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Baby Blood  作者: YAMIDEITEI
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第二十四話

「案外、弱い方でしたのね。恐らくは、言わないか――と思っていたのですけれど」

「意識が飛んでから、朦朧として呟いた。それだけの話だよ」

 カミラへの侮辱は、不愉快。俺は、ハッキリとそれを訂正する。

 確かに、唯、やぶからぼうにその言葉を聞いただけならば、脈絡の無い、突拍子も無い話だった。だが、あのカミラのリズへの激情と、二人のやり取り。俺に対する覇気の無さ、それらを考えれば、一言が何を意味し、何処を向いているのかは、分かり易過ぎた。

 別離の時間は、たかが、十年。されど、十年だ。アレは、俺を見て、名を聞き、やり取りから『確信』して、一体何を思ったのか――

「親御の教育が宜しい。もっと、しっかり師事出来ていれば……か」

 俺に似た技。戦いの癖。

 成る程、流石に自分の事は良く知っている。確かに、『本来の使い手』は、これだけ根性の曲がった人間だった。

「どの道、私を倒さなければ意味は無い、かよ」

 カミラは、それをアンフェアな戯言と言った。

 確かにその通り。努めて冷静を保とうとしているのに、一言を発する度に、胸の奥に熱が溜まるのが、良く分かる。要は、彼女は、俺を庇っていただけだ。

 リズの土俵で戦ったに過ぎない。愚かな父が、敵の手の内にあると信じ切って。


 ――お待ちになって。あんまり、退屈なお喋りを聞かされたら……

 私、自棄になって何もかも壊したくなってしまいそう。そも、カミラ様? どちらにせよ、私を倒さねばならぬのは、お変わり無いでしょう?


 ……リズのあの言葉は、脅しだ。

 実行出来る筈も無い、だが、カミラには、それを知る由も無い――俺を人質に取った脅し。『構造』に気付いた彼女だけが、分かるように吐いた、密やかな毒。

 この悪魔に勝つと言い切ったカミラは、どんな想いを抱いていたのだろう。

 あくまで、俺を救おうとしていたのだろうか?

 それとも、自らの手で罰し、終わりを与えたかったのだろうか?

 彼女との『過去』が無い俺には、その詳細は、分からない。

 だが、父に犯し殺されて、それでも、救えなかった父のその後の『安全』の為に、頑なに口を割ろうとしなかった、そんな娘。想いの向き等、想像するだに難くない。

 カミラは、死んだ。俺が、殺した。

 それなのに、強い悲しみの実感が沸かないのが、もどかしい。

 喪失感は、確かにあるのに――思い出が無いから。この手を汚した以上は、素直に憤る資格も無いから。理屈以上に怒る事が出来ない事が、腸が煮えくり返る位に不快だった。

「何度目だろうな、これを言うのも」

 血が上った頭が、如何してか何処までも冴えている。奇妙な感覚を、自嘲する。

「本当にいい性格をしてるよ、お前は」

「嘘吐き……とは、仰いませんのね」

「単純な事実だろ」

 少し寂しそうに笑ったリズに、にべもなく返す。

「お前は、嘘を吐いてねぇ。嘘だけは、な」

「ええ」

 彼女は、頷く。口元に、夜気のような冷たさを滲ませながら。

「四十九の剣に、刺し貫かれたのも、本当。

『敵が外法』に、御身焼き尽くされたも又、本当。

 貴方様は、私が見初めた『から』、この地の王。それも、本当。

 私が、『貴方様の眷属』である事にも――一つの間違いも、ありませんわ」

 あの日、リズは、俺の目覚めをエッフェンベルグの新生と称した。再生ではなく、新生。

 そう言えば、あのパウルも、再三言っていた。

 或いは、わざとだったのかも知れない。リズは、姫。特別であると。

 俺は、リズとの関係を誤認させられて――いや、状況から、当然のように誤認していただけだ。つまり、眷属の上であるか、下であるか。意味合いは、重大だが、言葉の定義上、どちらも繋がった一族である事には変わりが無い。リズは従者を名乗ったが、俺の『子』は、自称していない。

