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魔導学園進路相談

事件が起こった後。

後半というか最後の辺りはサーフェイ視点で。

「サーフェイ、私を恨むか」

 掛けられた声に甥はちょっと驚いたようにタザニアを見た。

 学園時代にずいぶん背が伸びて、お互い立てば目線は殆ど変わらないくらいになった。けれどまだ線は細く、どこか少年じみている。これでも確か二十歳にはなったのだったか、数えてみればちょうどくらいか。

「伯父上……いきなり、何事ですか」

「あの娘だ。……おまえは彼女を救いたいのではなかったかと、思ってな」

 固有名詞を出さない言葉に、それでも思い至ったのかサーフェイはちょっと苦笑する。

「伯父上が、その責務を果たされたことは存じております。……あれは、彼女のは事故でしょう?」

 念を押すように返されてタザニアもまた苦笑した。

「そうだな、『事故』だ。……だが、その事故がなくとも彼女を放置するわけにはいかなかった」

「はい。それは判っています。……だからこそ、彼女にはもう少し自制して努力をして欲しかったのですが」

 応じたサーフェイの視線が流れる。その、遠くを見るような目はおそらく地下に閉じ込められた娘の姿を見ているのだろう。いや、あれは既に人間ではないモノになりつつあるのだが。

「こればかりは本人次第だ。……いや、もう手遅れなのだが」

 冷たいようだが、と思いながら告げればサーフェイは頷く。

「何度か、忠告はしたんですがいっこうに受け付けませんでしたからね、彼女は。……使い方さえ間違えなければ、あの力は活かしようがあったのにと思います」

「その通りだ」

「……ただ、その力も。無限、と言うわけではないかも知れません」

「? ずいぶん強大な魔力だと思うが……アイオラは十年以上も持ちこたえているだろうに」

 純粋に魔力の器としての容量で言えば、タザニアも経験が無いほどだった義妹よりあの少女の方が大きいかも知れない。それだけの強大な魔力なのだ、惜しいとは思っている。

 その言葉にサーフェイはちょっと苦笑した。何というか、騒ぎを乗り越えて表情が大人びたと思う。昔から年齢に似合わぬ落ち着きはあったが表情が薄く、何を考えているのか判らない子どもだった。タザニアは(そして親のカイヤやアイオラも)それを薄気味悪く思うよりそれ以外の能力の高さを評価していたのだが。

「実はその母のことなんです。……魔石への魔力の充填が、だんだん時間が掛かるようになって……さすがに、枯渇してきたのかも知れません」

「…………」

 それはすなわち義妹のアイオラが肉体的な死を間近にしているということ。社会的・精神的には既に死者と言っても差し支えない存在ではあるが、それでもこれは完全なる消滅というこだ。と

「……あれからもう、十二年ほどか」

「そうですね。……父上にも、伝えたがよろしいかと」

「うむ……しかしサーフェイ、実を言うとカイヤもおそらく長くはない。偶には目を覚ましてはいたが、このところ昏睡が深く……下手をすればあいつの方が先かも知れん」

 そして弟のカイヤも、その点ではあまり変わらない。はっきり言ってしまえば、幼すぎる甥に全てを負わせるのが不憫で何時死んでもおかしくない父親を生かしておいたようなものだ。その命をつないでいる間なら、彼は公爵代行にすぎない。領地内では概ね好きに出来ても、公の場ではあまり責任を負うことは出来ない。

 それはサーフェイ自身伯父の気遣いだと知っているのだろう、微妙な表情で黙り込んだ。父親に対する情も無いわけではなかろうが、その情は十二年前に終わっているのかも知れない。両親のどちらも、あの時点でもう手の届かないところへ行ってしまったのだから。

 学園を辞して領地に引っ込んだサーフェイだが、教え子である第二王子やその護衛、或いはその婚約者候補の令嬢までしょっちゅう尋ねてくるらしく今までとは別の苦労もあるらしい。

「そうだ、伯父上。これ、伯母上にお礼です。先日は侍女をお借りできて本当に助かりました」

 領地の屋敷は、サーフェイがたまに帰る時以外は無人だったから人もおいていなかった。人を使うことが苦手なのは両親ともそうだったせいかサーフェイもその悪癖があり、公爵令嬢達がきても身の回りの世話をする侍女が圧倒的に足りず、村から人にきてもらうのに加えタザニアの妻から侍女を借りたのだ。

