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第1話

 その世界は《サンクニベル》と、呼ばれている。

 文献のほとんどが四散し、それでも辛うじて残されている記録が正しければ、《サンクニベル》には6つの大陸の存在があるとされている。そう確認されていることではあるが、大陸間の交流はおろか同大陸内での国家間の交流すらほぼ絶えて久しい現在では、それを証明することが出来ない。

 それでもそれが事実であることを踏まえた上で、世界に存在する6大陸その内の一つ、中央大陸カテラにある国家リアシルト王国。その南方王家直轄領ブロウン。領地の四割ほどが森林だが、水源地となる比較的大きな湖もある肥沃な土地を有する領地だ。

 その中心都市であり、学園都市の二つ名で呼ばれるのが、アーカディアである。

 都市を囲う街壁こそ頑丈そうな石造りだが、街中にある建築物はむしろ木がメインの木造建築が建ち並んでいる。街の内部は東門から西門までを一直線につなぐ大通りが存在する。北と南の門からそれぞれ都市の中心へと伸びる通りはその大通りと繋がる構造をしており、北門からの通りは領館へと至り、南門からの通りは学園都市の名を冠するに至ったアーカディア中央学園へと至る構造となっている。

 木造建築がメインとは言え、それは一般住居がほとんど。大型の建築物となると、木造はおろか石造りでもない不思議な様式のものとなっている。その代表が都市行政の中心となら領館と、アーカディア中央学園であろう。

 そのアーカディア中央学園の正門前に立つぼさぼさの黒髪で顔の半分を隠す少年が一人。彼の目線の先にはこの都市で一番高いであろう鐘楼が見える。

「ここがアーカディア中央学園か……」

 慨嘆とともに周囲を見渡せば、門から学園の敷地に入ったすぐの位置に受付と記された看板。その横に用意された机と椅子がある場所に立つ数人の大人の姿が確認できる。

「師匠も突然だよなぁ……」

 受付の方へと足を向けながら、少年は自分が試験を受けに来ることになったきっかけをぼやきながら思い出す。


(地力は付いたから学園に通って自分以外の人間を相手にして経験と知識を身に着けて来い、とか)


 まあ、それだけなら納得出来ないことはない。のだが、彼の師がそれを言い出したのが、試験一ヶ月前のことだった。普通ならば申込の締切などとうに過ぎているような時期である。が、本人には言わずに試験の申し込みはなされていて、少年は頭を抱える羽目になった。試験の対策など全くしてなかったのだから当然だろう。


「試験を受けにきました、キナヘス辺境伯領ククッカ村のオルファスです」

 その言葉に受付に立つ人物は、机に置かれた冊子を手に取る。表題に南方領と書かれたそれをパラパラとめくり、目当ての頁に至ると視線を上げた。

「キナヘス辺境伯領ククッカ村在住オルファス。確かに願書は受理されている。君の試験会場はこの正門から入り右側にある校舎の3階、4号教室だ」

「はい、ありがとうございます。それでは失礼しました」

「ああ、待ちたまえ」

 背を向けて示された校舎へと向かおうとしたオルファスを受付担当者が呼び止める。

「え?」

「君に伝言だ。試験が終了しても教室に残っているように、と」

 呼び止められた理由がわからずに振り返ったオルファスに構わず一方的に受付担当者は告げる。その内容に理解が及ばず、更にオルファスの混乱に拍車がかかる。

「は?…え、なぜ、でしょう?」

「残念ながら、こちらも詳しくは知らないのだが、何でも君の師について話があるそうだ」

「わ、分かりました」

 受付に立つ男性職員の言葉に、僅かに顔を引きつらせて頷く。正直に言ってオルファスには嫌な予感しかしない。だからといって彼も伝言を受けただけであることだけは理解できるから、了承するしかない。