 未必の故意と、ミスリード。それを嘘と呼ぶならば、それは確かにそうだけど。

「全て、仰る通りですわ」

 纏った夜のドレスには、無数の黒い染み。

 乾いて固まった血、まだ生暖かさを保っていそうな新しい血。

 必要に応じ、食らう為でも無く、無為に何百の命を狩り尽くした最大の魔性は、目を細めて、眩しそうに俺を見つめている。

「寸分違わず――心算まで。

 これでも、私、謀るような真似には、密かに心を痛めておりましたのよ?」

「良く言う。まぁ、本当なのかも知れねぇが」

 このリズには、そういう矛盾とアンバランスが同居している。

 互いに似たような表情で、苦笑い。最早、両者共にある種の諦念がある。元よりこれを確信し、その心算で相対しては居たものの、いざ決まれば、それなりに複雑だった。

「何故、こんな真似をした」

 伊達や酔狂だと思えば、余りにも大掛かりが過ぎる。

 曰く「一番長い付き合い」だったパウルさえ、今やあのざま。今日のこの姿を見れば、『十年前の眷属全滅』も、果たしてフリードベルグの実力だったのかどうか……

 推測だが、この俺を迎えるに辺り、リズは、口を封じたのではあるまいか。俺がここで、目覚めてからも同じだ。リズは、周囲の俺に対する態度に潔癖だった。妥協を赦さなかった。取り分け、眷属が俺より、自分を優先する意図を何より嫌った。

 或いは、後ろめたさからか。それとも、それが、糸の解れになる事を、知っていたからだろうか。

 ……パウルは、その唯一の例外。あの魔術師は、例の儀式の補佐役だったと聞いた。

 この場合の補佐がどういった意味合いを持つのか、その仔細までは分かりかねるが……

 或いは、これだけ徹底的なリズが残した位だ。アレは、多岐に渡る魔術分野では、リズより上手だったのかも知れない。儀式に『代替が利かず必要』だったとも、考えられる。

 だが、それも失敗と思ったからこその、先の処刑という訳なのだろうが。

「お前は、どうしてここまで――」

「――非道い御方」

 俺の言葉を、唇を尖らせたリズが、遮った。

「態と言っているなら、千年の恋も醒めますわよ?」

 俺の様子に関わらず、リズは、あくまで悠然と佇んでいる。超然としたその姿からは、名にしおう大吸血鬼の傲慢プライドのようなモノが垣間見える。何時、決定的な瞬間が訪れるかも知れない、張り詰めた空気にも、まるで頓着していないではないか。

 言外に、お前等恐ろしくは無い――そう言われているようで、少し不愉快。

「私は、貴方様を愛しているだけ」

 返答は、再三再四聞いたそれ。今は聞きたくない一言だ。

「妥協等、論外ですわよ。

 愛しい御方に、自身の全てをお譲りしたい――自身の全てを賭けてお尽くししたい。

 ディルク様には、私がそう思う事が、そんなに不可解に映りますの?」

 怒るでも、詰るでも無い口調。リズは、本気で不思議そうに俺を見ている。

「カミラ様を泳がせた理由も、簡単ですわ。

 ディルク様が、元来の貴方様を取り戻した上で、私を受け入れて下されば、最良。今の私にとって、それに勝る喜びがありましょうか?

 先程迄の貴方様は、貴方様だけれど、厳密には、貴方様では無かった。確かに、貴方様は、かつてと些かも御変わり無い。けれど、『自負』が無くては、まだ『別物』ですわ」

 痛い所を突いてくる。そうしたであろう張本人に言われる筋合いは無いけれど。

「正直に申し上げますと、私、最初は、それでもいいと思っていましたの。

 ですが、私、あのカミラ様を見た時――すぐに気付いてしまいましたの。ディルク様の反応と、あの魂の色に。彼女を、本当に偶然に知った時、私は天啓のように閃きましたのよ」

