64.何やってる!
ここまでパスをしてきた選手の一人は、ランキング二位だったやつだな。一応ゼッケンを覚えておくか。
……297番ね。201cmをクリアした実力、見せてもらうぜ。
「高さ194cm。一回目の試技に入ります」
俺の試技順は最後。全員の跳躍を見てから動くことになる。身体を冷やさないようにしないとな。
見ている限り、297番以外に脅威は感じない。297番は余裕を持って194cmをクリアしたが、他の選手はまだ誰もクリアできていない。つまり、今のところは、たった一回跳躍しただけの297番に全員が負けている訳か。俺も続かないとな。
「次、531番」
これをクリアすれば、突破。これをクリアすれば――
「駄目!」
赤旗……? あれ、俺、今跳んだのか?
「続いて、高さ194cm。二回目の試技に入ります」
落ち着け。雰囲気に飲まれたら負けだ。
二人が続けてクリア……。いや、他は関係無い。何人クリアしていようが、俺がクリアすれば勝ちなんだ。
三人目も白旗……。全国大会、だからな。全員、実力があるのは、当然……。
俺が強い訳じゃ、ないのか……?
一つ一つの跳躍に歓声やどよめきが起こる。会場全体が、俺達を見ている……?
落としたら、恥ずかしい。俺は、ランキング三位と同じ記録で名前が載っている。200cmを跳んだやつが194cmも跳べないのかと見られてしまう。
どんどん、俺の番が近付いて来る。まずい。落ち着け。落ち着くんだ。
「早瀬! 何やってる!」
この歓声の中でもはっきりと聞き分けられる声。何度も、俺を救ってくれた、あの声は――
『おい、早瀬。落ち着けよ。そんなにガチガチじゃ実力が出せないぞ』
『とりあえず、いつもの練習通りやれ』
そうだったな。周りを気にし過ぎていたんだ。
……こんなところまで見に来てくれて、ありがとうございます。
――空が、蒼い。こんなに広い競技場でも、眺められる空は、同じ。
『ねえ、蒼いよ』
『いや、空じゃなくて』
そうだよ、藤井だって見ているんだぞ。この後、デートの約束だってしているんだ。こんなところで時間をかけていたらもったいない。
「次、531番」
持ち時間は一分半もあるんだ。慌てる必要は無い。もうしばらく、このまま……。
よし。落ち着いた。
場所が違うだけで、やることは学校のグラウンドと同じなんだ。ゆっくり身体を起こして、筋肉に刺激を入れて、よし、跳べる!
あと、五十秒。跳躍には十秒もあればいい。
バーを見据えろ。俺は、あれより高いのを跳んだんだぜ。跳べないはずが無い。200cmを越えた時のイメージを思い出せ。そう、スピードを上げても行けるんだ。ずっと俺の身体を支えてきた脚だ。潰れることなんてあり得ない。このイメージを信じて、踏み切るんだ。
直線でテンポを一定に。マークに足は必ず合う。あとはバーを見て地面を抉るだけ――
「よし!」
ああ。帰って来た気がする。最高の場所に。