「それでは、改めて失礼します。ありがとうございました」

「ああ、頑張りたまえ」

 頭を下げて今度こそ立ち去るオルファスを、受付担当者は激励の言葉と共に見送る。

「しかし、北の辺境伯領からわざわざこの学園へ受験しに来るとは、余程期待されたか、教師役がよかったのかな……」




「本日の試験はこれにて終了だ。実技については知っての通り後日になる。日程に関しては試験前に配った日程表を各自で確認するように」

 教室の最前に立った担当試験官はそう告げると、回収を終えた答案用紙の束を抱えて室外へと退出していく。途端教室内の空気は弛緩し、試験中に漂っていた緊張感が霧散した。

 幾人かは手早く荷物をまとめて退出し、何人かは知り合い同士で集まって試験問題の回答のすり合わせや雑談に興じ、ある者は重圧からの解放感からか机に突っ伏したり大きく体を反らせて背筋を伸ばしたり、周りの見知らぬ誰かに声をかけたりなど、様々な行動に移る。

 その中、オルファスは使用していた道具を収納し帰る準備を整えたところで、朝に聞いた伝言のこともあり席についたまま周囲の観察を行うことにする。

 他の受験者たちの動きや立ち振舞をさり気なく観ることで、彼らのおおよその実力とその平均的な基準にあたりをつけた頃合に、退出していった試験管とは別の人物が試験教室の扉を開けて入ってきた。

「オルファス君はまだいるかな」

「はい、自分です」

 呼びかけに応じて立ち上がる。

「君が、そうですか。では荷物を持って着いてきてくれるかな」

「分かりました」

 教室内に残っていた者達の視線が集まるのを感じるが、敢えてそれを無視して自分の荷物を手にする。ここで下手に周囲の視線を憚って余計な注目を浴びたくはない。その為いかにも当然と言わんばかりの堂々とした態度で、入口で待つ人物、おそらくはこの学園の教師であろう男性の許に歩み寄る。

「忘れ物はないですか?」

「大丈夫です」

「そうですか。それでは着いてきて下さい」

 試験教室に背を向けて歩き出す教師に続いて、オルファスも歩き出す。廊下を行き交う他の受験生達がやはり興味深そうに自分を見ているのは分かるが、先ほど同様こちらも意識から締め出す。

 二人はオルファスの試験会場であった学舎を抜け、出口とも言える正門側ではなく、更に学園の奥側へと向かう。

「……それで、どこへ向かってるんでしょうか?」

 やがて、周囲から人の姿が減り、衆目を集めることもなくなったあたりで、窺うように斜め前で先導して歩く教師に尋ねる。彼はオルファスの問いかけに振り返り、

「学園長のところだよ、英雄の弟子君」

 彼らの眼前に迫った周囲の学舎よりも一際高い、鐘楼をもった建築物を示して告げる。他の人の耳がないからか先ほどまでよりも幾分砕けた口調になっている。

「……英雄?」

 教師が指し示した建物よりも、口にされた言葉に戸惑ったように呟くオルファスの様子に、教師はわずかに首を傾げて続ける。

「君の師なのだろう?」

「英雄が、ですか?」

「そうだよ」

「いえ、自分の師はドーナティという人物ですよ?」

「だから、ほら、英雄だろう」

「……え?」

 彼が出した名を聞いて、確信を持って告げる教師に、オルファスは間の抜けた声を漏らす。その彼の反応に、教師は疑念を浮かべて問い掛ける。

「もしかして、聞いたことがないのかな?」

「初耳ですね……」

 教師の尋ねに、オルファスは半ば呆然とした心持で肯定する。

「11年前にあった魔獣の大侵攻時の英雄の話は?」

「はぁ、住んでる場所が田舎なもので詳しいことはさっぱりです。一応そういう方がいた、という話はまぁ、聞いたことがありますが……」

「それが君の師だよ」

「……えぇ~……」

 言われて考えてみれば、確かに伝え聞く英雄と師の外見的特徴は見解のすり合わせをすれば一致する。一致するが、どうしても彼が知る師と英雄の外見的特徴も内面的特徴も噛み合わなくて眉を顰める。

