序
性悪なおぜうさまといちゃいちゃしたい人向けです。
でも、話自体はシリアスな感じです。結末がルート分岐するかも知れません。
気が付けば俺は地獄の真ん中でもがいていた。
瞼の裏には赤黒い闇。それは生きながらにして腐れ死ぬ苦痛。
触れれば死に至る毒液に、全身をどっぷり浸しているかのような。
万の長針を皮膚を余さず突き刺しては、引き摺り出しているかのような。
剥き出しにした神経の一本一本を丹念に焼き切られているにも近く、
焼けた鉄串で脳みそを捏ねくり掻き回し。手を足を身体中の器官のその全てを。鉄の槌で打ち潰されているかのような。
……まず、こうなった理由が現状の俺には分からない。
だから逃げ場が無い。まず『自分』が分からないのでは何処にも無い。
苦しい。苦しい。苦しい。兎に角、苦しい。
一秒毎に新たに『殺される』責め苦に耐えて――諦めて。必死に『この理由』を考える。
暗い澱に囚われ、泥に呑まれる前の事を思い出そうと努力するが……
……馬鹿な。
……その全てが徒労だと知るのに時間は要らなかった。
ぽっかりと抜け落ちたようにこうなる前の記憶が無い。まるで悪い冗談か何かのように……俺の履歴が綺麗さっぱりに消え失せている。
俺――俺と言うが、何者だ。名前は? 経歴は? 職業は?
そもそもそれが分からない。俺を俺自身として理解する為の『前提』が無い。
視覚、嗅覚、聴覚――それら、情報を司る五感が閉じたこの世界で。分かる事はと言えば、恐らくは性別が男である事。ある程度筋道立てた思考が出来る事から考えて恐らくは成年である事、それ位だ。
……だが、そんな僅かにすら確証が無い。
与えられた情報は必要以上に少なく、考える以外に何も赦さぬ割には余りにも狭量だ。
嗚呼、なのに。それだと言うのに……
……苦しい。苦しい。苦しい。苦しい! ああ、苦しいって言ってンだろうが……!
行き場の無い激しい憤りが皮肉にも朦朧とする意識を活気付ける。
一説によれば、一番苦しい死に方は溺死だと言う。その俗説が本当だとするならばこれは随分と酷い仕打ちである。俺が溺れるのは水では無く血の煮え湯で、粘つく悪夢のその毒で――
思考を掻き乱し精神さえ侵食する痛みは何時まで経っても消えなかった。
むしろその強さの度合いは増しているようにさえ感じられた。『覚えの無い人生』が、この苦痛を生涯最高のそれと認めている。そんな無責任な肯定が、いよいよどうしようも無い位に腹立たしい。
何時……終わる?
それとも、終わらない……?
それを考えれば『流石の俺でも』肝が冷えた。
せめても状況さえ分かれば光明もある。
今俺が瀕死の重傷だと言うならば、何れは死を望む事も出来るだろう。
誰かの看護を受けられると言うならば、苦痛の軽減を望む事も出来るだろう。
だが、分からない。何もかもが、自分の事さえもが。
ならばどうして――一体何の希望を持てようか?
歯を食いしばりたかったが、それがあるかどうかも分からなかった。
溜息を吐こうにも、呼吸自体が出来ているか定かでは無く、また自信が無い。
暗い時間の中で一体幾度死と消滅を願っただろう。
自嘲の望みが叶わない。濁った沼地に、死に損ないのような意識だけが浮き沈む。
完成はしているので需要ありそうなら適宜放り投げていきます。