第七話:Crusher's obstacle
「早く、早く着かないかなぁ」
次の日、今度こそシューレにある襲撃が予定されている町――リーネへと向かう馬車に乗り込んだシアルは落ち着かずに狭い荷台の中をうろうろしながら一人呟く。
町を出た馬車は、事故もなくスムーズに、しかしあくまでゆっくりと進んでいた。
「なんでこの馬車しか使えるのがなかったんだろうー……」
ちなみに今乗っている馬車は正午に出た馬車であり、他の馬車を探したもののシアルの目的地と一致する馬車がなかった。
「いつごろ襲撃されるのか聞けなかったのは痛いなぁ。もうされてたりしないよね……」
うろうろ。
「もし着いたときにもうなにもなかったらどうしよう……やっぱり無視しちゃったほうがいいのかなぁ」
うろうろうろ。
「でももし間に合ったら……ううぅ〜……」
そんな自問自答を何度も何度も繰り返すシアル。しかし最終的な結論は毎回同じであった。
「や、やっぱり見捨てることなんてできないよね! うん!」
そして日が傾き、空が赤く焼け始めたころ。
正午からとは言えそれから休みなしに進んでいるだけあり、かなり道も進んできたころ。
「?」
暇そうに寝そべって尻尾をぱたぱたさせていたシアルがその身をそっと起こす。
「なんだろ……なにか近づい」
そこまで声に出した直後、ほぼ反射的に馬車の荷台からその身を外へと投げ出す。――そして周囲を轟音と衝撃が包み込んだ。
その衝撃に吹き飛ばされそうになりながらも上手く地面に着地し、馬車へと目を向ける。
「……!」
すると先ほどまで自分が乗っていた馬車には、今度はオルガが乗っていた。荷台その他諸々を粉々にして。
どうやら上から踏みつぶしたらしく、その跳躍の反動を和らげるために膝関節に当たる箇所を曲げたまま固まっている。
そして辺りに埃や木片を撒き散らしながらゆっくりと脚を伸ばすそのオルガから、搭乗者と思われる人間の声が聞こえてきた。
「回避したか。なかなかやるようだな、さすがは猫と言ったところか」
そしてシアルへと機体を向き直させる。
一見するだけでは二本脚で立ち、その先に胴体となる部分がありそこの左右から両手となる部分が伸びている、オルガの中でもよくあるタイプであった。
が、両手の先にはアームなどがついておらず、代わりに三角形にしましま模様の物体、所謂ドリルが付いていた。
「我が名はダリオ、母国ティフォスに仕える軍人にして、無類のドリル愛好家! 国とドリルをこよなく愛する男だ!」
やや冷めた目で、しかし警戒を解かずにダリオと名乗った男の声が聞こえるオルガを見ているシアル。
「最初の一撃こそ避けられはしたが、それまでだ。私と私のこの愛機……ディアルドからは逃れられはしない」
そう言い放つと、なぜかいきなり両手のドリルを勢いよく回転させながら振り回す。
「ぐあぁあっ!」
すると突然叫び声が聞こえてきた。どうやら、御者も潰されてはいなかったようだ。しかし今わざわざとどめをさしたらしい。
何が起きたのか全くわからずに死んでしまったに違いない。
「――誰一人として!」
そして最後にそう叫ぶと共に、一直線に突っ込んでくる。対するシアルは、既に簡単な呪文の詠唱を完了していた。
初歩中の初歩である呪文。ほぼ全ての魔法使いが使用することができるであろう呪文。
「閃光」
そう呟くと、シアルとダリオの乗るオルガ、ディアルドの間で眩い光が突然現れた。
「ぐぅっ……!?」
その明かりに怯んでいるうちにシアルはディアルドの側面と周りこみ、詠唱を開始する。
「我は願う。我は祈る。我は望む。聖なる力を以て、邪悪なる敵を打ち滅ぼさんことを! 雷打!」
雷撃系では中級程の呪文。あわよくば感電してそのまま気絶してくれることを願い、雷をその隙だらけの機体へ向けて解き放つ。
だが、機体自体に電気が流れはしたものの、
「……その程度か?」
搭乗者までダメージは行き渡らなかったらしく何事もなかったかのようにまたこちらへと向かってくる。
