第1話『秘密の部屋』
「ハァハァ!」
俺は走っている
周りの先生に止められながら、それでも走っている。
中学2年の冬、ちょっとずつ秋から冬にかわり、今では暖房なしでは寒さで凍えてしまうほどになった。
ガラッと、目的地の扉を開ける
中には女性が1人……
ではなく、もう1人、男子がいた。
「うっわ!また負けたぁ!!」
「残念だったな!野宮!俺に勝とうなんて百万年早いんだよ!」
「くっそー!!」
彼は風見幸也。俺と同じ中学2年の男子でいつもここに走ってくる。そして、サッカー部のエースだ。
ついでに俺の事も紹介しよう、俺は野宮旭。いつもここに走ってくるのは俺も一緒の事だが、俺はバスケ部だ。
先輩達が引退して、俺はキャプテンに選ばれた。
その俺達はいつもどちらが先にここまで来るかの競走を2年の春から毎日のようにしていた。今日は、風見が勝ったからこれで34敗34勝目だ。
「はぁ、あんた達。いつも走ってくるけどさ、そんなに急がなくても本は逃げないよ?」
「そうは、そうなんですけど…」
そう、ここは図書室。
本来なら本を読みに来る為のスペースだ。
しかし、俺らがここに毎日走ってくるのは決して本が大好きで読みにくるとかではなく
今年、ここに入ってきた美人の司書さんに一分一秒でも早く会いたいがためである。
「そういえば、司書さん。今月は新刊入れるんですか?」
「入れようとは思ってるんだけどね、予算もそんなに無いし、何入れようか迷ってるんだよね……」
「あ!なら俺、アレがいい!」
「俺も!!」
「あのねぇ、あんた達の見たい本だけ入れても意味無いでしょうが。大体、あんた達、いっつも走ってくる割には本全然借りてないでしょ?元気なのはいい事だけど騒ぐなら外にしなさい。」
「はーい。」
そして、俺達がここに来るのにはもう一つ、理由がある。
「なぁ、風見」
「あぁ、今日こそ」
コソコソとそんな事を話し合っている俺達に不審を感じたのか司書さんはいつもの配置についた。
「あんた達、今日もやる気?」
「勿論ですよ!」
「中みたいですもん!!」
そう、図書室には司書さん以外が入ったことの無い部屋がある。
ドアは全く隠れてないので隠し部屋とかではないのだが、司書さんがあそこまで本気で警戒体制に入るのだ。中が気になるのは当然だと思う。
大体、押すなと言われれば押したくなるのが人間。
そう!開けるなと言われれば開けたくなるのが人間なのだ!
そしてその部屋に入るための第一歩を掴むには司書さんの持っている鍵を取らなければならない。
だから俺達は毎回のように司書さんに勝負を仕掛ける。
勝負の内容は…
「あ、やべ」
「野宮ぁ、お前、またババ持ってんだろ。」
「う、うっせぇよ、風見。」
そう、トランプだ。そしてババ抜き。
昼休みに図書室に来る生徒にとっては恒例となり皆、本は借りるが読むやつより、圧倒的に観戦者の数の方が多い。
「あがり」
「あー!また負けたぁ…」
ババ抜きに滅法弱い俺。対して司書さんは強い、ババを引いても何を引いても無表情で、何を引いたかわからない。
「野宮、お前わかり易すぎんだよ。つか、ババ引いたなら少しはシャッフルするとかしろよ。」
「だってさぁ」
「はいはい、今日はもう終わりよ。また明日、出直してらっしゃい。」
「「はーい。」」
流石に女性相手にここまで連敗すると悲しくなる。
また明日、また明日、何十回聞いてきただろう。
まぁ、いいか。
何にもなかった生活も少し、目的が出来て楽しくなったのだ。
それが終わらないのなら、もう少しこの生活も続けてもいいと思う、今日この頃であった。
「面白いな、あの人間」
そう言った声が、秘密の部屋の中に消えていった