 師匠を形容するならば、目付きの悪い厳つい顔。

 英雄を表現するならば、鋭い眼差しの精悍な顔つき。

 はっきり言って天と地ほども違うといっていい。いくらなんでも目の前の教師が彼を謀っているわけではないだろうが、それでも納得はできない。

「まぁ、君が考えていることは分かるよ。中身がとても一致しないと言いたいんだろう?」

 苦笑を浮かべながら告げられた正鵠を射た一言に、オルファスは渋面で首肯する。内心では外見もだ、と思っていることはおくびにも出さない。

「英雄としての彼は、作られたものだからね。それも仕方がないよ」

「作られた?」

「そうだよ。対外的に演じていた、と言ってもいいかな。まぁ、あまりにも乖離した自分を強要されることに嫌気が差したからこそ、彼は姿を隠すことにしたんだしね」

「ああ、なるほど」

 語られた真実に理解を示し、確かにあの師ならばと納得する。

「確かに言ってました。性に合わないし面倒になったから表舞台から姿を消した、とか」

「そういうことだよ。つまり、君が見て接していた様こそが英雄の真の姿、といったところかな」

「はぁ……

 ですが、よく許されましたねぇ」

「はっはっはっ。

 そりゃ許さざるをえないさ。正真正銘当代最強の【宿主】だ。彼に肩を並べられるものなどほとんどいない。その彼が本気で牙を向けてくれば、下手すれば国が滅びかねないよ」

「スゴク納得しました」

 見たことがある師の【源獣】。その威容と力を思い出して、得心して頷いた。




「さて、着いたよ」

 中央棟の最奥にある扉の前で告げると、数度その戸を叩く。

「学園長。お連れ致しました」

「入りたまえ」

 教師の言葉に返ってくる低く威厳に満ちた声。

「失礼致します」

 言って教師は扉を開いて室内に入り、戸を開けたままにしてオルファスを室内へと招き入れる。

「失礼致します」

 彼に促されてオルファスは一礼して入室する。

「ようこそ、アーカディア中央学園へ。私が学園長のラーガン・ブロウダルだ」

 そこで彼を待っていたのは翠の瞳と先が尖った耳を特徴とする森人(エルフ)だった。見た目から判断するならば、三十代前半といった頃合い。だが、それはオルファスのような短命の汎人(ヒューフ)種と照らしあわせた場合だ。長命種である森人には当てはまらない。見た目からその年令を推測するのは非常に困難な種族なのだ。

