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一輪に両手を  作者: リン
70/120

70.本当に最後だからね

 表彰式の頃には雨が上がっていた。さっきまでの空が嘘のように、蒼が一面に広がっている。

 昨日も、この噴水の前で藤井を待っていたんだよな。

 今日は、昨日とは違う。流石に緊張するな。

「お待たせ」

「その格好……!」

 花柄のワンポイントが肩口にある黒のブラウスに、ライトブルーを基調にしたアーガイルチェックのロングスカート。昨日と全然印象が違う。

「ねえ、あまり見られると恥ずかしいってば」

「そういうのも、持って来てたのか」

「ううん。似合うって言ってくれたから」

「ううんって、まさか、買ったのか?」

「昨日、デートの後に時間があったからね」

 凄く似合っている。どう褒めたらいいのか困るくらい、可愛い。

「やっぱり、似合うじゃないか」

「褒めても何も出さないよ。じゃあ、行こっか」

「あ、その前に、少し話したいんだけど、いいかな」

「うん」

 どう切り出せばいいんだ。突然言うのも、何か変だぞ。

「これ、ありがとう。力になったよ」

「もう付けちゃっていいの?」

「あ、いや、できればそのままがいい」

「じゃあ、まだこのままでいるね」

 駄目だ。一時凌ぎにしかならない。俺が何か言わないと会話も続かない。

「藤井」

「うん」

 いつもなら、ここで茶化すはずじゃないか。

 真剣モードなんだぞ。何か突っ込んでくれよ。

「えっと、ミサンガ、切れたんだ」

「そっか。願い事、叶った?」

「まだ、わからない」

「そっか」

 そこは、『まだってどういうこと?』とか、言うんじゃないのか。

 何で今日は何も突っ込んで来ないんだよ。どうすればいいんだ。

「あ、俺、優勝したからさ、お祝いにキスを」

「うん」

「え?」

「どこにする?」

 絶対、おかしいよ!

 何でなんだよ。いつもは、しませんの一点張りだったじゃないか。

「あ、やっぱり、ちょっと待った」

「うん」

 もう、あれだ。余計なことを言っていないで早く言えって、神様が言っているんだな。

「あの、俺さ」

「うん」

「藤井のことが、好きだよ」

 うわぁ! 何かこう、もっと気の利いた言い方があったんじゃないのか!

「……ありがと」

「その、藤井は、俺のことどう思ってる?」

「好きだよ」

「え?」

 あれ? 随分あっさりと――

「ねえ。本当にわかってないの?」

「え? あ、何が?」

「あのさ。早瀬は私のことを、好きでもないヒトとデートしたり、間接キスを平気でしたり、褒められたからってわざわざ服を買って来たり、そういう女だって思ってるの?」

 それはつまり、そういうことだよな。そうだよな。

 いや、待て。はっきりと確認するまでは、うん、自惚れてはいけない。

「まさか。でも、恭平とはデートしそうだったよな?」

「そういう女だって、思ってるんだね?」

「あ、いや、そうじゃなくて」

「そうなんだ」

「あ、藤井は俺の何が好きなの?」

「何でそういうこと聞くの?」

「いや、何か、まだからかわれてるんじゃないかって」

 ――――!!

 藤井の、香り。風で揺れる髪が頬をくすぐる。閉じた瞳は無防備で、長い睫が艶っぽい。触れた唇の柔らかさが心地良い。

「……本気だよ」

「あ、まだよくわからないから、もう一回」

「何バカなこと言ってんの」

 伝わった。通じた。俺の気持ちが、藤井に。

 藤井も、俺のことが、好き……。

「もう一回だけ」

「もうしません」

「優勝の分は?」

「……もう一回だけだからね」

 可愛い。抱きしめたい。

「あれ、もう終わり?」

「もう、おしまい」

「さっきより短くない?」

「ねえ。私、かなり恥ずかしいんだよ」

「それがいいのに」

「もう、絶対しない」

「じゃあ、俺からしていい?」

「そういうことを聞かないで」

「勝手にしていいの?」

「だから、そういうことを」

 してやったり。逃げないってことは、嫌じゃないんだよな。良かった。

「……ずるい」

「藤井がしてくれないからだろ」

「あのね。私、ずっと好きだったんだからね。色々あるの」

「ずっと? いつから?」

「沙耶と……付き合う前から」

「は?」

「いい。わからなくても」

 そうか。思えば、いつも俺のことを気にかけてくれていたんだよな。

 選手になれなかったり、試合が散々だったり、練習で死にそうだったり……。その度に、頑張って、無理しないで、怪我しないで、って声を掛けてくれて。

「ソフトクリーム、おごるよ。行こうぜ」

「今日はレモン味がいいかな」

「好きなの二つ買って、一緒に食べればいいじゃないか」

「うん。そうする」

「藤井」

「あ、真剣モードだ」

「俺と付き合ってくれ」

「今更、何それ」

「返事は?」

「これが、本当に最後だからね」

 この笑顔を、ずっと大切に――。

 ここまでお付き合い下さった方々、長いこと、ありがとうございました。

 青春に終わりはありませんが、彼の物語はここで閉幕です。

 願わくば、貴方の青春に、多くの幸がありますように。

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