2.登校中の会話
わたしの通っている茹蛸高校は、最寄り駅から二十分ほど歩いたところにある。
全校生徒の八割が使用している駅を、人混みを避けるために朝早くに抜けて、のんびりと散歩風に歩きながら登校するのがわたしのブームだ。
住宅街を通る通学路には、おじさんが雀に餌をやっている公園や、おばさんが打ち水をしている道路、小学生達がはしゃぎながら青を待つ交差点もある。時折、白黒二匹の猫が歩いていて、彼らを見つけた日はハッピーデイというのがわたしの決まりだ。
残念ながら今日は猫を見ることは出来なかったが、その代わり前方で歩いている友人を見つけた。
「なゆー!」
少し大きめに声をかけると、角を曲がろうとしていた七夕華はわたしに気づいた。立ち止まって、私が追いつくのを待ってくれてる。
「おはよー、ありがとう」
「おはよ」
二人で並んで歩きながら、学校へと向かう。七夕華はわたしがよく一緒にすごしている友達だ。
「聞いてよ昨日さ、塾帰りに電車乗ったらね」
「うん」
「バナナの皮が落ちてた」
「え、どこに?」
「電車の中。ドア入ってすぐのところに落ちててさ、大学生のお兄さんが踏んで滑ってこけてた」
「うっそ、あほじゃん」
今時バナナの皮を踏んでこける人がいたなんて。思わず、見ず知らずの人にあほと言ってしまった。
「うちの家族も大爆笑してた」
「そりゃあするよ。わたしも大笑いしたもん」
しかし電車の中に落ちてたとは。七夕華に見えないように、こっそりと眉をひそめた。なんで誰も拾わなかったのだろう。もしご老人が踏んでこけたら、笑い事では済まないのに。
確認はしないけど、きっと七夕華も拾わなかったのだろう。
「あー、来週のテスト死ぬ」
「ほんとそれ! ていうか今日金曜日なのに、古文まだ範囲言われてないよね」
「仕方ない。ハイブリッド先生彼女と結婚して浮かれてるから」
期末試験は次の月曜からで、古文は一日目から。今日の授業で範囲を言われるだろうけれど、試験までたったの三日しかない。
ちょうど目の前で信号が点滅したため、二人で走った。渡り終えてから、待ってくれた車にお辞儀するのも忘れない。
「あー、古文捨てたとして、生物と英語も死ぬ。学歴社会反対」
「学歴社会の申し子が何仰ってますか」
七夕華の言葉に思わず真顔で突っ込んでしまった。
だってわたしの隣を歩いているこの子、学年主席だよ? 順位はいつも三位以内で、一度だけすごく順位下がってこれでもかというくらい落ち込んでたけど、それでも七位だったし。慰めて損したというのは、わたしをはじめ当時七夕華を慰めたメンバー全員の言い分だ。
「え、なゆ入学式で新入生代表の挨拶してたよね?」
初日に意気投合した隣の席の子が、「新入生代表の言葉」と言われた瞬間に列から離れて前に立ったあの驚きはまだ忘れられない。一瞬、何で動くの叱られるよ体調悪いの? て焦ったもん。
「ただ単に私より成績いい人がほかの高校に流れただけだよ」
「それ、遠回しにわたしたちにあほって言ってる?」
「勉強量で補ってるだけだよ。あ、ハイブリッドだ」
七夕華が言った通り、ちょうどわたし達の横をハイブリッド車が通り過ぎた。古典の先生が乗っている車で、あだ名の由来になった。七夕華の言ったハイブリッドは、車ではなく先生のことを指してるだろう。
古典の先生は、わたし達に軽く手を振ってそのまま学校へと車を走らせた。
「昨日はどれくらい勉強したの?」
「昨日は三時間しかしてない」
「何時から何時まで?」
「確か、六時から八時と、十二時から一時」
「塾は何時間?」
「八時から十時の二時間」
頭いい人って妬ましく思うけれど、七夕華を知っていると妬ましく思うよりもどん引きする。休日も予定がなければ一日中勉強している子だもん。強制参加の勉強合宿で、「むりやり時間組まれて、勉強時間減らされた」なんて文句を言った伝説も持ってる。私なら、勉強する時間があれば日向ぼっこするか散歩するよ。
「のどかも一緒に勉強する?」
「日向ぼっこするからいいや。なゆも日向ぼっこする?」
「試験前だからいいや」
もったいない。一位を目指さなくたって勉強なんてそこそこできればいい。もっとのんびりと過ごせばいいのに。
私の知り合いに、一日五、六時間も勉強していた子がいました。平日です。部活毎日です。帰宅するのは七時頃だそうでした。だからあの子あんなちびだったんだなあと思ったりします。
あるとき、成績表返されてから発狂してたのでどうしたのかと思えば、学年九位に『落ちた』そうでした。
あんなに勉強して国立大学行こうとしてたのかと思えば、進学のためではなく、頭が悪いから勉強していただけのようです。
ふざけんなよ嫌味かよ、と言うのが私の意見です。
高校名は、たこコロッケ食べながら決めました。たこ美味しいですよね。