「役に立ったのなら良かった。礼、とは何だね」

「ベリーと柑橘の砂糖煮です。レシピもつけてありますので、お口に合えば試してみてください」

 今やブリュー領は辺境ながらこうした新しいものを幾つも作り出す、情報の発信地になっている。特に、魔道学園でサーフェイの探求に付き合っていた料理人が出すものに惹かれた生徒は多かったらしく、そこで出されていた料理は王都でも普通に食べられるようになってきた。サーフェイは作らせた料理のレシピをこうして公表し、独占しない。それがまた普及に一役買っている。

 特に最初の頃作った豚肉の燻製だの腸詰めだの、貴族や王宮でもずいぶん人気で実はタザニアもあちこちの貴族と誼を結ぶのに使わせてもらったりした。今では普及したせいでそういう意味では使えなくなったものも多いが、それはサーフェイには知らせていない。

 彼は、自分でも言うように魔道と領地経営は優れた技量を発揮するのだが貴族同士の権謀術数は苦手らしい。若年でもあって無理はないだろうし、はっきり言ってブリュー辺境公には必要の無い、正確に言えばそうしたことが不得手な者が辺境公になるのは極めて正しい流れだ。

 ただしサーフェイはいろいろやり過ぎた感がある。本人も判っているから、領地に引っ込むことにしたのだろう。

 アイオラはゆっくりと衰えていき、サーフェイは何が出来るわけでもないと判っていながら彼女の側につくことが増えた。まるでそれに同調するようにカイヤの昏睡も深くなったが、タザニアはそれを甥に告げなかった。両方は見れないのだから告げて彼を困らせるつもりはない。

 しかしそれとは別に予想外だったのは、つい先頃魔導装置と接続されたばかりの少女の方にも魔力の衰えが見られ始めたことだ。さすがにこれは彼に相談せざるを得ない。

 サーフェイも考え込んでしまったが、最終的には彼女の習練が足りない故では、という説に落ち着いた。理屈を学ばず自分の感覚に頼って魔導を使っていた彼女は、備える魔力量は大きいものの練度は低く使い方も大雑把だったらしい。

 同じ強大な魔力を扱いかねていたとは言え、アイオラはその辺り必死に習練していた。公爵夫人としては難の多い義妹だったが、魔導師としては未熟ながら認めるに足るものがあった。

「幸い、と言ったら語弊があるがな。この間に新しい魔導装置を設置できそうなのだ」

「なるほど。……装置ごと、彼女を外しますか?」

「済まないがおまえも立ち会ってくれないか」

「ええ、大丈夫です。移動の陣も設置しましたし」

 最近、というかサーフェイが領地に戻って以降連絡を頻繁にとるために移動の魔方陣を設置した。辺境公の屋敷と王宮の魔導師棟を直接つなぐ破格の設定だ。彼の存在はいろいろな意味で王都に必要なのだ。

「それで、彼女は」

 サーフェイの問いにタザニアは考える。

 正直、今のあの娘に甥を会わせるのは躊躇われるが、他に適当な人間がいない。適当というと聞こえは悪いが、あの異形と化した少女相手に冷静な対応が出来る者は限られるしその他の能力面からも他には任せられない。

「私も顔を合わせたわけではないが……今はもう、口も聞けないらしいぞ」

 以前サーフェイが会った時はまだ会話も出来たらしいが、その後錯乱がひどくなって異化が進み、既に人の姿を成していない。そう報告を受けていた。

「そう、ですか……けれど、会ってはおきます」

 彼の父親、カイヤはいわば無邪気で考え無しの子どものようだった。悪気はないが、己の行為が周囲に及ぼす影響に気づかず、或いは無視して自分の興味の向くものにのみ集中していた、身勝手な生き方。それは彼の妻も同じだろう。身勝手な分自由奔放で、感情を露わにすることさえ平気だった。

 対してタザニア自身は冷静であることを自分に義務づけている。良くも悪くも、それが貴族としての、或いは上に立つ者の責務だ。

 感情に振り回される者に地位や権力は相応しくないと考える者の方が多い。そしてその身勝手な親から生まれたサーフェイはそれをよくわきまえている。幼い頃からひどく冷静で、子どもらしい癇癪やわがままなど全く言わなかった。親が親だけに、どれだけひねこびてもおかしくはなかったと思うが、全くそうした素振りもない良く出来た子だった。

