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帝都コトガミ浪漫譚 勤労乙女は恋語る  作者: 道草家守
巻の二

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10/32

従者は油断ならぬもの


 真宵(まよい)の声が響いたとたん、空間がぐんにゃりとゆがんだ。

 まるで走る汽車からみた風景のようにぐるぐると変わっていくそれに朱莉は酔いかけて、智人に支えられた。

 ただ、言語りだけはきちんと開いたままにしていた。

 荒れ果てていた壁が綺麗になり、いびつに入り組んでいた廊下が綺麗にならされ、ところどころ装飾が施されていく。

 廊下に転がっていた荷物がびゅんっとどこかへ飛んでいくのに、朱莉は真宵がどうやって嫌がらせをしていたのかおぼろげに理解した。


 嵐のようなめまぐるしい改築は唐突に終わると、そこは別世界だった。

 無意味にあった窓や扉が一切なくなった。

 暗色の木の廊下に、柔らかな生成りの壁が落ち着いた印象の廊下となり、天井の照明も綺麗に磨かれている。

 おそらく他の部屋も同じような調子で一新されているのだろう。

 伝統的な和の雰囲気と見事に調和している空間に朱莉は呆然としていれば、真宵の弾んだ声が響く。


「写真でみたいちばんかっこいいのにした」

「ま、真宵ちゃん?」


 むふうと、自慢げに頬を紅潮させている真宵もまた姿を変えていた。

 朱莉が試しに問いかけてしまうくらいには。

 彼女の黒い振り袖はそのままだったが、中にはレースのブラウスが着込まれている上、裾がふんわりとスカートのように広がっている。

 なにより、あれほど長かった髪がモダンガールのように耳が隠れるくらいの長さに切られていた。

 代わりのように西洋の布飾りを付けている真宵は、どこか誇らしげだ。


「お風呂もお部屋も綺麗にして。倉にものをおきました。……どう。真宵の好きなものつめこんでしまいました」


 そうやって訊ねる真宵が不安げな顔になるのに、朱莉は柔らかく微笑んで見せる。

 あまりの変わりように驚いた朱莉だったが、彼女の姿はしっくりときていた。



「うん、とても住みやすくなったと思うよ」

「ありがとうございます。主さん」


 花のような笑顔を浮かべる真宵に、朱莉は朱に染まったが、はっと気づく。


「え、あるじって……」

「ここ、お靴脱げるようにしたから、脱いでね」

「わ、わかった」


 朱莉がいそいそとブーツを脱ぐと、ぴたと真宵がよりそってきた。


「主さん、ずっとお靴脱げなくて大変そうだったから。よろこんで、くれる?」

「私のため?」


 真宵はこっくりとうなずいた。

 確かに靴を履きっぱなしというのはしんどかったのだが、まさか真宵が気づいていて配慮してくれるとは思わなかった。

 真宵の言葉に胸の奥がきゅんっとなるのを感じた朱莉は、思わず彼女の頭に手を伸ばす。


「ありがとう、真宵ちゃん」


 にこりと微笑む真宵に朱莉が形容しがたい胸の高鳴りに混乱していれば、智人がざっと真宵を引っぺがす。


「真宵! 朱莉様にひっつきすぎですよ!」

「やー。真宵の主さんでもあるもの」

「え、真宵ちゃん、私はただの管理人で」

「だめ?」

「ぐっ」


 寂しそうにきゅ、と着物にすがりついてくる童女に否といえるだろうか。いや無理だ。


「たくさんたくさん居心地良くするから、これからも真宵に住んでね」

「と、とりあえずこれからもよろしく」

「朱莉様っ!」


 智人が愕然としていたが、朱莉はにっこりとする真宵に手を引かれて屋敷内を見て回る事になったのだった。





 *





 屋敷は全体的に洋館の作りになっていたが、生活に必要な区画がコンパクトにまとめられ、1階部分の一部と2階部分に多くの客室が作られていた。


「いつか、なかまが増えたときお部屋が必要だから」


 という真宵の言葉の意味はよく分からなかったが、朱莉は書庫から脱出し2階の主寝室をもらうことになった。


 ようやく荷物の仕分けを終えた朱莉はふう、と息をつく。

 真宵に荷物を運び込んでもらったとはいえ、適宜使いやすい場所に移すのは自分でやらねばならない。

