5.休み時間 七夕華と季子
チャイムが鳴った。季子がいつの間にか閉じていた目を開いたら、教卓に立つ土井が教科書を片付けているのが見えた。英文とその解説が綴られている黒板とは対照的に、季子の手元にあるノートは白紙だ。
「起立」
土井の呼びかけに腰を上げ、続く「気をつけ、礼」で頭を下げた。季子の最近のブームは、椅子に膝立ちしてお辞儀をすることだ。膝立ちだと起立している生徒達と頭の高さはあまり変わらず、季子の席も後方にあるため、教師達は未だ気づいていない。
教室を出ていく土井には目もくれず、季子は前方の席へと駆け寄った。彼女の目的の人物は、大量の勉強道具――教科書、ノート、ルーズリーフ、ワーク、英和辞書、和英辞書――を片付けている最中であった。
「なゆー!」
振り返った七夕華に、季子は両手を合わせて拝む姿勢をとった。
「ごめん! 悪いんだけどさ、さっきの英語のノート写真撮らせてもらえない? いい夢見てたからさ」
「いいよー」
季子が授業内容の記された見開きを携帯で撮る隣で、七夕華に抱きつく影があった。
「なゆー」
「どうした、のどか」
「なゆ要素充電させてー」
「いいよ」
七夕華の許可を貰ったのどかはそのまま七夕華の前面へ腕を回し、背中に頬を寄せた。少しして、七夕華は自身の背中から寝息が聞こえるのを感じた。
「そういえばなゆ、知ってる?」
「ん、なになに?」
「駅でさ、『線路に人が侵入したためうんちゃらかんちゃら、ららららら〜』て流れるときあるじゃん」
「あー、先週それだっね」
写真の写り具合に満足した季子は、携帯をしまい礼を言って七夕華にノートを返却した。
「あれってさ、『痴漢が出ました』の隠語なんだってさ」
「へー。意外と痴漢多いんだね」
少なくとも一月に二回くらいは聞いている気がする、と七夕華は思い返した。先週のあれも痴漢だったのかと思うと、少し怒りがこみ上げる。
その隣で季子は、今朝見たニュースをネットで検索し、自分の望む記事が見つかると七夕華に見せた。
「それでこちらが今朝見つけた記事」
「ん?」
「痴漢を疑われた人が線路に飛び降り逃走。近くにいた男性もそれを追いかけ線路に飛び込む」
「これが本当の『線路に人が侵入』か」
その記事は、通学途中に季子の弟が季子に見せてきた記事であった。そのときも季子は七夕華と同じ反応をした。
「線路に飛び降りて、怪我しなかったのかな」
「さあ? 線路って歩きにくそうだよね」
「これで冤罪だったらかわいそう」
その後、もし痴漢の冤罪をかけられたらどのように逃走を図ればいいか二人が語り合っているうちに、休み時間の終了を告げるチャイムがなった。
授業中の居眠りって、色んな伝説ありますよね。私の同級生にもいました。背筋は伸ばしたまま、首を仰け反らして大いびきをかいて寝ていた人が。
クラス中からくすくすと笑い声が聞こえました。授業をしてくださっていた先生も、苦笑していました。
今回も新しいキャラが出てきました。季子といいます。七夕華とのどかと仲良しで、弟と幼なじみの男の子のいる私の書いてみたかった設定を詰め込んだキャラです。