 或いはそれこそが、彼の病であるのかも知れないとタザニアは思っている。無条件にわがままを許される子どもの時期を持たなかった彼の甥は、どうも情緒が未発達だ。他者のそれを慮る事が出来る分まだいいが、自身は感情を制御していると言うよりそれを自分で扱い切れていない様に思う。

 王宮に魔力を供給する、その地下室は薄暗く湿り気を帯びているようだった。それも気のせいでは無い。壁はびっしり結露してそこかしこに苔が生え始めていた。

「……こんなに通気が悪かったか?」

 疑問を抱いて手近な魔導師に尋ねると、相手は一番トップであるタザニアの問いにどう答えたものか戸惑う様子だった。

「いえ、あの……このところ、空気が流れず水の魔力が極めて強くなっております。原因は不明なのですが……」

 タザニアは首を傾げ、傍らで同じように首を捻っているサーフェイに目を向ける。

「……どう思う?」

「……推測で良ければ、思いついたこともございますが」

「言ってみなさい」

 人前では伯父相手でも堅い口調を崩さないのは、サーフェイなりのけじめだろう。その割に他の魔導師達が脱いでいるフードを深くかぶったままなのが中途半端だが。

「確か、『彼女』は風と火の魔導が得意でした。水はあまり得手ではなかったので上手く取り込めないのかもしれません」

 淡々とした物言いに思わずタザニアは、部屋の奥を見やった。他の魔導師達もだ。

 そこには、サーフェイが『彼女』と呼んだ存在がある。しかし『それ』を女性と、少なくともかつて人の姿をしていたものと認めることは今となっては難しい。

 今そこに在るのは、かつて美しい少女だった存在の痕跡。とてもそうと信じられない、不気味な姿になっているが。

 粗末な椅子に、ねじくれた樹が巻きついているように見える。よく見れば足や肘置きにも枝が絡み、蔓が全体を覆ってますます近づき難い様相だ。

 殆どの魔導師や助手達が顔を背けるが、サーフェイは無言でそちらへ足を進めた。あまりに気負いないその足取りをうっかり見送って慌ててタザニアは彼を止める。

「待ちなさい、サーフェイ」

「はい? 繋ぎ替えるのですよね?」

「何も直接触れる必要はない」

 そこから伸びる配線に、繋ぎ替えるための新たな線を接続済みだ。サーフェイは気にしないようだが、他の誰もが彼女だったものに触れることを怖れたためである。

 新しい装置にも、ここで生み出された魔石を使うというのはある意味で皮肉だ。結局のところ、同じ存在から生まれた魔力で維持することは変わらない。少なくとも当分の間は。

 粛々と作業を進め、一つずつ配線を迂回して繋いでいく。殆どの作業は魔導師ではなく見習いでも出来ることだが、サーフェイは自分で処理をしたがった。やり方を知っておきたいという探究心は認めるが、タザニアとしてはむしろ人を使うことを覚えてほしいのが本音のところ。

「こちらで、最後です」

 魔導師の言葉と同時に、パチンと切替の全てが終わった。一瞬ちらっと魔力で灯されている明かりが揺れたものの、それ以上の問題はなさそうで、全員が安堵の溜め息を吐く。

「どうにか、無事に終わったようだな」

 確認するように口にする言葉が僅かに掠れる。自分も些か緊張していたのかと思うとタザニアも業腹だが、他の魔導師達は彼以上にあからさまにほっとした様子だ。

「それで、どうするのですか?」

 一番落ち着いていたのはサーフェイだろう。ちらりと視線で配線を外され、代わりに魔石への充填装置に繋がれたモノを示す。

「……少し、様子をみてからだな。いろいろ確認できると後々役に立つだろうが」

 哀れみを覚えないわけではないのだが、それよりもタザニアは己の持つ力を育て鍛えることもしなかった存在にはむしろ苛立ちや憤りに近いものを感じている。

 それは決して彼一人ではないだろう、生まれながらに与えられた天与の才を無為に浪費することを、度しがたい罪と考える者は多い。特に魔力の多寡は本人の努力ではどうにもならないのだ、彼女ほどの力があればどれだけのことが出来たかと考える者も少なかろうはずがない。

