第15話 少女の小さき大きな覚悟
第15話
少女の小さき大きな覚悟
俺は部屋から出てくると同時に力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
悠里は部屋から出てきた俺を見るなり心配そうに走り寄ってきた。
彼女の瞳には涙が滲んでいて泣きそうになっているが気付かれないように必死にこらえているのがわかる。
「すまないな・・・心配ばっかかけて、俺色々と甘く考え過ぎてたわ。軽々とこんな事にどんどん首を突っ込んで行ってさ。何がしたいんだろう俺は」
「良いよ、原因を作った私がどうこう言える立場じゃないけどさ・・・でもさ、もう無理しなくていいよ」
もう少し前まで普通に話そこにいた人間があの様な姿になっているのを見て少し治まっていた恐怖心が再び湧き上がってきた。発作にも近い感覚だ。
もしまた先程の様に武器を出し悠里に斬りかかってしまってでもしたらどうしよう、そんな不安もある。
「病室まで歩けるか?」
司令が手を差し伸べてくる。その手を掴みギリギリの状態ながらも先程の病室へと戻ってきた。
「私も少々今回の件は焦っていた。君に限らず多くの隊員、スタッフには多大な苦労をかけてしまったと思う。君の事に関しても悪魔を倒す事しか考えておらず道具のように見て、扱っていてしまったのかもしれない」
「道具の様・・・か」
なるほどな、つまり俺は最初からそのように見られ、思われていたのか。まあそうなるよな、こんな取得も何もない中学生なんかよりその最強の能力とやらの方が重要だった訳だよな。
「すまない・・・本当に君の事を考えていなかった。人類を救う事しか考えておらず君ひとりの事を疎かにしていた」
「人類を救うため、それだったらその判断は良かったんじゃないんですか?」
実際悪魔は本当にいた。たとえ自分が道具のように扱われていたのだとしてもそれは人類を思っての事だった、そう考えると何とも言えない。
「君のこれからについては戦うことは無理強いしていかない。君がもし戦うことが嫌ならば戦わなくてもいい。その場合君達については保護対象として最後まで保護させてもらう」
「わかりました」
「だが、これだけは言わせてもらいたい」
『君のその力には人を、人類を守るだけの力がある。もし仮に君がまた自分の意思で悪魔と戦いたいと言うのならば、協力してくれると言うならば私達は全力で君をサポートさせてもらう』
これから先にそのようなことが起きる、戦うことはあるだろうか。いやもう無いだろうな。もう戦いなんてまっぴらだ、向こう側から戦わなくて良いと言われたんだ。だったらもう俺は戦わない、そう思っていると悠里が不意に口を開いた。
「やめて」
今まで見た事が無いほどの険しい顔をしている。彼女が普段日常的に怒りやイライラを表すことは少なくは無いがそれとは違う、芯がある怒りだ。
「隆誠に・・・責任を、戦うことを一方的に押し付けないで」
「悠里、良いんだ。俺はもう戦うことは」
「良いんだ、じゃない。そもそも隆誠を巻き込んでしまったのは私に全て責任がある。もし悪魔と戦うのに戦力が要るのならば隆誠じゃなくて私を戦わせて、彼をこれ以上巻き込まないで」
その真面目な瞳、一切の濁りもない心の底から言っている。彼女は本気なのだろう。俺のために、自らを犠牲にしようとしているのは確実にわかった。
「それはできない、隆誠には隆誠にしか無い強力な力がある。だが君には力も、魂属も無い、ましてか弱い女子に戦わせるなど私には」
「か弱い、女子?」
そう言うと悠里は近くにあった病室の花瓶を持つと素手で握り潰した。その常軌を逸した行動に先程からの周りの空気が一気に変わった
