第2話 それは、絶望からの始まり
6月22日修正
第2話
それは、絶望からの始まり
中は薄暗い廊下が続いていた。天井には蜘蛛の巣が張っていてしばらくの間人が手をつけてないのがわかる。床にはガラス片や瓦礫が散らばっていて鉄くさい。
また、何かが燃えて、焦げたような臭いもする。
俺達は先に行っていた悠里と合流し、引き返す様に説得していた。
「だから危険だから帰るぞ、悠里」
「シーッちょっと待って、どうやら面白そうな話になってきたみたい。聞いて、隼人も隆誠も」
「面白そうな話とは? なんだ、本当に怪しい黒服か宇宙人でも居たのか?ヤバい取引でも見ちゃったのか?」
「まあ、そうね。大体あってる」
ん?
「そうか・・・んな訳あるか。なんだ全力ダッシュで酸欠になっておかしくなったか?」
「シーッ声が大きい! まあ大体しかわからなかったけどさっきあの奥に噂の黒服とやらが居て携帯端末に向かって何かわけのわからない何かの名前を言っていたり、日本の技術がどーのこーの……」
「いや、それじゃ宇宙人かなんてわからない。もしかしたら違う国の言葉何かかもしれない」
隼人の意見に合意だ。むしろスパイとかだった場合日本語喋ってるわけないだろう。
「別に日本やらわけのわからない話していたって宇宙人や何かとは限らない。もしかしたらただのスパイかなんかかもしれんぞ」
「スパイだとしても大変だがな」
今時の日本にスパイか、と不思議に思い考えていた。別に日本にスパイが居ないとは言いきれないが平和国家日本に、ましてやこんな何も無い町に重要な事でもあるのだろうか。
「ところがですねぇ、さっきそれはそれはとんでもないものを見ちゃったんですねー……それはそれはヤバそうなものを」
「ヤバそうなもの?」
「うん、さっき見たのが間違いじゃなきゃあれはきっと噂にもあった魔法か何かよ」
「と言うと?魔法とは?」
「うん、さっき見ていたのが確かならあれは魔法よ!」
「だから何を見たんだ。焦らさないで早く言ってくれ」
少し声を荒らげた。彼女はとても興奮していて嘘を言っているようには感じられなかった。それでも見間違えでは?と思える。
「ここから先話すことは本当の事、帰ったらすぐに警察に行くわよ」
急に悠里が真面目な口調で答える。警察に通報?そんなに危険な話だったのだろうか。自ら通報と言うとは、やはりただ事ではない気がする。
「目の前で黒服の男が本当に素手から炎を出した。この目でしっかりと見たわ」
炎?俺はバカバカしくて笑いそうになった。
そもそも炎を出す必要性とは何なのだろうか。人殺しか、はたまた灯りのためか、とにかくイマイチわからない。
「魔法、か。ライターかなんかじゃないのか? まあ仮に、仮にだがあったとしてそんなもの何に使うんだ? やはり人殺しとかなのか」
「目の前で人が殺されたと言ったら信じてもらえる?」
更に悠里の顔が真面目になった。これは悪い方の予想が当たったのか、しかしまだ決まった訳では無い。
「人が殺された?」
そんなわけない。そうだ、俺たちは来る途中に死体など見ていない。
むしろ人を肉片残らず焼くとなると非現実的な火力だ。それこそ魔法かなんかでしか実現できない。
「信じては貰えないだろうけど……さっき黒服を見ていたら、あいつらの前にやっぱり一人の白衣をきたおじさんが出てきたの。噂のおっさんと違うと思う人がね。恐らくあいつらの仲間か何かだと思うけど」
白衣をきたおっさんか。普通に考えてこのような場所に白衣は不釣り合いだ。悠里が嘘を言っているようにも感じれず更に話の信ぴょう性が上がってきた。
「なるほど、続きは?」
「その後黒服が白衣を着たおじさんからスーツケースを受け取ったのを見た。その後、白衣のおっさんが懐から何か黒い物を出した途端、急に黒服が腕から炎を出しおっさんを焼き払った。およそ3分の出来事だった……」
「どうりで建物の中が焦げ臭かった訳だ……」
信じられない、そんなことが存在するはずはと頭が否定する。おとぎ話か何かか?悠里は冷静に語っているがもし本当ならこれは 大変な事態なんじゃないだろうか?
