第十一話:Crucial encounter-2
「よし……着いてきてる」
振り返って後ろを見てみると、思惑通り二人の魔法使いは自分を追い掛けてきている。
「戦うのはいやだけど、こうなったら覚悟を決めなきゃ」
そう言うと、一気に加速して森の中にその身を投じる。そして隠れる必要もないと言わんばかりに魔力を解放する。
それだけ目立つように魔力を解放すれば森の中にいようが居場所は丸わかりであり、自分に向けて魔法が発動するのを感じ取った。
すかさずその場所から、挟撃するために散会したと思われる二人の敵の間へと移動する。
先ほどまで居た場所には炎系の魔法が放たれ、木々を燃やしていた。
二人の間にやや距離があり、その上その間に強い魔力が存在するせいか互いの位置が掴みにくくなり、
「……よっ!」
それぞれの敵の向こう側にそれぞれの仲間が居るともわからずにシアルへとまた攻撃を加える。
シアルはその攻撃を最低限の障壁を展開して半ば受け流すように防御をする。
すると、森に阻まれてあまりはっきりとは聞き取れないが呻き声のようなものが聞こえてきた。
「成功、かな?」
そう呟くと解放していた魔力を一気に体内へと抑え込み、敵が自分を捕捉しにくくする。
そして魔力感知に加えて、人間である敵にとっては森の中でほとんど機能しない視覚や聴覚も使用して二人の捕捉を開始する。
「二人……固まったみたいだね。――予想通り!」
敵の位置を確認すると、詠唱を開始する。二人同時に倒すことができる、広範囲かつ強大な威力を持つ魔法を発動させるために。
そのような魔法ともなると、詠唱も長引いてしまい敵に感知される可能性も出てくるが少なくとも一人は倒せるだろう。
そう思い、魔力を徐々に開放しつつ詠唱をし魔法を発動させようとすると、
「そこか」
突然近くの茂みからそんな声が聞こえ、風を裂いて自分に向かって何かが飛んでくる音がした。
仕方なく魔法を発動することを断念させ、反射的に左へと身を捻って投げる。
「うあっ……!」
直撃は免れたものの、後ろ脚を敵が放ったと思われる魔法によって浅く切り裂かれる。
よろけつつも、なんとか地面に着地して声が聞こえてきた方向を睨む。すると、二人いる敵の一人がゆっくりと自分に向かって歩いてくるのが見えた。
自分の目を疑いつつも先ほどまで敵が二人いるはずの場所に注意を向けると、
「……!」
二人分あったはずの気配は、一人になっていた。そしてその気配もこちらに近づきつつあり――既に出てきている敵の後方に現れた。
「何が起きているかわからないようだな。まあ、無理もない」
「まさか、三人いたりしたの?」
そうシアルが答えると小さく笑い、
「近からず遠からず、と言ったところだな。三人目は私が魔力と丹精を込めて作った幻影だよ」
あっさりと答えを漏らす。もはや勝利を確信しているのだろう。
「その後はできる限り魔力を抑えて潜んでいたわけだ。物事があまりに上手くいったことに疑問を感じなかったのか?」
その油断からか、とどめも刺さずにぺらぺらと必要のないことを喋り続ける。
「君の行動からある程度の予測はついていた。結局君は最後まで私たちに踊らされていたわけだ」
そしてシアルは黙って敵の話を聞くふりをしながら少しずつ、ばれないように足元のほうへ魔力を送りこむ。
「そういうわけだ。名も知らぬ喋る猫よ、実に興味深くはあるが……私たちの邪魔立てをする者は死んでもらおう」
敵の一人がそう言い終わるのとほぼ同時に、シアルの足元で小さい爆発音のようなものが聞こえその小さな身体が宙を舞う。
そしてそこから離れた位置にある木の中にぽすっ、と間抜けな音を立てて落下する。
「なんだ? いやに早く攻撃をするな」
