第四話:Cursed past-2
――しかし、男は倒れていなかった。
「な……!?」
対峙する初老の男の目が驚愕に開かれる。
驚くべきことはそれだけではない、次の瞬間にはその男の周りに居た人間が次々と糸を切らしたように倒れてしまった。
「あーあ、だから言ったのに」
笑みを浮かべながら、やはり緊張感のない態度で呟く男。
「貴様……何をした!」
それに相対するように、初老の男は更に緊張感を増幅させて睨みつける。
相手を警戒しつつ倒れた人間の脈を確かめるが、既に止まっていた。
「だぁかぁらぁ、始めに言ったじゃない?一人で来るほど馬鹿じゃないって」
そう男が答えると森の中から複数の人影、そして人ではない「何か動くモノ」の影が出てくる。
「………」
初老の男があまりの驚きに声さえ出せずに愕然としていると、
「んとな、知らないだろうから説明してやる。あの変なモノはオルガっていうやつだ」
男のほうから説明を始めた。
「なかなか便利なもので……ホラ、今からすること、よ〜く見てろよ?」
すると、オルガと呼ばれたモノは近くにあった建物へ、恐らく人間でいう手のひらにあたる部位を向ける。
そして徐々にそこが周りの光を吸収するように輝き始め――一際強い光を放った瞬間、その建物が爆発した。
「ひゃはははっ、さっきから驚いてばかりで大丈夫か? ショック死とかしねえよなぁ?」
相変わらずふざけた態度でいる男が、爆発に驚き茫然とオルガを見ている初老の男に話しかける。
「馬鹿な……今のは確かに魔法だ。なのに何故魔法が発動したのに魔力が感じられない……!?」
「おお、流石はかの有名な魔導士ウィデル様だ。こんな早く気付くとはな」
ウィデルと呼ばれた男は、自分をその名で呼んだ男を振り向く。
「貴様……私を知っていたのか」
しかしそう言われた男はそれを無視して、
「気付いたご褒美に教えてやる。オルガは魔法を発動する際に魔力を感じさせない。ま、俺達もその原理を理解しているワケじゃないが……面白いもんだろ?」
茫然とし続ける初老の男――ウィデルを楽しそうに、見下しながら喋り続ける。
「で、アンタの結界に感知しなかったのもオルガのおかげ。俺達に結界の効果を打ち消す強力な魔法をかけたワケだ」
話している間にも、オルガを始めとする森から出てきた人間達に村は破壊され、人々は殺されていった。
魔法を使い抵抗している者も少しはいるようだが、オルガの圧倒的な力により蹂躙される。
「あとはまあ、この村の住人を全滅させちまえば、目的のものもまとめて潰せるだろうと」
そう言いながら男は剣を抜き放ち、座り込んでいるウィデルへゆっくりと近づいていく。
「そういえば……さっきアンタは俺に冥土の土産とやらをくれていたな。お返しに、俺の名前を教えてやるよ。俺の名は――グレニアだ」
すると、ウィデルはその名を聞いた途端に顔色を変える。
「グレニア……貴様、ティフォスの――」
しかし、最後までその台詞を喋ることは叶わなかった。それまでとは全く違う雰囲気を纏ったグレニアが、神速の動きでウィデルの首を突き刺したからである。
「年は食いたくないな……。もう少し手ごたえのある相手だと思ってたんだが」
そしてとてもつまらなさそうに呟くと、剣を鞘に納めると仲間に加勢すべく、欠伸をしながら歩いて行った。
ほぼ同時刻。襲撃され、殺戮が繰り広げられる村から少し離れた、森の中に建つ小屋の中。
「おかあさん、どうしちゃったの?」
不安そうな子供の声が聞こえる。どうやら、早くに襲撃に気付いた村人がここまで逃げてきたらしい。
「大丈夫、大丈夫だから……静かにしてなさい」
呼吸は乱れているものの、落ち着いた様子で子供に優しく返事をするその母親と、
「おい、早く手伝ってくれ。一人では流石に厳しいぞ」
やや慌てた様子でその母親に話しかける、父親と思われる人間がいた。
「ええ、わかっています。坊や、ちょっと待っててね」
愛おしそうに子供を撫でると、その場からそっと離れて夫の元へと向かう。
暗い室内が怖いのか、子供はその背中を追いかけて両親の後ろまでやってきた。
そして背中越しにその先を見つめると、光輝くよくわからない模様のようなものがあった。
両親は熱心に何かを話し、その模様に時に何か書き加え、時に何か消していた。
その様子から邪魔をしてはいけないものだと感じ取り、近くにあった木箱に足を投げ出して座る。
時々村のほうから響いてくる轟音や地震のようなものに不安になりつつも、あの模様を見つめていると不思議と心が落ち着いた。
そして5分ほど経過した時、母親にいきなり話しかけられた。
「坊や、これからの話をよく聞いてね」
返事をする代わりに、無言で頷く。
「今から、坊やにはこの中に入ってもらうわ。そしたら……姿が変わっちゃうの。そういう魔法をあなたにかけるのよ」
何でそういうことをするのかは聞かなかった。そんなことを考える余裕もなかったからだ。
「姿が変わったら、ひたすら逃げなさい。あなたは賢いし、この森をよく知っているはずだからあまり迷うこともないはず」
何も考えることもできなかった。ただ、言われたとおりにすることが正しいことだとしか認識できなかった。
「それで逃げ切ることができたなら、この紙に書いている人を尋ねなさい。必ず力になってくれるから。――わかったわね?」
その言葉になんとか頷いて肯定を示すと、母親は優しく微笑み、こっちへおいでと言いながら子供の手を引っ張った。
連れていかれた先にはやはりあの輝いている模様があって、すぐ傍には父親が立っていた。
「……神の御加護が、あらんことを」
そう言って、母親は息子の額に軽くキスをして、抱きしめた。
そのままの状態でずっといたかった子供だったが、すぐに離されてしまって父親が歩み寄ってきた。
「お前なら、必ずできる。私たちの誇りであるお前なら。自分を信じて必ず生き延びるんだ」
そう言われて父親にもまた抱きしめられてすぐに離される。そして、
「さ、お行きなさい」
そう母親に声をかけられて、模様のほうへと背中を軽く押される。
両親を時折振り返りながら少しずつ進み――模様の中央までやってきた。
すると温かい光が溢れ、子供の体を優しく抱擁するように包み込んだ。
その心地よさに身を任せていると、自分の体が縮んでいくような感じがし始め、
「!」
次の瞬間に建物が衝撃に揺れ、轟音が室内に響いた。
「……もう来たのか」
「そのようですね」
両親がそう小さく呟くのが聞こえる。自身を包んでいた光はもう無くなっていた。そして、大きな声で父親の声が聞こえる。
「何をしている、早く逃げるんだ!」
その声に驚いて、困ったように母親を見る。すると母親は子供に近づいて、首に何かを結びつけた。
「これは大事なものだから、絶対に無くさないようにしなさい」
悲しそうな、しかしまっすぐとした瞳で見つめられ、そう言われる。
その後先ほどと同じようにまた建物が揺れ、天井から埃がぱらぱらと落ちてくる。
そしてその音を引き金にするように、入口とは反対側にあった窓から身を投げ出して、夜の森へと逃げて行った。