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プロローグ

この小説を読むにあたって。


※感想への返信は原則行いません。また作者は豆腐メンタルなので厳しすぎるお言葉には弱いです、暖かく見守ってくださると助かります。

※暇つぶし感覚で読んでいただければ幸いです。が、読んだ結果好みが合わなかった時に時間を無駄にさせられたと思われる方は読まれない事をおすすめします。


上記了承できる方のみお読み下さい。よろしくお願いいたします。

 背中に迫る存在に心はただ震えることしかできなかった。


 恐怖。


 一言で表すならば、ただ、それだけ。

 今にも食いつかんばかりに在るそれは、ただ恐怖の象徴というだけならば、まだましだったのかもしれない。


 だが、その恐怖を糊塗するモノがより一層の怯えをもたらす。

 自らに覆い尽くさんとする巨大な体躯。

 己を一呑にすることすら容易そうな口に、生え揃うは鋭く尖った牙の山。

 一振りごとに我が身を引き裂かんとする、磨かれた刃のように鋭利な爪。

 そして自分を捉えて離さない、赤く不気味に光る凶悪な眼。


 自分の身体能力に許された全力をもって、その恐怖から必死に逃亡する。新芽が芽吹きだした木々の間をすり抜け、土の中よりせり出た木の根を跳び越え、時に足を取られそうになりながら、行き先を遮るように張り出す木の枝々を避け、ただひたすらに。

 だが、子供の足の限界は早い。

 追われ逃げているのはまだ少年の頃合いといって差し支えのない人物だ。

 子供という程には幼くはないだろう。だが成熟を始める入口といった年頃では手足は短く、身体も整っているわけではない。

 それでは全力で走り続ける事ができる時間はどうしても短くなる。

 繰り返される呼吸は荒い、いや既にまともに呼吸などできていない。

 その四肢は熱く、痛く限界を訴えている。


(……ああ、オリアらは大丈夫、かな。無事に村へ行けてる、かな……)


 それが少年が走り続ける理由。幼い身体で危うげに、その全てをもって背後の存在を引き付ける事情。

 自分になぜそんなことが出来たのかなど分からない。

 今だって怖くて恐ろしくて、叶うなら泣き叫び、誰かに助けを求めたいくらいなのだ。

 未だに走ることをやめない足は、だがとうの昔に限界を迎えている。かろうじて動いてこそいるが、震えは止まらず今にも砕け散りそうな気さえしている。


 しかし、やはり限界だったのだろう。背後に迫る存在を警戒するが為に足元への注意が疎かになり、大きくせり出した木の根に足を取られて少年の体が一瞬宙に浮く。

「っうっ!」

 一瞬の軽い浮遊感。勢いのままに虚空を舞い支えるものがない身体は体勢を崩す。両の手が空中を掻くも虚しく、そのまま地面に倒れ込む。顔面から大地に突っ込む事こそ避けたが、身体が土石に剥きだしたままの地面を音を立てて滑り、擦れた皮膚がむき出しの肌に出来た擦り傷の存在を訴える。だが、それを打ち消すほどに全身が痛みをもって熱くなっている。


(た、立たないと……立って逃げ続けないとっ)


 そう、脱力しそうになる自分を叱咤する。が、限界を超えていた身体はもはや立つことすらままならない。それでも足掻けとばかりに、必死に腕を地面に押し当て上半身を持ち上げるその間近で……

 木が音を立てて折れるのが聞こえた。

 荒く獰猛な呼吸音。

 道先を遮る木々を砕き姿を見せた魔物に、「……ひゅぁっ」と、喉が引き攣れたような音を漏らす。

 至近に迫った死。その明確なまでの恐怖が、一瞬だけ少年に自らに訪れた限界を忘れさせる。萎えそうな両腕が大地を弾き、萎えて震える両足が一瞬だけの瞬発を得る。その全てをもって彼にできたのは、自分の足をとった巨大な木の裏側に身を隠すことのみ。

 魔獣の姿を完全に遮れるほどの太さを誇る幹の巨木が、魔物に衝突されて大きく揺らぐ。

 盾にした巨木が折れる事こそなかった。だが、それは魔物の恐怖を一瞬やり過ごしただけのことだ。

「……あ、ぐぅっ」

 全身を覆う倦怠感と痛みが声をこぼさせる。


(あー、もう、なんでこんな所に、こんなでかい魔獣がいるんだよっ!)


 今更な愚痴が脳内で空転する。どんな事にも絶対はないとはいえ、そして今更言っても仕方がないことではあったが、もうできることなんてそれくらいだ。


■■■■■■ーーーっ


「ひっ」

 獲物を追い詰めた歓喜を込めて響き渡る魔獣の咆哮に、今まで必死に抑えてきた恐怖を呼び覚まされ、股間が濡れる。

 地響きを立てて歩み寄り、巨木の反対側から覗きこむように、その体躯を乗り出させた魔獣の眼が少年を捉えて爛々と光り、凶悪な牙が生え揃う顎を大きく開かせ、彼の眼前に迫る。


 その、刹那。


「灼炎よ、刃となりて我が敵を穿て!」


 突如、響き渡った声。それこそは少年に差し伸ばされた救いの手だった。






(やっと、見つけたっ!)

