきりと浮かび上がるようにいる男性がいた。

 男性職員は全員洋装の中、着物に羽織という和装だったからだろう。

 しかし千筋と呼ばれる無地に見えるほどの細い縦縞の長着に、銀鼠の羽織というしゃれた装いがたたずまいにしっくりと来ていた。

 朱莉からは顔は見えないが、男のあまりの堂々とした立ち振る舞いに声をかけられずにいるらしい。

 周囲の人間はまるでそこに男がいないかのように通り過ぎていった。

 朱莉も面倒な事には関わりたくはないが、朱莉は少々悩んだ末に男へ声をかけた。


「失礼いたします」

「……」


 すうと、振り返った男に、朱莉は軽く驚いた。

 髪が綺麗に後ろになでつけられた顔は年齢がわかりにくいが、肌の張りからして40代くらいだろうか。

 目元には黒い硝子の色眼鏡をかけており表情も分からないがしかしだからこそ、その面立ちの整い方が際立ち、すごみが加わっている。

 なるほど、と朱莉は他の社員が声をかけなかった理由を納得した。高い身長もさることながら、そのどう見ても一般人には見えない風格に気後れしたのだろう。

 朱莉も今更後悔をしていたが、男が色眼鏡の奥で目を見張ったことで少し近寄りがたい雰囲気が和らいだ気がしたため、破れかぶれに続けた。


「私はこちらで事務員をしております、御作朱莉と申します。困ってらっしゃる様子なので、お声をかけさせていただきました」

「……私がか」

「はい。差し出がましいようでしたら申し訳ありません」


 朱莉が丁寧に頭を下げれば、男は無言で見下ろしてきた。

 この階は隅又商事の中でも実務に近い位置だ。ここまで入り込むには警備員をくぐり抜けなければいけない。

 騒ぎが起きていないのなら、この男はいくら怪しかろうとも隅又商事に招かれた人間なのだろうと考えたのだ。

 周囲の職員は朱莉の思い切った行動に驚いたのかざわざわとしている。

 じっと見下ろされ続けている朱莉はものすごくやりづらい。いい加減反応して欲しいのだが。ようやく男は口を開いた。


「いや、問題はない。この先の役員室に戻るだけだ」

「役員室はこの上の階ですが」

「……」


 ぐっと黙り込んだ男は次いで低い声音で問いかけてきた。


「階段はどこかね」


 朱莉は確信した。この男迷子だ。

 戻ると称した事で朱莉はこの男が役員の客人であると察したが、若干脱力していた。

 大の大人が迷子。矜持が高そうな顔をしているし言いづらかったのかも知れない。そんな中迷子ですか、とわかりきった事を聞くのも野暮と言うものだ。

 だから朱莉は素知らぬ顔で、手で指し示した。


「あちらです。私もあちらへ向かいますので」

「そうか」


 平静な男に朱莉はなぜかほんの少し既視感を覚えた。

 だが迷子な以外は紳士的な人物に心当たりはない。

 そうして階段に向かおうとしたところで、前方から男達が足早にやってきた。上等そうな背広からして役員たちだろう。


隠師(おんし)様、こちらにいらっしゃいましたか!」


 安堵の表情で近づいてくる役員たちの有り体に言うのなら下手の態度に朱莉は驚いた。

 男がその態度を当然といった雰囲気で受け止めることからして、彼はずいぶんな重要人物だったらしい。

 人は見かけによってはいるものの、大事ならちゃんと案内役つけとけよ。と思いつつ、朱莉は一歩下がる。

 迎えが来たのなら余計なことを突っ込まれる前に立ち去るのが吉である。


「それでは失礼いたします」

「世話をかけた」


 男の端的ながらねぎらいの言葉を朱莉は意外に思いつつ、頭を下げて役員に呼び止められる前にすり抜けた。


「隠師様、あの事務員は……」

「話しかけられただけだ。大事ない」


 そんな会話を後ろに聞きつつ足早に離れると、曲がり角で丸山と鉢合わせた。

「きゃっ」

「丸山さん? どうしたの」


 後もう少し近かったら運動神経の悪い朱莉だったらぶつかっていただろう。

 なんとか踏みとどまった朱莉が問いかければ、丸山は着物の胸のあたりを押さえながらたどたどしく言った。


「あの、そろそろ昼休みが終わるから、迎えにと」

「ありがとう丸山さん。行こうか」

「う、うん。……ねえあの方、社外相談役の隠師様じゃなかった」

「知っているの?」


 驚いた朱莉が聞き返せば、連れだって歩く丸山は曖昧な表情ながらもうなずいた。


「役員の方々が新商品開発の助言を誰かからもらっているらしいって。ものすごく尊い方だからあまり表に出てこないし、気むずかしい方だからうかつに会話もできないって」


 思いっきり表に出ていたが。何なら雑踏の中で途方に暮れていたが。

 まあ、確かにあの外見は浮き世離れしているから近寄りがたい雰囲気はあるなあと朱莉が遠い目をしていれば、丸山が再びおずおずと言った。


「御作さんはすごいね。あんな人ともお話しできるなんて。気に入られてたみたいだし」

「ただ困っていることがないか聞いただけよ。まあお礼のようなものを言われたのは驚いたけど」


 朱莉が訂正したのだが、丸山はどこかまぶしいものでもみるような表情で言った。


「ううん、そんなことないよ御作さんはすごい。私もそうなれたらよかったな」


 あまり気の強くない丸山にもなにかしら思うことがあるのだろう。


「午後のお仕事も、がんばろ」


 朱莉はかける言葉も見つからなかったため、彼女を促して職場へ戻ったのだった。


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