第五話:Chat and blunder
「以上が、僕の呪い――僕の過去についての話です」
言い終わると、喋り疲れてしまったのか小さく、ふぅ、と溜息をついた。
「………」
全てを聞き終えた向かいに座る老人は、何か考えているようでシアルが話し始めたときからずっと黙っている。
シアルもこれ以上話すことは特に思いつかないようで、老人の様子を窺いながらも沈黙している。その状態がしばらく続くと、またシアルから口を開いた。
「あの、……」
そこまで言って、まだ自分が老人の名を聞いていないことを思い出す。どうしようか迷っていると、
「ダグラスです」
「……あ、ありがとうございます」
戸惑うシアルを見越してか、問う前に名乗られてしまう。そして出鼻をくじかれてしまったシエルは椅子の上に座りなおして再び沈黙。
暖かい日の光に照らされてうとうとし始めていると、声をかけられる。
「話していただいて、ありがとうございました」
「……ふぇっ、あ、いいえ、どういたしまして」
油断をしていたために突然声をかけられ驚いてしまい、変な声をあげてしまう。
「興味深かった話ですが……辛かったでしょうな……」
「ええ、そうじゃないと言えば嘘になっちゃいますけどね」
苦笑しながら答える。
「でも、今の暮らしが大嫌いかというと……たぶん、そうじゃないと思います。たしかに不便だったりするときもありますが、こんな姿だからこそできることもありますし」
その言葉に嘘偽りが無いことはその丸い、まっすぐな瞳を見るとよくわかった。
「お強いですな……。ご両親があなたを信じていたことも、よくわかる気がします」
褒められると、子供らしい仕草で恥ずかしそうに頭をかく。
「そうですか? 誰でも同じだと思いますけど……」
「そう思えることが、すごいのですよ。――さて、話を戻しますが、逃げ出した後はどうしたのですか?」
「あ、そうでした。えっと、この姿になったせいかなんとか逃げ切れて……言われたとおり、首輪に結んであった紙に書いてある人をめざしました」
そう言って自分の首に巻かれているものを肉球のついた前脚でぽんぽんと叩く。しかしそれは首輪というよりも首飾りに近いもので、結び目とは反対の場所に何かが付いていた。
「それは……?」
「逃げる直前にお母さんがくれたものなんですけど、見てみますか?」
自分の首から器用に取り外すと、ダグラスにそれを手渡す。ダグラスは色々な角度から見たり近づけたりして興味深そうに観察しながら口を開く。
「私のことはお気になさらず、話を続けてください」
「……はい、わかりました。それからその人の元になんとか辿りつけました。なんだか説明をする前から事情がわかっていたみたいでしばらくその人と一緒に暮らすことになりました」
「その方の名前は?」
相変わらず首飾りをいじりながらダグラスが問う。それに対し、
「それは、悪いですけど言うことができません。ただ、それなりに有名だった魔法使いみたいです。それから……既にお亡くなりになりました」
思い出したのか懐かしそうに、悲しそうに、しかしきっぱりと答える。
「そうなのですか……」
「はい。僕はその人にたくさんのことを学びました。この姿でも生きていくための術やたくさんの魔法など……きっと、あの人がいなければ僕は今まで生きていなかったと思います。――そして、その人が亡くなった日から、この呪いを解くために旅を続けています」
「………」
ダグラスは何か言いかけるが結局何も言わず、代わりにシアルへと首飾りを差し出す。
「ありがとうございました……魔具であることはわかるのですが、その使い方などはわかりませんでした」
「魔具、だったのですか?」
受け取ったシアルは、再びそれを首につけながら聞く。聞かれたダグラスは、ええ、と答える。
「微かにですが、魔力を感じられます。その小ささから考えてあまり複雑な魔具ではないと思うのですが……」
シアルはそう言われると首にかけたその魔具を持ち上げて、目の前にもってきて見てみる。
先ほどまでダグラスがしていたように、色々な角度から観察してみたりするが、やっぱりわからない。
「もしよろしければ、私が預かって調べてみましょうか?」
そうダグラスは誘ってきたが、
「――いいえ、これはお母さんが大切なものだと言って渡してくれたものです。なので、常に自分で持っておこうと決めています」
シアルはこう答えて断った。するとダグラスは微笑みながら言う。
「なるほど……たしかにそうしておくのが一番かもしれませんね。もし、それの仕組みがおわかりになりましたらぜひお教えください」
「はい、もちろんです。……それで、あの、ここに来た目的なんですけど……」
シアルの過去を知ると同時に、ダグラスはシアルがここに来た目的も理解していたようだ。
「残念ながら、私の蔵書にはあなたの呪いの解き方……というより、あなたの呪いについて触れることすらされていない本しかないと思います。この年にもなると、暇でしてね。どの本も数回は読んだものばかりなので内容についてはほとんど記憶しているのですよ」
「そう……ですか」
その返事を聞くと、あからさまにがっかりとして肩を落としてしまう。
「しかし、いい提案はあります」
「……?」
顔を上げて、ダグラスを正面から見つめるシアル。
「隣国シューレに、魔法使いを養成するための学園があることはご存知ですか?」
その学園の話はシアルも聞いたことがあった。と、いうよりもかなり有名な学園であり、知らないもののほうが少ない。
「はい、知っています。たしか200年ほど前にできた学園って」
「その通りです。そして、そこの教師の方々はもちろんのこと、創立時から購入したり寄付された資料も相当なものでしょう」
「あ……!」
「お気づきになられましたか? そう、生半可な図書館などよりかは調べ物をするのによっぽど適したところなのです」
「で、でも、そんな学園にこんな猫を入れてくれるのでしょうか」
そう言いながら自分の体をアピールさせるかのように動かす。
「生徒に見つかったりして目立ちたくもないですし、学園なら見張っているひとも多そうですし……」
「その点については心配なさらずに結構ですよ。私が学園長に紹介書を書いてさしあげますし、到着する前までに先に連絡をしておきます」
その言葉を聞き、しぼんでいたシアルはどんどん元気になり、嬉しさを隠せないように尻尾を激しく振っている。
「あ、ありがとうございます!」 そして思いっきりお辞儀をして反動で椅子の上から転げ落ちてしまう。その様子を見て楽しそうに微笑んでいるダグラスは、
「いいえ、お礼を言われるほどのことはしていませんよ。私もあなたから色々と興味深いお話を聞くことができましたし」
痛そうに、しかし笑顔で頭をさすっているシアルを見ながら言葉を続ける。
「今日は、ここに泊って行きなさい。明日の朝にこの町を出発する馬車にでもこっそりと乗っていくといいでしょう」
「そんなにご迷惑をおかけしてもいいんですか……?」
「なに、そのお礼は他に何か面白いお話でもしていただければ、それで結構です」
にっこりと笑いながらそう答えるダグラス。
「わかりましたっ! 嫌になるくらい聞かせてあげます!」
そして、外見からはあまりわからない子供っぽさではしゃぐシアル。
久々に人間と会話して、更には泊めてもらえることとなり、嬉しいのだろう。
「おお、恐ろしい。それでは、それに見合うおもてなしをしなくてはなりませんね」
そう言いながらその準備をするためか、家の奥へと消えていくダグラスと、
「あ、お手伝いします!」
そのダグラスを追い掛けて一緒に居なくなるシアル。
そしてその日の夜、普段は早くに明かりが消えるその家は、夜分遅くまで楽しそうに会話する老人と少年の声と、窓から漏れる明かりが途絶えなかった――