「それでは、私はこれで失礼致します」

「うむ。案内役ご苦労だったな、ありがとう」

「いえいえ、大したことではありませんし。それでは」

 頭を下げると教師は扉を閉めて退出する。取り残された形となったオルファスに学園長はまず席をすすめる。

「そこにかけたまえ、楽にするといい」

「あ、はい。では、失礼をしまして」

 勧められるがままに室内に設えられた横掛の長椅子にオルファスが座ると、学園長も執務机から離れて彼が座った正面の席に移動する。

「さて、とだ。確認だが君がドーナティの弟子、オルファス君だね?」

「ええ、まぁ、そのとおりです」

 あの話を聞かされた今となっては否定したいですけど、という言葉を呑み込みながら、学園長の確認に応える。

「ん?どうしたのかね?」

 妙に歯切れの悪い様子を訝しげに思って、確認すると、

「はぁ、……師匠が英雄と呼ばれていたということを、知らなかったものですから」

「ほぅ?」

 言いにくそうに語る内容に、一瞬呆気にとられたようにオルファスの様子を窺う。無遠慮に自分をしげしげと観察する学園長に、オルファスは更に居心地が悪そうに身を竦める。

「はっはっはっ。聞かされてなかったのか、そうか」

「ええ、今日まで知りませんでした。我が師のことであるのに、恥ずかしながら」

「まぁまぁ、それも仕方がない。あやつ自身忘れていたいことのようだからの」

 オルファスの師ドーナティが自らの経歴を黙っていた事情を庇う様に告げる言葉に、オルファスは疲れたように応える。

「お聞きした限り、そのようですね」

「そんな英雄様が、

『どうか弟子のことをくれぐれもよろしく頼む』

 等と殊勝なことを言ってよこしたからの。それで君に会ってみたいと思ったのだよ」

「そういう事情でしたか、なんで指名で伝言なんかあるんだろう、と思いましたよ……」

 学園長の言葉に更にひどくなった疲労の濃い口調で呻く。余計な事をと、思わなくもない。

「まあ、それが主目的だが他にも聞いておきたいことがあってな」

「なんでしょうか」

「それだがな、君はこの学園でどういう立場を望むかね?」

「……はい?」

「例えば、だが。英雄の弟子であることを公言し、皆の……」

「なしですね。目立ちたくありませんから」

 「目標に」と続こうとしたラーガンの言葉を遮って、オルファスはきっぱりと言い切る。

「そうなのか?君くらいの年齢ならばそういう事に普通憧れたりするものだろう?」

「自分はただの田舎者ですよ。英雄の弟子とか、祭り上げられた挙句周りが煩くなって行動に制限がかかりそうなのは面倒です」

「そうか……それなら次は、所属を希望する学科は決まっておるかな?本来であれば実技試験の後に本人の希望を確認することになっているんだが」

 オルファスの言葉に理解を示し、おそらくこの少年も師のように地位や権力のしがらみを嫌うのだろうと見当をつけ、次の質問に移る。

「学科ですか、いえ、特には。というか、どんな学科があるか、よく知らないんで」

「……なんで、受験したのかね」

「師匠が、戦い方は大体仕込んだから色んな人の戦い方を見たりして経験を積むために行け、と。ちなみにその話をされたのは一ヶ月前ですけどね……」

「……相も変わらず大雑把な奴だ、ならば一応説明しておくかの。アーカディア中央学園には全部で7つの科があってな……」

 ラーガンがアーカディア中央学園にある学科の説明を始める、それは要約すれば次のようになった。


 騎士科…国を守る騎士となるべく鍛える科。主に貴族の子息や騎士の子息が多い。

 施術科…世界に改変を施す術【施術】を学ぶ科。貴族や騎士の子息と庶民が半々。森人も比較的多い。

 文官科…国を運営する文官になる為の知識を学べる。主に一般庶民が多い。

 技術科…鍛冶などの技術職の技術について学べる。学生の半分以上が地人(ドワーフ)種族である。

 討伐科…魔獣を討伐する技術や討伐者となる為の技術を学べる。一般庶民と獣人種族が多い。

 特殊科…国家最大戦力となりうる【宿主(ロード)】のほとんどが所属する特別な科。

 総合科…様々な分野の知識を学ぶことができる科。学ぶことが多い為在籍期間が他よりも長い。


「と、まあ我が学園にある学科はこんなものかな、君は【宿主】だと聞いているし特殊科かね?」

「いえ、そうですね。総合科が一番理想的ではないかと思います」

「特殊科では駄目なのかね?」

「先程も言いましたが、目立ちたくはありませんから。それに【宿主】全員が特殊科所属というわけでもないのでしょう?」

 ラーガンの疑問にオルファスはきっぱりと告げる。彼の中で特殊科は問題外と言っていい。所属すれば【宿主】であると公言するに等しく、それだけで王国軍に目をつけられることは確定だ。

「まぁ、そうだが。特殊科では目立つと?」

「特殊科に所属すること自体もそうですが、それを抜きにしても間違いなく目立ってしまいます」

「何故かね?」

「【源獣(ルート)】を顕在化させない【宿主】が悪目立ちしないはずがありません」

「ならば……」

「顕在化させれば間違いなく注目の的になりますので」

 隠さなければよいではないか、と続こうとしたラーガンの言葉を遮って断言する。

「ああ、そうか。そういえばドーナティからの手紙にあったな、曰く君の【源獣】は特殊すぎる、と」

「ええ、まあ……」

「見せてもらってもよいかね?」

「……決して、どの様な相手であろうとも、他言無用を誓って頂けるならば」

「約束しよう、決して違えはしない」

 慎重に窺うように尋ねるオルファスに、ラーガンは毅然と誓約を口にする。

「あー、一応言っておきますと。もし、守られない場合は師匠に相談を……」

「安心したまえ。もしこの誓約を守れないようであるなら、既にこの都市はなかったことになっているだろうさ」

「ああ、そうですね、師匠が連絡を取っているってことは雲隠れした師匠の事を隠し続けているってことですか」

 ラーガンが告げる言葉に、思わず納得するだけの説得力を感じる。確かにあの師なら自分の恩師が相手でもやりかねない、と。

「では、申し訳ありませんが、上級以上の隔離結界をお願いしたいんですが」

「上級以上?」

「それぐらいでないと、外部にバレかねないんですよ」

「なるほど、少々待ってくれ」

 程なくラーガンが紡ぐ言霊と編み上げる法陣によって結界が構築される。


「歌え……」


 【源獣】を顕在させるための文言、顕在句を唱え、オルファスは己の【源獣】をラーガンの前で喚び出す。

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