表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Baby Blood  作者: YAMIDEITEI
21/27

第二十話

 終わりに向かう戦場で、俺の魔女が、含み笑った。

「後は、ディルク様にお任せする他無いと存じますわ」

「な……!?」

 カミラが、ハッキリと息を呑む。

 その言葉の真意を、俺は、直ぐに理解する事は出来なかった。何せ、相手は既に死に体。適切に治療を行い、その上で、本人が持ち直さなければ命も危ういヒトの小娘。

「貴様――魔女っ、め……」

 リズは、狼狽して抗議をし掛かり、咽て血を吐いたカミラには構わない。

「どういう意味だ?」

 困惑する俺に、ゆっくりと静かに語り出す。

「私達は、常に『奪う者』なのですわ」

「……だから?」

 奪う者の論理。意味深に、繰り返し聞いてきた単語だ。

「在り様として、私達は奪います。命を、未来を、願いを、希望を、例外無く奪います。

 それが叶わなかったなら、そこまで。たとえ、生殺与奪が自由でも、カミラ様を折る事は、『この私には、出来なかった』。そして、この先も難しいでしょうね――これは、力の大小、多寡の問題ではありませんわ。

 私では、カミラ様の全てを奪うには、役者不足だったという事」

 一流の吸血鬼には、それ相応の矜持があるという事だろうか。リズの口調には、微塵も迷いが無かった。最初から分かっていたかのように、澱み無く語るばかり。

「ええ。確かに、彼女を殺める事は、簡単ですわ。

 奪う者である、この私が、只の家畜に敗れる事等、元より考えられませんわ。

 ですが、それだけでは、『溜飲』が下りませんの。カミラ様は、ディルク様を、誘惑なさったのですから。まったく、到底」

 酷薄に言うリズの顔は、戦場である事を、忘れてしまうかのような素晴らしい笑顔だった。血塗れた石の床に呆然と座り込むカミラを見下ろし、言葉と裏腹に、随分な上機嫌で問い掛けてくる。

「ディルク様は、彼女を如何なさいます?」

 言葉を受け、無言でカミラを一瞥する。リズに相対する時、負けて尚、あれだけ強かった――猛然と決意を湛えていた筈の彼女だと言うのに。俺に水が向けられたや否や、その表情が苦しげなモノに変わっていた。伝わってくる感情は、怖れ――そう、それは、確かに怖れだった。何か……色々なモノが綯い交ぜになったそんな複雑な色合いの。

「さて……どうするべきかな」

 傷に咽ぶ、折れた肢体を眺め回す。彼女は、最早、まともに戦いの役には立ちそうもない。放っておけば、一刻、二刻も経たない内に、力尽きないとも限らない。いや、今更『やり直し』が叶った所で、どれだけの価値があるとも言えないが。

「さて、ね……」

「ディルク……卿……」

 又、その顔か。得体の知れないその弱さが、いっそ不愉快にも感じられた。

 出会って以来、胸に溜まり続けた熱が見事に反転していた。

 もう、これは、幾ばくも経たない内に死ぬ――そんな事実と、俺を不安そうに見上げるその顔に、急速に失望感が広がっていく。冷めてしまう。敢えてリズを選んで挑んで、この姿とは。この様では、問いたくもなる。単に、俺が恐ろしかっただけなのか? と。

「後は、如何様にでも……と、そろそろ外が騒がしくなって参りましたわね」

 俺の内心を知ってか、知らずか。リズは、その柳眉を僅かに顰めて視線を扉の方へ移した。城内を慌しく動く複数の気配は、確かに先刻よりもこの玉座の間に近付いている。放っておけば、城内を荒らし回った連中が、汚れた軍靴もそのままに、赤い絨毯を踏む時も、そう遠くは無さそうだった。

 正直、今のこの最悪な気分――期待を裏切られたような、傷心しつれんの気分に、無粋な有象無象は、有り難くは無い。この手で、たちどころに殺してやったとて、何の足しにもならないだろうし。

「本当に、どれも使えない。私、少し出て参りますわ」

 リズは、今度は、確実に俺の意図を察したのだろう。前半は、外の眷属への冷たい独白。後半は、笑みを含んだ俺への言葉だ。

「やはり、ディルク様は殿方。そして、カミラ様は、お美しい。

 他に『使い道』が無ければ、唯思う侭に喰らうもまた良し……ですわ。

 ……それには、私が居たら、邪魔……ですものね?」

「ふん」

 鼻で笑う。あれだけ拘泥したのが嘘のように、それも良かろう、とすら思えた。

 リズの酷薄な言葉に、びくりと身を震わせたカミラからは、一切の覇気を感じない。嗚呼、気に入らない怖れの色が、強くなるばかりなのだから――苛立ちだって募るだけ。

「結局――お前は、期待外れだったって事か?」

「卿、それ……は……」

「釈明が聞きたい位だぜ。この結末の、惨めさは」

「……わたし、はっ……!」

 細い息。深手に熱っぽい息。カミラの力無い声は、否定の調子を表していたが……

「カミラ様。お喋りは、もう宜しいのではなくて?

 語る言葉に今更意味は無く――結果は既に示された……ですわ」

「……っ……!」

 リズの一言に、びくりと震え、硬直する。

 横合いから口を挟む彼女に苛立ちを覚えたが、口にするのも些か億劫。

「甘んじて、お受けなさいな。この『罪』を。

 それとも、惨めにディルク様におすがりになる?

 最後は、貴方様の考え次第ではありますけれど、本当に……それで宜しいのかしら?」

 非難めいたリズの言葉は、俺にも向く。

「それに、ディルク様もディルク様です。

 そう、カミラ様ばかり特別扱いにして。私、また随分と妬けて参りましたわ」

 扉の方にゆっくりと歩を進めながら、リズは半身だけで振り返り、そんな言葉を投げてきた。本当に――その唇が、今までにも無い程に饒舌だった。

「お前は……」

 苦笑い混じりの俺の言葉を、彼女は最後まで聞かなかった。

「分かっておりますわ。

 こんな邪魔者、叱責を頂戴する前に消えますとも。

 ……ああ、馬鹿鴉。貴方は、何時までそうしている心算なの?

 それで死ぬ程、それで動けなくなる程、貴方はやわでは無いでしょう?」

「これだもん。本当に、ヒト使いが荒いんだもんなア……」

 リズの言葉を受けて、蹲って押し黙っていたパウルが口を開く。その軽口も、何時もに比べれば、幾らか軽妙さを失っている。何せ、傷口は未だに泡立ち血煙を噴いている。半身が吹き飛んだままの身の上だ。休む事も、どうやら赦されては居ない様子だが。

「じゃあね、騎士サマ。本当は、ボクが泣き叫ばせて、バラしてやりたい位だけど――

 ディルクサマがヤるから意味があるンだ。唯、ざまあみろと言っておくよ」

 そんなパウルが、凄絶に呪いの言葉を吐く。何とか立ち上がり、よろよろとリズの方へ歩み寄った彼は、胸糞が悪くなるような厭らしい笑みを浮かべていた。

「……………」

 リズは、そんなヤツを冷え冷えと眺めている。

「それでは、ディルク様。御機嫌よう、また後程」

 声と共に、重厚な扉が、開かれた。鴉を供にした俺の魔女が、王の居場所を出て行く。

 二人の姿は、それで俺の視界から消えたけれど。聞くに耐えない、鼓膜を裂くような断末魔が、あんまり次々と響くから――その居場所は、その後もずっと知れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