第10話 大海の魔王
第10話 大海の王
俺はひたすらに走り竜剣の元を目指した。
なんだこの嫌な予感は、背後から今まで感じたことの無い瘴気を受けた。
先程崩れた天井、塞がれた道の先で何が起きたかはわからない。ただ仮に今戦ったとして勝てる相手ではない、そう目で見たわけでも無いのに直感が感じた。
振り向いてはダメだ、走れ、そう震え今にでも止まってしまいそうな足を無理にでも動かし俺はとにかく竜剣の元を目指した。
道中騒ぎを嗅ぎつけた骨魔具や屍魔具に数体遭遇したが深く考え込まずとにかく切り刻んだのは覚えている。
先程の分岐路まで来て咄嗟に入口へ続く道を見て外に出そうになった。だが歯を食いしばり今度は竜剣が向かった右の通路へと進む。
通路の道中には不思議な事に敵の死体一つ転がっていない。恐らくまたあの輝く刀で光に葬ったのだろうか。
その静寂は俺の中の恐怖心を再び呼び覚ますのに十分な時間だった。
あの時は悪魔を倒す事や先に進む事で頭がいっぱいだったがこう平静になってくると死んでいった隊員の顔が思い浮かび人間が『死んだ』事実が更に強く襲って来る。
俺はその場で動けなくなり壁に寄りかかる形でその場に座り込んだ。
体が硬直する。頭が真っ白になる。
あまりにもの恐怖に涙が浮かぶ。
数分は経っただろうか、来た道に気配を感じ目を向けるとそこには骨魔具が数体こちら側を狙っていた。
俺は深く覚えていないのだが震えながら、叫びながら骨魔具を銃弾の嵐で一体残らず掃射した様な記憶がある。
我を取り戻した俺は再び先に進んで行きそこで奥から戦闘音が聞こえ俺はその音の場所へ向かった。
するとそこには竜剣が一人だけで悪魔を余裕とも言える表情で葬っていた。
「隆誠……と言うことはそっちは片付いたのか……?」
「向こうの方は……」
そこまで言いかけて竜剣は全てを察したかの様に話を続けた。
「たとえ相手が下級悪魔だとしても、いくら武装した戦闘のプロだとしても死ぬ事は充分にありうる。僕らは味方や同僚の死を毎回の様に経験してきた」
竜剣は表情一つ変えず淡々と告げていく。
「まあ……言えることと言えば今回の任務が特別大変で危険とかそういう訳はでは無い。僕達は限られた時間、資源で死とギリギリの状態で悪魔と何年も戦ってきていた。別に死んでいったほかの隊員に対して何も思っていないわけじゃない。ただ、次は我が身、そう考えながら戦ってきた」
「……」
「ああ、大丈夫だ。君の事は死んでも守り抜き必ず連れて帰る。実は司令からは君をなるべくなら基地に引き入れて戦わせたいと言われていた。だがこの惨状を見て日常に帰りたいと思ったのならば僕は君を引き止めない、すぐにでも帰れる様に最善を尽くす。だが君がそれでもなお戦うと言うのならば……」
「俺は……」
俺はどうすれば良いんだ、もう訳がわからなくなってきた。
だが一つだけわかったことがある。それはこの話が中学生である俺に結局の所何もできるはずがないと言う紛れもない事実だ。
先程の男は言った、その力は確実に悪魔を、いや人類に対しての驚異にもなる物だ、と。
知ったことか、それならば俺は……戦う事も何もかもしなければいい、そうすれば俺は空気と同じ様な、人畜無害な人間と変わりない。
悪魔との戦争、そんなのきっと誰かがどうにかしてくれる筈だ。
気が付くと俺の考え方はこの騒動の前の考え方まで戻っていた。
ただ偶然会ってしまった非現実、それに中学二年生の小さき好奇心が乗っかろうとしてしまった、責任や物の生き死に、それらを背負えないくせしてだ。
帰ったら全て終わりにしよう。それまではこの「死」から逃げ延びることを考える事にした。
「さて……とりあえずここで考えていても悪魔が来て結局無駄に死ぬだけだ。とりあえず目の前の目的をどうにかするよ」
辺りには敵の気配が一つも感じられ無い、竜剣が狩り尽くしたのだろうか。
変わりに竜剣の目の前には頑丈そうな機械の扉がある。竜剣はその扉を眺めている。
「困ったものだ、ドローンが破壊され扉のアンロックが不可能だ……恐らくこの先に研究者がいる筈なのだがね」
竜剣は何か策を考えはじめしばらく経って思いついたかの様に刀を構えた。
「とにかくよくわからないがぶっ壊せば解決するかね」
竜剣は刀を引き抜き扉に斬り掛かる。しかし扉は予想以上に頑丈で見た所ダメージを吸収されているようにも見える。
「ったく……しょうがない」
すると意外にも竜剣は刀をしまってしまった。
