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Baby Blood  作者: YAMIDEITEI
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第七話

 目覚めて一月ばかりが過ぎていた。

 多数の従者に傅かれ城内のみで過ごす怠惰な日々。やるべき事は無く、やらなければならない事も又無い。いや、厳密に言えばあるにはあるのかも知れないが――

「しかし……いざ、してみたらみたで――退屈なモンだな、優雅な宮殿暮らしってのは」

「まあ。誰も羨む王侯貴族の生活ですのに」

 冗談めいて微笑んだ傍らの従者は俺に雑用の類を赦さなかった。

 酒と思えば酒が出る。暇と思えば即座に女が寄越された。

 悪いとは言わないが気が利き過ぎるのも考えモノである。手持ち無沙汰な事この上無い。

「幸福何ていい加減な概念、常なれば退屈それそのものなのかも知れませんけど」

「ほら見ろ」

「あら、私は十分ですわよ? 目を開ければディルク様がいらっしゃるんですもの」

 夢見る乙女が戯言を吐く。

「お前はそうなんだろうよ。少なくとも平素の台詞を信じるなら、な」

「私、誓って嘘等申しませんわ。此れ迄も、此れからも」

「信用してるよ、それなりに」

 俺の言葉にリズは少し不満そうな顔をした。

 一月経っても俺を取り巻く事態は特に変化を見せていない。

 吸血鬼リズの言う『おいおい』は、気長なモノなのか。記憶が戻ってくる気配も無かった。

 ……まぁ、俺はせっかちな性格なのだろう。二週間も過ぎる頃には早晩目的の無い生活に飽いていた。

「……しかしな。以前の俺がどうだったかは知れねぇが……」

 溜息を吐く。

「……こうも閉じ篭ってなくちゃならんのなら、文句の一つも言いたくなっただろうよ」

 目下の最大の問題は俺の力が不完全であるという事だった。

 退屈の理由は――俺が憂鬱に城内に閉じ篭る理由は主にそれが原因であるからだ。

 吸血鬼は多くにそう信じられている通り多かれ少なかれ陽の光に痛手を受ける。故に宝石のあちこちには予め遮光の為の準備が整えられており、城内に居れば万全とは言えるのだが。

「デイ・ウォーカーなんだろ。この俺も」

 俺やリズを初めとする上位吸血種は基本的にその例外にあるらしい。

 現状の不完全を完全に近付ける事で俺にもそれが可能だとは言われたのだが――復活の時、『必要最低限の命』しか持っていなかった俺の場合は未だ不足が多いらしい。

「……まだ足りねぇか?」

 この問い掛けも何度目か。

 吸血鬼の尺度は気長でディルクの尺度は性急だ。或いは足して割れば丁度良いのかも知れないが。

「……そうですわね」

 少し思案した後のリズの返答はお決まりの「今暫く我慢下さいまし」では無かった。

「そろそろ、頃合と言っても良いかも知れませんわ」

 期待していなかった色好い返事に心が弾む。

「ほう。そりゃあいい答えだ」

 喜色を浮かべた俺を見てリズは楽しそうに言う。

「まずは慣れから。陽弱く夜近い黄昏時が良いでしょう。

 ふふっ、逢魔が時なんて申します。人里に興味があるならば一番相応しいかも知れませんわね――」

 リズは涼やかに笑ってそう言った。

 俺は人里に行きたいと言った事は無かったが先刻承知にバレていたらしい。見渡す限り鬱蒼とした光景が続くエッフェンベルグの森には今更見るべきモノは無いから当然の推理なのかも知れないが。

「但し――私も御供させて頂きたく存じますけど」

「……おいおい。子供じゃねぇんだぞ?」

「如何な戯れとて王を一人で赴かせる臣下はおりませんわ」

 涼しい顔でリズは言う。

「ましてや我等の領域の外。不測の事態も考えられましょう。

 御身が不完全ならば尚の事。私のこの気持ちが御迷惑ならば、どうぞ待機をお命じ下さいな」

 リズの言葉は一応問い掛けの形を取ってはいたがニュアンスは確認と決定だった。

 撥ね付ける事も出来なくは無いだろうが美しい女に『気持ち』と言われれば無碍にもし難い。それに過去の不覚も事実だし不完全なのも事実である。

「分かったよ。付き合え、リズ」

「はい。仰せのままに」

 仕方なく敢えてそう命じてやるとリズは我が意を得たりとばかりに、にっこりと笑った。大して長い付き合いでは無いが既に理解している。コイツはこういう奴だった。

「いい性格してるよ」

「御褒めに預かり光栄ですわ」

 スカートの裾を摘んで軽く礼。そんなリズの所作は何処の姫君かと思う位の気品に満ちている。最初の姿からすれば完全な従順さは薄れたが、それはむしろ望ましい変化だった。以前の俺が悪いのか、彼女の『教育』が悪いのかは知らないが宝石の眷属共はいちいち俺に気安くない。

 ……この広い城でまともな話相手がリズを含めて二名だけと言うのは退屈を通り過ぎて少し憂鬱ですらある。

「パウルはどうする?」

 その二名の内の片割れを思い浮かべて俺は問う。

 自己紹介で唯パウルとだけ名乗ったその男――『鴉』の二つ名を持つ魔術師は、俺の『復活』を手がけた張本人、リズを除く旧宝石眷属唯一の生き残りである。食えない性格でリズを恐れず、俺を恐れない。超然とした所があり、誰にも変わらない調子でリドルのような言葉を投げてくる道化だ。

 普段何処で何をしているか分からず、中々捕まらないアイツは最初の日あの玉座の間にも現れなかった。その癖本当に用があり呼び出したいと思えばすぐに姿を見せたりもする。厳格なリズがそんな奔放を赦すのはアレが力ある特別な眷属だからなのだろう。ヤツこそ『宝石』に在る三人のデイ・ウォーカーその最後の一人である。

「……」

 俺と同じくここに居ないパウルの顔を思い浮かべたのかリズは苦い顔をした。

「置いて行きますわ」

 にべもない返答は早かった。

「恨まれるぞ」

「貴族種は下位の眷属等、気に掛けないものですの」

「そうか。だがな……」

 パウルは怠惰で変化を求めない吸血鬼の気質に逆らうような退屈屋。

 そういう意味では同じく吸血鬼らしくない俺とは調子が合う。

 アイツがここに居たらどうするか?

 リズで遊ぶに決まってる。俺の結論も概ね同じだった。

「王はそれなりの従者を引き連れていくモノだろ?」

 彼女自身の言葉を逆手に取る。一人が二人なった所で大した意味は無いが。

「……………」

「違うか?」

「……初めての、遠出ですのよ?」

 言い淀み視線を外してリズ。そこには先程までの自信たっぷりの魔女はもう居ない。

「だから?」

「……………」

「……だから?」

「……ですから。それは逢引のようなものでしょう?」

 言わされたリズは少し唇を尖らせている。

「とても野暮で……意地悪ですわ」

「冗談だよ。しかしな……これも過去に経験が無い訳じゃあるまいに」

 リズが万事この調子ならば俺もたまには望みを叶えてやる事位あっただろうに。

 十年以上振りともなれば特別と言いたいのも分からないでも無いが。彼女はそう言った俺に照れ隠しなのか何なのか――複雑で曖昧な笑みを浮かべるばかりだった。

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