 もちろんその美貌にふらついた魔導師もいるようだが、今となってはそれも気の迷いだった、ということにしているようだ。

「何しろ極めて貴重な実験体ですからな。調べてみたいという者はかなりおりますよ」

 上機嫌で別の魔導師が割って入る。フードごと小首を傾げたサーフェイはちょいと肩を竦めた。

「そう、ですか。……では私は、そろそろ失礼させていただいてよろしいでしょうか」

「む。まだ良かろう、報告会を行うつもりだったのだが」

 とは言っても、報告会の名を借りた慰労会の方が正しい。非道な魔導も扱い慣れているのは、魔導師の中でもごく一部。更に王宮魔導師になると、魔導より根回しや折衝の方が得意で慣れていたりもする。

 そういう者達にとっては些か荷の重い仕事でもあったから、労う意味で設けた席だがサーフェイはむしろその場の方が苦手らしい。

「いえ、実は母が。……あまり良くない状況なので、出来れば着いていたいのです」

 増して、彼女の名を出されるとタザニアとしても強くは出られない。

「それでは、致し方あるまい。連絡は取れるようにしておいてくれ」

「はい、それでは失礼します」





 足音を忍ばせるのに特に理由はない。言ってみれば入院中の患者を見舞う時のようなものだ。

 ある意味ここにいるのは、死床に着いた危篤状態の病人かもしれない。

 複雑な気持ちでサーフェイは母を見つめる。

 触れることの叶わない彼女は、同様に魔力を生み出す装置と化した少女ほどには異形に見えない。確かに肌の質感とか色合いは明らかに生きた人間のそれではないし、言ってみれば木彫の像を思わせるがそれだけだ。少女、ゴルディリアが明らかな異形、大概の魔導師達が目を逸らすような変わり果てた姿になってしまったのとどこが違うのか。

 彼女は、ゴツゴツとまるで古い松の樹皮を貼り付けたようになり、元の容姿も推察できない姿かたちに成り果てていた。美しい金の髪が生えていた箇所には見たことのない蔓が伸び、ほぼ全身を覆っていたのが余計におどろおどろしさを醸しだしてどうにも不気味な様だった。

 その見た目以外にもう一つ大きな違いがあって、彼女に触れることは出来るが母には触れられない。手を伸ばしても見えない壁に遮られるのだ。これが父の術式の解読できなかった部分で、言わばツボであるらしい。

 他者、それ以外の存在から対象を遮断することで魔力を研ぎ澄まし、純度の高い魔力を取り出す。その発想自体は間違っていないと思うが、解除方法を決めていない辺りどうにもやることが穴だらけだ。

 溜め息吐いて母を覆う結界に手を滑らせる、と。

 不意にそれが消失し、横たわった彼女の、胸で緩く組まれた手に触れていた。

「……え?」

 さすがのサーフェイも一瞬何が起こったのか判らず唖然とするが。その手に触れているのは、体温も柔らかさもない、乾いた堅い感触だ。

「……お母さん」

 そっと呼んでみるが、そう言えばサーフェイは彼女をそんな風に呼ぶことはなかった。殆ど育児放棄されていた彼にとって、この女性は親しみや慕情の対象とは言い難い。

「母上、聞こえますか」

 躊躇いながら呼び掛け方を変えてみる。そっと触れた手を揺らしてみるが、反応はなかった。

 小さく呪文を詠唱してその状態を調べてみるが、伝わるのはそこに横たわっているのが大きな魔力を溜め込んだ、ただそれだけの存在だというだけだ。

「母上。アイオラ母さま」

 子どもじみたそんな呼び方をしたこともある、どうにも彼女が自分の母とは思えなくて。

 実際、彼女の方もサーフェイを我が子と実感していたのか些か怪しい。乳飲み子の時分でさえ抱かれたことがない。立って歩けるようになり、ちゃんと話せるようになってようやくそこにいることが認識されたように思う。