「奥の手だが……隆誠、下がれ!!」
その驚異的な威力の拳が扉に直撃し爆発する直前に竜剣はそう叫んだ。
途端に物凄い衝撃と共に扉がありえない形にねじ曲がり吹き飛んだ
「!?」
砂ぼこりが周りに舞っている。反応が遅かったら爆発に巻き込まれて死んでいた。これは冗談じゃ済まされない。
「久しぶりにかっ飛ばしたねぇ……」
澄ました表情をしているがこちらは冷や汗をかいた。
辺りにはまだ砂ぼこりが舞っているが見たところ扉は周りごと吹き飛んでいる。まるで巨大な大砲か何かが着弾したかのように地形がえぐれていた。
「随分と荒い来客だねェ……ヒヒ……」
砂ぼこりの先から声が聞こえた。声の主は砂ぼこりのせいでまだ良く見えない。
「よっと……いよいよ大将のお出ましか?」
影の主はこちらに歩いてくる。やがて砂ぼこりが晴れ影の主が姿を表した。
「如何にも。私こそがこの研究所の研究長にしてここら辺一帯の悪魔の統率者である……」
俺達は不気味な笑いをしながらこちらに向かってくる姿が見えてきた影の主に驚かされた。
悪魔か何かが現れると思っていた俺達に反して影の主は人間の形をしていた。
「暗闇の暗に禁忌の忌……Dr暗忌だ……ウィヒヒ……」
「不気味な雰囲気のやつだ……」
「人間の形をとれる新手の悪魔か……?」
「悪魔……ヒヒィ……そんな下劣な存在と一緒にされちゃァ気分を害するネェ……私は悪魔を越えた新人類の王に当たる存在だ……ヒヒッ」
「新人類だかなんだか知らんがお前がこの地下基地を作り黒服や悪魔を指揮していた張本人か……?」
「如何にも!! 私がこの基地を作り悪魔達を指揮していた!!」
次の瞬間無表情無動作で竜剣は刀を鋭く暗忌の首元へと持っていった。
「ヒイィッエ!?」
暗忌と名乗るその男は物凄く驚いた表情をし冷や汗を流している
「止めて!?ごめんなさい嘘つきました!!私は悪魔達にここに連れてこられて実験台にされちょっと力を手に入れたから調子に乗ったら偶然監視の悪魔達倒しちゃってその流れで脱出をしようとしていただけのただの研究者です!!何もしません助けてください!!」
「なんだがやたらうるさい研究者だ……ん?研究者……」
俺はようやく今回の目的を思い出す。悪魔に捕まっている研究者を救い出しダーインスレイヴの欠片を回収し悪魔を一層する作戦……まさかこの男が救出対象の……
『……しろ……応答しろ!! 竜剣!!』
今まで妨害電波で使えなかった通信機器が突然動作し音声を発した。
『無事だったか!?竜剣』
「隊員2名死亡、ドローン全滅、隆誠とは合流できこちらはなんとか……保護対象の研究者を一人発見、見たところかなり元気そうだが少し錯乱しているので安静にさせたら連れて帰る」
『……了解、聞いたところ状況は最悪のようだ。現存する研究者だけでも連れて帰投しろ。絶対に生きて帰れ』
「了解、帰投準備を開始する」
竜剣は首元から刀を下ろした。
「さて……色々聞かせてもらう事にするが研究者は他にも居たはずだけで他の研究者は何処に居る? それとこの研究所を作り指揮していた奴の名前は誰だ?」
「ほ……他の研究者ならこの先に居る……前の指揮をしていたやつはもう知らない……私は連れてこられて様々な実験を施されただけだ……!!」
そういうと暗忌は手先に小さな雷を出して見せる。その姿には暗忌の先程までの自信気な雰囲気はもう欠片も存在していなく非常に怯えきっている。
だが話を聞いていて少し腑に落ちないことがあった。
「お前が言っていることがあっていたとしても人体改造を施された程度で人間が悪魔を倒せるか? どの様な改造を施された、言え!! 先程からかなり感じていたがお前からは普通の人間にはありえない程の魔力を感じる」
竜剣が今までに無いほど声を荒立て問い詰める。
竜剣が声を荒立てて感情を露わにしている姿を初めて見た。悪魔やそれに準ずるものに対してはかなりの厳しさを見せる。
「し……知らない。ある時ここに連れてこられ意識を失わされて……今朝目が覚め気が付いたら見知らぬ部屋で……手に力を込めたら腕から光線が出たり雷が出たり……」
「光線や雷……ただごとではない気がする。とりあえずこの先の残りの研究者を助け出したら脱出して俺達の基地に戻り、その先で詳しく話を聞く。変な考えは起こさないでくれるとありがたい」
竜剣は暗忌を押し抜け壊れた入口から研究部屋の先に進み始めた。俺も後を追い後ろに着いていった。後ろから暗忌も着いてくる。