 それが少年と彼に襲いかからんばかりの魔獣を見つけた、男の最初の感想だった。


 男が久々に立ち寄った、友人の住む村。彼が訪れた時、その住人達が村の中央に位置する広場に集まり、深刻な顔で話し合っていた。その集団の中にいた友人に声を掛ければ、子供達が戻ってこない、と騒ぎになっている事が判明する。

 村で見当たらなければ、辺境にある村落では子供達が行く先などそう選択肢はない。

 森に行ったか、川に向かったか。

 だが、村を横切るように流れる川で遊んでいるのならば、誰かしらが目撃していてもおかしくない事を考えれば、残された選択肢は森。

 冬も明けたばかりの時期故に、魔獣ほどではないとしても、野に生きる獣たちとて冬籠りから目覚めたばかりで腹をすかせ、気が立っているであろうから油断など出来ない。

 大慌てで男手を掻き集めさせ、森への捜索へと向かえば、やがてボロボロになって歩く半泣きの子供達の集団を見つけた。見た感じ誰も大きな怪我をした様子はなく、これで一安心かと思えば、

「……お、オルファス兄がっ、ひ、一人で魔獣を、ひきつけてっ、う、うぅっ」

 集団を引き連れていた何人かの年長の一人である少女が涙混じりに、切れ切れと訴えた言葉に再び騒然となる。

 ただの獣程度ならばまだいい。余程大型でもない限りは問題ないと言える(もちろん、子供達にとってはそんな獣でも十分すぎる脅威だ)。だが、魔獣となれば別だ、たとえ小型のものでもその危険度は途端に跳ね上がってしまう。

「場所と方向は!?」

 村人達の捜索隊に同行していた男は勢い込んで少女に問いかける。強面でがっしりとした肉体の男に迫られ、少女は一瞬身を震わせたが、すぐに、

「向こうの方で、あっちの方へ移動して行ったの」

 自分達が来た方向を指さした後、およその検討をつけたオルファス少年の進行先を示した。

「俺が向かおう、皆は子供達を連れて村に戻ってくれ」

 少女の答えを聞いた男はすぐに一行を振り返り告げる。

「ドーナティ、だが、それはっ!」

「安心しろ、魔獣如きに遅れはとらんよ。だが、スマンが万が一のことだけは覚悟しておいてくれ」

「……分かっている。すまん、できたらオルファスを、息子を頼む……」

 捜索隊に混ざっていった友人の言葉に頷き、即座に駆け出す。


「ウルガンテ、この方向を熱源探知だ、魔獣らしき熱源を見つけろ!」

 木々の合間をすり抜けながら、少女が示した方向一体を示し、ドーナティは己の中に宿る存在へと命じる。

 【宿主(ロード)】。己の中に【源獣(ルート)】と呼ばれる謎の存在を宿すもの、彼はその特殊な存在の一人。【源獣】とは【宿主】に能力強化等の恩恵を授け、倒された【魔獣】から溢れ出す純化された源素を吸収して成長すると共にその強化を高め、また時に顕在して助ける存在。女神の祝福であるとも言われている。


《承知》

 ドーナティの要請に己の裡で響く応諾の言葉。同時に視界に映る森の景色とは別に、脳内で周囲にある熱源反応の位置が、近場から遠方へと順次示されていく。小さな熱源は表示された端から対象外とみなされ、削除される。いくつもの熱源反応位置が表れては消えていくうちに……

《該当と思しき熱源を確認。主よ、こちらだ》

「くっ…そ、なんでこんなに距離がありやがるっ!」

 想定以上に遠い位置で見つかった反応に、思わず愚痴をこぼしながら、源獣の恩恵たる身体能力を全開にして森の中を疾走していく。その速さは森の中の獣達に勝るとも劣らない程だ。

 彼が近づく間にも魔獣の位置が動いている事が分かる。それが意味するところは……

(まだ、間に合うかっ!)

 僅かなりとも灯った希望に、更に地を蹴る足に力を込めて、速度を上げる。

 やがて間近になった熱源位置が僅かに動きを止めている事に、焦りを帯びながら開けた視界に映ったのは……巨木の影から自分に覆いかぶさらんとする魔獣を見上げる少年の姿。

 そのぎりぎりの瞬間に意識が加速する。

(させねぇっ!)

