表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一輪に両手を  作者: リン
71/120

04.先輩の姿1(名倉浩介・高山剛)

 猛々しく、堂々と、雄々しく、儚く、孤高に、懸命に、可憐に、健気に、愚直に。それぞれが咲き誇った“その頃”の物語です。

 【彼】には見えなかったものに興味を持って下さった方は、ここからの物語にもお付き合い下されば幸いです。

 グラサンのやり方は、厳し過ぎるんじゃないか。身体もできていないような一年は、いずれついて来られなくなって部を辞めていくかも知れない。

 特に、遠藤……あいつは、危ない。

「名倉先生。少し相談があるんですが」

「いい心掛けだ。後輩の心配をするのは先輩の務めだからな」

「……わかるんですか?」

「普段から様子を見ていればな」

 グラサンの目は、本当にどうなっているんだろう。全てを見透かされているような気にさえなってくる。

「先に一つだけ言っておこう。やり方を変えるつもりは、無い」

「……それで辞める部員がいたとしても、ですか?」

「いいか、剛。陸上競技に何を求めるのかは、個人の自由だ。部活動だから仕方なく参加する者もいれば、好きだから頑張る者もいる。では、私は何の為にいると思う?」

 グラサンがいる理由……? 顧問になったから……じゃないのか?

「先生も陸上が好きだからですよね」

「そんなのは当たり前だ。もう少しわかり易く言おうか。前任の顧問の先生がいなくなって、何か困ったことはあるか?」

 言われてみれば、特に思い当たるようなことは……無い。

「言い難いだろうから答えなくてもいい。質問を変えよう。私がいなくなって困ることはあるか?」

 ……無い、気がする。よくわからない。

「そういうことだ。我々顧問というのは、責任者という立場を持った飾りに過ぎない。何もしなければ、そこに意味など無いんだよ」

 確かに、試合のことや進路のことを抜きにして考えれば、顧問がいなくても俺達だけで部活はできる……。

「もう一度、言おう。私は何の為にいると思う?」

「……わかりません。教えて下さい」

「お前達の為に決まっているだろう」

 俺達の為? どうも、よくわからないな。

「いいか。仲良く楽しくやるのは、お前達だけでもできる。そういう目的の者が、後輩にもその楽しさを教えてやればいい。だが、競技者として記録を伸ばすには、お前達だけでは難しいことも多い。知識や経験だけは、どうやっても足りない部分がある」

「先生は、競技力を育てる為にいるってことですか?」

「話は最後まで聞け。私は、選択の幅を拡げたいと思っているんだ。競技に興味が無い者に、無理やり辛い練習を積ませるつもりは無い。ただ、記録が伸びる楽しさを知らない者は多い。わかるか」

「はい、何となく。僕も、今ではもっと記録を伸ばしたいと思っていますから」

「そう思えたお前だからこそ、できることがあるだろう?」

 なるほど。わかった気がする。

 グラサンがいくら説明しても、立場上、伝わりにくいことだってあるよな。だからいつも、敢えて何も言わないんだな。

「わかった気がします。でも、楽しさを見つける前に嫌になってしまったらどうするんです? 僕自身も一年の頃、記録は伸びない、練習は地味な基礎の繰り返し、正直、面白くなかったですよ」

「それを見極めるのが、顧問だ。剛はいつも、輝彦や修治に声を掛けているからわかるだろう。そうやってしっかり見ていれば、色々と見えるものだ」

「まぁ、あいつらはあまりにも可哀想というか、怒られてるのがいつもあいつらですからね。周りと比べてそんなに劣っているようには見えないんですが」

「気付いていなかったのか? 一年は全員、練習について来られていない。あの二人は寧ろ、秀でている。ペナルティにしても指示にしても、受け止められるだけのものを持っているから与えているだけだ」

「え? じゃあ、他の一年にペナルティが無かったり、指示が少なかったりするのは、練習ができているからではないんですか?」

「当たり前だ。ペナルティや指示を全てそのまま与えていたら、今頃部員は半分も残っていないぞ。ついて来られていないのは一年だけではないしな」

 ……全然、気付かなかった。恐ろしい観察眼だな。

 でも、グラサンの言う通りなら、遠藤も大丈夫なのかな。

「安心したなら、お前にできることをしてやれ」

 俺の顔を見るだけで、どうやったらそこまでわかるんだろう。恐ろしいヒトだな、本当に。

「……はい。できれば、投擲の後輩が欲しいんです。その、遠藤とかどうでしょうか」

「何だ、お前が心配していたのは輝彦の方だったのか。あいつは大丈夫だ。へらへらしているが、自分の意思はしっかり持っている。それに、一年には見込みのあるやつが多い。基礎をしっかり積んでじっくり育てる。特に輝彦は磨けば光るぞ。投擲をやらせるかどうかは、それからだ」

「でも、早瀬と藤井はもう、専門種目が」

「その修治の方に注意してやれ。あいつは見た目ほど強くない。内側に色々隠しているから、周りには失敗も不安も見え難いが、実際には流され易く、脆い。成長するまでは、誰かが引っ張ってやらなければ危ないぞ」

 早瀬が? それこそ、遠藤の方がそんな感じなのに。でも、グラサンが言うんだから、そうなのかも知れないな。

 俺にできること……俺だからできること、か。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