「7」
「あ、ロイ少年だ」
「あー!ほんとだー!ロイ少年だー!」
ロイ少年……?俺のこと言ってるの?俺を指差しながら入ってくる3人を少しだけ訝しげな顔で見てしまって、お客様だと思い出した。
慌てて笑顔を作る。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは!ここで働かれてたんですね、えっと……」
「あ、安藤です。安藤類」
「ロイ……」
「るいですよ!る、い」
「ふふ、ごめんなさい、つい」
結局近づいてきたのは香織さんだけだった。
目の前で香織さんがにこやかに笑っている。
しかもいつもは縛っている髪を下ろした私服だ。
いつもカフェの制服で見ている俺はとても新鮮に目に映った。時が進めば制服の方がレアになるかもしれないけれどそれは一旦置いておこう。
はじめに騒いでいた女の子達2人はお店の雑貨を見ているようだ。
今、聞いても大丈夫かな、大丈夫だよね、名乗ったし。
「あの……」
「あ、香織です、和田香織」
「和田さん?」
「香織でいいですよ、今のバイト先に和田って2人居て、名前の方が呼ばれ慣れてます」
「では、香織さんで」
「ふふ、はい」
あ、これは、あれだな。
持ってかれるやつだな。
何を持っていかれるって、そんなの分かるでしょ?
「心」ですよ。
笑い方とかが神がかっている。
ある意味神聖すぎて付き合うとかは無理だな。とか、そんな事をぼんやりと考えていると後ろから誰かが近づいてくる気配がある。
「あんどう!!!」
「いって」
その気配は俺の名前を小さい声で叫びながら、思いっ切り書類で頭を叩いてきた。
痛いと言ったが実ははそんなに痛くはない。
でも、怖くて後ろを向くことができなかった。
絶対後ろには恐ろしい顔をしたさくら店長がいる。
「サボってんじゃ……ってうわ、何この子」
怒られるかと思っていた事と反して『すごくタイプなんだけど』などと耳元で言ってくる店長に驚き、振り向いてしまった。少し赤らんだ顔の店長がいる。
何考えてるんだこの人。
「まさか、安藤の彼女?」
「ち、違います、こんな可愛い人が」
「なぁんだ、まぁ、そうか」
「ふふふ、彼氏がルイ君なら楽しそうだな」
「…………うっ」
変な声を出してしまうくらいに心臓をやられた俺は、からかってくる店長と香織さんを頑張って撒きつつ仕事をさばいた。このやろ。
その後、合流したカフェの人達2人にもからかわれながらお店を案内させられ、その代わりなのか、それぞれ洋服を2点ずつ買っていただくことができた。
ようやく去った嵐に一息つく。
「あー帰ったー」
「………いいわね、今の3人で割と金額行ったわ」
「ええ、値引き品無かったですからね、社割入ってますけど」
「ふーん、ちゃっかりしてるわね」
「本当に似合っている商品を勧めたまでですよ」
さくら店長がこちらをちらりと見てきてニヤッと笑った。
俺はニコッと笑う。
「じゃああと10点売れるかなー?」
「いいと……いや良くない、今の俺には無理です、あと2時間しかないし」
変なノリに付き合うとすぐこうだ。
つい腕を突き上げながら答えようとしてしまったが今の俺のモチベーションで2時間10点は難しいと思う。
あんなに『可愛い』とからかわれた後に『可愛い人達』に頑張って売り込むのはしんどい。
「何よ、可愛がられたいって言ってたじゃないの」
「それとこれとは違います、店長」
「じゃあせめて服畳んでらっしゃい」
「はいはーい」
「シャキッと!」
「はーい!」
そんなこんなで、無事、香織さんのフルネームをゲットできたのだった。
クエストクリア!
そして、大学は二学期に突入する。
「…………また体育じゃん」
「体力つけろよ」
「いや、うん、分かってるけど、2コマ取らなくて良くなかった?」
「俺と同じコマを勝手に取ったのはルイだろ」
「……そうだったわ」
今年は俊哉が取るコマとほぼ同じ物を選ぶことに専念したため、つい俊哉に文句を言いそうになってしまった。
しかし、体力のない俺が体育を2コマ取る必要は無かったなと思っている、いや、既に後悔の域だ。
「しかも……今日の基本体育の内容って……マラソンが主なんだ。既に疲れるんだけど」
「何言ってんだ、書いてあっただろ」
「…………そうでしたね」
周りを見渡すと俊哉を盗み見ている女の子たちがたくさんいる。その中には見たことがない子もたくさんいた。
やっぱりこの体育は取るべきだったんだと思わざるを得ない。
「…………はぁー」
溜息しか出てこないこの状況。
こうして俊哉を見張りながら体力が付きそうな……いや、尽きそうな。そんな二学期を過ごしていく羽目になったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
さくら店長はまた出てきます!