1.バナナの皮
何故バナナ。
誰だって、電車の中にバナナの皮が落ちていたらそんな反応をすると思う。
そう、バナナの皮。バナナではなく、中身が食べ終わった後であろう完全なるバナナの皮だけ。
電車のドアをくぐって二歩進んだ位置に落ちてる。よそ見しながら歩いたら誰か踏んでしまうかもしれない。そんな、罠として仕掛けられたのではと疑ってしまいたくなるような位置にバナナの皮が落ちていた。
取り敢えず私はバナナの皮を迂回して、入ってきたドアとは反対側にある席に腰を落とした。うつむいていても、バナナの皮がよく見える席だ。
もう十時を回っていて、終電まで残り十本を切っているからか、電車の中は閑散としてる。そして、乗客全員がバナナの皮をチラチラ見ていた。
うん、私だけじゃないみたい。やっぱりみんな気になるだろう。
スマホを取り出して、兄弟ラインに今電車に乗った旨を書き込んだ。動き出した電車に揺れらていると、ラインに返事が返ってきた。
颯『駅まで迎えにいくわ』
颯『改札口で待ってろ』
『はーい』
『颯兄ありがとう』
蒼『二人とも気をつけて帰れよ』
『あつ兄もおつかれー』
颯兄が迎えに来てくれることを確認して、ツイッターを開いた。フォローしてる人のツイートを確認してから、電車、バナナの皮で検索をかける。出てきたツイートに目を通していくと、どうやら、車内にバナナの皮が落ちていることは全国規模で見ればよくあることのようだ。
スマホを使って暇つぶしをしていると、車内にアナウンスが流れる。乗り換えの案内や右側の扉が開くことを告げて、アナウンスは終わる。
電車がスピードを落として、駅に着いた。ワンホームの片側に停まって、電車から離れてくださいというアナウンスとともにドアが開く。ホームに人は少なくて、電話しながら大学生くらいの男の人が乗ってきた。
私が手元の画面をスライドさせようとした時――
「は?」
――数人と声がハモった。
笑いをこらえきれずに噴き出した音が車内に多発している。直視するのは失礼だと分かっているけれど、私は何度もチラチラその場所を見つめてしまった。乗り合わせた乗客も、ほとんどが私と同じことをしていた。
電話をしながらだったからだろう。足下を見ていなかった男性は、バナナの皮を踏んだ。そして、こけた。
スマホに目を落としていたから、私は運悪くバナナから目を離していた。でも、「うわっ」て悲鳴とくぐもったドンという音に反射的に顔をあげたら、男性が尻餅をついていて、こちらに向いた靴の裏の少し手前にバナナの皮が落ちていたのが見えた。
本当にバナナの皮でコケる人がいるんだ。それが妙におかしくて、笑いが止まらない。
改札階へと続く階段を登ると、柱のそばに見慣れた人が立っているのが見えた。改札をくぐって、その人のもとへ走っていく。
「ただいまー!」
「ん、塾おつかれ」
スマホを横にして、颯兄はちょっと待ってな、と言った。いつも通りゲームだろう。区切りがつくのを待って、二人で並んで駅の外に出た。
駅の外は、もう真っ暗だった。街灯がちらほら道を照らすだけで、あまり先が見えない。だから帰りが遅くなる時はいつも兄達に連絡をしている。こうして迎えに来てくれるから。
「ねえねえ、さっき面白いの見たの」
「何見たんだ?」
「電車の中に、バナナの皮があってね。見事に人が踏んでコケてた」
私の話に、颯兄が食いつくように笑った。マジかそれ、と口にしながら破顔している。
「電車にいた人、ほとんど笑ってた」
そう言うと、そりゃそうだろうと返された。
「本当にバナナの皮でコケるやつがいるんだな」
「颯兄はバナナの皮ポイ捨てしたらだめだからね」
「しねえよ」
頭を小突いてくる颯兄に、どうだかなーと返した。颯兄の使い終わったティッシュは、丸められたままの状態で机の上にあるのをよく目撃されている。
「ねね、帰りにコンビニでバナナ買おうよ」
「皮をどうするつもりだ?」
「袋に入れてお父さんの部屋の前に置く?」
「やめとけ。親父ガチで怒りやがる」
言葉では制止するけれど、結局颯兄はバナナを買ってくれた。私もお父さんの部屋の前に置くっていうのは冗談だったけど、すぐ上の兄の椋兄の部屋の前に置くのはありだと思ってる。
私達は黄色い重さを右手に持って、夜の道を笑いながら家まで帰った。
電車の床に落ちているバナナの皮を見たとき、
(これ車内で食べたの? ホームで食べたのを捨てたの?)
と、それが気になり仕方ありませんでした。
踏んでこけた人、とても恥ずかしそうでした。
七夕華は四人兄弟で、上から順に、
蒼月
颯介
椋介
七夕華
となります。
花鳥風月をひっくり返して付けました。