「私ね、どんな罵倒や暴言もあまり気にしない性格なの、でも女子だからって見下されるのだけは私にとって最大の侮辱だわ」
彼女は今までに無いほどの怒りを顕にしている。今まで溜め込んで来ていたものが全て爆発した様な状態だった。吹っ切れとも、覚悟とも感情の暴走とも取れた。
「強い人材が欲しいんでしょ、だったらそこのひょろっちい救世主とやらよりも私の方が断然強いはずよ、私だって頑張ってその魂属とやらにすぐに目覚めてやるわ」
緋崎光一は驚いた表情をしている。だが次の瞬間にはいつもの表情に戻っていた。
「君は魂属の力を手に入れ操ることの難しさやその後の戦いの辛さ、悲惨さをまだ知らない。戦いは遊びじゃない、残念ながらその話は聞き入れる事はできない」
「・・・だったら聞き入れてもらえるまで何度でも」
「いや、だから良いんだ悠里」
「隆誠?」
彼女が無理をしているのはわかっている。ここに来てからずっと見ていたが悠里は確実に無理をして俺に合わせていてくれていた、結局お互いどっちもどっちだ。
それだとしたら悠里が1人で責任を背負い込む必要も無い。2人でここに匿ってもらえば何も気にする必要も無い、そうだ。
「さっきの話も含めて、普段あまりこんな事思ったり考えたりしたことは無かったが・・・できる限りもう犠牲者も辛い思いをする人も出したくない。だから悠里にも戦いには関わって欲しくない」
しかし悠里は不機嫌そうに表情を変えた。まあ彼女の性格上そうなるのはある程度解ってはいたが。
「わかった、そんなに私を怒らせたいって言うのね」
そう言うと悠里は病室の入口の方へと歩いていってしまった。
「着いてきて」
俺達は言われた通り悠里に着いて行った。悠里が入って行った部屋、そこは訓練室だった。
「そうねぇ・・・」
悠里は部屋の中を何かを探すように眺めるとトレーニングマシンを使っている一際体型が大きい隊員を指さした。
「あの隊員、私と戦わせて」
いきなり何を言い始めたと思ったら予想外中の予想外だった。まさかあの隊員を倒せたら力を認めて隊員に入れろとでも言いたいのだろうか。
「お、司令さんじゃないか。それとなんだい、何か用かい嬢ちゃん?」
騒ぎに気が付いた隊員がこちら側に歩いてきた。近くで見ると予想以上に大きく身長は2mはあるだろうか。
「あんた、私と格闘技、まあ何でもいいわとりあえず戦いなさい」
「何を言ってんだ悠里」
「ほほう元気な娘だね、別に僕は構わないが」
隊員は乗り気である。しかし表情からして本気で戦うと言うより少女を構ってやる様な感じである。
「手を抜いたりしたら本気であんたらを潰すわよ」
「はいはい、わかったわかった。司令さん、やっちゃって良いの?」
「やむを得ない、解った。許可する」
悠里はフィールドの方へと歩いて行った。隊員の男は笑っている。
「司令さん、なんかあったのかい?」
「いや、大したことじゃない。まあ彼女が満足する様にうまくやってあげてくれ」
「了解」
隊員の男もフィールドへと向かった。先に悠里はフィールドで準備をしている。
「そうだねえ、ルールは相手の背中を地面に着けたら勝ち、でどうかな」
「別に良いわよ、せいぜい死なないようにね」
俺は心配だった。何故って戦いが終わった後病室送りにならなきゃ良いなって、いや病室送りで済めば良い方か。悠里を止めようにもああなったあいつを止める手段は無い。ただ何事も無く戦いが終わって欲しいと願うだけだ。
心配、そうだ。心配なのは悠里の方では無い、あの男の方だ。何せあの男が恐らく対峙するのは圧倒的な力、いや一方的な暴力だ。彼女こそが俺の住んでいた街にある鈴原道場の師範の一人娘にして鬼とすら呼ばれた恐らく人類最強の女
『日本空手一位、鈴原悠里だからだ』