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一輪に両手を  作者: リン
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09.立派な武器

 ゴウさんは県大会まで出場した。県大会が終わったところで三年生は正式に引退し、一、二年生だけの新生チームで夏合宿が組まれた。近隣の中学校が合同で行う為、規模はそこそこ大きい。

「修治。今回の合宿に県大会出場した一年が来ている。色々学ぶものもあるだろう。よく見ておけよ。名前は佐野恭平だ」

 一年生で県大会出場? しかもこの合宿に来ているってことは、市大会の時にいたのか?

 同じ一年生なのにそこまでの差があるのか。俺なんかが参考にできることがあるのかな。


 走高跳の専門練習になると、男子五人、女子三人、計八人になった。指導者はグラサン。元は走高跳の選手だったなんて、意外過ぎる。

 跳躍ドリル、ミニハードルジャンプ、コーナー走も済んだから、今度は実際に跳躍を行うんだな。

「佐野、ちょっと跳んで見せてやってくれ。全員よく見ておくように」

 あれ? グラサンが苗字で……名前で呼ぶのはウチの生徒だけなのか。いや、そんなことを気にしている場合じゃない。

 迷いのないスタート。テンポアップしながらコーナーを曲がって踏み切り――

「す……げぇ」

 人間の身体ってあんな風に浮くものなのか? 何もかもが桁違いだ。

「佐野。自己記録はいくつだ?」

「170cmです」

 170cm? 俺の身長よりも高いじゃないか。佐野は俺と同じくらいだから、身長より高いのを跳んでいるのかよ。勝てるはずがない。

「共通して注意してもらうのは、踏み切りのテンポを目一杯上げることと、踏み切ってすぐに倒れ込まないこと。細かい部分は個別に指導する。跳んだ者はそのまま私のところへ確認に来るように」

 グラサンが見ていると思うと緊張する。

 佐野は何も躊躇うことなく、すぐに跳んだ。他のみんなも次々と跳んでいく。俺と藤井だけが残った。

「早瀬、行く?」

「先いいよ」

「じゃあ私、先行くね」

 藤井が跳んだのは115cm。残ったのは俺だけ。170cm跳ぶやつがいるのに130cmとかやるのは恥ずかしい。150cmにしてもらおう。

 何だあれ。マットとバーの間にあんなに隙間がある。でも、今は跳び越えなくてもとりあえずやれば終わるんだ。適当に突っ込んでおこう。

「修治。お前、今日は背面やらなくていい。150cmで、バーに右腰を当てるだけでいい。わかったな」

 これは……怒っているのか? 適当にやったのがバレているのか? まずい。

 一巡目と同じ順番で繰り返し跳んでいく。俺だけはグラサンに言われた通り、踏み切ってバーにぶつかっていく。

 こんなことをやっていていいのか、俺は。


 夜、宿舎でグラサンに呼び出された。

「修治。佐野の跳躍を見てどう思った」

「凄いと思いました」

 そういうことを聞かれているんじゃないだろう。何を答えているんだ俺は。

「悔しくないか」

「……悔しいです」

 悔しいに決まっている。他の男子と差があり過ぎて、俺だけが晒し者のようだった。あんな思いをするくらいなら、走高跳なんてやりたくない。

「佐野はセンスの塊だ。今日見てわかったが、あいつは既にかなり完成している。裏を返せば、伸び白が少ない」

「今でも十分凄いと思います」

「全国で闘うには、佐野のレベルでもまだまだだ。だが、これから身体も成長する。そうしたら全国に届く選手になるかも知れないな。お前は全国に行きたくないのか?」

 全国なんて、想像もできない。市大会ですら上に手が届かないのだから。何も答えられない。

「今は想像もできないような世界かも知れないが、お前には全国に届く力がある。だからこそ、早い時期から専門種目を持たせているんだ」

「僕にもセンスがあるってことですか?」

「はっきり言うぞ。お前はセンスで跳ぶ選手じゃない。何回も何回も練習して練習して、経験で跳ぶんだ」

「それ、誰でもいいじゃないですか。僕には武器がないじゃないですか」

「ただひたすらに言われた練習をできているのはお前だけだ。辛くても恥ずかしくても、信じてついて来い。必ず結果は出る。出してやる。それにな、怪我をしないのも身長があるのも、立派な武器だ。自信を持て」

 こんな風に認めてもらったことなんて、今までなかった。グラサンは俺のことをちゃんと見てくれていたんだな。

「泣くな。顧問の先生に聞いてみたが、佐野はほとんど練習していないそうだ。そんなやつに負ける訳にいかないだろう。しっかりやれよ」

「は……い」

「しっかり休めよ。ああ、顔を洗ってからな」

「はっ……い」

 ありがとうございました。俺、頑張ります。

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