「ひどい実態だね……」
内部に入ると多数のカプセルの様なものがあり中には半分魔物化した人間達や様々な生物が漬けられている。
今までに感じた事の無い嫌悪感や吐き気を感じた。
「そこの部屋の中に研究者達は閉じ込められている……その中で私達は研究をさせられ選ばれた人間は実験台に連れていかれた……」
俺達は扉の前に立った、やはり厚い金属の扉だ。外部からは完全に遮断されていて中の様子は確認出来ない。
「やめろ……私の中で動くなァ……やめろ、返せ、息子を……ヒヒィッ……黙れ……収まれェ……下僕がァッ……」
暗忌は先程からなにか独り言の様なものをブツブツと言いながら震えている。何かが妙だ、錯乱していると言うより何かに取り憑かれているような、とにかく違和感がある。
「あけるよ」
竜剣が扉に手をかけた瞬間俺は殺気に気が付く、後ろに居た暗忌がナイフの様なものを構え竜剣の首元めがけ振り下ろそうとしていた。
咄嗟に俺は竜剣に対し叫んだが次の瞬間竜剣は驚くべき行動を取った。
「ヒィッ!?」
竜剣は後ろを振り向かず暗忌の振り下ろしたナイフの様なものを素手で握り締めていた。手のひらから血が滴る。
「殺気を見抜けなくて侍は伊達にできないよっと……」
暗忌は後ろに下がり驚いた表情を浮かべていたが表情がまた変わった。さっきまでの怯えた表情やその前の表情とも違う、狂気に満ちた顔だった。
「奇襲失敗か……ヒヒッ……まあいい……作戦は変わるが……」
次の瞬間暗忌は後ろに下がり口から何かを吐き出した。するとその吐き出した物が形を変え黒い異形の魔物と化した。
「どうやら救いようが無いなこれは……完全に精神を何かにやられているようだ、コイツはここで仕留める。隆誠、やるぞ」
俺は剣を構えた、リザードマンが光り輝き辺りを照らす。
暗忌が吐き出した魔物は3体、先程までの骨魔具に近い見た目をしているが体躯が少し大きく腕が異常に発達しててよく見ると顔もまた違う顔だ。
部屋が狭く状況も悪い、この数の相手は苦戦するかもしれないと俺は思った。
「来るぞ!!」
と、異形の魔物の一体がこちらに飛びかかってくる。
今までの敵よりは動きが断然速く力が強い。俺は爪を防ぎ先程と同じくリザードマンで斬る。
それが腕に命中するも異形の魔物は全く動じず再びこちらに襲い来る。
「首だ、首を狙うんだ!!」
竜剣の指示通り魔物の首を斬る、すると魔物は黒い霧となって消えた。
「よくも……よくも仲間を!!」
暗忌と残りの魔物がこちらに飛びかかってくる。
竜剣は体制を整え刀で居合の構えをとる、刹那魔物は途端に分割されて消える。
俺も負けじとリザードマンで切りつけそこから銃に変形させ異形の魔物を全て倒した。
再び体制を整えた竜剣はそこからもう1歩踏み込み暗忌の心臓めがけ刀を刺す、だがそこには驚きの結果があった。
「血が……」
血が黒色、もはや人ではないのだろうか。刀を刺されているのに暗忌は平然とこちらを見ている。傷口からは黒い血が吹き出る。
次の瞬間暗忌は後ろに下がり両腕を振り上げた。
「ようやく身体の方の人格も大人しくなったか……これで思う存分貴様らを殺してやれる!!」
その口調は先程とは変わり強いものとなっていた。そして目の焦点もしっかりと合っている。
「その程度の攻撃位じゃ私は殺せない……もはや人ならざる者となった私の力……良いだろう。見せてやろうじゃないか!! これが仮面様から受けた人体改造の唯一の成功者にして悪魔を超えた力……ダーインスレイヴの力だ!!」
次の瞬間暗忌の身体から触手が突き出し肉体が肥大した。
その肉体はやがて上半分が人形の悪魔で下半分がタコの様な姿の化物となった。
「なんだこのタコ野郎……面倒臭い……いや、海産物臭いのか?」
「タコ……!? ふざけるな!! 私はクラーケン、大海の悪魔にしてこれから悪魔を新たに統べる悪魔王よ!!」
クラーケン、話には聞いたことはあるが海に住むとされる巨大なタコの魔物……多くの舟を沈めたり人を襲う魔物としてゲーム等では良く聞く。
「どっちでもいい……もう人じゃないんなら話は速い。悩むこともなくただ殺し、抹消すれば良いだけ楽だ」
竜剣と俺は戦闘態勢に入った。クラーケンが触手を振り下ろしてくる。この前の悪魔かそれ以上の速さの攻撃速度だ。それを交わしお互い体制を整えた。
「私を敵に回したこと……地獄で後悔しろ!!」
辺りに不気味な声が響きわたる