第二十話
終わりに向かう戦場で、俺の魔女が、含み笑った。
「後は、ディルク様にお任せする他無いと存じますわ」
「な……!?」
カミラが、ハッキリと息を呑む。
その言葉の真意を、俺は、直ぐに理解する事は出来なかった。何せ、相手は既に死に体。適切に治療を行い、その上で、本人が持ち直さなければ命も危ういヒトの小娘。
「貴様――魔女っ、め……」
リズは、狼狽して抗議をし掛かり、咽て血を吐いたカミラには構わない。
「どういう意味だ?」
困惑する俺に、ゆっくりと静かに語り出す。
「私達は、常に『奪う者』なのですわ」
「……だから?」
奪う者の論理。意味深に、繰り返し聞いてきた単語だ。
「在り様として、私達は奪います。命を、未来を、願いを、希望を、例外無く奪います。
それが叶わなかったなら、そこまで。たとえ、生殺与奪が自由でも、カミラ様を折る事は、『この私には、出来なかった』。そして、この先も難しいでしょうね――これは、力の大小、多寡の問題ではありませんわ。
私では、カミラ様の全てを奪うには、役者不足だったという事」
一流の吸血鬼には、それ相応の矜持があるという事だろうか。リズの口調には、微塵も迷いが無かった。最初から分かっていたかのように、澱み無く語るばかり。
「ええ。確かに、彼女を殺める事は、簡単ですわ。
奪う者である、この私が、只の家畜に敗れる事等、元より考えられませんわ。
ですが、それだけでは、『溜飲』が下りませんの。カミラ様は、ディルク様を、誘惑なさったのですから。まったく、到底」
酷薄に言うリズの顔は、戦場である事を、忘れてしまうかのような素晴らしい笑顔だった。血塗れた石の床に呆然と座り込むカミラを見下ろし、言葉と裏腹に、随分な上機嫌で問い掛けてくる。
「ディルク様は、彼女を如何なさいます?」
言葉を受け、無言でカミラを一瞥する。リズに相対する時、負けて尚、あれだけ強かった――猛然と決意を湛えていた筈の彼女だと言うのに。俺に水が向けられたや否や、その表情が苦しげなモノに変わっていた。伝わってくる感情は、怖れ――そう、それは、確かに怖れだった。何か……色々なモノが綯い交ぜになったそんな複雑な色合いの。
「さて……どうするべきかな」
傷に咽ぶ、折れた肢体を眺め回す。彼女は、最早、まともに戦いの役には立ちそうもない。放っておけば、一刻、二刻も経たない内に、力尽きないとも限らない。いや、今更『やり直し』が叶った所で、どれだけの価値があるとも言えないが。
「さて、ね……」
「ディルク……卿……」
又、その顔か。得体の知れないその弱さが、いっそ不愉快にも感じられた。
出会って以来、胸に溜まり続けた熱が見事に反転していた。
もう、これは、幾ばくも経たない内に死ぬ――そんな事実と、俺を不安そうに見上げるその顔に、急速に失望感が広がっていく。冷めてしまう。敢えてリズを選んで挑んで、この姿とは。この様では、問いたくもなる。単に、俺が恐ろしかっただけなのか? と。
「後は、如何様にでも……と、そろそろ外が騒がしくなって参りましたわね」
俺の内心を知ってか、知らずか。リズは、その柳眉を僅かに顰めて視線を扉の方へ移した。城内を慌しく動く複数の気配は、確かに先刻よりもこの玉座の間に近付いている。放っておけば、城内を荒らし回った連中が、汚れた軍靴もそのままに、赤い絨毯を踏む時も、そう遠くは無さそうだった。
正直、今のこの最悪な気分――期待を裏切られたような、傷心の気分に、無粋な有象無象は、有り難くは無い。この手で、たちどころに殺してやったとて、何の足しにもならないだろうし。
「本当に、どれも使えない。私、少し出て参りますわ」
リズは、今度は、確実に俺の意図を察したのだろう。前半は、外の眷属への冷たい独白。後半は、笑みを含んだ俺への言葉だ。
「やはり、ディルク様は殿方。そして、カミラ様は、お美しい。
他に『使い道』が無ければ、唯思う侭に喰らうもまた良し……ですわ。
……それには、私が居たら、邪魔……ですものね?」
「ふん」
鼻で笑う。あれだけ拘泥したのが嘘のように、それも良かろう、とすら思えた。
リズの酷薄な言葉に、びくりと身を震わせたカミラからは、一切の覇気を感じない。嗚呼、気に入らない怖れの色が、強くなるばかりなのだから――苛立ちだって募るだけ。
「結局――お前は、期待外れだったって事か?」
「卿、それ……は……」
「釈明が聞きたい位だぜ。この結末の、惨めさは」
「……わたし、はっ……!」
細い息。深手に熱っぽい息。カミラの力無い声は、否定の調子を表していたが……
「カミラ様。お喋りは、もう宜しいのではなくて?
語る言葉に今更意味は無く――結果は既に示された……ですわ」
「……っ……!」
リズの一言に、びくりと震え、硬直する。
横合いから口を挟む彼女に苛立ちを覚えたが、口にするのも些か億劫。
「甘んじて、お受けなさいな。この『罪』を。
それとも、惨めにディルク様におすがりになる?
最後は、貴方様の考え次第ではありますけれど、本当に……それで宜しいのかしら?」
非難めいたリズの言葉は、俺にも向く。
「それに、ディルク様もディルク様です。
そう、カミラ様ばかり特別扱いにして。私、また随分と妬けて参りましたわ」
扉の方にゆっくりと歩を進めながら、リズは半身だけで振り返り、そんな言葉を投げてきた。本当に――その唇が、今までにも無い程に饒舌だった。
「お前は……」
苦笑い混じりの俺の言葉を、彼女は最後まで聞かなかった。
「分かっておりますわ。
こんな邪魔者、叱責を頂戴する前に消えますとも。
……ああ、馬鹿鴉。貴方は、何時までそうしている心算なの?
それで死ぬ程、それで動けなくなる程、貴方はやわでは無いでしょう?」
「これだもん。本当に、ヒト使いが荒いんだもんなア……」
リズの言葉を受けて、蹲って押し黙っていたパウルが口を開く。その軽口も、何時もに比べれば、幾らか軽妙さを失っている。何せ、傷口は未だに泡立ち血煙を噴いている。半身が吹き飛んだままの身の上だ。休む事も、どうやら赦されては居ない様子だが。
「じゃあね、騎士サマ。本当は、ボクが泣き叫ばせて、バラしてやりたい位だけど――
ディルクサマがヤるから意味があるンだ。唯、ざまあみろと言っておくよ」
そんなパウルが、凄絶に呪いの言葉を吐く。何とか立ち上がり、よろよろとリズの方へ歩み寄った彼は、胸糞が悪くなるような厭らしい笑みを浮かべていた。
「……………」
リズは、そんなヤツを冷え冷えと眺めている。
「それでは、ディルク様。御機嫌よう、また後程」
声と共に、重厚な扉が、開かれた。鴉を供にした俺の魔女が、王の居場所を出て行く。
二人の姿は、それで俺の視界から消えたけれど。聞くに耐えない、鼓膜を裂くような断末魔が、あんまり次々と響くから――その居場所は、その後もずっと知れていた。