 身体を前傾姿勢に沈め、蹴り足に最大限の力を込めて飛び込むように前へと進む。その勢いを殺さずに魔獣へと迫り、腰だめに構えた拳を、


「灼炎よ、刃となりて我が敵を穿て!」


 白い炎を纏った拳を魔獣へと突き出す。

 完全に魔獣の不意を打った一撃は、岩のように硬いはずの魔獣の表皮をたやすく突き破り、その体内で炎を炸裂させた。

 ドーナティが宿す源獣が生み出す炎が魔獣を内部から焼き尽くす。


■■■■■■■■■■■ーっ!


 断末魔の咆哮と共に全身から煙を立ち昇らせ、横倒しに倒れる魔獣。その活動がゆっくりと終焉を迎えた。






「大丈夫か?」

 その結果を確かめもせずに、彼は少年に歩み寄り、その状態を確認しながら声をかける。だが、少年は呆然とドーナティを見上げるだけで、反応らしい反応を見せない。

「…………」

「おい、大丈夫なのか?お前が、オルファスだよな?」

「あ…………は、はい。そうです。だ、大丈夫です」

 再度の呼びかけにようやく、オルファスはどこか虚ろな面持ちで答える。

「しっかし、お前。よく、逃げ続けられたな」

「夢中、だったんで、よく分からない、です。なんか、何度か身体が軽くなったりしたんで……」

 会話を続けるうちにようやく自分が助かったのだと認め始め、同時に脅威が去ったというに、いやだからこその安堵故か小さく体を震わせ始める。

(……何度か、身体が軽くなった……?)

 少年の言葉に思い付く現象がある。

 【限界突破】だ。【宿主】にだけ起きる、己の肉体の限界を超えることで【源獣】がもたらす、その身体がより強靭に再構成される現象。

 もしそれが本当に少年の身に起きたというならばそれはつまり……少年が【宿主】であるということ。

 慌てて振り向けば、魔獣の身体が大量の靄のようなものが立ち昇り、ドーナティとオルファスへと収斂していく。

(やばい、これだけの源素をいきなり吸収したら)

 どれだけ意識しようとそれは止めることなど出来ない。あっという間に源素はオルファスの身体へと吸い込まれ、そしてその体内に眠る【源獣】が成長を始めて熱を持つ。

「あ、がぁぁあーっ」

 既に限界を迎えていた体が、更に高温の熱を以って苛まれる。

「オルファスっ!意識を保てっ!己を失うんじゃない、そうすればそれは、お前の力になる!」

 オルファスの体を抱きかかえ、ドーナティは彼の意識を繋ぎ留めようと呼びかける。

「……ち、力に……?」

「そうだ、さっきの様な魔獣すら倒せるようになれる、力だ」

「……ど、どれくらい耐えればいいの……」

「熱が収まるまでは、意識を保て。大丈夫だ、それほど時間はかからん」

ドーナティの言葉だけを頼りに、限界を迎えきった身体を苛む痛みと熱に抗い、今にも途絶えそうな意識を必死に保持する。

 ふと、その合間に何かが、自分の奥底からまるで沸き上がるような感覚がオルファスに生まれる。

 自分ではない何かが自らの中に在る、途方もない違和感。

 彼の意識の平衡が乱れ、混乱が支配する。

(な、なんだ、これっ。何かいる?……なんだよ、なんなんだよ、これはっ!)

 振り払うことの出来ない戸惑いから声にならない声で叫ぶが、オルファスの中で発生したそれは応えない。

 今まで感じたことのなかった、自分の中に在る別存在。それが、厳然たる事実として、今彼の中で明確に自己を主張している。

 それはひどく不可思議で、理解しがたいが為に彼に恐怖をもたらし、その心が耐え切れずに意識が弾けそうになった、その、瞬間。


《あらー、目覚めちゃったかぁ》


 緩く間延びした声が脳裏に響いた。自分の中に生まれた別存在とは違う、どちらかというならばオルファスという意識そのものに干渉してきたような感覚。


《んー、ごめんねぇ。目覚めちゃったからには、君、面倒なことに巻き込まれちゃうかもぉ~》


 続いた言葉は謝罪を含んでいる。その割にはあまりにも悪びれたところのない声に、今の自分の状況も忘れて軽く苛ついてくる。だが、なぜかどこか安堵を覚える。

 不思議な感覚に戸惑いながらも、一言言葉をかけようと意識した矢先。


《あ、もぅ、意識を失っても大丈夫だよぉ、ゆっくりとお休みぃ》


 再び響いた声に、まるで誘導されたように保たれていたオルファスの意識が眠りへと落ちた。


 意識を失ったが徐々に安定した様子を見せるオルファスに、ドーナティは峠を越したと見当をつけて安堵の息をこぼす。

「ふむ……俺が鍛えてやるかな」

 泥まみれの少年の顔を見ながら少し楽しげに呟くと、ドーナティは彼の身体を背負って村への道を辿り始めた。

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