「一応聞くが事実なんだよな?」
「えぇ、本当よ。嘘じゃない」
さっきまでの冗談交じりの話がこれ程にないほど怖い話になっていく、リアリティを増して行く、そう俺は感じた。
お得意の厨二病的な妄想もいざ非現実を前にすると全く回らなくなってくるものだ。
ともかくこの話はあまり信じたくはないが悠里は良く冷静に話していられる、元々気は強かったしあんまり物をみて驚いたりはしない性格だったが……そう思った次の瞬間、悠里の足が震えている事に気がついた。
悠里は確実にビビっている。悠里はこの前起きた大地震の時も冷静だった、しかしこの訳のわからない状況にビビっている。
だが同時にその顔は笑っていた。それこそ初めて遊園地に来た無邪気な子供の顔みたいに。
「ゾクゾクしてきた、遂に……まさか本当にアニメやゲームで見たような状況にあえるかもしれないんだから‼︎」
「ああ、だが同日に俺達はそれこそ危険な自体でもあると言うことでもある」
「あと少し、見るだけよ見るだけ。あんたらもちょっとは気になるんでしょ?」
「まあ……少しだけなら見てみるか」
その後も結局悠里に半ば強引に連れていかれ俺たちは先に進んだ。気が付いたら廃墟のビルのかなり奥まで来たようだ。
先程の廃墟のビルといった雰囲気から変わってきてよくわからない通路のような物が続いている。
更にしばらく、5分ほどは歩いただろうか、先に少しの灯りが見える。かなりの地下まで来たとは思っていたがあのビルの地下にまさかこんな場所があるとは思っていなかった。
そう、そしてそこで俺たちは見た。
ビルの下に研究所らしき建物の入口があることを。
その『周りの雰囲気とはあからさまに違う機械の扉』は静かに鎮座している。扉からは不気味な光が漏れておりまるでSFの映画にでも出てきそうだ。
その扉の前に今、黒服の男が立っている。
「もう無理だ、これ以上行けば確実に殺される。悠里は何がしたいんだ? わざわざ見つかるために、殺されるなり実験台にされる為に来たのか? 違うだろ?」
「そうだ、隆誠の言う通り引き返すぞ。何か宇宙人か秘密結社らしい物は見つけた。それで十分だろ。これは本当にマズい事態になった」
「は、はは……」
悠里は苦笑している。興奮が冷めたかの様で先程の笑顔は冷汗をかき目は泳いでしまっている。
その扉は明らかに子供が関わっていい世界から逸脱している、そこから先は世界が違う。踏み入れてはいけない、そう悠里も本能が感じ取ったのだろう。
「うん……隼人、隆誠。か、帰ろう……か」
ああ、帰ろう。俺はそう返そうとした。
俺達は後ろを振り向き帰路に向かった。
そう、その次の瞬間だろうか、隼人が急に宙を飛んだ
飛び散る脳髄、赤い鮮血、弾ける金属音。
不覚だった、もうとっくにバレていたんだ。
隼人は黒服から銃を撃たれ、頭に風穴を開けられていた。
そして次の瞬間、悠里も銃で撃たれて吹き飛んだ。幸い悠里の鋭い勘と鬼のような反射神経でギリギリだがよけて腕に命中したらしい。
何が起きた、今の一瞬で何が起きた。あまりにもの速さに頭が恐怖を感じる頃には事態は進んでいた。
『ネズミが迷い込んだか。いかなる物、状況だとしても任務遂行の邪魔になる物は排除する』
冷酷な生きてる感じのしない冷たい声で黒服は言う、その声に感情は無く息をするかのように隼人を撃ち殺した。
俺は咄嗟に物陰に隠れる、銃を撃って来たが幸い俺には当たらなかった。黒服が走ってくる、悠里が言った通り手から炎を出していた。
とっさに俺は近くにあった鉄パイプをひろった。横では悠里がうめき声をあげて倒れている。俺は力一杯鉄パイプを振り上げ向かってくる黒服に振り落とした。だが抵抗虚しくよけられる。
多分この黒服は戦闘や暗殺のプロなのか。次の瞬間俺は黒服に炎をまとった腕で殴り飛ばされた。
恐らく4、5mは飛んだだろう。壁にぶつかり血の塊を吐いた。
肋骨はもう粉々になっているだろう、意識が薄れて行く。
あっけなかった。死と言うのは一瞬で起こると聞いていたがそれは真実だった、今現実にそれを感じている。腹の辺りが焦げ臭くあまりにもの熱さに痛みの悲鳴もあがらない。
魔法は存在した。噂も事実だった。好奇心、それだけの事の代償で俺達は死ぬ。
おそらく今までも魔法を知った人間等は多分居たのだろう、だがその殆どが口封じの為こうして殺されてきた、だから地上の平和は守られていたのだろうと思った。