 『子どもが子どもを産んだようなもの』という伯父やその他誰彼の意見はおそらく正しい。まだほんの子どもでもサーフェイの方が両親よりよほど立場を弁えていた。

 それでも、両親に対して情がないわけではない。特に二人が同時に床に就いて以来、面倒をみながらいろいろ考えたし、救う手立てを探しもした。

 母はともかく、父の意識を取り戻すことは出来るのではないかと思ったが、治癒も魔導に頼ることが殆どのこの世界では出来ることも限られた。それに彼も自分が行った魔導の反動を受けていたようで、それもあって昏睡状態だったらしい。

 父には彼が倒れて以来、殆ど見舞いにも行っていない。王都の魔導師達が研究を行っている治療院にいるはずだが、伯父はその場所を明らかにしていないし、サーフェイも突っ込まなかった。

 屋敷から動かせなかった母の問題もあり、申し訳ないが父は伯父に任せきりになっている。もっとも、母も大した世話が必要だったわけではない。何しろ触れることが出来ないのだ、サーフェイがしたことは彼女の寝台を中心に結界を張り、万一の場合の被害を減らすべく気を配った程度。あとは監視の術を使って状態の変化を見守っていたくらいで、今までそれ以外出来ることもなかった。

 そっと頬に触れてみる。手触りは人間のそれとは全く違う、硬く乾いたけれど冷たくはないものだ。やはり、木彫りのように。

 あの出来事、サーフェイが両親を失った事故から、既に十年以上が経つ。父は知らないが、母の容姿はあまり変わらない。もちろん質感が変化したことは別にして、だが。

 彼女が自分を産んだのはまだ二十代前半のことだから、実年齢も五十には間があるはずだ。しかしそもそもから若く見える人であの事故の頃には三十を過ぎたくらいだったが、今見ても二十代で通るだろう。二十代の娘の木彫りの像だと言えば誰も疑わない気がする。

 精査の術をかけたまま、埓もないことを考えていたサーフェイは不意に術の手応えが変わったのを感じた。

 慌てて集中を強め、母の様子を窺う。

 サーフェイ自身、母のこの状態はどういうことか、ずっと調べてきて判ったこともある。簡単に言えば父の術式は、彼女の大きすぎる魔力を外部に放出する代わり、魔石の充填に使うただそれだけのことだ。しかし人間の持つ魔力を本人の技量以外の手段で扱うのは非常に難しくややこしい手続きがいる。しかも本人が使うより遙かに威力や精度が落ち使い物にならない、というのが定説だった。

 それを覆すためにいろいろ試行錯誤をしたらしい父は優れた魔導師だと思う。いろいろ穴あきの部分はさておくとしても、彼にはなかなか優れた発想力とそれを実現する応用力があった。特にこの、母へ掛けた術は未だに解明し切れていない。複雑でその割に変な緩みとかもつれもあって混沌としてもいる。

 そして今、その魔力で編んだ術の、その緩みもつれた部分からほろほろとまるで編み物を解くように構成していた魔力がほどけていく。

 咄嗟にサーフェイもそれを繕おうとしたが、そもそも構成している母の魔力は親子であっても扱いが難しいことは変わらない。為す術無くほどけ、制御を喪って流れていくその魔力、言葉を換えればそれは彼女の生命力。

「……母上……母さん、お母さん!」

 本能的な恐怖に駆られて必死に呼びかけた声は、結局届くことは無かった。


 魔力を放出しきった母の身体が、そのまま辛うじて残っていた活動を全て停止し、そうして遺されたのがただの抜け殻になってしまってからサーフェイは伯父に連絡を入れた。正直なところ、気力を絞り出す時間が掛かったのだが。

 しかしそこでまた、思いも掛けないことを知らされる。

「……立て続けでおまえには本当に辛かろうが……」

「……父上も、ですか」

 そこでもたらされた知らせは、父親カイヤもまた、息絶えたというものだった。ここまで同時に、と言うことはサーフェイが危惧していたように、彼の昏睡も術によるものだった可能性が高い。また、こうなってしまえば、彼自身その後を継いでブリュー公爵として立たねばならない。

 感傷に浸る余裕も無く、彼は今まで以上に多忙な日々に飛び込まねばならなかった。






これがサーフェイにとって母の死といっていいかどうか、ちょっと判りません。少なくとも彼女の魂が既にそこにはないと彼は考えていたのですが、それでもそれなりのショックは受けた。そういうところです。

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