「くそっ、やっぱり甘い、なっ!」
自虐的にそう言いながら、間一髪のところでかわす。そのまま森に突っ込んだ機体は木を数本なぎ倒したところで止まり、また方向転換を始める。
「どうする……ただ強い魔法を当てるだけじゃ賭けになるし……」
そして再びシアルへと凶悪なドリルを向けながら突撃してくるダリオ。
「っ!」
今度は機体の下にうまく体を滑り込ませてなんとか回避する。
ダリオも避けられるのをある程度予想していたのか、先ほどより無駄のない動きで向き直る。
「どうした? 避けることしかできないのか?」
そう挑発的な声をかけてくる。そしてそれに言葉を返さないシアルを見ると、続けて話す。
「喋れないわけではあるまい? それとも、本当にもう何もできないのか?」
「……少し黙っててくれないかな。 何かできないか考えているんだけど」
「おお……ようやく喋ってくれたな。しかし残念だが時間は与えん。もっと不思議な猫と話してはみたかったがな」
「ならさ、話しててあげるから時間くれないかな?」
「悪いが、任務を優先するのでな。――では行くぞ」
最後にそう言うと、両手のドリルを前に突き出し、低い姿勢となる。
「……一か八か!」
シアルも何か思いついたようで、ダリオに背を向けて詠唱をしながら全力で逃げる。
「生命の源となる水よ。太古より在りし水よ。我に呼応せよ。……水呼!」
最後は振り向き立ち止まり、しっかりと発動場所を特定するためにやや遅れてしまった。
「なんだ……?」
警戒してか、ダリオは何とか勢いを殺してその場に踏みとどまる。
しかし、シアルが魔法の発動を指定した場所はダリオのディアルドではなく、
「たくさん水を呼んだだけだよ」
むしろシアルの近くの空中であった。当然、重力に逆らえずに多量の水は地面へと落下する。
そしてそれを見ながらさらに続けて詠唱を開始。できる限りばれないように、かつ素早く詠唱をする。
「何をいきなり……血迷ったか?」
もちろんそれには返事をしない。詠唱中だということがばれてしまうかもしれないが、気にしてはいられない。
「……まあいい、今度こそ最後だ」
構えをとかず、そのままシアルへ向けて加速するダリオだが、
「な、ぁあっ!?」
先ほどシアルが水を呼び出した地点まで来ると、不快な金属音をあげて突然停止する。自分の意思ではなく、無理矢理止められてしまった様子であった。
急いで状況を確認するとどうやら地面に脚がほぼ全部埋まってしまい身動きが取れなくなっているようだ。
「……ふぅ」
それを見て安心したのか溜息をつくシアル。
「貴様……何をした」
「んーと、『今度こそ最後だ』あたりでもう一度魔法を発動してたんだけど……気付かなかった?」
それにはダリオは気づいていた。しかし周りに変化が見えなかったこと、微弱な魔力反応だけだったために無視をしていた。
「無論気付いていたが?」
「その時にちょっと、いま埋まってるところの地下に細工を。水は柔らかくするために」
「馬鹿な……地下にこれだけの細工をするならばそれ相応の魔力が必要だろう」
「そのへんは秘密。ま、とにかく落とし穴みたいなのを作っただけだよ」
ここまで会話をしている間にもダリオは脱出しようと試みるが、その手先のドリルが災いして土を掘り返すばかりであった。
「というわけで、僕は逃げるから」
反対にシアルは先ほどの馬車の荷物を漁り役立つものがないか調べ、それも終わってしまい国境に向けて歩き出そうとしていた。
「……待て、貴様の名は何だ」
「そう言えば名前言ってなかったっけ。――シアルだよ」
「シアル……覚えておくぞ」
「もう会いたくないけど。……頑張ってね」
そう最後に言い残すと、必死にもがき続けるダリオとディアルドを尻目に返事も待たずにシアルは駈け出していった。
この襲撃でまだ町は襲われていないと確認し、戦闘の疲れを癒すこともせず。赤の他人であるリーネの人々を助けるために。