先ほどまで長々と喋っていた男が仲間の魔法使いにそう話しかけるが、
「……私は何もしていないが?」
その言葉を聞くと目を見開き足早にシアルが消えた地点へと向かう。
「くそっ、おい!早く来い!」
呼ばれた男がそこまで行ってみると、シアルの姿はどこにもなかった。その代わりに、男達が立つ場所から反対方向に逃げるように点々と血痕が残されていた。
「あれは奴が逃げるために発動した魔法のようだ」
「な、それなら早く」
「ああ、怪我もしているしすぐに追いつけるだろう。早く追うぞ」
仲間の発言を遮るように喋ると、血痕を辿って暗い森の中を進み始めた。
その二人よりやや離れたところ。怪我をした後ろ脚を辛そうに動かしながらなんとか逃げ続けているシアルがいた。
「どうし、よう……このままじゃ、じきに追いつかれる……!」
息も切れ切れにそう呟く。
やはり逃亡を止めて迎え撃つしかないのだろう。しかし、こんな状態では罠などを作っている余裕もない。
そして簡単には防げないような強力な呪文を唱えるにも詠唱している時間もない。
戦略を練ろうにも、疲労し、更には怪我までしている身体ではまともに頭が働かない。
「……やるしかないか!」
残された道は唯一つ――真っ向から、小細工もなしにぶつかって勝つことだけだ。成功する可能性は少ないが、0ではない。
そう決意すると、その場で足を止めて魔力を全開に引き出す。相手もそれに気付いたのかそれ以上は近づいてこずにその場で即座に詠唱を開始したようだ。
痛みも疲れも無視し、ひとつの魔法を唱えるということだけに全てを注ぎこむ。死なせてしまうかもしれないが、そんなことを気にしていられるはずもなく。
双方とも闇が降りた森に阻まれて姿も見えぬ相手に、されど魔力を感じることにより十分すぎるほど位置がわかる相手に、惜しみなく魔力を引き出し、丁寧に練り上げていき――同時に魔法を発動させる。
その瞬間、森の静寂を、文字通り引き裂きながら互いの魔法が衝突する。あまりに大きい衝撃と轟音にまともに立っておられずに目を瞑り、それでも放った魔法に魔力を注ぎながら、ふんばって耐える。
そして永遠とも思われるような短い時間が過ぎ去り、再び静かになった森に立っていたのは、
「やったぁ……」
シアルであった。そして溜息をつくと、最早立っているのも辛いのかその場にごろんと大の字になるように寝転がる。
休んだらさっきの子のところに戻ってなんとかして助けてあげなくちゃ……などと考え、瞼を閉じて眠ろうとすると、
「――っ!?」
自分の身体に激痛が走り、一気に目を醒めさせられる。何者かに身体を思いきり踏みつけられたようだ。
「まさか、あれほどだとはな……!」
そして自分に声をかけた主の姿を確認する。自分を今踏んでいるのは敵の内の一人であった。仲間はおらず、この男もかなり深い傷を負っているようだ。
「な、んで……!」
圧迫されて空気が抜けた肺に必死に空気を戻しながら何とか声を紡ぎだす。
「あのまま魔法で対抗していてもどうなるかわからなかったのでな、仲間を身代わりにして私は助かった」
そう言いながら、同時に徐々に足に込める力を強くしていく。
「油断したのが悪かったな。これなら詠唱もできないだろう、このまま窒息死させてやる」
そして一際強く足を押しこんでくる。小さい猫の身体にその負担は凄まじいもので、最早喋るどころか呼吸もすることができずに必死にもがく。
しかしいくら抵抗をしても自分を踏む足は残酷にも動くことはなく、徐々にシアルの意識が遠退いていく。
遂に意識が完全に途絶えてしまう寸前、すっと胸が軽くなった気がしたが、そんなことを気にすることもなく――闇がシアルの意識を完全に包み込んだ。