「大した悪巧みをな」

「ええ。尤も、最後にカミラ様が言うか、言わないかは、一つの賭けでしたけれどもね。

 貴方様には、罪を犯して戴きたかった。簡単に引き返せなくなるだけの――この私と行くに似合いの。人間が、畜生と蔑む劣悪な罪を。私達にも劣る、そんな風情の確かな罪を」

 ……まだ早い。不快な言葉に煮え立つ血液を、必死で鎮める。

「元来の俺……ね」

「ええ。強く、聡明で、露悪的な。

 機知に富み、瞬き程の勝機すら見逃さない一流の詐欺師。

 この私にとって、唯一の『敵』。唯一、認めた人間の殿方」

 語るリズの瞳は、夢でも見ているかのように熱っぽい。

「とは、申しましても、人間以外にならば居た、という意味じゃありませんわよ?」

「は」

 鼻で笑ってやる。リズは、気分を害した様子も無い。

「私が心を捧げたのはディルク様だけ。身を委ねたのも然り、ですわ。

 ああ、その貴方様が、そんな風だと、否応無しに十年前を思い出します。

 場所は、同じくこの宝石。最初で最後の出逢い。柄にも無く、運命を賭けて、貴方様と対峙したあの時の事を――」

「身勝手な話だろ」

「ええ、女は、身勝手な生き物ですわ」

 にっこりと、笑いやがる。

「リスクは、考慮するべきだったな」

 呟いて、腰の『黒犬』に、軽く触れた。

「俺が、お前を見限る可能性は。俺が、お前を赦さない可能性は、常にあった。

 そして、それは、ほぼ現実のモノになってる訳だ」

「そんなお顔も、素敵ですわ」

 戯言を。

「成る程、敵に回して初めて知る苛立ちだ」

「お褒めに預かり、光栄です。ええ、リーゼロッテは、貴方様の魔女に御座いますから」

 乾いた鋼が、擦れて音を立てる。そうして鞘から引き抜いた抜き身の長剣を片手にしながらも、奇妙に穏やかな時間が流れていく。

 だが、それは、仮初だ。リズは知らないが、俺に穏やかに済ます心算は無い。

「覚悟しろよ? リズ。俺は、とっくに覚悟は、決めた」

 最早、是非も無い。

 こと、此処に到っては、理屈面でも、感情面でも、殺し合うには、十二分。

 一度こうなれば、止める事等、神にも出来まい。ましてや、神ならぬこの身では。劣等劣悪にして、身勝手な人間ひと吸血鬼バケモノの身の上では。

「……ディルク様は、私と対決なさいますの?」

「そうなるな。流石に、笑って赦せそうも無い」

 剣呑と殺気を帯びた俺にも、怯む事は無く。リズは残念そうに呟いた。

「仕方がありませんわね。なれば、非才の身なれど、この場は、お相手いたしましょうか」

「諦めが良いじゃねぇか。せめても、泣いて縋る位の可愛げは期待してたんだが?」

 何と答えるかと思って、からかう言葉を一つ投げる。

 その返答は、実に彼女らしく、笑ってしまう程、実に清々しく道を外れていた。

「私が、欲しいのは、ディルク様だけ。求めるのは、受け入れるのは、その結果だけ。

 私の時間は、限りなく続きますわ。同様に、私が在る限り、貴方様の御時間も限りなく。

 一番最後に、貴方様の心が得られるならば、何の問題も無いではありませんか。

 私にとって重要なのも、それ一つ。反するならば、『今』の貴方様の御意思も例外にありませんの。だって、私は、『奪う者』ですから――」

 幾度と無く聞いたフレーズ。但し、今回ばかりは『私達』とは、言わなかった。淡々と語るリズは、まるで悪びれた様子すら無い。そんな事実に、そも常識が違う事を思い知る。

 吸血鬼は奪う者、その認識は、少しだけ間違いだ。より正しくは、『リーゼロッテ・アーベントロートという貴種のみ』が、唯一それを冠するに相応しい。

 考えてみれば、遠いその日から。彼女は一度とて『ぶれ』はしなかったのだろう。恐らくは、心底本気で――それを間違いだと感じる理由も無く、不器用な愛を語っている。

 まるで澱だ、と思った。この吸血鬼は、檻の思考に囚われている。

 唯一、それしか知らないから。間違った方法を疑いもせずに押し付けるだけ。

「与えるのは、苦手。気持ちの表現も、きっと上手くありませんわよね?

 ええ。ですが、何回でも『やり直し』ましょう? きっと、『上達』してみせますわ。

 私は、決して、ディルク様を見限らない。滅ぼさない。何度、何回でも――この城で、或いは場所を変えても、貴方様のお目覚めの傍らには、きっと、リーゼロッテが居りますわ」

 その癖、そんな風に前向きだから――身も凍る。

 無邪気な悪。甘く香る妖気に、全身が強張るのが良く分かる。

 ……俺は、コイツに、勝てるのか?

「良く言った。大した『コドモ』だよ、お前」

 白状しよう。今、俺は一瞬、怖れた。目の前の女に怯えを持った。

 頭の中に鳴り響く、過去最大級の危険信号ベルが、煩過ぎる。

「じゃあ、俺は、献身の礼に、お前に恋愛のいろはを教えてやる。

 そういう感情はな。お互いを尊重出来て初めて――口に出来るモンなんだぜ?」

 そう言った口の中は、嫌気が差す位に、乾いていた。

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