表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Baby Blood  作者: YAMIDEITEI
24/27

第二十三話

 鼻が利き過ぎるのも問題だ。

「ちょっと、な」

 苦笑を浮かべて、リズを見やる。

 何処か陶然としたように佇む彼女は、そんな俺の姿に可愛らしく小首を傾げて見せた。

「ちょっと――ですか?」

「ああ。アレに用があってな」

「……何か、粗相でも」

 形の良い眉をほんの僅かに顰め、手を後ろにやったまま、リズは俺に向き直った。

 心底、それを心配するように、何時ものあの気配りの顔をして。地獄絵図の中で、少女は、それに頓着せずに俺に気遣いの視線を投げている。

 まるで、普段と変わらない。変わらないと、錯覚したくなる。むしろ、錯覚したままで居られたなら、どれだけマシな状況だろうと自嘲出来た。

「……ディルク様?」

 自身を見つめたままの俺に、リズは少し頬を染めてから、それから訝しむ顔をした。

「ああ、いや……」

 怖れている訳でも、言葉を選んでいる訳でも無い。

 言うべき一言を、探している心算では無かったが……つい、一瞬絶句した俺は、先程と同じような苦笑いを浮かべて、そんな彼女に応える。

「言った通り、用があってな」

「……用、ですの」

 上滑りする会話が、何処か虚しい。

 明確な意思を持って、互いに嘯く駆け引きは、何時ものそれとは質が違う。俺にとっては、元よりの話。恐らくは、聡明で――それから、無慈悲なリズも、この時間の意味に気付いているのだろう。

 いや、むしろ、状況を考えるに、最初から『この心算』だったとすら、言えそうだ。無論、一番最初から、『最適解』として、これを選んだ筈も無かろうが……

 今、この瞬間がある以上は、この『解』を、彼女は、完全に否定しなかったという事。

 現在の俺の憤怒は、焦燥は、その結果。

「ああ。さっきの傷でダウンしたか? 悪いが、呼び出して貰おうか」

「……………」

 努めて冷静を保ち、姿が見えないパウルに言及する。リズは、穏やかな表情を変えずにそんな俺をじっと見つめたままだ。

「何分、聞き分けの無い馬鹿ですから。呼び出しては、みますけれど……」

「案外、すぐ近くに居るかも知れねぇぞ」

 だから、会話が、白々しいんだ。

「嫌な臭いがしやがるじゃねぇか。ヤツらしい、そんな。胸糞悪いのが」

 ……ああ、やっぱり、鼻が利き過ぎるのも問題だ。

 もう、アレを問い詰める意味すら無くなっている。

「そんなに、臭います?」

「ああ。お前のその――右手から、な」

 後ろ手に隠したリズの右手。そこを、視線で指し示す。

「あら、気付きませんでしたわ」

 冗句めいて微笑んで、彼女が前に出したその手は、パウルの首を掴んでいた。そこに繋がる、あの壊れた身体のパーツは、何処にも無い。首の表情は、壮絶で……その断末魔を克明に記憶したままだ。細い目を奇妙に見開き、血の色の混ざった舌をだらんと出している。

「そういう事……で、構わんな?」

「そういう事……で、構わないと思いますわ」

 見れば、黒絹の手袋をしていない。血肉に汚れた左手指先を、口元から覗いたピンク色の舌で、蟲惑的に舐めたリズは、すぅと目を細めて、独白めいた。

「どれも、あんまり使えないから……ディルク様に、御迷惑をお掛けするから。

 このパウルも、馬鹿な事ばかり云うから。さっきも、『潮時ですかね?』なんて。

 ……私、それで、本当に。本当に、腹が立って」

 思い出してか、ワインレッドの瞳が、剣呑とした色を帯びていた。

 潮時。その言葉の意味は、何となく、分かる。リズが、腹を立てたその理由も――と、なれば、いよいよ、口は禍の門だ。どさり、と音がして。リズの右手から首が落ちた。転がったパウルの『視線』が、俺の上を彷徨っている。

「楽しい感じじゃねぇな」

「そうですか?」

「残酷なシーンだろ?」

 何時かのやり取りを思い出して、思わず、苦笑い。

「その口を守るものはその生命を守る、か?」

「ええ。知者の口の言葉は恩徳あり、愚者の唇はその身を呑み滅ぼす――ですわ。

 ディルク様も、要りませんわよね? こんな連中」

 涼しい顔で神の言葉を嘯き、二度頷いた吸血鬼は、僅かに口元を歪めている。

 ――そう。扉の外の光景は、余りに異質過ぎた。抵抗の形跡すら少ない殺戮の跡。眷属の一人にも出くわさない不思議。何より、余りに多すぎる『残骸』の数――

 そもそもが、人間の戦い方ならば、ああいう『破壊』には、及ぶまい。

「ですが、くれぐれも御心配は無く。たとえ眷属が無くとも、私が居れば、決して不自由等は。ディルク様は、今まで通り、この私が――」

「――お料理だって、お掃除だって頑張ります、か?

 料理は、ちょっと勘弁して貰いてぇな。まぁ、それに、それはそれとしても――そうはいかねぇ。お前と共に居られれば、それは、望外。第一、何より平和だったんだがな」

 早口めいたリズを遮り、俺は、言う。

「分かってンだろ? リズ」

「――――」

「お前は、分かっていて、こうしたんだから」

 断定調で言っても、リズは、応えない。少し困ったように曖昧な笑みを浮かべている。

「もう少し、厳密に言うぜ。

 お前は、こうなる可能性を理解していた。だが、この可能性を摘まなかったンだ」

「……可能性、ですか?」

「ああ。俺が真実に到る可能性」

 穏やかなリズの、言い表せぬプレッシャーに、肌が、ピリピリと粟立っている。

 努めて冷静なままの語り口と、似つかわしくは無く、舞台は凄惨。それに、この身の内に渦巻く感情は、強過ぎる。奇妙に冷めた心持なのは、激情に駆られる事が、碌な結果にならなかった、その『前例』を間近で見た故だ。

「……仰る意味が、良く」

 温い調子。彫像のように整った美貌が、幾らか表情を失っていた。

 たった二ヶ月とは言え、リズは常に俺の傍らにあった。永きを生きる筈の吸血鬼は、まったくその性質と反して、刹那の生より、尚深く、この俺とあった。だからこそ、今、何となく分かるのだ。コイツの逃げ道を殺す一言は。

「真面目に答えろ、リズ。お前が、俺の従者だと言うならな」

 内心で、言外に「お前が、俺を愛していると言うならば」と付け足した。

「……彼女は」

 暫しの沈黙の後、リズは漸く口を開いた。

「彼女は、最後に何と?」

 それは、俺への仕返しなのか。

 必死で口を押さえ、悲鳴すら堪えたカミラの姿。あの強い娘が泣き濡れて、俺を見ていたそんな光景を思い出すに、胃の中が燃える。砂を吐く気持ち。どうしようもない後悔。

 言いたくは無い、言いたくは無いが……決して、悟られぬよう、短く返す。

「ちちうえ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