気がつくと変な厨二語りなんて俺の中からあっけなく消えていた。今はもうただ死への恐怖で全ての考えが上書きされる。
普通に毎日を食いつぶして無駄に生きてきたが死を感じるとどうでもいいような記憶まで思い浮かぶ。そして様々な後悔を、深い悲しみを感じる。
普通だった人生の最期は普通とはかけ離れた物だった。
あの時どうしていれば良かった、もっと無気力にじゃなく色々な事に興味を持って生きていればよかった、何もしないで死にたくなんかない、全く自分勝手な考えだ。
気が付くと悠里は黒服に抱えられていた。悠里は殺されずにさらわられそうになっている。
哀れな事に悠里は殺されずに実験材料か何かに使われるのか?体は動かない。
すまない、悠里、隼人。止められなかった俺が悪かった、力も技量も無い俺が悪かった。
全てにおいてあっけない、つまらない人生だった。悠里を止められれば……
何の代わりの無い日常。知らなければ何も変わらなかったはずの日常は早くも終わった。
生まれて14年、何もなしえず、ここに散るのだろう。
今頃天より上に住む観測者は笑って眺めているだろう。その滑稽な、哀れな少年の死に様に。
いともたやすく行われた殺人。気が付いたら黒服の腕から炎が出ていた事もあまり気にならなくなっていた。
俺は未だ必死に叫ぼうとしたがもはや声すら出ない。出るのは絶え絶えの心拍音と焦げ臭い呼吸だけだった。
そして黒服が悠里を抱え扉の中に入り俺の視野から消えた。
黒服が完全にいなくなってから2、3分はたったころか、意識を失いかけていた所にまた足音が聞こえてきた。
あいつらの仲間か、トドメを刺される、今度こそ本当に殺される。だが体は動かない。
いや、むしろこの時は助けてと言うよりただ、早く楽にして欲しいとすら思った。もう苦しみと後悔だけしか無い俺には生きる気力なんてものは無いに等しかった。
しばらくして現れた足音の主、身長は175位だろうか。長身で和服に長髪、刀を背負った男が現れる。
もう不思議と違和感などを感じない。そしてその不思議な雰囲気を纏った男は、俺の前に立ち、こう言い放った。
「お前はこのままでは死ぬ。恐らく肋骨は砕け内蔵はほとんど機能していない。今からお前に選択を授ける」
どうやらさっきの奴らの仲間では無いらしい。だが選択?いきなり何だ、全く意味が、意図が把握できない。
「1お前を生かしてやる代わりに碧隼人や鈴原悠里は助からない」
何を言っている……?
「2お前も碧隼人も鈴原悠里も助かる。その代わりに俺の指示に従いある事に付き合ってもらう。
そして黒服と黒服の仲間を倒せ。ただその後の生存は保証できない」
何のことだ……?
「3今すぐ苦しめずに殺してやる」
殺す……?
いきなりなんなんだ。選択?手伝う?何をだ?いきなり言われても訳が分からなかった。
「お前は……誰だ、何が目的だ」
「詳しくは話せない、早く選択しろ。お前に残された時間は少ない」
手伝え、何を手伝えばいいのかはわからないが長髪の男はそれを選べと言いたいのか?だがあったばかりの見ず知らずの男だぞ、信用できるのか?
そして考えた、つもりだった。
しかし何故か不思議とこの男には安心感を抱いた。それが何かはわからないが本能が男に従えと言う。
楽にしてもらう、最初はそう考えていた。しかし口は勝手に動き意志とは違った選択肢を答えた。
恐らく、恐らくだが本当は俺の中では答えは決まっていたのだろう。あの場で俺はただ誰かに助けて欲しかった、それだけだったのだろう。
もうどうにでもなれ。吹っ切れた俺は男にこう答えた。
『分かった、俺は2を選ぶ』
俺は賭けに出た。どちらにしろ死ぬなら最後位は足掻かせてもらうとするか、と。何が起こるかはわからない、この先俺はどうなるかもわからない。
だがこの男は全てを知って居るようだ。それにさっきの黒服と違いやはり不思議と安心感があった。
「お前の意思、聞き入れた!!」
男はそう言い放ち、そして静かに手を開くと笑い、蒼く光る結晶を出現させた。途端に結晶は輝く光の粒子となり俺の周りに集まった。
「お前が選んだ選択は正解だと思う。俺ならば選んでくれると信じていた、ありがとう」
次の瞬間、男は魔法か何かを唱え始めた。刹那、俺の身体中の痛みは和らぎ、意識がハッキリとして来た。
そして一瞬見えた男の笑顔。
もう引き返せない、今までの普通の生活には、そう俺には解った。