 広々とした部屋は少々落ち着かないが、真宵の趣味の良さはここでも発揮されており、百貨店の外観のようなモダンな意匠にはどこかあたたかみがありなじめそうだった。


 真宵によって屋敷内は一新されたが、庭の手入れや周辺の地域の把握などすべきことは山積みだ。

 ちょっと休憩したらまた動きだそうとすれば、こんこんと戸が叩かれた。

 朱莉が扉をあければ、そこには三つ揃えを少々よれさせた智人が立っていた。


「朱莉様、ひとまず下の片付けは終わりました」

「お疲れ様、だけど片付けだけにしてはなんかよれてない」

「少々家事の分担について真宵と話し合いまして、悔しいですが食事の仕度は折半することになりました」


 話し合いでなぜそこまでよれるのかは分からなかったが、恐ろしく口惜しそうにする智人にそれを聞けばめんどくさいことになりそうな予感がした。

 智人も詳しく話すつもりはないらしい。


「本日の昼食は真宵が用意しております。下におりてきていただけますか」

「そうね、その前に、智人」


 真宵が果たして昼食を作れるのか、と言うのに朱莉は少々気になったが。

 折り目正しく背筋を伸ばす智人に、朱莉は言った。


「真宵ちゃんのために弁士を追い出してたでしょ」


 はたり、と彼の少し色の薄い瞳が瞬く。こうして見るとやっぱり整っているなと思いつつ、朱莉は言葉を続けた。


「日誌の中に、弁士が苛立ってるような記述があるのよね。ずいぶん妨害されたみたいなやつ」

「……この文庫社にはやっかいな言神が沢山居ますので、そちらが原因と言うのもあり得るかも知れません」

「『あの言神は、なぜ自分の言うことを聞かない』。『なぜ自分が呼び戻される。報告していなかったのに』特定の言神を指している似たような記述が沢山あったわ。あれだけ早い時間で人が変わっていたのも不適格な弁士を全部あんたが宗形に横流ししてたんじゃないの」


 朱莉が日誌の一文をそらんじれば、智人はかすかに眼を見張る。

 宗形とはそれなりのつきあいらしいというのは会話で察していた。それほど遠い推察ではないと思うのだが。


「覚えておられるのですか」

「特に多かった記述だけよ。ここが訳ありの文庫社だって事もちょっとは分かったわ」

「……申し訳ありませんでした。話さなかった事が多いのは事実です。ですが、朱莉様は僕が真宵を放置した、とは思わなかったのですか」

「あの子、自分がかわいいのを知ってるくらいには賢い子よ。その真宵がなついてるんだから違うわよ」

「そう、でしたか。……怒りましたか」

「いや、怒ってないけど」


 朱莉が言えば、智人はそっと目を伏せて悄然とした。

 怒ったつもりはなかったのだが、智人はすっかり今までの謎めいた空気が一気に崩れ去っている。

 このかわりようは一体何だと内心混乱しつつも朱莉は言った。


「わざわざ自分の立場を悪くするような言い方しなくても良いじゃない」

「そんな、つもりはなかったのですが」


 困惑の表情を浮かべる智人は自覚がないらしい。

 そう、彼の言葉に嘘はない。けれどわざと事実を誤認するように話していたように思えた。

 その理由は分からないが。朱莉はすれ違いざま、智人の肩に手を置いた。


「ともかく弁士たちに関してはよくやったわね。読んでてすかっとしたわ」

「っ」


 矜持の高さが文面からすら鼻につくような奴らばかりだった、その中から真宵を守ろうとしたのだけは花丸をあげたい気分だ。

 目を見開く智人を背に廊下に出た朱莉はのびをしながら歩いて行く。


「さあ、部屋の片付けも終わったし、ご飯を食べたらまた街に出るから着いてきてちょうだいね」

「……かしこまりました、朱莉様」


 朱莉は真宵が作る食事とは何だろうと期待と不安が入り交じりながら、階下へとおりていった。

 故に。


「ほんとうに、あなたにはかなわないんですから」


 切なげに表情をゆがめる智人の、密やかなつぶやきには気づかなかったのだった。


 ちなみに真宵の作った洋食は、朱莉が作るよりもおいしくてひれ伏した。




これにて巻の二はおしまいです。

あと、ストックに余裕が出てきたので切れるまでほぼ毎日更新にしたいと思います。優柔不断で申し訳ありませんが、引き続き巻の三をお楽しみください。

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